聖獣キアルラ、本日も主が規格外です

kei

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猫(聖獣)、影に震える

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……まずい。
本当に、まずい。

(冗談じゃなく、洒落にならないやつだ)
 
アリーが私を撫でた翌朝。
私は一睡も出来ずにいた。
理由は単純だ。

(あれが、“魔力調律”であると確定した)

しかも――

(詠唱なし)
(意識なし)
(無自覚)

聖獣相手に、だ。

(……この時点で、魔塔主級どころじゃない可能性すらある)
 
私は、敷物の上で丸くなりながら、胃を押さえたくなる衝動を必死に堪えた。

(もし、魔塔主が気づいたら)

想像が、容易すぎた。



魔塔。

あそこは、
「魔法が好きで集まった者」と、
「魔力が強すぎて逃げられなかった者」が
同じ建物に押し込められている場所だ。

前者は幸せだ。
研究が楽しくて、寝食を忘れる。

だが後者は違う。

(才能があるから、研究を余儀なくされる)
(拒否権?そんなもの、最初から存在しない)

魔塔主は、基本的に善良だ。
だが、魔法に関してだけは狂っている。

(聖獣調律を、無詠唱で、しかも“撫でるだけ”でやる人間。
 ……手放すと思うか?)

答えは、分かりきっている。

――否。

全力で囲う。
保護と称して、隔離する。
研究と称して、人生を固定する。

(アリーの人生が、“魔法研究用の人生”にされる)

それだけは――
絶対に、ダメだ。



私は、そっと視線を横に向けた。
アリーは、いつも通り、刺繍をしている。
静かで、無防備で、世界の悪意に、まったく気づいていない。

(……この人間。
 自分が、どれだけ危険な存在か、理解してない)

乳母が、近くで針仕事をしながら、さりげなく言った。

「……お嬢様、今日は外出は控えましょう」
「……うん」

短い返事。
だが、その裏にある意図が、私には分かってしまう。

(目立たせない)
(測定させない)
(報告させない)

乳母の夫――元騎士団長も、いつもより屋敷の結界を厚くしている。

(……本気だ)

 私は、ようやく理解した。

(この二人、“魔塔から隠す”前提で動いている。
 しかも、長期戦を覚悟してる)

 問題は――

(私だ)

聖獣の存在は、魔塔主の“大好物”だ。

(もし、私の存在がバレれば……)

 そこから、芋づる式。

(聖獣が懐く令嬢)
(聖獣が離れない)
(調律の痕跡)

(……詰みだ)

私は、自分が屋敷に来たことを初めて本気で後悔した。

(恩返しどころか、爆弾持ち込んでるじゃないか)

胃が、きりきりと痛む。

(……いや。まだだ)

魔塔主は、万能ではない。
観測できなければ、気づけない。

(なら、“観測されない聖獣”でいればいい)

私は、決めた。



その日から。
私は徹底して――

ただの猫を演じることにした。

魔力を抑え、
飛ばず、
話さず、
賢さも出しすぎない。

梁に登っても、
必ず失敗する“ふり”。

撫でられても、調律が起きそうな瞬間は、さりげなく体勢をずらす。

(……すまない、主。
 だが、これ以上は――)

アリーは、私を見て、首をかしげる。

「……ねこ、へん?」

(変だよ!必死なんだよ!)

だが、声には出さない。
私は、ただ、彼女の手に額を擦りつけた。

(……信じてる。
 この人を、守る価値があると)

屋敷の大人たちが、何も言わずに立ち回っている理由が、胸に刺さる。

(……ああ。恩返し。
 一宿一飯の恩。
 終わらせるつもりだったのに)

 私は、静かに誓った。

(魔塔主が気づく前に。
 絶対に、この人を研究室には入れさせない)

聖獣キアルラ。
この日から、“屋敷猫”であると同時に、”対・魔塔防衛”の最前線に就任した。

胃は、
もう、
慢性的に痛い。

だが――

(……それでも。
 主が笑える未来の方が、よほど、大事だ)

そう思ってしまった時点で、私はもう、完全に――
逃げられなくなっていた。
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