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公爵家を狙うもの者たち

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 旧王国国民からは「王国が断罪される原因の当事者」や「王国を瓦解させた最悪戦犯」、周辺諸国からは「史上最悪の虐殺魔」や「旧体制の破滅神」など、それがジャンヌの叔父に対する歴史的な評価となった。

 だがジャンヌが伯爵家当主代行となった時期、ロックバード子爵ジェイソンは事実上王国政府軍の最高司令官の一人であった。彼は味方の犠牲も厭わず対戦国を兵士だけでなく住民さえも無慈悲に死に追いやっていた。そんな蛮行が許されたのも当時の王太子、士官学校の同級生である彼が歴史に名前を残す野望に加担したためだ。その野望は叶えられた。別の意味であるが。

 かつて失った領土と主張するシエラエル皇国の皇都を陥落させれば侵略戦争もとい「統一戦争」が終結すると考えられていた時期であり、ジェイソンの名声は最高潮に達していた。だからウォレス公爵家を手に入れるのは難しくなかった。ジャンヌを排除すればいいからだ。

 邪魔な兄のジョセフ8世を事故に見せかけて排除したが、想定外なほどうまくいった。それも軍の特務部隊の功績であった。残る兄の家族は娘だけであった。しかし問題もあった。予想よりも早く宰相府から当主代行の免状が交付されたことだ。まさか未婚の娘にされるとは思ってもいなかった。

 「あの小娘、排除すべきだ」

 ジェイソンは歯ぎしりをしていた。凡庸だとバカにしていた兄が手を回していたのに気づいたからだ。あんな軍事的才能のないのが当主で、数々の武勲を上げている自分がすぐ当主に指名されなかった事に腹を立てていた。一層の事亡き者にしても構わなかったが、厳重な警備体制がひかれている公爵の館に刺客を送り込むのは軍の特務部隊をもってしても難しいし、失敗した時のリスクが高かった。そこで考えたのはジャンヌから「合法的に」当主代行職を奪い、館を出たところで抹殺することである。

 「トーマスさまとの舟遊び楽しかったわ」

 「それはよかった! 次はお前の婚約者を決めなければ」

 人を殺めることに才能を用いているジェイソンは娘のシンシアに甘かった。シンシアに将来のウォレス公爵夫人の地位を与えたかった。だからトーマスとジャンヌ婚約を破棄させる必要があった。
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