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しおりを挟む「羽があるかどうか、飛んでみたらわかるよ」
頭のネジが軽く1、2本はイってしまってるんだろうなというクラスメイトの言葉に対して、その時俺は「確かに」なんて思ったりした。
高校に入学して数週間。
錆び付いた鍵が一つついただけの心許ない屋上の扉が、予想に反せず簡単に開くことがわかってしまった俺はたまに面倒くさい授業をサボってそこで時間を潰していた。
その日も次の授業が数学だか体育だか、とにかく俺が嫌いな授業だったのであっさりとサボることを決め屋上へと足を向けた。
コツを掴んでしまえば簡単に開く鍵に対して、普通にあぶねーよなこれ、なんて他人事な感想を抱きつつ。
今までそこで俺以外の誰かに会ったことはなかった。だから今日も当然貸切のつもりでやって来たけれど、扉の向こうにはなんと人がいた。
「え」
というよりも、柵の向こうに人がいた。
臆する様子もなくそこに立つ男は後ろ手に柵を掴んで空を見上げていた。
快晴と呼ぶに相応しいよく晴れた青空。立っているのがそっち側じゃなければ、そうする気持ちもわかるような気がした。
首だけを動かして軽くこっちを振り向いた男と目が合う。
そいつは特に驚きもせず、俺を見つめてゆったりとその琥珀のような瞳を瞬いた。
「飛べんの?空」
なにしてんの?危なくない?とか。
もっと他に言うべき言葉はいくらでもあったはずで、だけど俺の口から落ちたのはそんな言葉だった。
あまりにも当たり前のような顔をしてそこに立っているから、もしかしたら飛べるのかもしれないと思う。
話したこともないクラスメイトは、神様が特別手をかけたのだと思うほど美しい顔をしていた。
「さあ?飛んだことないから知らねー」
「じゃあ無理だろ。なに、死にたいの?」
俺の言葉に篠原唯は静かにわらった。
「別に。なんか今なら飛べるかなって」
「羽がなきゃ飛べねーだろ」
「羽があるかどうか、飛んでみたらわかるよ」
こいつやべえなって思う俺と、確かになんて思う俺がいた。
今にも落ちてしまいそうな柵の向こうで、落ちたらきっと助からないような高さの上で、篠原はうつくしく微笑んでいる。
なにか大事なものが欠落しているような歪さの中、やけに純粋そうな瞳だけがきらきらと煌めいていた。
「もしそれが必要な時にしか出てこないなら、飛ばなきゃわかんねーじゃん?」
ぶっ飛んでる。思考も、頭のネジも。
だけどその言い分がわかるような気もした。
だってその背中には羽があっても不思議じゃない。
人間じゃないって言われた方が腑に落ちるくらい、その美しさも、纏っている雰囲気も、何もかもがこの世界で浮いていた。
でもまあ。
「わかるよ」
こういう時って、むやみに近づかない方がいいとかいうけど。
別にそんな緊迫した雰囲気でもなかったし、言葉以上のものは感じなかったから俺は簡単に篠原に近付いてその手を掴んだ。
「羽なんてない、人間は空を飛べるようにはできてない」
「なに、佐田くんって現実主義者?冷めるわ」
嘲笑のようなものを浮かべた篠原の言葉に、コイツ俺の名前知ってるんだ、って場違いな感想を抱く。
一回も話したことのない、しいていうなら出席番号が近いだけの大して目立ちもしない俺と、いつもゆるゆると笑みを浮かべて人の輪の中心にいる篠原。
アホみたいに顔が綺麗で、割とテンションは高くて、近寄りがたい特別さがあるのに話しかければ案外簡単に笑って返事をする。
それで、多分本当はなににも興味がない。
全部どうでもいいって思ってる。
「いや、俺グロいの無理だから。」
じゃなきゃこんな、柵の向こうで笑えないだろ。
もしかしたら中身の歪さを取り繕うために、その見た目だけがとびきり美しいのかもしれないと思う。
どこまで本気かわかんないし、俺だって別に必死にそれを止めようとしてるわけでもない。
でも、お前が本当に天使だったらいいなって思った。
その背中に、本当に真っ白な羽があればいいって。
だから落ちていく姿は見たくない。
「ふっ、あははっ…!あのさ、今言うべきセリフって絶対それじゃないよ」
「あー、もっと焦った方がいい?」
「多分そう。普通先生呼ぶとかさ、なんか説得したりすんじゃね?」
「親が悲しむぞー、とか?」
「うん。まあそんなん言われても響かないけど」
「あ、そう。てか別に、説得したいわけじゃねーから。飛べるなら飛べば、落ちなきゃいいよ」
そう言ったら篠原はもう一度笑い出して、それから言った。
「自分には羽があるかもしれないって思いながら生きる方が多分幸せだから、まだ答え合わせはしないでおく」
向こう側に行く時もそうだったんだろうなという身軽さで柵を飛び越えて、こっち側へと戻ってくる。
ふわりと浮いた身体は重力に引かれてそのまま地面へと着地した。
向こう側で同じことをしていたら、今頃篠原は天使か死体のどちらかになっていたのだと思うと少し笑える。あまりに真逆の結末で。
そうして今、あの時本当に天使だったらいいのにと密かに想いを抱いていた俺は、唯が俺の前からいなくなることを恐れている。
あの日先延ばしにした答え合わせがどっちだったとしても、もうきっと、一緒にはいられないから。
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