X.E.N.O.

スプライトふみを

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第一章

7.相棒(仮)

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 時間は少し遡る。ヴェルに窓から投げられた桃華は平然と地面に着地していた。
 
 
 6階から落とされた程度では、鬼毘人化した桃華にはなんてことは無い。
 複数あった打撲痕もみるみる内に消えていく。しかし、左手の欠損箇所だけはなかなか戻らないでいた。
 鬼毘人化した人間は傷の回復速度が格段に上がる。ただ、骨折、人体欠損となると話は別になる。
 
 「ちょっと演出しすぎたかな」

 苦笑しながらぼやき、近くの花壇に腰を下ろす。

 今回のXENOは桃華にとって大した相手では無い。一人で十分処理できる程だ。
 だが、あえて苦戦して見せた。
 すべては梓の#単語職場体験・しょくばたいけん#のためだった。普段ならばあんな生半可な攻撃でとどめを刺そうとはしない。
 そもそも、戦闘中にもっとダメージを与えられるチャンスはあった。それもあえて抑えた。

 「お、騒がしくなってきた。速野さん頑張ってるなぁ」

 彼一人でなんとか追い詰められるであろう所までは弱らせたのだ。あとは彼の力量次第。

 「あと修復にあと5分はかかるか」

 徐々に千切れた手が治っていく。完全に治るまで5分はかかると桃華は踏んだ。
 桃華は左耳に装着しているインカムを数回指で押す。

 「速野さん聞こえますか?」
 「え? 吉備里さん!?」
 「大丈夫ですか?」
 「大丈夫って、君こそどうなの!?」
 「平気ですよ。そっちの戦況はどうですか?」
 「ああ、まあなんとかなってるね。今奴は上の階に行って、それを追いかけてるとこ」
 「了解です。申し訳ないんですが、あと5分くらい持ちこたえてくれますか」
 「5分でいいの?」
 「ええ、5分」
 
 数秒沈黙が続いた後、梓は明るい声で返事をした。

 「任せといて」
 「頼みましたよ、相棒」






 
 
 ――とうとう屋上まで追い詰めた。ヴェルは何度もつまづきそうにながら逃げ続けている。
 そろそろ約束の5分が経つ。時間が来れば吉備里さんが応援に駆けつけてくれるのだろう。とは言え、あんなにボロボロにされたのに本当に平気なのだろうか?
 そんな不安をよそに、ヴェルはこちらに振り向いて戦闘態勢を取った。すかさず応戦を試みる。
 ここでもし、俺がコイツに殺されても彼女が何とかしてくれるだろう。だが、さすがに俺もここで死にたくはない。
 ただの人間であるはずの俺に予想以上の苦戦を強いられたせいなのか、向こうから仕掛けてくる様子はない。
 それならこっちから仕掛けてやる。

 残った気力と体力を全てぶつける覚悟で俺はヴェルに向かって走り出した。数回パンチのフェイントを入れてから右膝目がけてローキックを入れる。この攻撃は入ったが、カウンターで爪で胸部を切りにきた。深くは入らなかったが、コートを貫いてアンダーアーマーに4本の爪痕が刻まれる。もしこれを着ていなかったと考えるとゾッとする。
 一旦後方へ跳び退き、未使用の左足のストロング・ジェットを発動してからすぐに勢いをつけて奴の顔面にとび蹴りを食らわせる。
 骨が砕けるような鈍い音と、嫌な感触が伝わった。恐らく頭部か首の骨の一部が破損したのだろう。
 ヴェルは呻き声を出しながら苦しみ始めた。

 
 ――ふいに奴の背後の手すりに、人間の物には見えない真紅の手が捕まったのが見えた。だが、アレは俺の敵ではないのがわかる。俺は安堵して苦痛で歪んだ口元が少し緩み、笑みに変わる。同時に力が抜けてその場に座り込んだ。
 間もなくしてその手の主は勢いよく飛び上がり、姿を現した。
 朱色のコートが翼のように広がり、その姿はまるで悪魔のように見える。
 
 その正体は悪魔などではなく吉備里さんだ。
 彼女の両腕はファンタジー作品に出てくるような西洋の龍のようにごつい形をしており、その腕で怪人を押し倒した。そしてそのまま右腕を上げ、思い切り振り降ろし、怪人の頭を叩き潰した。
 潰れた頭部は一瞬にして虹色に煌めく塵と化し、次いで体も同じく塵となり、風に流されてしまった。


