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鵺のツグミちゃんはともかく、火竜の方はとにかくばあちゃんへ懐いていた。
散歩や下の世話、もちろん餌を与えているのはあたしなのに。
ばあちゃんだけでなく、お母さん、そしてマリーにもよく懐いていた。
しかし、この三人以外、あたし、お父さん、じいちゃん、エリーゼにはあまり懐いていないように感じていた。
というよりも、これは……。
「姉ちゃーん、ヒィちゃんにまた逃げられたー」
火竜と鵺を飼い始めて数日後の早朝。
まだ太陽も昇らない薄暗い時間、あたしは吸血鬼を含めた夜行性種族の子供たちための夜間幼稚園から帰ってきたばかりのエリーゼに、そう言われ起こされた。
ヒィちゃん、というのは火竜のことだ。
元々名前はついていなかったので、あたしはサラマンダー、もしくはサラ、と読んでいたのだが、昔からの読み方の方からとって、いつの間にかヒィちゃん呼びになっていた。
あたしも今は、この引き取った火竜のことを【ヒィ】、もしくはちゃん付けで呼ぶようになっていた。
「仕方ないでしょ、あの子エルフにしか懐かないみたいだし」
あたしは眠いので、布団を被り直す。
「違うよ。アレは懐いてるんじゃないよ」
エリーゼが食い下がってきた。
「?」
「アレはね、えこひーきしてるって言うんだよ」
「エリーゼは難しい言葉を知ってるね」
「だからね、姉ちゃんからヒィちゃんに言って欲しいの。
えこひーきはダメだよって」
いやぁ、言っても無駄だと思うなぁ。
「あと、えこひーきもダメだけど、小瓶を売るのもあんまりよくないと思うから、それも言ってほしい」
「ヒィはお店屋さんなんてしてないよ」
たぶん、【媚を売る】って言いたかったんだろうなぁと思いながら、あたしはエリーゼへ返す。
布団の中からなので、かなり声はくぐもっているだろうけれど、聞こえているなら問題ない。
「とにかく言って!!」
ヒィのことを撫でまくりたいんだろうけど、そんなムキにならんでも良いだろうに。
しかし、可愛い妹の頼みでもある。
だが、まだ眠い。もう少しだけこの惰眠を貪りたい。
そこで、思いつく。
もぞもぞとあたしは布団の中で体の向きを変える。
そして顔を布団から出して、顔をプクッと膨らませていたエリーゼへ言った。
「それなら、チーとムーに頼みなよ」
「なんで?」
「知らないの?
猫もね、ちゃんと人の言葉がわかるんだよ。
飼ってる猫が家出しても、近所の野良猫に帰ってくるよーに伝えてねーって言っておくとちゃんと帰ってくるんだよ」
たまにネットでバズる話題だ。
「そうなの?」
「それにさ、ヒィのやつチーやムーのお気に入りの場所にいても、チーやムーが退いて~って鳴くとちゃんと退いてるでしょ」
これはうちで何度か見た光景だ。
あたしの言うことは聞かなくても、猫たちの言うことには従っている節がある。
「うん、やってみる!」
ふっ、チョロいぜ。
数十分の惰眠を貪り、それから朝ごはんを食べに台所に向かう。
そこで、あたしは信じられないものを目撃した。
朝日が昇り始めたので、窓がすべて閉じられ遮光カーテンで覆われている。
その中心、というか居間で子供用テーブルのまえにちょこんと座って、エリーゼがご飯を食べていた。
そんな末の妹の頭には、ヒィがいた。
なんなら寛いでいるように見える。
イマイチあの炎でなんで髪の毛が燃えないのか、不思議だ。
あたしが自分の分のご飯をよそって、いざ食べようとした時、エリーゼが流しに自分の分の食器を置きに来た。
身長が足りないので、そこは羽を出して補っている。
食器をだし終えると、エリーゼは羽をパタパタさせあたしの横へ来ると、目をキラキラさせて言ってきた。
「姉ちゃん姉ちゃん!
