あなたがくれた痛みなんていりません

Yapa

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結家くん

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「おはよう」

朝の六時前、まだ部活すら始まっていない時間。教室の扉を開けると同時にあいさつをする。

「おはよう」

すると、朝の光に似た結家くんの涼やかな声がいつも通り返ってくる。

あたしは満員電車が苦手だから、始発で学校に来ることにしているのだけれど、高校二年生になると、同じように満員電車が苦手な結家くんが教室にいたのだった。

それぞれの友達が来るまでの間、あたしたちは自然と話すようになった。

「ねえ、ミッドサマー見たよ」

あたしが言うと、結家くんはしずかにうなずく。

ミッドサマーというのは、映画好きな結家くんのオススメの一本で、変なホラー映画だった。

「どうだった?」

「面白かったけど、主人公の女の人にムカついちゃった。ずっーと、自分かわいそうって感じなんだもん」

「玻璃ならそう言うと思った」

なにやら安心したように結家くんは微笑み、頬にはえくぼができた。ファンの子が見たら、きっとキャーキャー言うだろう。

おかしなことに、一介の高校生である結家くんにはファンがわんさかいるのだ。

無理もない。結家くんはとてもきれいな顔をしている。

だが、ここだけの話、結家くんはちょっとお坊さんみたいな人だなと思ったりもする。

「結家くんは連休中何やってた?」

昨日の月曜日は敬老の日で、三連休だった。

「勉強」

「うっ、そりゃそうか」

明日から中間試験が始まる。

「勉強してないの?」

「いや、したした。土日はした」

「昨日はしなかったんだ?」

べつに責めるふうでもない淡々とした口調で結家くんは話す。

それが心地よくて、肩の力が抜けてしまう。

だから、ついつい余計なことまで話してしまうのだ。

「昨日はそれどころじゃなかったの。彼氏とケンカっていうか…殴られちゃってさ」

結家くんは瞬きを二回した。

「穏やかじゃないね。あの幼なじみの彼でしょう?一歳年下の」

「うん。いや、殴られたってのは、大げさなんだけど、ちょっとほっぺをパチンと、こう、ね?」

身振りで平手打ちされたことを伝える。

「へえ」

結家くんが黙ってジッと見つめてくるので、なぜ彼氏の明に平手打ちをもらうことになったのかをあたしは話した。

連休一日目の土曜日から試験勉強のために、自宅から一駅離れたところにある叔母の家へと泊まりに行った。

あたしには透という弟がいるのだが、コイツが絵に描いたように落ち着きのないヤンチャな小学生で、集中して勉強したい時は叔母に甘えさせてもらっている。

土日はちゃんと勉強して、事件は月曜日に起きたのだった。

その日は息抜きも大事だからと勉強をやめて、かといって試験前に誰かを誘うのも気が引けるから、一人で街中をプラプラしてた。
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