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(参)四龍の勾玉

天狗カラス

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 後戻りも投げ出すことも出来ない旅。それが何を意味するのかはその時まだよくわかっていなかった。ただ、その旅を始める前の段階であった。五洲島へ渡る連絡船は多くの港から出ていた。しかし人外たちは私が持つ勾玉を狙っているのは確かだ。それならある疑問があった。

 「お姉さん、この勾玉を奪うのが目的なら遍路の旅を始めるのを、待ち伏せされるのではないですか?」

 そう言ったのは、遍路というものは八十八箇所を巡礼するので、その道は限られているはずだから。特に札所の前後は確実なはずだから。

 「香織! いえ香織様。お姉さんといわれるものだからつい呼び捨てにしてしまいまして、すいません。それですが、札所の付近は人外たちが近寄れない結界が数多くありますし、中には永久に捕らえられてしまうのもあります。それに他の巡礼者に姿を見せる事は、彼らからすれば恥なのですよ。
 だから、連絡船で拉致しようとするはずです。連絡船なら巻き添えも少ないはず・・・まあ、他の人たちに迷惑をかけないためですわ。それで色々検討していたのですが、この港に行きまして・・・」

 桔梗さんはそういって、次の行動を教えてくれた。ただ地名などの固有名詞は初めて聞くものばかりだった。それはまるで別の世界に行くみたいであった。

 「とりあえず、夕方ここを立ちます。まあ、天狗カラスの奴らはここを嗅ぎつけているはずですから。ここは結界内ですから襲ってきませんからご安心を」

 そういって桔梗さんは部屋の四隅を指さした。そこには神代文字で書かれた護符が張り付けられていた。

 「天狗カラスって、鳳凰宮を襲った奴らですか?」

 そう聞くと桔梗さんは窓の外を見ながら、小さな声で説明してくれた。

 「そうよ。いままで奴らは軍部と協力して色々と悪事を重ねてきたのよ。でも戦争に負けて軍部も解体されてしまったから、次の権力者へすり寄る材料として勾玉の力を欲しているあいつに渡そうとしたわけよ」


 「そんなに悪い奴らですか?」

 「悪いっていっても、まだ小物さ天狗カラスは。他にもっと悪い奴らはいるのよ。今までは押さえつけてる一方でお上も利用してきたわ。でも、今のように弱体化しているから危険なのよ。だから陛下も協力していただいたのですよ」

 その時、目の前に黒い影が人混みに潜んでいるのが私にも見えた。

 「あの影は?」

 私が言うと田貫さんは驚いていた。

 「やっぱり見えるのですか?? あの影を見る事が出来るのは人外かもしくは・・・やっぱり勾玉に選ばれし処女なのですね、あなたは!」

 「決まっているじゃないのよ! それが香織様なのよ! だから一番札所まではお連れしないといけないのよ!」

 桔梗さんの言葉は力強かった。
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