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end.
しおりを挟む母さんはいつも俺を殴った後に、泣きながら愛してると言って俺を抱きしめた。
あいしてるって痛いんだなって、そう思った。
俺を置いてすぐに帰ると言った母さんは何日経っても家に帰って来なくて、俺はお腹がすいてどうにかなりそうだった。
ある日久しぶりにガチャリとドアの開く音がしたから、やっと母さんが帰ってきたんだと思った。
だけど入ってきたのは母さんじゃなかった。
引き取られた施設で過ごすうちに、自分が愛されていなかったという事実と母に捨てられたのだという現実に気づいていく。
母さんが俺にくれた言葉は全部嘘だった。
愛してるなんて、どこにもない。
自分の顔が他人よりも整っていて、それが好かれる理由になることを知ったのは中学の頃だった。
なにもしなくても周りに人が集まってきて、可愛いと噂の女が俺に好きだと言ってくる。
俺はただ笑っているだけでよかった。
それだけでなんでか他の人間は俺のことを好きになる。
なにも知らないくせに。なにを知って俺のことを好きだなんて言うんだろう。
薄っぺらくて、気持ち悪い。
だけど周りに人がいると安心した。
好きだって言われて求められれば気持ちよくて、誰かの温もりがそばにあることで不安定な何かが安定するような気がした。
誘われたら誰とでも寝て、好きだって言われたら付き合って。
女好きとかクズとかチャラいとか好き勝手言われたけど別にそんなの気にならなかったし誰でもよかった。必要だって言ってくれる誰かがそばにいるならそれでよかった。
だけど関係が切れる度に、底のない喪失感に襲われる。大切なんかじゃないのに、一人になるなら死んだ方がマシだって思う。
あいしてると言って泣いた母さんを、すぐに帰ると言った母さんの背中を思い出す。
結局自分には価値がなくて、誰にも必要とされない人間なんだと思い知る。
俺はずっと死にたかった。
瑞季と初めて話したあの日も、本当はただ死ぬためにあそこに立っていた。
自分の背中に羽があるなんて本当は思ってない。
空が飛べないことくらい、とっくの昔に知っていた。
しんどいなって思った時じゃなくて、本当は。
死にたいなって思った時に瑞季に会いたくなる。
瑞季なら俺を助けてくれる、救ってくれる。
お前のそばにいないと俺は息ができない。
今にも飛び降りようとしている人間を前にして、「飛べんの?」って。
顔色も変えずにただ一言、それだけを聞いてくるクラスメイトのことを面白いなと思った。
淡々とした受け答えの中にたまに混ざるふざけた返事と、俺に興味のなさそうな冷めた瞳。
あー落ち着く、って思わず息を吐き出した。
誰かがそばにいる安心感と何もかもを投げ出して一人になりたいと思う感情。そのどっちもを満たしてくれる存在。
俺に期待することもなく、取り繕わない素の俺に驚くこともなくただ受け入れて隣にいてくれる。
楽だった。初めて誰かのそばにいたいと思った。誰でもいいじゃなくて、こいつのそばにいたいって。
だけど瑞季はあまりに綺麗で、俺が何か特別な感情を抱いていいような人間じゃなかった。
たまごやきを綺麗に巻く瑞季のことを、綺麗だなって思った。
母さんがうるさいからって、嫌そうに言いながら毎日ちゃんとそれに従う瑞季のことが眩しかった。
正しく愛されてきた人間なんだと思った。
俺が瑞季に向けるこの感情は多分愛だったけど、俺は正しい愛を知らないから瑞季のことをきっと上手に愛せない。
あいしてるは痛いことだから。痛いことはしたくないから。
それが間違った愛だと知っていても、いつか母さんみたいに愛してるって言いながら、俺も瑞季を痛めつけるかもしれない。俺はそれが怖い。
恋も愛も、そんなのは嘘でしかないから、だからずっと友達のままでいい。
「好きだよ、唯」
「俺でいいじゃん」
「俺を選べよ」
「唯」
「好きだ」
そんな俺の気持ちなんて何も知らないお前は何回も何回も俺にとって都合のいい夢みたいな言葉を吐いてぶつけた。
宝物でしかないそれを毎回大事に受け取ってしまわないように、この喜びがお前にバレないように、友達だから無理だって自分に言い聞かせるようにそう返した。
その度に傷ついた顔をするお前のことをほんとうは勢いよく抱きしめて俺も好きだよって伝えて、キスでもなんでも瑞季の望むことならなんでもしてやりたいって思ったけど。
ごめん瑞季、わかってよ。
お前のことが大切だから、いつか嘘に変わるものに期待したくない。ずっとそばにいたいから、友達でいてよ。壊れちゃうから、なくなるから、俺は幸せになりたくない。
ただそばにいて、それで。
俺にキョーミなさそうなところが好きって言ったけど、やっぱりいつか俺が死んだ時にお前が泣いてくれたらいいなって。
それを幸せって思うくらいがちょうどいいって、思ってたのに。
「本当は、お前のことしか好きじゃないよ。瑞季」
「瑞季以外なんてない、今までもこれからもずっと、俺には瑞季しかいない」
「瑞季だけのもになるから、俺を愛して」
言うつもりのなかった言葉がどんどんこぼれ落ちていく。
こんなつもりじゃなかった。
瑞季を傷つけたのに、その罪の意識とは裏腹に独占欲が満たされていくのを感じた。俺のせいで瑞季が泣くのに、それをうれしいなんて思う。
綺麗な瑞季。
親に愛されて、毎日たまごやきを綺麗に巻いてくる瑞季。
綺麗なお前が俺のせいで汚れるのは嫌だった。
お前の見てる世界はきっと俺が見ているそれよりもっとずっと美しいんだろうなって思う。
瑞季の見る世界の中で生きていきたかった。
「瑞季、好きだよ」
抱きしめた瑞季の背中に指を這わせて、肩甲骨をなぞる。
あの日俺の前に現れたお前はきっと天使だった。
俺に唯一救いを与えて、生かしてくれる存在。
俺がしあわせになっても、お前はずっとそばにいてくれるのかな。
瑞季がどこかへ飛んで行かないように強く抱きしめる。
(ねえ、みずき、)
もしもこの背中に隠した羽があるなら。
俺はお前が二度と飛べないように、それを捥いででも繋ぎ止めようとしちゃうかも。
だから、
君が天使じゃありませんように
(どこにもいかないで、ずっとそばにいて)
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