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乳母、お嬢様を“普通の令嬢”として生かすために
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最初に気づいたのは、――違和感だった。
アリセルネお嬢様が、猫を撫でていた。
ただ、それだけ。
令嬢が猫を撫でるなど、どこにでもある光景だ。
だが。
空気が、整いすぎていた。
魔力の流れが、“滑らか”すぎた。
(……まさか)
私は足を止め、目を細めた。
あの子の手の動きは、無意識。
撫でているだけ。
だが――
それは、調律だった。
私は、知っている。
魔塔主が使う、あの魔法。
魔力を“整える”特殊魔法。
術式は複雑、
詠唱は長く、
理論は、魔塔の奥でも秘匿されている。
それを。
――撫でるだけで?
(冗談ではない)
私は即座に判断した。
見せてはいけない。
知られてはいけない。
理解させてもいけない。
あの子自身にすら。
幸いだったのは、猫という存在。
あの猫は、普通ではない。
魔力容量、
反応、
自己修復力。
どう見ても、ただの猫ではない。
(……聖獣、でしょうね)
確信したのは、元騎士団長である夫も同じだった。
「……気づいているな?」
「ええ」
短いやり取り。
それで、十分だった。
私たちは、王の乳母であり、王を守る者だった。
そして今は、――この子を守る者だ。
問題は、外。
魔塔。
あそこには、
魔法を愛する者と、魔力に愛されすぎた者がいる。
前者は、幸せだ。
だが後者は、――逃げられない。
強大な魔力は、研究対象になる。
才能は、拘束理由になる。
もし、アリセルネの魔力が露見すれば。
連行。
監視。
一生、研究。
――それが、“保護”という名の檻。
(……冗談ではない)
あの子は、静かに暮らしたいだけだ。
刺繍をして、
猫を撫でて、
人のそばにいる。
それだけ。
それだけなのに。
決定的だったのは、庭での出来事。
弱った樹に、あの子が触れた。
願っただけ。
“元気になってほしい”と。
その瞬間。
魔力が、溢れた。
波紋のように、庭全体へ。
(まずい!)
私は走った。
声を荒げず、しかし、即座に。
手を引き離し、屋敷へ戻す。
外に、漏れた魔力。
完全には、消せない。
薄く、
薄く。
それでも――
感度の高い者なら、気づく。
(魔塔主……)
胸の奥が、冷えた。
その夜。
私は、屋敷中に指示を出した。
“猫用”の名目で、環境を整えろ。
魔力遮断布。
気配緩和の結界。
外部観測を撹乱する配置。
すべて、猫のため。
すべて、嘘ではない。
猫は、確かに必要だ。
あの聖獣は、“緩衝材”になる。
あの子の魔力を、吸い、整え、外へ漏らさない。
――気づかぬまま。
それが、最善。
覚悟は、とっくに決めている。
もし、魔塔が本気で嗅ぎつけたら。
私は、前に出る。
元騎士団長の夫も。
必要なら、王にも話す。
それでも、足りなければ。
――この老体、使い切るまでだ。
あの子が、「普通の令嬢」として生きられるなら。
アリセルネお嬢様は、何も知らない。
それでいい。
知らないまま、笑わなくても、静かに生きればいい。
世界が、彼女を欲しがっても。
――渡さない。
私は、乳母だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが。
守ると決めた子は、必ず、守る。
どんな塔からも。
アリセルネお嬢様が、猫を撫でていた。
ただ、それだけ。
令嬢が猫を撫でるなど、どこにでもある光景だ。
だが。
空気が、整いすぎていた。
魔力の流れが、“滑らか”すぎた。
(……まさか)
私は足を止め、目を細めた。
あの子の手の動きは、無意識。
撫でているだけ。
だが――
それは、調律だった。
私は、知っている。
魔塔主が使う、あの魔法。
魔力を“整える”特殊魔法。
術式は複雑、
詠唱は長く、
理論は、魔塔の奥でも秘匿されている。
それを。
――撫でるだけで?
(冗談ではない)
私は即座に判断した。
見せてはいけない。
知られてはいけない。
理解させてもいけない。
あの子自身にすら。
幸いだったのは、猫という存在。
あの猫は、普通ではない。
魔力容量、
反応、
自己修復力。
どう見ても、ただの猫ではない。
(……聖獣、でしょうね)
確信したのは、元騎士団長である夫も同じだった。
「……気づいているな?」
「ええ」
短いやり取り。
それで、十分だった。
私たちは、王の乳母であり、王を守る者だった。
そして今は、――この子を守る者だ。
問題は、外。
魔塔。
あそこには、
魔法を愛する者と、魔力に愛されすぎた者がいる。
前者は、幸せだ。
だが後者は、――逃げられない。
強大な魔力は、研究対象になる。
才能は、拘束理由になる。
もし、アリセルネの魔力が露見すれば。
連行。
監視。
一生、研究。
――それが、“保護”という名の檻。
(……冗談ではない)
あの子は、静かに暮らしたいだけだ。
刺繍をして、
猫を撫でて、
人のそばにいる。
それだけ。
それだけなのに。
決定的だったのは、庭での出来事。
弱った樹に、あの子が触れた。
願っただけ。
“元気になってほしい”と。
その瞬間。
魔力が、溢れた。
波紋のように、庭全体へ。
(まずい!)
私は走った。
声を荒げず、しかし、即座に。
手を引き離し、屋敷へ戻す。
外に、漏れた魔力。
完全には、消せない。
薄く、
薄く。
それでも――
感度の高い者なら、気づく。
(魔塔主……)
胸の奥が、冷えた。
その夜。
私は、屋敷中に指示を出した。
“猫用”の名目で、環境を整えろ。
魔力遮断布。
気配緩和の結界。
外部観測を撹乱する配置。
すべて、猫のため。
すべて、嘘ではない。
猫は、確かに必要だ。
あの聖獣は、“緩衝材”になる。
あの子の魔力を、吸い、整え、外へ漏らさない。
――気づかぬまま。
それが、最善。
覚悟は、とっくに決めている。
もし、魔塔が本気で嗅ぎつけたら。
私は、前に出る。
元騎士団長の夫も。
必要なら、王にも話す。
それでも、足りなければ。
――この老体、使い切るまでだ。
あの子が、「普通の令嬢」として生きられるなら。
アリセルネお嬢様は、何も知らない。
それでいい。
知らないまま、笑わなくても、静かに生きればいい。
世界が、彼女を欲しがっても。
――渡さない。
私は、乳母だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが。
守ると決めた子は、必ず、守る。
どんな塔からも。
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