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カイ(カイザラード)、静かすぎて危険な屋敷
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俺がこの屋敷に来て最初に思ったのは。
――静かだ、ということだった。
貴族の屋敷にありがちな、張り付いたような緊張感も、使用人の無駄口もない。
音が、整理されている。
(……管理が行き届きすぎているな)
これは、“穏やか”ではない。
統制だ。
案内された先で、この屋敷に住むお嬢様――アリセルネを見た。
小柄。
姿勢が良い。
視線は低め。
……だが。
(感情が、見えない)
貴族令嬢特有の仮面ではない。
演技でもない。
最初から、そこにない。
それが、異様だった。
「……はじめまして。
カイザラードと申します」
そう声をかけると、彼女は一拍置いて。
「……カイ」
一言。
確認するような、呼び捨て。
不躾でも、無礼でもない。
ただ、それ以上の言葉を持っていない。
(……会話、成立しないタイプか)
胃が、キリっとした。
仕事は、明確だった。
世話係。
話し相手。
だが、“話し相手”とは名ばかりだ。
こちらが十言話して、返るのは一、二言。
しかも、要点だけ。
雑談は、成立しない。
天気の話も、無意味。
(……これは、無理に引き出すのは、疲れるやつだな)
直感だった。
彼女は、“引っ張る”相手ではない。
隣にいる相手だ。
不思議なことに。
それでも、居心地は悪くなかった。
沈黙が、重くない。
刺繍をしている時、猫を撫でている時、彼女は、ほんの少し口元を緩める。
(……猫?)
そこに、違和感があった。
猫のくせに、存在感が重い。
動きが、洗練されすぎている。
――気づいた。
(あ、これ、俺、関わっちゃいけないやつだ)
胃痛、確定。
さらに。
彼女の“気遣い”が、おかしい。
喉を傷めていた日、何も言っていないのに、温度を調整した茶を出された。
手が震えた日、刺繍台の高さが、いつの間にか変わっていた。
「……?」
そう見ると、彼女は、目を伏せて。
「……つかれた?」
一言。
(……いや、察し方が、おかしい)
だが。
嫌では、なかった。
少しずつ。
彼女の“表情”が、分かるようになった。
眉の角度。
瞬きの回数。
声の柔らかさ。
ほんの僅か。
それでも、確かに感情がある。
(……ああ)
この人は。
信じていい。
言葉が少ないだけで、心がないわけじゃない。
むしろ、丁寧すぎる。
だが。
気づいてしまった。
――魔力。
彼女の周囲は、“安定”しすぎている。
長く魔法に触れてきた者なら、一目で分かる。
(……これ、下手すると、魔塔案件だ)
胃が、本気で痛んだ。
視線を上げると、乳母と、その夫が、こちらを見ていた。
無言で。
だが、全てを察した目。
(……あ、仲間だ)
胃痛仲間、確定。
その夜。
猫が、こちらを見た。
同情の目で。
「……やめてくれ」
思わず、小声で言った。
猫は、尻尾を振った。
(こいつ、絶対分かってる)
この屋敷は、静かだ。
だが。
守るために、全力で音を殺している。
そして――
俺も、その一員になってしまった。
胃を押さえながら。
――静かだ、ということだった。
貴族の屋敷にありがちな、張り付いたような緊張感も、使用人の無駄口もない。
音が、整理されている。
(……管理が行き届きすぎているな)
これは、“穏やか”ではない。
統制だ。
案内された先で、この屋敷に住むお嬢様――アリセルネを見た。
小柄。
姿勢が良い。
視線は低め。
……だが。
(感情が、見えない)
貴族令嬢特有の仮面ではない。
演技でもない。
最初から、そこにない。
それが、異様だった。
「……はじめまして。
カイザラードと申します」
そう声をかけると、彼女は一拍置いて。
「……カイ」
一言。
確認するような、呼び捨て。
不躾でも、無礼でもない。
ただ、それ以上の言葉を持っていない。
(……会話、成立しないタイプか)
胃が、キリっとした。
仕事は、明確だった。
世話係。
話し相手。
だが、“話し相手”とは名ばかりだ。
こちらが十言話して、返るのは一、二言。
しかも、要点だけ。
雑談は、成立しない。
天気の話も、無意味。
(……これは、無理に引き出すのは、疲れるやつだな)
直感だった。
彼女は、“引っ張る”相手ではない。
隣にいる相手だ。
不思議なことに。
それでも、居心地は悪くなかった。
沈黙が、重くない。
刺繍をしている時、猫を撫でている時、彼女は、ほんの少し口元を緩める。
(……猫?)
そこに、違和感があった。
猫のくせに、存在感が重い。
動きが、洗練されすぎている。
――気づいた。
(あ、これ、俺、関わっちゃいけないやつだ)
胃痛、確定。
さらに。
彼女の“気遣い”が、おかしい。
喉を傷めていた日、何も言っていないのに、温度を調整した茶を出された。
手が震えた日、刺繍台の高さが、いつの間にか変わっていた。
「……?」
そう見ると、彼女は、目を伏せて。
「……つかれた?」
一言。
(……いや、察し方が、おかしい)
だが。
嫌では、なかった。
少しずつ。
彼女の“表情”が、分かるようになった。
眉の角度。
瞬きの回数。
声の柔らかさ。
ほんの僅か。
それでも、確かに感情がある。
(……ああ)
この人は。
信じていい。
言葉が少ないだけで、心がないわけじゃない。
むしろ、丁寧すぎる。
だが。
気づいてしまった。
――魔力。
彼女の周囲は、“安定”しすぎている。
長く魔法に触れてきた者なら、一目で分かる。
(……これ、下手すると、魔塔案件だ)
胃が、本気で痛んだ。
視線を上げると、乳母と、その夫が、こちらを見ていた。
無言で。
だが、全てを察した目。
(……あ、仲間だ)
胃痛仲間、確定。
その夜。
猫が、こちらを見た。
同情の目で。
「……やめてくれ」
思わず、小声で言った。
猫は、尻尾を振った。
(こいつ、絶対分かってる)
この屋敷は、静かだ。
だが。
守るために、全力で音を殺している。
そして――
俺も、その一員になってしまった。
胃を押さえながら。
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