百万回生きたデイジーは復讐にも飽きたので自由に生きることにした

Yapa

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第11話 デイジー、ぐちゃぐちゃになる

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森のなかってウチの敷地かぁ~。

デイジーはシャロワとベニマルについていきながら思った。



家から街までの道を行ったと思ったら、急に横の茂みのなかにどんどん入っていったのだ。



「ど、どこいくのー?」と聞いたら「こっちこっち!」と貴族のお嬢様のシャロワまで一際元気よく分け入っていく。

「ええー」とぶー垂れているのはデイジーだけで、案外ルーファスもどんどん進んでいった。

まじか、子供すげぇと内心思った。



服が汚れるとか足の裏の感触が妙に不安定なこととか虫がやたらといることとか気にならないらしい。

「お師匠さま」

ちょっと遅れ気味だったデイジーをルーファスが止まって待っていてくれた。



「ありがとう」

しかし、ルーファスはデイジーが追い付いても前を向いて進もうとしなかった。なにか言いたげに見つめている。よく見ると手も前に出している。

「よければ手を…はぐれちゃいますから」

「えっ!?あっ、うん!どーもね!」



しまった。勢いでつないでしまった。

ルーファスが前に進む。デイジーもそれに従って進む。

なんだか力の連動が気恥ずかしい。デイジーの目には力の流れが見える。ルーファスの力の流れとデイジーの流れは今ひとつにつながっていた。

熱い。手汗が気になる。



そんなことばかり気にしていたら「着いたよ!」とシャロワの元気な声が聞こえてきた。

デイジーたちもまもなく着いた。手が離れた。



目的地は大きな木の麓だった。

木は縦にも大きいが、横にも大きく、大きな傘を周囲にひろげていた。



「クエ~」と怪音が聞こえてきた。

「アレキサンダー!お待たせ!お医者さんを連れて来たぞ」とベニマルが言って、それに気安く触れた。

「こいつは…!」



ルーファスが目を見張るのも無理はない。

アレキサンダーと呼ばれたシャロワとベニマルのペットはワイバーンと呼ばれる竜種だった。学者によっては竜と鳥の間くらいといったりする。たしかに竜にしては小さいが、いずれにしろ子供に扱えるものではない。



デイジーは過去、コイツに乗ってる竜騎兵団に苦しめられたものだ。特に竜騎兵団長の男には2000回は殺された。ルーファスの次に自分を負かした男だった。まあ、同じくらい勝ったが。



「いったいどこで拾って来たの?」とデイジーが聞いた。

「ここだよ。ここにヒナの状態で落ちてたの」とシャロワが応える。

「へぇ…、それで二人で育ててたの?」

「はい。元気なやつですよ」



アレキサンダーはもう十分飛べるほど育っていた。なのに飛ぶ気配はなく、二人のまわりをぴょんぴょん飛び跳ねている。よく懐いているようだ。

「もしかしたら、自分が飛べることを知らないのかもしれないですね…」

ぼそりとルーファスが言った。

「なるほど…」

自分をこの子供たちとおなじ生き物だと思っているのかもしれない。

ちょっと切ないなとデイジーとルーファスは思った。

アレキサンダーの家族はどこに行ってしまったのだろう?