凄いよ! ほんとに猫に頼んだら、ヒィちゃんが撫で撫でさせてくれたんだよ!」
マジか。
ネットの情報も役に立つものだ。
「へえー、良かったねぇ」
「うん!!」
あたしは、何気なくエリーゼの頭の上で寛いでいるヒィへ視線をやる。
あたしの視線に気づいたヒィが、怠そうにあたしを見返してきた。
「じゃ、姉ちゃん学校行くけど、エリーゼ、ヒィを玩具にするんじゃないよ?」
「しないもん! もう五歳でお姉さんだから、大丈夫だもん!!」
どうだか。
「ヒィ。嫌なら逃げるんだよ」
念の為、あとダメ元であたしはヒィへそう言った。
ヒィはどこか不貞腐れたようにそっぽを向いた。
そうか、お前はまだわかっていないんだな。
いや、この場合は知らないと言うべきか。
五歳児の無慈悲で理不尽なお人形になる運命が、お前を待ち受けているのは確実だ。
この数日で、すでにツグミちゃんはその運命を辿ってしまった。
ツグミちゃんはたしか隣の家に住む奥様役と、飼い犬役だったかな。
鵺なのにポチと名前をその時だけ付けられていたこともあった。
さて、ヒィはなんの役になるんだか。
なんの話かって?
エリーゼのおままごとの配役の話だ。
まぁ、お風呂に入って寝るまでの間だし、そんな酷いことにはならないだろうとは思う。
バタバタと朝食を済ませて、制服に着替える。
そうしてあたしが家を出る頃には、エリーゼがお母さんの口紅を持ち出してヒィの口に塗りたくっていた。
怒られるぞー、エリーゼ、お前それ、あとでお母さんに怒られるぞー。
「あなた! 奥さんとはいつわかれてくれるのよ!!」
ヒィを人形代わりにして、何やら生々しい昼ドラのようなおままごとが始まった。
ちなみにヒィの声はエリーゼである。
ヒィ、愛人役なんだ。
と、いつのまにそこに居たのか、不倫している旦那役はタマだった。
「わかっているさ、俺の愛は君だけのものだ。待っていてくれ」
「ほんとね?! 信じていいのね?」
「あぁ、もちろんさ! 君と産まれてくる子供のためにも」
待て待て待て待て!!
「エリーゼ、それ、なんのごっこ遊び?」
さすがに気になったので、家を出る時間的にギリギリだけど、あたしは末の妹に聞いてみた。
「たまにね、寝てる途中で起きてテレビ付けたらやってるドラマだよ」
昼ドラだよ、それ。
なんで昼ドラは昼にやるんだ。
いや、昼ドラだから昼にやるのは当たり前なんだけどさ。
エリーゼみたいに家にいる子供だっているんだ、悪影響だろうに。
あと、ヒィの目が死んだ魚みたいになってたけど見なかったことにした。
だから嫌なら逃げろって言っただろ。
散歩や下の世話、もちろん餌を与えているのはあたしなのに。
ばあちゃんだけでなく、お母さん、そしてマリーにもよく懐いていた。
しかし、この三人以外、あたし、お父さん、じいちゃん、エリーゼにはあまり懐いていないように感じていた。
というよりも、これは……。
「姉ちゃーん、ヒィちゃんにまた逃げられたー」
火竜と鵺を飼い始めて数日後の早朝。
まだ太陽も昇らない薄暗い時間、あたしは吸血鬼を含めた夜行性種族の子供たちための夜間幼稚園から帰ってきたばかりのエリーゼに、そう言われ起こされた。
ヒィちゃん、というのは火竜のことだ。
元々名前はついていなかったので、あたしはサラマンダー、もしくはサラ、と読んでいたのだが、昔からの読み方の方からとって、いつの間にかヒィちゃん呼びになっていた。
あたしも今は、この引き取った火竜のことを【ヒィ】、もしくはちゃん付けで呼ぶようになっていた。
「仕方ないでしょ、あの子エルフにしか懐かないみたいだし」
あたしは眠いので、布団を被り直す。
「違うよ。アレは懐いてるんじゃないよ」
エリーゼが食い下がってきた。
「?」
「アレはね、えこひーきしてるって言うんだよ」
「エリーゼは難しい言葉を知ってるね」
「だからね、姉ちゃんからヒィちゃんに言って欲しいの。
えこひーきはダメだよって」
いやぁ、言っても無駄だと思うなぁ。
「あと、えこひーきもダメだけど、小瓶を売るのもあんまりよくないと思うから、それも言ってほしい」
「ヒィはお店屋さんなんてしてないよ」
たぶん、【媚を売る】って言いたかったんだろうなぁと思いながら、あたしはエリーゼへ返す。
布団の中からなので、かなり声はくぐもっているだろうけれど、聞こえているなら問題ない。
「とにかく言って!!」
ヒィのことを撫でまくりたいんだろうけど、そんなムキにならんでも良いだろうに。
しかし、可愛い妹の頼みでもある。
だが、まだ眠い。もう少しだけこの惰眠を貪りたい。
そこで、思いつく。
もぞもぞとあたしは布団の中で体の向きを変える。
そして顔を布団から出して、顔をプクッと膨らませていたエリーゼへ言った。
「それなら、チーとムーに頼みなよ」
「なんで?」
「知らないの?
