Legendary Saga Chronicle

一樹

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 ナイフは、カガリの手にすっぽりと収まった。
 そして、

 「え? え?」

 カガリの戸惑いは消えなかった。
 その間にも、カガリは彼を押さえつけていた男の血によって真っ赤に染まる。
 
 「魔封檻ラ・カージュ!」

 男による拘束が解かれたカガリを逃がすまい、と誰かが魔法で檻を出現させる。
 黒い鉄格子のような檻の中にカガリは閉じ込められてしまう。
 しかし、カガリは軽くナイフを握ったまま横に一閃する。
 ほかに特別なことはしていない。
 ただ、切った。
 それだけだった。
 切られた部分から檻は消失してしまう。

 「腕が、勝手に」

 戸惑いは大きくなるばかりだった。
 そんなカガリの脳内に声が響いた。
 それは、たしかに声であり誰かの意思である言葉だった。

 ーー気持ちいいーー

 途端に、カガリの意識が黒く塗りつぶされる。

 とても気持ちが良い。
 気分が高揚する。
 なんて、最高なのだろう。
 いま、この瞬間が至高だった。
 肉がある。
 眼前にはたくさん切れる肉がある。

 「あはは」

 静かに、場違いな笑いが漏れた。
 ナイフを持ち直して、周囲を見る。
 魔法が放たれる。
 自分に向かって、魔法が放たれる。

 「これは、つまらない」

 残念そうに呟いて、カガリは火、水、風、土、闇、光、妖精、様々な属性の攻撃魔法をナイフで切り裂く。

 切り裂く。
 切り裂く。
 切り裂く。

 その場の空気が驚愕と恐怖に染まる。
 血の香りがほしい。
 もっと。
 もっと、ほしい。

 得体の知れないバケモノに向けられる、恐怖という感情にその場が呑まれる。

 その中に、二つの色を見つけた。
 鮮血の紅と、時間をおいて変色した黒。
 レジナとアーサーだった。
 
 「あぁ、とても綺麗だ」

 そう呟くと同時に、レジナへと一気に間合いを詰める。
 ナイフが煌めいて、彼女へと迫る。
 それを、レジナが左手でナイフの刃ごと掴んで止めた。

 「ほんとう、教えることがたくさんあるわ。
 この程度で充てられるなんて」

 刃はビクともしない。
 驚愕の表情を浮かべたカガリへ、レジナは聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべると彼の顔面へ膝を叩きこんだ。

 カガリの手がナイフから離れる。

 「勇者バケモノが聞いて呆れるよ」

 その横から、アーサーにぺしっと頭を叩かれてしまう。

 「とりあえず、逃げるぞ!」

 鼻血を出して、動かなくなったカガリをアーサーが担いで、口早に言うと周囲を囲みつつあった野次馬と賞金稼ぎらしき連中を蹴り倒してさっさと店から逃げ出した。
 その背をレジナも追いかける。
 そんな二人に、様々な属性の攻撃魔法が放たれた。
 威力はピンキリだが、さすがに一気に、それもこうも大量になると中々処理が骨である。
 レジナは、指を振ってコレクションの一つを出現させる。
 余計なトラブルを避けるため、人目がある所ではまずこういったことはしないのだが、今は非常事態なのでそうも言ってられない。
 彼女が出現させたのは、死神が持っていそうな巨体な鎌だった。
 ただ、製造したのも所持していたのも死神ではない。

 【魔女の死鎌ルォーズレッド】という名がついている。
 
 その名が示すとおり、魔女の所有物だったと伝わる鎌である。
 持ち手は黒く、その刃の部分は赤黒い。
 これでもかと悪趣味な髑髏の装飾が施されている。

 「悪く思わないでよ、っね!
 黒死幻影デス・ファントムっ!」

 レジナは足を止め、飛びかかり、襲いかかってくる者達へ鎌を大きく振るった。
 放たれたのは、黒い、どこまでも黒く、暗い闇の刃。
 それが飛びかかってきた者達を薙ぐ。
 放たれた刃に触れた者達は、次々に足を止め、あるいは倒れふした。
 すぐさまレジナはその場を走り去った。
 背後から阿鼻叫喚と表現するに相応しい声が聞こえてきたが、彼女は振り返らなかった。



