19 / 37
3章 逃げる悪役令嬢はやらかし王子に捕まるか
3-3
しおりを挟む
何もかも投げ出して、ナンシーは歩いていく。
私はいつもそうかも知れない。いつも逃げるしか出来ない。
殿下に会いたくないから留学して逃げて、今もお茶会が辛くて逃げている。
だって辛いから。あそこにはもう居たくないから。
王城の東側には噴水があり、その奥は林で少し見通しが悪い。隠れるのにはうってつけなのだ。小さい頃殿下に追いかけられて逃げて知った穴場だった。
林に少し入って、木の陰でナンシーはドレスのまま大きな岩に座った。
逃げて来てしまった。
もう嫌だった。
殿下も、王太子の婚約者としての自分も、ベルゼル侯爵令嬢も、あの場所も…
こんな私はきっと殿下の婚約者なんて無理だわ。王妃様みたいに強くないもの。きっと役立たずって言われるわ。ダメ。できない。辛い。
『貴族たるもの他人に感情を悟られてはならない。』
だから決してここでは泣かない。
ここでは心を落ち着けるだけ。
そう思って、静かに目を閉じる。
静かに目を瞑って熱くなった瞼を休めていると、少し離れた辺りからサクリと草を踏む音が近づいてきた。
「コーエン公爵令嬢?そちらにいらっしゃいますか?」
もしかしたら木からはみ出して見えていたのかも知れない。子供の頃と違って、大きくなった身体と、ドレープのきいたドレスのせいだ。今日のナンシーは王太子の王家の正装に合わせて、白い色を基調としたドレスにしたから、よけい見つけ易かったのだろう。王妃様の侍女が探しにきたのかしら?
少しだけ木の後ろから顔を覗かせると、庭園の端、林に入る間際にトーン子爵令嬢が立っていた。少し離れたところにお供している騎士の姿もあった。
「体調は大丈夫ですか?」
貴族令嬢にしてはとても人懐こい笑顔をするトーン子爵令嬢に、落ち込んでいた気持ちのせいでナンシーはイライラした気分になる。
「いえ、大丈夫じゃないわ」
硬い声が出た。自分の声に驚いて思わず手を自分の口に当てた。
「では、王宮にいらっしゃるお医者さまの…」
「行きたくないのっ」
「でも…」
「放っておいて頂戴!」
自分を気にして探しに来てくれた人に、酷いことを言っていることは分かっている。
きっと私が出て行くところを、たまたま見かけて、気にかけてくれた優しい人よ。でも…
でも、あの騎士と彼女はきっと素敵な関係を築けているわ!私と殿下の間にないような関係を。
完全に八つ当たりだった。分かっているけれど、悔しくて惨めで堪らなかった。
ただ殿下に意地悪をされるだけの私。対して騎士に大事にされる彼女。
なぜ私はこんなに嫌な目に遭わなければならないの?!
