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しおりを挟むブブッ、と揺れたスマホに目をやると、見慣れたアイコンからのメッセージを知らせる通知。
それを読まずにスワイプしてなかったことにする。
未読のメッセージは30件ほど溜まっているけれど、まだ当分既読をつける気にはなれなかった。
(俺を選ばなかったのはお前だろ、唯)
別に当てつけとかじゃない。
10年分の恋心を消化するにはまだまだ時間がいるから、今はまだお前には会えない。
「なんでいんの」
「おかえり」
スーパーに寄って夕飯の材料を買ってから帰宅すると、いつもの如くドアの前にしゃがみ込む唯がいた。
まだ会えないって、こちとら昼休みに思ったばっかりだったんですけど。
「ただいま。帰ってくんない?」
「無理、中入れてよ」
「俺も無理」
「はあ?てか、なんで連絡無視すんの」
「…わかんねーの?」
わかんねーか。こうやってノコノコいつも通り俺の家に来ちゃうような奴には。
「お前は俺をフって、俺はお前にフラれたの。顔見たくない、帰れ」
「は…?なに、そんなんいつものことじゃん。あんなの今までだって何回も」
うん、そうだね。
俺がお前に好きって言って、それにお前が無理だって返すのはいつものことだった。
でももう違う。
「最後だったから」
無理ならもう終わりって、あれはそういう告白だった。
「もう言わないって、言っただろ。諦める、お前のこと。友達なのに今まで悪かったな」
「なに、謝んなよ、別に迷惑とか思ってない。だからって別に俺らは友達で、」
「無理だろ。片方が好きなのに、友達になんてなれなくない?」
言ったじゃん。俺は唯のこと友達だなんて思ってないって。
「は?…瑞季、今お前はさ、俺から離れる話をしてんの?」
「そうだよ」
「じゃあ、今まで一緒にいたのはなに?俺達こんなんで終わり?」
こんなんでって。
俺にとってはお前への恋が全てだったよ。
「…お前のこと好きじゃなくなったら、また友達に戻ってやるよ」
「なにそれ、いつまで待てばいいんだよ」
「さあ?俺に恋人ができるまで」
他の誰かを好きになれたら、俺はやっとお前の望む俺になれるから。
「そうしたら連絡するから、それまでお前からは連絡してくんなよ。通知がうるせえ」
重くなりすぎないように、わざと軽く笑ってみせた。
そのおかげか、納得はしてないだろうけど唯はとりあえずわかったと頷いた。
「じゃあもう、帰って」
「…ああ。絶対連絡しろよ」
そう言って大人しく帰っていく背中を見ながら、俺は少し泣きそうになった。嘘、拭おうとした手が間に合わなくて普通に泣いた。
だって唯、俺さ。
馬鹿だから、こうやって突き放したら、なんだかんだ俺のことが大切でそばにいたがるお前なら、やっぱり俺のことが好きだって離れたくないって言ってくれるかなって思ったんだ。
恋人ができるまでとか言ったらさ、誰にも渡したくないとか思っちゃって、本当は瑞季のこと好きだよって。
ありえないことかもしれねーけど、そういう夢みたいなことを言ってくれたりしないかなって。
そう期待したんだよ。
馬鹿みたいだろ。
10年も好きだったのに、酷い話だ。
なんで叶わねーんだよ。こんなに好きなのに、お前しかいないのに。唯にだってきっと、俺しかいないはずなのに。なんで。
涙はとめどなく溢れて、最後には泣き疲れて落ちるように眠りについた。
*
「うわ、どうしたんすかそれ。酷い顔」
「うるせーなわかってるよ」
「また泣いたんですか、先輩」
朝、出社して顔を合わせた途端に松倉に泣き過ぎて浮腫んだ顔を指摘された。
普通気付いても察してそっとしておくべきだと思うけど、コイツにはデリカシーがないのかもしれない。
「ほっとけ」
「いやいや、痛々しすぎて流石に無理。ちょっとこっち来てください」
手を引かれて移動した先は休憩スペースだった。
自販機に小銭を入れて、出てきた缶コーヒーを手渡される。
「はいどうぞ。冷やしたら少しはマシになりますよ」
「…さんきゅ」
言われた通り大人しく冷えた缶を目元に当てる。
その気持ちよさに息を吐くと、松倉が隣に座る気配がした。
「フラれました?」
「お前、まじでデリカシーないじゃん」
「オブラートに包んでもどうしようもないこともありますから」
「失礼だな。まあそうだけど」
「本当ですか!」
缶をズラして隣を見るとやたらと嬉しそうな顔をした松倉と目が合った。
「お前、そんなに人の不幸が嬉しいか」
「先輩の不幸は嬉しいですね」
「最低野郎」
「まあまあ。じゃあ今夜、飲み行きます?話聞きますよ俺」
にこにこと笑う松倉はどこか犬っぽさがあって毒気が抜ける。
「朝まで語るけどいい?」
「先輩の奢りなら」
「それは無理」
松倉は聞き上手で、変に励まそうとする感じもないのが逆に良かった。
いつもと変わらないテンションでたまにムカつくことを言ってきて、それに返してるうちになんとなく俺もいつもの調子を取り戻せる。
その日以降、俺は松倉と飲みに行くことが増えた。
昼休みもたまに二人で外に食べに行ったりして、同じゲームが好きなことがわかって、仕事以外の連絡もするようになって。
唯がいなくなった日々の中で、松倉の隣にいる時間が増えて行った。
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