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プロローグ

悪役令嬢のほうがマシよ!

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 結婚する前によく読んだ悪役令嬢モノの小説が私は結構好きだった。物語のなかで王太子が平民の娘を好きになって、その娘を疎んじている婚約者の悪役令嬢を、理由をでっちあげたりして破談にする話なんか。婚約破棄されたあとは処刑されたり国外追放されるのが定番だった。なかには悪役令嬢の方が主人公で、その場合は別の男に告白されたりするの。それって本当にファンタジーよね。そんなのが現実に起きたら、色々大変だろうけど面白いと思っていたわけ

 なぜ、そんな話をするかって? わたくし橘花宮啓子からすれば羨ましいからよ。本当に誰か破談にしてもらいたかったのよ橘花宮へ嫁にいくのは! 私は婚約破棄されなかった夫からすれば悪役令嬢なんだから。そうそう、私って結婚して一年経つけど処女バージンなのよ、どうなっているのかしらん、本当に!

 「じゃあ、今日はここのお掃除をしてくださいね、啓子奥様」

 メイド長に指示され私はメイド服に着替えて掃除をし始めた。ここで私は主人の妻ではなく使用人だ。いまさら実家に戻っても色々問題が起きるから事実上屋敷に幽閉されていた。奥様というのは半ば嫌がらせの尊称だった。本当に奥に閉じ込められているんだから。

 「では、出かけるぞ!」

 私の本当は夫であるはずの橘花宮哲彦の偉そうな声が響いた。でも、私は見送ることが出来なかった。なぜなら夫に10メートル以内に近づくことは禁止されていたからだ。そのかわり、夫の横には人形がいた!

 「啓子! 気を付けるんだぞ! いつも済まないなあ」

 夫の横にいるのは偽物の啓子だ。その女は私と偽るために人形に変装しているのだ。そうやって夫は彼女と夫婦生活しているのだ。本当に悔しい! 

 「では行ってまいります宮中へ。陛下に謁見します」

 人形の啓子はそういった。彼女の顔は見たことないけど、夫の愛人に違いなかった。それに最近懐妊したということだから真正の女のようだ。人形を着ているのは、夫の悪趣味の一環でもあるが私の存在を隠すためだ! 私は理由わけあって人形の恰好で出ているのだと偽って。

 「さあ、はやく済ませましょうよ啓子奥様! 昼からは刺繍しなくちゃいけませんから」

 メイドの同僚の多恵は話しかけてきた。彼女も私も何も被っていなかった。実は、この屋敷にいる女たちで人形の姿になれるのは橘花宮の家族だけだった。だから私は家族と認められていないのだ。

 「そうよねえ、それにしても噂って本当なの? この家の当主が次の扶桑帝国の皇帝に即位するって?」

 私はほうきで塵を集めながら聞いた。

 「そうらしいわ。そしたら、あの人形も晴れて皇后よね! 本当にどんな顔をしているのかしらね?」

 多恵は塵取りでゴミを受け止めていた。本当に何でこんなことになってしまったんだろうか、この結婚は後悔しかなかった。ああ、婚約破棄なんてことになればよかったのにね!

 「それにしても、私たちってどうなるのかしら? 今は橘花宮の屋敷に閉じ込められているけど、皇太子に指名されたら西宮殿に移らないといけないんでしょ。でも、その前に・・・」

 私は物騒な事を想っていた。真相を闇に葬るために私と多恵は消される、そう口封じされるのではないかと。そうなったら・・・誰にも知られずに・・・

 「啓子奥様! 変な事を言わないでください! あたしの夢は細く長ーくメイド生活を送る事ですのよ! そんな風になるのは嫌ですわよ」

 多恵は何かを察したのかそう言ってきた。

 「ごめんね多恵。ちょっと想像が過ぎたわね。でも、本当にどうなるのかしら私たちは」

 掃除道具を置いて私たちは腰かけた。そうそう、わたくし啓子は16歳で多恵は17歳、本当だったらまだ女学校に通っている年齢だ。こんなところでくすぶっている年頃ではなかった。これでは刑務所で収監されている方がましであった。

 「そうよねえ、私想うのよ。これじゃあ悪役令嬢のほうがマシよ!と。だってそうじゃないのよ、少なくとも変な婚約者と別れられたのだから。それに私って夫と結ばれていないのよ! でも、世間じゃ傷物扱いなんだろうね」

 私は両親に一つ恨み言をいうとすれば、愛人を人形にして妻として扱って、本物の妻に手をつけることなくメイドにするような変態公爵になんかと婚約させたことだった。でも・・・

 「啓子奥様。そうですわ。それに実家のご両親もご他界されたのですから、他の家に嫁ぐのは難しいかもしれませんわね」

 そう、私は屋敷の中で多恵以外に味方のいない女だった。主人からすれば悪役令嬢のひとつのいびり方であった。
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