「殿下なんて…殿下なんて…大っ嫌い!!もう嫌なの!」
堰を切って流れ出た感情は止めることが出来なくて、でも、わずかに残った矜持で、ただそう叫んで立ち竦むことしかできなくて…
自分の制御が出来なくなった。視界が歪んで、その後も何か喚いたと思う。自分が何を言ったのかは思い出せなかった。
この時の記憶は、哀れな子供を慈しむ母の様な表情をしたトーン子爵令嬢が私に走り寄って、優しく腕に包んでくれた事だけだった。
涙が枯れて、落ち着いた頃、やっと令嬢の腕の中からナンシーは顔を上げた。
泣き過ぎて、しゃくりあげるような変な息が続いていたけど、やっと普通の精神状態に戻って来たような気がする。
トーン子爵令嬢の胸がとても柔らかくて、良い匂いがして、ナンシーはつい頬擦りしていた。
抱き締めるこの令嬢も、泣きじゃくるナンシーも、とてもじゃないけど『貴族』とは言えなかった。だけど、ナンシーの心はじわじわとこの女性の優しさで癒されていた。
「落ち着いてきましたか?」
腕の力を抜いたトーン子爵令嬢はナンシーにハンカチを渡してくれた。
「ええ。ごめんなさい。えと、トーン子爵令嬢…」
「大丈夫ですわ。少しの間私も気分転換に王妃様自慢の庭園の散歩をさせてもらっている予定ですから。あと、先ほどの王族への不敬な発言なんて聞こえませんでしてよ」
「ふふふ」
面白い言い方についナンシーは笑った。
ふと、急に真顔になったトーン子爵令嬢がポツリと切り出した。
「私。この間、婚約破棄されたんです」
「え!?」
いきなりの話題転換にも驚いたけど、その内容にも驚いた。
ナンシーはずっと留学をしていて、帰国してここ1年程で貴族名鑑を覚えていたが、昨今の貴族の動向まではしっかりと把握していなかった。子爵家以下は重要視していなかったこともある。
「ご存知ありませんでしたか。貴族主催のパーティの最中、大広間で、いきなり婚約破棄を言い渡されまして」
「何ですって…」
衆人環視の中での婚約破棄なんて、とんでもないことだ。
「とてもショックでしたわ。でも、その時言われました、『君は僕を見てくれない』って言葉で、私も彼の事好きでは無かった事に気付きました…それで、私がずっと彼のことを傷つけていた事も知りませんでした。…どちらが悪いのでしょう?ずっと彼を傷つけていた私と、みんなの前で嫌になって婚約破棄を口にした彼とでは…」
「…」
ナンシーは何も言えなかった。
「どちらともが悪いと言える点は、『相手を思いやることができなかった』と言うことでしょうか。婚約して、結婚に向かっていたのに、私は彼を好きになれなくて、彼もそれを我慢して、爆発してしまった…」
「…どちらとも…悪い…」
「ええ。私も今となってはもっと相手の事を知ろうと努力すべきだったと思うのです。私は一部の人から見たら『婚約破棄された可哀そうな女』かも知れませんが、冷静になったら、私は『婚約者の事を好きになろうとしなかった女』なのです。まぁ、結果的に婚約が破談になって良かったと思います。きっと冷め切った婚姻になっていたでしょうから。
だから…」
トーン子爵令嬢はジッとナンシーを見た。彼女はニコニコ笑っている時はとても優しい雰囲気なのに、真顔になるとふっくらした頬には似つかわしくないシャープで切れ長の瞳をしていた。
「もっと、殿下と正直に話し合うのが良いと思いますよ。我慢だけではダメなのです。でもこれは、コーエン公爵令嬢が『殿下とちゃんとした絆を築きたい』と思っていれば、の話ですが」
トーン子爵令嬢は最後に「私も、もっと会話をしていれば…」と小さく溜息交じりの言葉を漏らした。
彼女の婚約破棄の話はきっとまだ傷が癒えていないはず。なのに、自分の事を持ち出して、アドバイスをくれた。何ていい人なんだろう。
ナンシーはまた少し涙ぐんで、一つ勇気を出して彼女に聞いた。
「ねぇ、トーン子爵令嬢。私あなたと仲良くなりたいわ。お友達になってくれないかしら?」
