冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田

文字の大きさ
60 / 200
エリーは探偵として推理する

60・全身拘束刑囚人の朝

しおりを挟む
 希望の朝、そんなフレーズが当てはまらないのが全身拘束刑囚人の朝だ。機械なので自動的に目が覚まされてしまう、いや起動といったほうが正しいといえる。愛莉は冤罪だと淳司の正体不明のクライアントが断定していても、その法的地位は服役囚のままだった。エリーの本来の服役囚として機械に拘束されたままだ。

 「午前6時まであと五分、起動開始します。各種センサーチェック! 機体内老廃物排出開始! 栄養剤および水分の補充開始!」

 エリーの統括中枢は愛莉の意識にコマンドを送り出した。それはまるで朝になったら炊き上がる炊飯ジャーの起動みたいなものだ。時刻通りに活動開始させるために。

 愛莉は全身拘束刑を受けてからこんな朝を一ヶ月も過ごして来た。早くフツーの人間のように布団から起き上がりたいと思っていた。でも、それが叶う当てなどなかった。午前5時59分、エリーに取り付けられていたチューブは外れ、エリーの管理システムによる自己メンテナンス最終チェックが開始された。

 「機体内生体組織状態良好! 放熱システム異常なし! 循環機能および液体呼吸機能システム正常! 電脳起動確認! ガイノイドエリー活動開始!」

 その合図とともに愛莉の嫌な一日が始まる。いまの生活は刑務所でなくても身も心も全てが国家によって管理される機械として過ごしていくしかなかった。もし、お節介ともいえる淳司のクライアントとやらが介入しなければ最高十年はこんな無機質な活動体としていかなければならなかったと思うと恐ろしいものであった。でも、そこまで過ごさなくてもよかったのかもしれないというのが真相だった。何者かに電脳化された愛莉の頭脳が狙われているのだから。

 「ふー! じゃあ、掃除を始めますか! そして次は整理整頓よ!」

 丹下教授からは一か月分のスケジュールがインプットされていた。もっともそれは大雑把なもので、そこに自由な時間という物があった。今日は丹下教授が出勤するまで、それほど急いでやる作業はなかった。その日は研究所内にある旧蔡国の古新聞を公設図書館に寄贈するために宅配ボックスに整理し発送する作業が予定されていた。

 人間というものは、古い雑誌や新聞を整理しようとするとついつい読み入ってしまい先に進まない事がある。そんな状況に丹下教授は陥ってしまうので、トンデモナイ量の新聞や雑誌が研究所内のデットスペースに堆積していた。大学当局も最初は再生リサイクルとして出すことも検討していたそうだが、一連の半島動乱とそれで誘発された世界同時多発サイバーテロによって多くの旧蔡国の文物が失われたので、もしかすると電子化されていない記録などがあるかもしれないということで、寄贈されることになったという。おかげでエリーの派遣先を大学構内に確保できたわけだ。

 「ふー、かび臭い新聞だわ! あっ、いまは機械なんだから匂いなんかわからないのにね、ビジュアルで分かるとは不思議よね」

 愛莉はそう思っていたが、エリーはそれこそ自動的に組み立てた梱包ボックスに年代と発行元をチェックしながら整理していった。この日は半島動乱前後に発行された「景鮮日報」という新聞であった。その新聞社は今も蔡国の有力紙であるのだが、そのあたりのデータは麗華人民防衛隊いやエキゾチック・ブレインによるサイバーテロで破壊されて存在しないといわれているのだという。

 パラパラと確認しながら新聞に問題がなければ、袋に入れてボックスに収納していった。実は愛莉は趣味で外国語を学んでいて、一ヶ月もあれば小説を読むぐらいの語学をマスターしていた。だから英語やドイツ語といった言語などをマスターしていたが、蔡国語は学習中に逮捕されたので途中だった。

 「確かこの辺りって、日本と事実上断交状態まで関係が悪化していて情報があんまり入ってこなかったと聞いたことがあるわね」

 愛莉はそのころはまだ両親と貧しいながらも幸せな家族と一緒に暮らしていた。両親は政治などに興味はなかったが、日本と近隣諸国との関係悪化を危惧していた。昔ひいばあさんが言っていたという外国での戦争だ無関係だと思っていたけど、空襲で全てを失った。そんなことにならなければ良いと父が言っていたのを思い出した。確かにそれは現実になり両親は不帰の旅路に向ってしまった・・・

 「なあに考えているのよ愛莉! 朝からセンチメンタルにならなくたっていいじゃないのよ! 早く済ませましょう!」

 そう思った時の事だ、あの日の一週間前の新聞を見た時のことだ。そこに書かれていたのは小さな囲み記事であったが、どうもエキゾチック・ブレインに関する事のようだった。その情報量は少なかったが、こうあった”北蔡・世界に宣戦布告か? それに対し大統領は親愛なる大佐がそんなことをするわけないと一笑!”それを読むと当事者となった誰もが都合の悪いと思った事に目も耳もそして良心もつぶってしまっていたと思った。その後起きたことを考えると憂鬱ゆううつになった愛莉であった。

 午前八時前に研究所にやってきたのが丹下教授だった。教授は真っ先にエリーの様子を見に来た。どこまで仕事が進捗しているのかを確認しているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

【SF短編集】機械娘たちの憂鬱

ジャン・幸田
SF
 何らかの事情で人間の姿を捨て、ロボットのようにされた女の子の運命を描く作品集。  過去の作品のアーカイブになりますが、新作も追加していきます。  どちらかといえば、長編を構想していて最初の部分を掲載しています。もし評判がよかったり要望があれば、続編ないしリブート作品を書きたいなあ、と思います。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...