 「立てますか?」

 俺の方へ歩み寄ってきた彼女は、とても落ち着いた声でそう訊ねてきた。

 「もうヘトヘト。立つのちょっとしんどいかも」

 彼女は少し不安そうに顔を歪め、俺の腕を引っ張り、立たせてくれた。

 「ありがとう」
 「いえ、それより死んでなくて良かったですよ。血を飲まずに一対一で生き残った新人なんてほとんどいませんからね」

 そう言うと足を引きずりながら歩き始めようとした俺に肩を貸してくれた。正直男として情けない姿だが、仕方がない。

 「そういや吉備里さん怪我は?」
 「治りましたよ」

 彼女はしれっと言った。そんな訳ないだろうと言いたくなったが、彼女は鬼毘人だから傷の治りも凄く早いのかもしれない。現にあれだけ殴る蹴るの暴行を受けたのにも関わらず、顔には傷一つない。

 「凄いな。あと、このカッコイイ腕は元に戻らないの?」
 「興奮状態だと元に戻りにくいんですよ。今は結構必死に登ってきましたからねー。誰かさんを助けるために」
 
 彼女は悪戯っぽく笑いながら横目で俺を見た。


 俺達がビルから出ると丁度調査班が大型のバンで撤収するところだった。彼らは事務的に「お疲れ様でした」と言って早々と去って行った。
 
 「手当してから私たちも帰りましょうか」
 「そうだね」

 吉備里さんがジープのリアゲートを開けて救急箱らしきものを持ってきた。いつの間にか彼女はすっかり元の姿に戻っている。

 「座って怪我したところ見せてください」
 「脇腹が一番ヤバいと思うんだよね」

 俺はコート脱いでアンダーアーマーをめくりあげた。思っていたより傷は浅い。

 「ふんふん。これなら……」

 彼女は謎の紫色をした湿布とテープを取り出し、優しく貼ってくれた。これだけで本当に大丈夫なのか?
 
 「他は平気ですか?」
 「んー……多分」

 ガジェットを身に付けていたおかげでこれだけで済んだ。しかし、この1戦だけで大分ボロボロになってしまった。

 「そうですか。それじゃあ勝利の乾杯しましょう」

 嬉しそうにそう言ってコートのポケットから今大人気のエナジードリンク『FireBull』を2本取り出し、1本を渡してくれた。

 「いつもこれ飲んでんの?」
 「仕事終わりのBullは格別ですよ!」
 「こういうのって仕事前とかに飲むもんじゃない?」
 「まあまあ、気にしないでほら、飲みましょう!」

 プシュっと蓋を開け、二人で一気飲み。彼女の言った通り格別にうまい。
 疲れが吹っ飛ぶまではいかないまでも、とてもリラックスできた。
 
 夜の廃ビルの前で女性と乾杯なんて、こんな特殊なシチュエーションは普通は体験できないな。
 
 二人の間でしばらく沈黙が続く。吉備里さんは遠くを見るように目を細めている。何を考えているのだろうか。

 「あのさ」

 沈黙を断ち切ったのは俺の方だった。

 「今回のXENOって強いほうだった?」

 彼女は一度こちらに視線を向けてから、また前へ戻した。

 「全然」
 「嘘!? 吉備里さんあんなにやられてたじゃん!」
 「手加減しまくりでしたよ。あそこで私が簡単に倒しちゃったら職場体験にならないですよ」
 「そうだったのかー! まあ、俺でもあそこまで追い詰められたくらいだもんなー」
 「私がいなかったら多分速野さん死んでましたけどね。追い詰めることが出来たのも、私がある程度まで弱らせたからできた事です」
 
 なんだ、完全に彼女の筋書き通りだったのか。

 「でも、これがバスターの戦い方です。二人で力を合わせてXENOを倒す」
 「二人でか……」

 それを聞いて「相棒」と言っていた彼女の言葉が頭をよぎる。

 「じゃあ本当にお互い相棒って認識でいいんだ?」
 「私はそのつもりですけど」
 「ならさ、固い言い方はやめない?」

 吉備里さんは不思議そうに俺の顔を見た。

 「固いですか?」
 「それ! 堅苦しいよ。相棒なら敬語いらないって。それと呼び捨てでいいよ」
 「でも……」
 「いいからいいから」

 彼女は少し困惑したような表情になり、ゆっくりと口を開いた。

 「あ、梓……?」
 「その調子だよ桃華」
 「なんか照れくさい……です」
 「『です』はいらないのに」
 「ふふ、慣れていくしかないですね」

 本当に照れくさそうに桃華は笑う。つられて俺も笑ってしまう。

 
 
 

 こうして俺の職場体験の1日は終わった。もの凄く濃い1日だった。
 親父がやっていた仕事を実際に体験したことはただ一言「辛い」に限る。それがわかっただけでも大きな収穫だ。

 この先正式にバスターとして活動するかはわからないが、やってみてもいいんじゃないかと思えた。
 
 
 
 
 
 

 
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