冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田

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(閑話)パンドラの鍵

溶解都市

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 かつての麗華の首都は、かつての共産主義諸国と同じように「地上の楽園」や「人類史上最美の都」などと宣伝されていた。実際、国力を完全に無視して建設された首都は見た目は白亜の御殿のような高層アパートが大きな通りに林立しており、中心部には高層建築物や世界各国の著名建造物をリスペクトした建造物が計画的に配置されていた。

 麗華は長年の経済制裁により疲弊していたが、事実上のクーデターで政権を掌握した世襲4代目のホーが核兵器の放棄と五年後の自由選挙の実施を発表したのは、AI大戦の直前だった。大戦の災禍で世界各国が疲弊したあとは、全世界から超絶技術が注目されたが・・・

 「首相、官房長官からテレビ電話が入っております!」

 シオリは飛行中意図的に接続解除していた衛星電話を再接続したところ、すぐ着信があった。相手は杠内閣の官房長官を務める松林喜久子だった。杠は面倒くさそうな顔をして電話に出た。

 「はい、杠です」

 「呑気に言わないでくれる? いくらお飾りだと言っていても必要なこともあるんですよ!」

 松林は五十代の女性で、ふっくらしすぎた肥満体でどちらかといえば不細工な部類の容姿だった。大きな顔にぎらついた目つき、そしてボサボサのヒバリの巣のような髪型をしていた。容姿に恵まれなかった代わりに行政処理能力は卓越しており、マスコミからは事実上松林政権だと揶揄されていた。

 「そりゃ、よかった。今回の会談のことか? 言っていただろ、防衛省麗華人体実験疑惑について、先方に機密解除の同意を直談判するって。そのために来たんだ。知っているだろ、麗華の行政委員長と仲が良いからそうしてもらったわけだ」

 杠はドアの前で迎えが来るのを待ちながら話をしていた。外は僅かな警備ロボが並んでいたが赤じゅうたんなどの歓迎の舞台は用意されていなかった。この飛行場は軍事基地の補助なので、老朽化して廃棄予定の旧型機が置かれているだけだった。

 「そうですか! なんて納得できるわけありません! そんなのテレビ会談でも出来ますし事務方に任せればいいことです! それに、選挙前に解決すればいいのですから今日でなくてもよかったじゃありませんか! 今日の予定ですが帝央大学に行くはずじゃないですか? それを急に変えるなんて、警備担当も困惑してましたわ!」

 松林のまくしたてる話にうんざりしていたが、杠は彼女を仕事では信用していたが「連中」に監視されているのは確かなので、今回の事をギリギリまで言えなかったのだ。

 「そりゃすまないな。あとでワビを入れておくから。それと夕方から予定されている連合与党幹部会議には出席するから心配しないでくれ」
 
 「そうですか・・・それにしても本当に出馬しないのですか? 首相」

 「それを約束して選挙管理内閣の首班になっただろ、それに私はいま無所属なんだぞ、選挙区も君に譲ったんだからどこからも出れないだろ!」

 「そうですが、本当はなにかを企んでいるんでしょ!」

 「ああ」

 杠は彼女がどこまで把握しているのか確認していなかったが、たぶん今回の事は何をしようとしているのか分かっているのだろうと思っていた。でも、ここで言う事はできなかった。内閣の閣僚の何人かが「連中」の息がかかっているのは間違いなかったから。

 「まあ、そういうことさ。これから四か国首脳会議ってことさ。といっても蔡国と中華は代理人だけどな」

 「それってなによ! それって本当になにをやるのですか?」

 彼女の質問には答えず、迎えが来たといって通話を終わらした。受話器をシオリのボディに収納するとドアを開けた。そのとき機内に乾燥した黄砂交じりの風が吹き込んできた。おもわず杠は口元を手で覆った。

 「首相、迎えが来ました。それにしても首相らしくありませんわ! 世間からは無視されるわ必要にされるのは官房長官だけですなんて」

 シオリは呆れたような人工音声をしていた。杠は誰がこんな批判的な事をいうようにAI設定したのはと考えていたが、まあ発注先の社長らしいなとも感じていた。

 「そういう事さ。首相を受けたのも連中がしようとしているエキゾチック・ブレイン復活に乗じてあることをするためさ。なにをするかはお前にも内緒さ!」

 「そうですか。来られましたわ」

 プライベートジェットに横づけされた車によく知っている顔がいた。その顔の人物は車外にでて杠を待っていた。彼が位置に着いたところで内臓式のタラップを降りた。

 「杠先生、お久しぶりです。こんな形でお会いするとは思いませんでした!」

 麗華行政委員長のマオがハグをしてきた。彼は杠が養成した元工作員の一人だった。

 「そうだな。裏の黒子が表に出てしまったんだからな。もし首相になっていなかったら大学教授としてここに来ていたかもしれないな。でも、首相でなければ出来ない事があるからな、パンドラの鍵を取り出すのはな」

 「そうですね! それよりも早く車に入ってください! ここは安全地帯ですが今日の風では飛んで来るかもしれませんから、あのしずくが」

 しずくとは、エキゾチック・ブレイン暴走によって破壊された旧首都の溶解した瓦礫から飛来する汚染されたガラス状の埃だ。元々麗華の旧首都は盆地の中央に建設された町であったが、純粋水爆が湖の水とも反応し巨大な破壊力を持って街を溶かしてしまい、残ったのは巨大なクレーターとありとあらゆるものが溶けてガラス状に冷えて固まった元は何かだったのを知るのも憚れるものであった。そのガラス状の物が風化してしずくとなって風に舞っていた。

 「あとの二人も持ってきているんだろ! コードを」

 「はい、先生の事を良く知っている人物ですよ。さずがに首脳会議なのに無理がありますけどね。中華の総統は別の事をお願いしているのですよね。おかげで来れないようですが」

 「そうだな、全てが失敗したら尻拭いしてもらわないと、本当に世界が終わりかねないからな。ところで共和国宮殿はどうなっている?」

 共和国宮殿は麗華の独裁者ホーが最期を迎えたところでもありエキゾチック・ブレインの中枢部が設置されていたところであった。かつては欧州のどこかの宮殿のような豪奢な建物であったが、純粋水爆によって地上部は瓦礫になったが地下にあったエキゾチック・ブレインは残存していた。コアを除いて。

 「はい、会談前に見学するということで警備システムに除外してもらいました。でも、それが目的ですが」

 マオは少し緊張していた。そこのおぞましさを思い出していた。一万人以上の人間を脳漿が機械に接続されている光景だ。その存在が危機の十三日の切っ掛けだったが、終わりのはじまりであった。

 二人を乗せた乗用車は解けた街を走っていた。飛行場からはクレーターの縁に広がるそれらの残骸を見ながら行くしかなかった。クレーターには水が溜まり湖になっていたが、人の営みはなかった。ここは居住禁止地帯で、自動警備システムによって侵入者は排除されてきた。だから共和国宮殿は特別な許可がなければ入れなかった。四ヶ国首相の電子許可証が・・・

 「いつみてもこの風景は嫌だな。世界中には似たような破壊された都市はあるというのに、此処は特に」

 杠がそういうのは、偽りの十三か月の平和の間。ここで暮らしていたからだ。破壊される直前の風景を覚えていたから。そのとき、向こうから警備ロボの姿が見えてきた。その警備ロボはほぼ全て元人間であった。
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