猫もね、ちゃんと人の言葉がわかるんだよ。
飼ってる猫が家出しても、近所の野良猫に帰ってくるよーに伝えてねーって言っておくとちゃんと帰ってくるんだよ」
たまにネットでバズる話題だ。
「そうなの?」
「それにさ、ヒィのやつチーやムーのお気に入りの場所にいても、チーやムーが退いて~って鳴くとちゃんと退いてるでしょ」
これはうちで何度か見た光景だ。
あたしの言うことは聞かなくても、猫たちの言うことには従っている節がある。
「うん、やってみる!」
ふっ、チョロいぜ。
数十分の惰眠を貪り、それから朝ごはんを食べに台所に向かう。
そこで、あたしは信じられないものを目撃した。
朝日が昇り始めたので、窓がすべて閉じられ遮光カーテンで覆われている。
その中心、というか居間で子供用テーブルのまえにちょこんと座って、エリーゼがご飯を食べていた。
そんな末の妹の頭には、ヒィがいた。
なんなら寛いでいるように見える。
イマイチあの炎でなんで髪の毛が燃えないのか、不思議だ。
あたしが自分の分のご飯をよそって、いざ食べようとした時、エリーゼが流しに自分の分の食器を置きに来た。
身長が足りないので、そこは羽を出して補っている。
食器をだし終えると、エリーゼは羽をパタパタさせあたしの横へ来ると、目をキラキラさせて言ってきた。
「姉ちゃん姉ちゃん!
凄いよ! ほんとに猫に頼んだら、ヒィちゃんが撫で撫でさせてくれたんだよ!」
マジか。
ネットの情報も役に立つものだ。
「へえー、良かったねぇ」
「うん!!」
あたしは、何気なくエリーゼの頭の上で寛いでいるヒィへ視線をやる。
あたしの視線に気づいたヒィが、怠そうにあたしを見返してきた。
「じゃ、姉ちゃん学校行くけど、エリーゼ、ヒィを玩具にするんじゃないよ?」
「しないもん! もう五歳でお姉さんだから、大丈夫だもん!!」
どうだか。
「ヒィ。嫌なら逃げるんだよ」
念の為、あとダメ元であたしはヒィへそう言った。
ヒィはどこか不貞腐れたようにそっぽを向いた。
そうか、お前はまだわかっていないんだな。
いや、この場合は知らないと言うべきか。
五歳児の無慈悲で理不尽なお人形になる運命が、お前を待ち受けているのは確実だ。
この数日で、すでにツグミちゃんはその運命を辿ってしまった。
ツグミちゃんはたしか隣の家に住む奥様役と、飼い犬役だったかな。
鵺なのにポチと名前をその時だけ付けられていたこともあった。
さて、ヒィはなんの役になるんだか。
なんの話かって?
エリーゼのおままごとの配役の話だ。
まぁ、お風呂に入って寝るまでの間だし、そんな酷いことにはならないだろうとは思う。
バタバタと朝食を済ませて、制服に着替える。
そうしてあたしが家を出る頃には、エリーゼがお母さんの口紅を持ち出してヒィの口に塗りたくっていた。
怒られるぞー、エリーゼ、お前それ、あとでお母さんに怒られるぞー。
「あなた! 奥さんとはいつわかれてくれるのよ!!」
ヒィを人形代わりにして、何やら生々しい昼ドラのようなおままごとが始まった。
ちなみにヒィの声はエリーゼである。
ヒィ、愛人役なんだ。
と、いつのまにそこに居たのか、不倫している旦那役はタマだった。
「わかっているさ、俺の愛は君だけのものだ。待っていてくれ」
「ほんとね?! 信じていいのね?」
「あぁ、もちろんさ! 君と産まれてくる子供のためにも」
待て待て待て待て!!
「エリーゼ、それ、なんのごっこ遊び?」
さすがに気になったので、家を出る時間的にギリギリだけど、あたしは末の妹に聞いてみた。
「たまにね、寝てる途中で起きてテレビ付けたらやってるドラマだよ」
昼ドラだよ、それ。
なんで昼ドラは昼にやるんだ。
いや、昼ドラだから昼にやるのは当たり前なんだけどさ。
エリーゼみたいに家にいる子供だっているんだ、悪影響だろうに。
あと、ヒィの目が死んだ魚みたいになってたけど見なかったことにした。
だから嫌なら逃げろって言っただろ。
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