君が天使じゃありませんように

おつきさま。

文字の大きさ
2 / 9

2

しおりを挟む



「羽があるかどうか、飛んでみたらわかるよ」


頭のネジが軽く1、2本はイってしまってるんだろうなというクラスメイトの言葉に対して、その時俺は「確かに」なんて思ったりした。





高校に入学して数週間。
錆び付いた鍵が一つついただけの心許ない屋上の扉が、予想に反せず簡単に開くことがわかってしまった俺はたまに面倒くさい授業をサボってそこで時間を潰していた。
その日も次の授業が数学だか体育だか、とにかく俺が嫌いな授業だったのであっさりとサボることを決め屋上へと足を向けた。
コツを掴んでしまえば簡単に開く鍵に対して、普通にあぶねーよなこれ、なんて他人事な感想を抱きつつ。
今までそこで俺以外の誰かに会ったことはなかった。だから今日も当然貸切のつもりでやって来たけれど、扉の向こうにはなんと人がいた。

「え」

というよりも、柵の向こうに人がいた。

臆する様子もなくそこに立つ男は後ろ手に柵を掴んで空を見上げていた。
快晴と呼ぶに相応しいよく晴れた青空。立っているのがそっち側じゃなければ、そうする気持ちもわかるような気がした。
首だけを動かして軽くこっちを振り向いた男と目が合う。
そいつは特に驚きもせず、俺を見つめてゆったりとその琥珀のような瞳を瞬いた。

「飛べんの?空」

なにしてんの?危なくない?とか。
もっと他に言うべき言葉はいくらでもあったはずで、だけど俺の口から落ちたのはそんな言葉だった。
あまりにも当たり前のような顔をしてそこに立っているから、もしかしたら飛べるのかもしれないと思う。
話したこともないクラスメイトは、神様が特別手をかけたのだと思うほど美しい顔をしていた。

「さあ?飛んだことないから知らねー」
「じゃあ無理だろ。なに、死にたいの?」

俺の言葉に篠原唯しのはらゆいは静かにわらった。

「別に。なんか今なら飛べるかなって」
「羽がなきゃ飛べねーだろ」
「羽があるかどうか、飛んでみたらわかるよ」

こいつやべえなって思う俺と、確かになんて思う俺がいた。
今にも落ちてしまいそうな柵の向こうで、落ちたらきっと助からないような高さの上で、篠原はうつくしく微笑んでいる。
なにか大事なものが欠落しているような歪さの中、やけに純粋そうな瞳だけがきらきらと煌めいていた。

「もしそれが必要な時にしか出てこないなら、飛ばなきゃわかんねーじゃん?」

ぶっ飛んでる。思考も、頭のネジも。
だけどその言い分がわかるような気もした。
だってその背中には羽があっても不思議じゃない。
人間じゃないって言われた方が腑に落ちるくらい、その美しさも、纏っている雰囲気も、何もかもがこの世界で浮いていた。

でもまあ。
 
「わかるよ」

こういう時って、むやみに近づかない方がいいとかいうけど。
別にそんな緊迫した雰囲気でもなかったし、言葉以上のものは感じなかったから俺は簡単に篠原に近付いてその手を掴んだ。

「羽なんてない、人間は空を飛べるようにはできてない」
「なに、佐田さたくんって現実主義者?冷めるわ」

嘲笑のようなものを浮かべた篠原の言葉に、コイツ俺の名前知ってるんだ、って場違いな感想を抱く。
一回も話したことのない、しいていうなら出席番号が近いだけの大して目立ちもしない俺と、いつもゆるゆると笑みを浮かべて人の輪の中心にいる篠原。
アホみたいに顔が綺麗で、割とテンションは高くて、近寄りがたい特別さがあるのに話しかければ案外簡単に笑って返事をする。

それで、多分本当はなににも興味がない。
全部どうでもいいって思ってる。

「いや、俺グロいの無理だから。」

じゃなきゃこんな、柵の向こうで笑えないだろ。
もしかしたら中身の歪さを取り繕うために、その見た目だけがとびきり美しいのかもしれないと思う。
どこまで本気かわかんないし、俺だって別に必死にそれを止めようとしてるわけでもない。  
でも、お前が本当に天使だったらいいなって思った。
その背中に、本当に真っ白な羽があればいいって。
だから落ちていく姿は見たくない。

「ふっ、あははっ…!あのさ、今言うべきセリフって絶対それじゃないよ」
「あー、もっと焦った方がいい?」
「多分そう。普通先生呼ぶとかさ、なんか説得したりすんじゃね?」
「親が悲しむぞー、とか?」
「うん。まあそんなん言われても響かないけど」
「あ、そう。てか別に、説得したいわけじゃねーから。飛べるなら飛べば、落ちなきゃいいよ」

そう言ったら篠原はもう一度笑い出して、それから言った。

「自分には羽があるかもしれないって思いながら生きる方が多分幸せだから、まだ答え合わせはしないでおく」

向こう側に行く時もそうだったんだろうなという身軽さで柵を飛び越えて、こっち側へと戻ってくる。
ふわりと浮いた身体は重力に引かれてそのまま地面へと着地した。
向こう側で同じことをしていたら、今頃篠原は天使か死体のどちらかになっていたのだと思うと少し笑える。あまりに真逆の結末で。




そうして今、あの時本当に天使だったらいいのにと密かに想いを抱いていた俺は、唯が俺の前からいなくなることを恐れている。
あの日先延ばしにした答え合わせがどっちだったとしても、もうきっと、一緒にはいられないから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

貴方のうなじ

ゆい
BL
「貴方様の項を噛んでもいい?」 私がそう聞いたら、彼は、きょとんとした顔で、目をこれでもかと見開いていた。 オメガバースです。オメガバースについての詳しい内容は省きます。 生真面目な公爵子息α×ちょっとズレている男爵子息Ω リハビリですので、思いついたまま書いております。 名前が出てこない短編part3です。 誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。 途中手直しついでに加筆もするかもです。 感想もお待ちしています。 2025.10.20 ムーンライトノベルに投稿しました。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

親友の大事な人を好きになりました

すずかけあおい
BL
親友の陸翔から「大事な人との待ち合わせに代わりに行ってほしい」と言われて想は待ち合わせ場所に向かう。 そこに立っている男性、瑛大の姿を見て一目で惹かれてしまう。 ハッピーエンドです。概要はタグをご覧ください。 〔攻め〕瑛大(えいた)大学二年 〔受け〕想(そう)高校二年

次は絶対死なせない

真魚
BL
【皇太子x氷の宰相】  宰相のサディアスは、密かにずっと想っていたカイル皇子を流行病で失い、絶望のどん底に突き落とされた。しかし、目覚めると数ヶ月前にタイムリープしており、皇子はまだ生きていた。  次こそは絶対に皇子を死なせないようにと、サディアスは皇子と聖女との仲を取り持とうとするが、カイルは聖女にまったく目もくれない。それどころかカイルは、サディアスと聖女の関係にイラつき出して…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

処理中です...