「まあ、いいか。じゃあ、ちょっと口見せてもらおうかな」

デイジーが近づいていくと、アレキサンダーは一瞬固まってからバサバサやりだした。



「あれ?この子飛べるの?」

「え?飛べますけど」

「アレキサンダー!いまはダメ!」

シャロワとベニマルにどうどうとやられてアレキサンダーはようやく落ち着いた。



「…飛べんじゃん」

「飛べましたね。良かったです」

ルーファスはうっそりとうなずいた。

「なんだコイツは…」デイジーの肩にのっているクロが呆れる。

案外ルーファスはいい加減なところもあるのかもしれない。



「おさえといてね」

デイジーは気を取り直し、シャロワたちにアレキサンダーをおとなしくさせておくよう指示をした。

いま気づいたのだが、〈どうぶつの歯医者さん〉はここが一番たいへんなのかもしれない。

ルーファスの猫、ポーちゃんみたいにおとなしくしてくれるわけがないのだ。



だが、アレキサンダーは見かけのトカゲっぽい鋭角で今にも刺してきそうな見かけとはちがって、シャロワたちになでられている限りおとなしかった。

デイジーは撫でられて首をもたげているアレキサンダーのあごに手を添えた。

あごのまわりに光球が一瞬うかんだ。



「…はい、終わり」

あっさりというデイジーにシャロワとベニマルだけでなく、アレキサンダーも目をぱちくりさせた。



「もう終わりですか?」というベニマルにうなずくと、シャロワが無造作にアレキサンダーの口を開けた。

「おぉ…!」思わずデイジーが驚く。嚙まれたりするかもとかすこしも頭をよぎらない信頼感があるようだ。



実際、アレキサンダーは大人しくしていた。

ベニマルものぞき込み、ふたりはうなずいた。

「治ってる!」

「すごい!」

感嘆するシャロワとベニマルに、ルーファスが「そうでしょう!すごいでしょう!」となぜか胸を張る。



「いや~、どういたしまして。それにしてもなんで歯が痛くなっちゃったの?硬いものでも食べたとか?」

照れ隠しにデイジーが聞くとベニマルがじろりとシャロワを見て答えた。



「アイスやお菓子をシャロワがこっそりあげてたんです」

「だって、欲しそうにするから!かわいそうじゃん!」

シャロワが必死に抗弁する。

「あ~、あんまりあげないほうが良いんじゃん?体にも良くないかもだし。わからんけど」



「うん…次から気をつける」

「うん」

「動物用のアイスとか作れたら、繁盛するかも…?」ルーファスが腕を組んで悩んでいた。



その時、突風がデイジーたちを包んだ。

しかも、どういうわけかこの突風は一瞬ではなかった。まるで突然発生した竜巻にいきなり巻き込まれたみたいだった。



「キャー!」シャロワがベニマルに抱きつく。

おお、すげえ!とデイジーは突風よりもシャロワの行動にびっくりした。



「お師匠さま」

「ん?」

デイジーはルーファスに肩を抱き寄せられ、覆いかぶさるように守られた。

心臓が一気に高鳴る。体に悪い。



「ふふっ」ルーファスが笑った。

「な、なに?」

「クロさんの毛並みってスベスベですね」

肩にのったままのクロの背中毛が顔に当たっているらしい。



「オレは高いぜ?」

「まちがいなく高級そうです」

「…あんたらなにげに仲いいよね」



風が突然止んだ。

なんだったのかと一同頭上を見た。

「ひっ!?」シャロワが悲鳴を自分の手でおさえた。

クカカ、クカカカ

頭上の木に、アレキサンダーの三倍は大きいワイバーンが釣り下がっていた。

こちらを見て笑っている。



「変異種だ…」ルーファスがつぶやいた。

「変異種って?」

「長く生きたり、特別だったりして人間以上の知恵をもっている個体のことです」

「へー」

長く生きているが初めて聞いた。



変異種は足でつかんでいた木を離すと、近くに降り立った。

シャロワはベニマルの服をつかんでガタガタ震えている。ベニマルも歯を食いしばり、微動だにしないことで必死に目の前の脅威に抗っていた。



変異種はクココ、ココと鳴いて、アレキサンダーに顔を近づけた。

臭いをかいでいるようで、生温かい鼻息を一同は体中に浴びることになった。



「…もしかして親とかだったりするのかな?」

デイジーが言うと、変異種はデイジーを見た。

変異種は、目を細めて、クコッ!と言った。



「え…!アレキサンダーの親が迎えに来たってこと?」シャロワが半ばすがるように言った。

クココッ!と変異種はシャロワを見て鳴く。

言葉がわかっているようだ。



「…そうか」ベニマルはアレキサンダーに触れた。「それじゃあ仕方ないかもな。お別れか…さみしいけど、元気でな」

だが、アレキサンダーの体は硬直していた。瞬きひとつしない。

アレキサンダーは怯えていた。



その瞬間、変異種はデイジーたちを一飲みにできるほどの大口を開けて食べようとしてきた。



デイジーは理合を使った。



変異種の首が曲がり、だれもいない大地を大きく削り取った。大穴ができていた。

変異種は口のなかの土を丸飲みし、構わずまた食べようと大口を開けた。

逃げる間もない。



仕方がない、やるか、とデイジーが思った刹那、デイジーにはベニマルの魔法発動の起こりが見えた。



今度はベニマルの魔法がみんなを救った。

グガガ?