そう言われたトーン子爵令嬢は身分が高すぎるナンシーに遠慮がちに問うてくる。
「ま、まぁ!よろしいのでしょうか…?」
「お願い。私の事はナンシーと呼んで頂戴」
「は…はい…では、ナンシー様。私の事はエヴァと…」
「エヴァ様。では、お手紙を書いてよろしいでしょうか?」
「ええ。勿論。お待ちしておりますわ」
「ふふふ。私。留学しておりましたでしょう?ですから年の近い令嬢の友達が少なくて…嬉しいわ」
殿下に今日も嫌な気分にさせられたけど、新しいお友達が出来たことで、ナンシーは少し心が浮き立った。
「留学…どちらのお国に?」
「えーっと6か国あって、サファル、ニートベナ、クウェーサ、ドイン、エメラル、トッドイですわ」
「まぁ!そんなに!素晴らしいですわ!私、特にドイン国に興味がありまして、もしよければお話を聞きたいわ!」
「ええ。もちろん。色々学ばせてもらいましたので…、あ…そろそろ、戻った方がいいかしら。貴女のお相手がこちらを見ているわ」
少し離れたところで待機していた彼女のエスコート相手の騎士がこちらを見ていた事に気付く。もう30分は席を離れているわ…もしかしたら、王妃様が心配して捜索してしまうかもしれない。
エヴァは彼をチラリと見た後、ブンブンと手を振って、焦った口調で否定してきた。
「え?相手なんて、違います。彼は今屋敷に滞在している騎士様で、私とは何の関係も…今日たまたま暇だからエスコートするっていきなり付いてきたんですよ」
「嘘!?貴女達…?だって…彼は新しい婚約相手じゃなくって?」
「ええ!?そんな事ありませんわ」
「まぁ!…彼、凄くあなたの事好きではないですの?気付いてないの?私、羨ましくって…」
思わず出た言葉にナンシーは自分の口を塞いだ。
「あの人は女の人にすごく距離が近いんだと思うんですよ。ああいうのよりは、私にはジョージ王太子様がさりげなく、かつ上品なエスコートをナンシー様にする方が素敵だと思っていましたよ!なにより、凄い美形ではないですか」
あっけらかんとズバり言うエヴァに、ナンシーの目が見開いた。
「美形って…美形でも、あんな意地悪するなら、絶対あの騎士様の方がいいわよ」
二人は少し言い合いになった。
「意地悪はしませんけど、彼、きっと私の事なんてなんとも思っていませんよ。きっと、近くに女がいるから、適当にちょっかい出してやるかってもんですよ。それに、ジョージ王太子の意地悪なんて、どうせナンシー様に構って欲しくてやってるんじゃないですか?」
「構って欲しい…?どういう意味?」
「ほら、小さい男の子が可愛い子を虐めるみたいな。嫌がったり、泣いたりする反応が返ってくるのが嬉しいんですよ。あと、女性相手に何を話したらいいかわかっていないコミュ…交流下手な方とか…だから、話し合いが大事なんです」
そう言われてナンシーは何か心にストンと納得するものが落ちた。
「え?殿下が…私に構って欲しいって思っているかもって…こと?」
少し顔が熱い。そんなはず、ない。と、思うけど…
「ええ。だって好きの反対は、無関心ですもの。本当に興味が無ければちょっかいはかけません。それに、今って少し閨の事に興味があるお年頃真っ最中っていうか、ふふ、その、お年頃ですからね。殿下は」
そう、エヴァが言い切った時、遠くから人の声が近づいてきた。
「ナンシー!どうしたの?大丈夫?」
王妃様が何名かの令嬢と、従者や侍女を引き連れてやってきた。
ナンシーは貴族の仮面をつけて、ニコリと上品な笑顔を作ると、「ああ、王妃様。わざわざ探して下さったのですか?ありがとうございます。少し気分転換に席を外したところで、貧血気味になって座り込んでいたところに丁度トーン子爵令嬢が来てくださって…付き添ってくださったの…」
口を扇で隠しながら、弱々しく微笑むと、その演技力に隣のエヴァはクスリと笑っていた。
「はい。ナンシー様の顔色が良くなってきましたので、そろそろ戻ろうと話していたのです」
「ありがとう、トーン子爵令嬢。良かったわ。医者は必要ない?」
