君が天使じゃありませんように

おつきさま。

文字の大きさ
9 / 9

end.

しおりを挟む

母さんはいつも俺を殴った後に、泣きながら愛してると言って俺を抱きしめた。
あいしてるって痛いんだなって、そう思った。




俺を置いてすぐに帰ると言った母さんは何日経っても家に帰って来なくて、俺はお腹がすいてどうにかなりそうだった。
ある日久しぶりにガチャリとドアの開く音がしたから、やっと母さんが帰ってきたんだと思った。
だけど入ってきたのは母さんじゃなかった。
引き取られた施設で過ごすうちに、自分が愛されていなかったという事実と母に捨てられたのだという現実に気づいていく。
母さんが俺にくれた言葉は全部嘘だった。
愛してるなんて、どこにもない。




自分の顔が他人よりも整っていて、それが好かれる理由になることを知ったのは中学の頃だった。
なにもしなくても周りに人が集まってきて、可愛いと噂の女が俺に好きだと言ってくる。
俺はただ笑っているだけでよかった。
それだけでなんでか他の人間は俺のことを好きになる。
なにも知らないくせに。なにを知って俺のことを好きだなんて言うんだろう。
薄っぺらくて、気持ち悪い。
だけど周りに人がいると安心した。
好きだって言われて求められれば気持ちよくて、誰かの温もりがそばにあることで不安定な何かが安定するような気がした。
誘われたら誰とでも寝て、好きだって言われたら付き合って。
女好きとかクズとかチャラいとか好き勝手言われたけど別にそんなの気にならなかったし誰でもよかった。必要だって言ってくれる誰かがそばにいるならそれでよかった。
だけど関係が切れる度に、底のない喪失感に襲われる。大切なんかじゃないのに、一人になるなら死んだ方がマシだって思う。
あいしてると言って泣いた母さんを、すぐに帰ると言った母さんの背中を思い出す。
結局自分には価値がなくて、誰にも必要とされない人間なんだと思い知る。
俺はずっと死にたかった。



瑞季と初めて話したあの日も、本当はただ死ぬためにあそこに立っていた。
自分の背中に羽があるなんて本当は思ってない。
空が飛べないことくらい、とっくの昔に知っていた。
しんどいなって思った時じゃなくて、本当は。
死にたいなって思った時に瑞季に会いたくなる。
瑞季なら俺を助けてくれる、救ってくれる。
お前のそばにいないと俺は息ができない。







今にも飛び降りようとしている人間を前にして、「飛べんの?」って。
顔色も変えずにただ一言、それだけを聞いてくるクラスメイトのことを面白いなと思った。
淡々とした受け答えの中にたまに混ざるふざけた返事と、俺に興味のなさそうな冷めた瞳。
あー落ち着く、って思わず息を吐き出した。
誰かがそばにいる安心感と何もかもを投げ出して一人になりたいと思う感情。そのどっちもを満たしてくれる存在。
俺に期待することもなく、取り繕わない素の俺に驚くこともなくただ受け入れて隣にいてくれる。
楽だった。初めて誰かのそばにいたいと思った。誰でもいいじゃなくて、こいつのそばにいたいって。
だけど瑞季はあまりに綺麗で、俺が何か特別な感情を抱いていいような人間じゃなかった。


たまごやきを綺麗に巻く瑞季のことを、綺麗だなって思った。
母さんがうるさいからって、嫌そうに言いながら毎日ちゃんとそれに従う瑞季のことが眩しかった。
正しく愛されてきた人間なんだと思った。
俺が瑞季に向けるこの感情は多分愛だったけど、俺は正しい愛を知らないから瑞季のことをきっと上手に愛せない。
あいしてるは痛いことだから。痛いことはしたくないから。
それが間違った愛だと知っていても、いつか母さんみたいに愛してるって言いながら、俺も瑞季を痛めつけるかもしれない。俺はそれが怖い。
恋も愛も、そんなのは嘘でしかないから、だからずっと友達のままでいい。

「好きだよ、唯」
「俺でいいじゃん」
「俺を選べよ」
「唯」
「好きだ」

そんな俺の気持ちなんて何も知らないお前は何回も何回も俺にとって都合のいい夢みたいな言葉を吐いてぶつけた。
宝物でしかないそれを毎回大事に受け取ってしまわないように、この喜びがお前にバレないように、友達だから無理だって自分に言い聞かせるようにそう返した。
その度に傷ついた顔をするお前のことをほんとうは勢いよく抱きしめて俺も好きだよって伝えて、キスでもなんでも瑞季の望むことならなんでもしてやりたいって思ったけど。

ごめん瑞季、わかってよ。
お前のことが大切だから、いつか嘘に変わるものに期待したくない。ずっとそばにいたいから、友達でいてよ。壊れちゃうから、なくなるから、俺は幸せになりたくない。

ただそばにいて、それで。
俺にキョーミなさそうなところが好きって言ったけど、やっぱりいつか俺が死んだ時にお前が泣いてくれたらいいなって。
それを幸せって思うくらいがちょうどいいって、思ってたのに。



「本当は、お前のことしか好きじゃないよ。瑞季」
「瑞季以外なんてない、今までもこれからもずっと、俺には瑞季しかいない」
「瑞季だけのもになるから、俺を愛して」



言うつもりのなかった言葉がどんどんこぼれ落ちていく。
こんなつもりじゃなかった。
瑞季を傷つけたのに、その罪の意識とは裏腹に独占欲が満たされていくのを感じた。俺のせいで瑞季が泣くのに、それをうれしいなんて思う。
綺麗な瑞季。
親に愛されて、毎日たまごやきを綺麗に巻いてくる瑞季。
綺麗なお前が俺のせいで汚れるのは嫌だった。
お前の見てる世界はきっと俺が見ているそれよりもっとずっと美しいんだろうなって思う。
瑞季の見る世界の中で生きていきたかった。


「瑞季、好きだよ」


抱きしめた瑞季の背中に指を這わせて、肩甲骨をなぞる。
あの日俺の前に現れたお前はきっと天使だった。
俺に唯一救いを与えて、生かしてくれる存在。
俺がしあわせになっても、お前はずっとそばにいてくれるのかな。
瑞季がどこかへ飛んで行かないように強く抱きしめる。

(ねえ、みずき、)

もしもこの背中に隠した羽があるなら。
俺はお前が二度と飛べないように、それを捥いででも繋ぎ止めようとしちゃうかも。
だから、



















君が天使じゃありませんように

(どこにもいかないで、ずっとそばにいて)

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

親友の大事な人を好きになりました

すずかけあおい
BL
親友の陸翔から「大事な人との待ち合わせに代わりに行ってほしい」と言われて想は待ち合わせ場所に向かう。 そこに立っている男性、瑛大の姿を見て一目で惹かれてしまう。 ハッピーエンドです。概要はタグをご覧ください。 〔攻め〕瑛大(えいた)大学二年 〔受け〕想(そう)高校二年

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

貴方のうなじ

ゆい
BL
「貴方様の項を噛んでもいい?」 私がそう聞いたら、彼は、きょとんとした顔で、目をこれでもかと見開いていた。 オメガバースです。オメガバースについての詳しい内容は省きます。 生真面目な公爵子息α×ちょっとズレている男爵子息Ω リハビリですので、思いついたまま書いております。 名前が出てこない短編part3です。 誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。 途中手直しついでに加筆もするかもです。 感想もお待ちしています。 2025.10.20 ムーンライトノベルに投稿しました。

処理中です...