デイジーたちのまわりに目には見えないシールドが展開されていた。砂埃でそれは半球状をしていることがわかった。



さらには、シャロワが袖口から杖を振り出し「ベニマル!」と言うと「うん!」とベニマルが返事し、シールドにシャロワの杖分の穴ができた。そこに正確にシャロワは杖を突きさした。



「いっけぇ!!!」

シャロワの杖先から、野太いイバラが何本もとぐろを巻いて出て来て、変異種の体に巻き付いた。



おお…!デイジーは内心驚いた。

変異種の攻撃をさえぎるシールド能力といい、大木のような太さのイバラを何本も同時に出して操る能力といい、この年齢でこれほど強力に発現していることからも、シャロワたちは相当才能豊かな魔法使いだ。



だが…。

シールドはひび割れ、変異種の体に巻き付いたイバラはミチミチと引きちぎられそうになっている。



やれやれ、さすがにわたしの出番か…。

ルーファスに強いことがバレてしまうが、まあ、仕方ない。そもそも隠してないし、なんとなくバレないほうがめんどくさくないだろうくらいにしか思っていない。

これはもしかしたら、お師匠さま度がアップしてしまうかもしれないな…。



チラリと後ろにいるルーファスを見た。

「え゛…!?」



ルーファスの体は発光していた。しかもキンキンキンキンと妙な音までする。

これは…!見たことあるぞ、何度も…!

デイジーは恐怖した。

過去、大人のルーファスが頭上から絶対零度魔法を放つ時、こういう状態になっていた。



「だめだ…!」

前にいるベニマルが限界を迎える。

シールドが変異種のアギトに負けて砕け散る。



その刹那、

〈ノール〉

とルーファスはつぶやいた。



とても冷たい風が吹き荒れた

とても目を開けていられなかった。



恐る恐る目を開けると、そこには変異種の立派な氷の彫刻ができていた。

口は大口を開けたまま、すべての活動を停止させていた。まるで時間すら凍らせてしまったかのように。



やっべぇ…!

コイツ、今でも全然強いじゃん…!

デイジーは目を見開いてルーファスを凝視した。

ルーファスはそれに気づき、なぜか「えへ」と照れ笑いした。



こっわ!

美少女の皮かぶった氷の悪魔こっわ!

デイジーは戦慄して身震いした。



「あ、お師匠さま、よければこれ…」とルーファスはデイジーに自分のジャケットをかけてくれた。

「あ、ありがと…」別に寒いから身震いしたわけではないのだが、素直に受け取っておいた。



「す、すげぇ…!」

「やばっ!」

ウボッ!

固まっていたベニマル、シャロワ、アレキサンダーの三人がようやく口々にルーファスに賛辞を向けた。



「ルーファスさんって一体何者なんですか!?」

「名のある名家のご令嬢なのかしら!?」

ウボボッ!?

「い、いや、あの…」

「その制服、〈ユグドラシル〉ですよね!?」

「ランカーじゃない!?そうに決まってるわ!」

ウボッウボッ!