 「たぶん、鼻が折れた」

 涙目で復活したカガリに言われて、レジナは呆れた表情になった。

 「なに言ってんの鼻血くらいで」

 「な、こいつ怖いだろ?
 とても嫁になんてできないだろ」

 アーサーが川で魚を釣りながらそう言ってくる。
 街からも人目につく街道からも離れた森の中。
 逃げ切った三人はここで一息ついていた。

 「折れてない折れてない」

 レジナが手をパタパタ振って、焚き火で淹れたお茶を飲む。
 そんなレジナにアーサーが言う。

 「折るよりヤバいことしてるしなぁ。
 あの賞金稼ぎの男、一生もんのトラウマ植え付けられて両手無くしたし」

 「え?」

 拘束が外れた時、何がどうなったのかカガリはよく分かっていなかった。
 ただ、手にナイフが収まると同時に、今まで経験したことのない感覚に呑まれたことは覚えていた。
 そこから、目覚めて鼻の骨が折れたんじゃないかという激痛に襲われ、その激痛の原因をきいたのがついさっきのことである。
 ナイフに残っている、前の持ち主の思念にカガリは体を乗っ取られていたようだ。

 「あぁ、違う違う、お前がやったんじゃなくてレジナの話な」

 「喧嘩を売る相手を間違えた報いだよ」

 シレッと悪びれることなく、レジナがそんなことを言った。
 ますますアーサーはますます呆れる。

 「普通の魔法使いは、ナイフを浮かせたりして自由に操るとか出来ないからな」

 「え」

 カガリが驚いて、二人を交互に見る。

 「こいつが魔法を覚えたのだって、おとぎ話に出てくる白魔女に憧れてだからなぁ」

 「白魔女?」

 「こっちの世界のおとぎ話にあるんだよ。
 善き魔女は白き魔女、その逆は黒き魔女ってのが。
 いつのまにか、黒魔女みたいな行動してるけどな」

 「ただの仕事仲間なのに、詳しいですね」

 「酒の席でポロッと言っちゃったんだよ」

 答えたのは、レジナだった。

 「でも、そんな事より大事なのは今だよ今」

 難しい顔をしながら、レジナはチョコを一つつまんで口に放り込む。
 それからお茶をズズっと飲んで、カガリとアーサーを見た。

 「指名手配のことか」

 アーサーが呟く。
 カガリも不安そうに表情を曇らせた。
 まさか指名手配されるなんて、賞金首になるなんておもっていなかったのだ。

 「なんで、急にそんなことになったんでしょう?」

 「……店でカガリが押さえつけられた時、押さえつけたやつが勇者がどうのとか言ってただろ?」

 魚はまだ釣れないようだ。
 いや、よく見ると脇に何匹か釣れていた。
 逃げられないように、おそらくレジナが出したであろう籠に入れられていた。

 「三日前の件、ですかね?」

 「たぶんな」

 魔族か、それとも王族パーティ側の攻撃か。
 どちらが放ったものかはわからないが、再現された勇者に付き従った娘の家が破壊されたあの一件。
 カガリは反応が出来ず、アーサーの機転がきいたためなんとかたすかったのだが、衝撃やらなんやらで気絶してしまったのだ。

 「魔族が王族パーティを痛めつけたってことですけど、それが俺たちの所為になってるってことですかね?」

 「たぶんな。俺と会う前にお前らが王族パーティの連中をボコボコにしてた、とかじゃなければな」

 「色々面倒がって、ドサマギで出てきたのが裏目に出たか。
 あの時は魔法使って無かったし、赤い髪は目立つから職員の人達の印象に強く残ったのかも」

 「俺は指名手配されてなかったし、あの場で逃げられたら良かったんだけどなぁ」

 たぶん、顔見られてるよなぁとアーサーは力無く呟いた。

 「あれ?」

 そこでカガリが何か引っかかった。
 三人分の魚が取れたのか、アーサーが釣りをやめて焼き魚にするための下拵えに入る。

 「どうした?」

 魚を絞めて、串を通しながらアーサーが聞き返した。

 「王族パーティ達は、魔族に襲われたってわかってるはずなのに、どうして俺たちが襲って返り討ちにしたことになってるんだろう?」

 「たぶん、情報の行き違いかな。
 何しろまだ三日だからね。
 王族パーティの連中はかなりの大怪我だっただろうし。
 回復してない可能性がある。
 となると、あの観光地で働いてた職員が派遣された国側の調査員とかに、来客名簿を見せて、現場から消えたあたし達のことを伝えたのかも」

 「なるほど」

 「でも、じゃあこれからどうすんだよ?」

 「この国にいても、厄介事が増えるだけだしさっさと伝説の剣を見つけてトンズラしよう」

 レジナの言葉に、カガリとアーサーはそんなにうまく行くかなぁと顔を見合わせたのだった。


 
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