聖獣キアルラ、本日も主が規格外です

kei

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猫(聖獣)、世界が気づきかけるのを知る

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風の匂いが、違った。

(……まずい)

私は、庭を歩きながら、即座にそう判断した。

傷は、ほぼ癒えている。
動ける。
跳べる。
――だからこそ、分かる。

(これは、自然の魔力じゃない)

アリーは、私の少し前を歩いていた。
歩幅は小さく、足取りは静か。

庭の奥――
あまり人の手が入っていない一角で、彼女は、ふと立ち止まった。

「……?」

視線の先には、一本の樹木。
葉の色が、くすんでいる。
幹も、乾き気味だ。

(……衰弱してるな)

珍しくもない。
だが――
アリーは、躊躇なく、その樹に近づいた。

(……やめろ)

私は思わず一歩、前に出た。
だが、遅かった。

アリーは、そっと樹皮に手を置いた。
その瞬間。

(――っ!)

空気が、震えた。
魔力が、溢れた。
意図的ではない。
詠唱もない。

ただ、
「元気になってほしい」
その感情だけ。

(……主!)

樹皮から、淡く、温かな光が広がる。
一本の樹だけではない。
隣の木。
さらに、その奥。
庭全体の“生きているもの”が、呼応し始めた。

(やめろ!広がる!)

葉が、揺れる。
音もなく、青さを取り戻す。
土が、湿り、根が、静かに、深く伸びる。

(……これは、“回復”じゃない。
 生命系の根源操作だ)

私は、完全に硬直した。

(魔塔主が見たら、一発で分かる)

その時――

「お嬢様!!」

鋭い声。
乳母だ。
駆け寄る足音。
息が乱れている。

(来た……!)

乳母は、樹皮に触れているアリーの手を迷いなく、引き剥がした。

「――だめです!」

強い声。
だが、恐怖よりも、必死さが勝っている。

アリーは、驚いてこちらを見る。

「……?」

何がいけなかったのか、本当に分かっていない顔。
乳母は、即座に抱き寄せる。

「……すぐ、戻りましょう」

説明は、ない。
だが、判断は完了している。

私は、振り返った。

庭。

光は、もう消えかけている。
だが――

(遅い)

溢れた魔力は、完全には消えない。
薄まりながら、屋敷の結界をすり抜け、外へ、外へと、滲み出ていく。

(……ああ)

私は、歯を食いしばった。

(見つかる。
 今すぐじゃなくても、“気づかれる”)


********************


一方――

魔塔。
最上階。

無数の魔導式が、宙に浮かぶ部屋で、一人の男が手を止めた。

「……?」

魔塔主は、眉をひそめた。
観測陣が、微かに震えた。

(今のは……)

自然発生にしては、整いすぎている。
だが、位置は曖昧。
強度も、すでに薄い。

「錯覚……か?」

だが、魔塔主は、指先で空をなぞる。

残滓。
微弱だが――

(“詠唱なし”)

魔塔主は、静かに笑った。

「……面白い」

興味。
それが、最も危険な感情だ。

「調査班を、さりげなく動かそう」

命令は、穏やか。

だが、歯車は、確かに回り始めた。


********************


屋敷に戻る途中。
乳母は、アリーの手を強く、握っていた。
離さない。
絶対に。

アリーは、小さく言った。

「……だめ、だった?」

乳母は、ほんの一瞬だけ、言葉に詰まる。
そして、笑った。

「いいえ。……とても、優しいことでした」

だが、次の言葉は、低く、確かだった。

「だからこそ、“外では”してはいけません」

アリーは、黙って頷いた。
私は、胸の奥が冷えるのを感じた。

(……もう、始まってしまった)

屋敷に入る直前、私は、もう一度庭を見た。
木々は、静かに、ありえないほど、元気だった。

(……ああ。
 間に合ってくれ。
 魔塔主が、“気のせい”だと、判断してくれるまで)

その日。

私は、初めて――
世界そのものが、主に気づきかけていると実感した。

胃が、痛いどころの話では、なくなっていた。
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