「はーい、はい、やめやめ」

デイジーはルーファスが困っているので助けに入った。というか、アレキサンダーはなんなんだ。絶対にお前変異種だろ。



「こんなところにいたら風邪ひいちゃうよ。とりあえずウチに帰ろう。アレキサンダーも連れておいで。ウチの庭で飼ったらいいよ」

「え!?いいんですか?」とベニマル。

「ああ、いいよ。けど、ちゃんとエサやったり面倒見てね。わたしはしないから」

「うん!デイジーお姉ちゃんありがとう!」

「おっふ」



シャロワが最大級の笑顔とお姉ちゃん呼びのコンボで攻めてきた。

あざとい。しかしこれは、正直可愛い。

「ほらほら、足元気を付けて、シールドの外凍ってるから」

「すいません。まだ制御がむずかしくて」

ルーファスが謝る。



シールドの範囲の外は、一面銀世界に変わっていた。大地も木々もまるで冬が来たみたいに霜が降りていた。

「いいんだよ。そういえばお礼がまだだったね。助けてくれてありがとう。いずれコントロールできるようになるよ」

「はい!お師匠さま!」

デイジーは確実に保証した。



「あ、よければアレキサンダーに乗っていきます?」とベニマルが言う。

「え?乗れるの?」

「うん、子供四人くらいならいけると思う」シャロワが太鼓判を押す。

アレキサンダーもギャッ!と羽を大きく広げて返事した。

「じゃあ、お言葉に甘えようか」




デイジーたちはぎゅうぎゅう詰めになってアレキサンダーの背中に乗った。

狭かったが、つかの間の空中飛行を楽しんだ。

ルーファスが凍らした範囲が空から見える。

遠ざかっていく。

「なかなか楽しいアドベンチャーだったな」ボソッとクロがささやいた。

「うん、子供も悪くないかも」デイジーもささやき返すのだった。





しかし、この日最大の事件は、このあとに起こった。

シャロワとベニマルがアレキサンダーの寝床を家の前の大木に決めて帰り、アレキサンダーは新しい住処となる大木を念入りに調べていた。



デイジーとクロとルーファスは家のなかでお茶を飲んでいた。

そこで意を決したように、ルーファスが言った。

「あの…クロさん、お願いがあります」

「あ?なんだ?」

「すこしだけでいいんで席を外していただけませんか?お師匠さまに折り入ってお話したいことがあるのです」

ずいぶん真剣な口調だった。



「しょうがねえなあ」

変に男気のあるクロはそういうと、デイジーを残して別室に去っていった。



なんだろう?

あまり心当たりがデイジーにはなかった。

思い返してみるに、絶対零度魔法を使ってシャロワたちに褒められているときに困っていた。



なんとなく、そこらへんか?とデイジーは予測した。

ルーファスは相変わらず魔法学校に行っていない。

なんとなく、魔法に関連する悩みがあるのではないか?

それでお師匠さまになにやら相談したいのではないか?

デイジーは、よし!それなら!とクロに倣って男気をみせることにした。



「どうしたんだい?なんでも言ってみな?」

「…ほんとうですか?」

「ドンとこい!すべて受けて立つ!」

胸を張った。



「それじゃあ、お言葉に甘えて」

ルーファスは接近してくると、覆いかぶさるようにして顔を近づけてきた。

「な゛っ…!?」

「…頭、なでてください」

「え?」

「ボク、今日結構がんばったじゃないですか?」



そういえば、朝からギルドに行って、さっきはでかいワイバーンからルーファスはみんなを救ったのだった。長い一日だった。

加えて言えば、ルーファスはギルドに提出する書類を書き終えていたのだ。ギルドの受付でマチルダに提出しているのを見たが、ずいぶん分厚かった。昨夜はずいぶん遅くまでがんばったのかもしれない。



「ええと…、でも、ほら、さっきシャロワとかからえらく褒められてたじゃない?アレキサンダーにまで褒められてたし。わたしワイバーンに褒められてる人なんて初めて見たよ」

「お師匠さまに褒められたいんです」

「う゛…!」

デイジーが真っ赤になってそれでもふんぎりがつかないでいると、ルーファスはため息をついた。



「はぁ‥‥、お師匠さま、さっきすべて受けて立つって言ったのに…」

「あー!もうわかったよ!もう!ぐちゃぐちゃにしてやる!」

デイジーは両手でルーファスの頭をつかんで、ぐちゃぐちゃになでた。指先にいっさい絡むことのないさらさらの金髪だった。



「ふふふ」

髪の毛がぐちゃぐちゃになって、ルーファスの目が片方隠れている。紅色の唇からおさえきれない様子の笑い声が漏れ聞こえてくる。



美しかった。

妖艶だった。

デイジーの心はもうぐちゃぐちゃだった。

デイジーの心に、大事件が起こっていた。
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