王妃様はナンシーを自分の子供の様に大事にしてくれるので、額に手を当てたり、目を覗きこんだりと忙しなく心配している。そして、
「もう!あの子ったら、こういう時にいないなんてタイミングが悪いんだから」と一人でブツブツ憤っていた。
「さ、ではそろそろ茶会も御仕舞いですから、いらっしゃいナンシー。歩ける?」
「ええ。王妃様。行きましょう」
席を外していても特に叱られることもなくて、ナンシーは少しホッとした。
だけどまだ若輩なナンシーには、王妃様が泣いて充血した白目や、少しだけ落ちた目の周りのお化粧に気付いていて、ナンシーを心配していることは分かっていなかった。
私はいつもそうかも知れない。いつも逃げるしか出来ない。
殿下に会いたくないから留学して逃げて、今もお茶会が辛くて逃げている。
だって辛いから。あそこにはもう居たくないから。
王城の東側には噴水があり、その奥は林で少し見通しが悪い。隠れるのにはうってつけなのだ。小さい頃殿下に追いかけられて逃げて知った穴場だった。
林に少し入って、木の陰でナンシーはドレスのまま大きな岩に座った。
逃げて来てしまった。
もう嫌だった。
殿下も、王太子の婚約者としての自分も、ベルゼル侯爵令嬢も、あの場所も…
こんな私はきっと殿下の婚約者なんて無理だわ。王妃様みたいに強くないもの。きっと役立たずって言われるわ。ダメ。できない。辛い。
『貴族たるもの他人に感情を悟られてはならない。』
だから決してここでは泣かない。
ここでは心を落ち着けるだけ。
そう思って、静かに目を閉じる。
静かに目を瞑って熱くなった瞼を休めていると、少し離れた辺りからサクリと草を踏む音が近づいてきた。
「コーエン公爵令嬢?そちらにいらっしゃいますか?」
もしかしたら木からはみ出して見えていたのかも知れない。子供の頃と違って、大きくなった身体と、ドレープのきいたドレスのせいだ。今日のナンシーは王太子の王家の正装に合わせて、白い色を基調としたドレスにしたから、よけい見つけ易かったのだろう。王妃様の侍女が探しにきたのかしら?
少しだけ木の後ろから顔を覗かせると、庭園の端、林に入る間際にトーン子爵令嬢が立っていた。少し離れたところにお供している騎士の姿もあった。
「体調は大丈夫ですか?」
貴族令嬢にしてはとても人懐こい笑顔をするトーン子爵令嬢に、落ち込んでいた気持ちのせいでナンシーはイライラした気分になる。
「いえ、大丈夫じゃないわ」
硬い声が出た。自分の声に驚いて思わず手を自分の口に当てた。
「では、王宮にいらっしゃるお医者さまの…」
「行きたくないのっ」
「でも…」
「放っておいて頂戴!」
自分を気にして探しに来てくれた人に、酷いことを言っていることは分かっている。
きっと私が出て行くところを、たまたま見かけて、気にかけてくれた優しい人よ。でも…
でも、あの騎士と彼女はきっと素敵な関係を築けているわ!私と殿下の間にないような関係を。
完全に八つ当たりだった。分かっているけれど、悔しくて惨めで堪らなかった。
ただ殿下に意地悪をされるだけの私。対して騎士に大事にされる彼女。
なぜ私はこんなに嫌な目に遭わなければならないの?!
「殿下なんて…殿下なんて…大っ嫌い!!もう嫌なの!」
堰を切って流れ出た感情は止めることが出来なくて、でも、わずかに残った矜持で、ただそう叫んで立ち竦むことしかできなくて…
自分の制御が出来なくなった。視界が歪んで、その後も何か喚いたと思う。自分が何を言ったのかは思い出せなかった。
この時の記憶は、哀れな子供を慈しむ母の様な表情をしたトーン子爵令嬢が私に走り寄って、優しく腕に包んでくれた事だけだった。
涙が枯れて、落ち着いた頃、やっと令嬢の腕の中からナンシーは顔を上げた。
泣き過ぎて、しゃくりあげるような変な息が続いていたけど、やっと普通の精神状態に戻って来たような気がする。
トーン子爵令嬢の胸がとても柔らかくて、良い匂いがして、ナンシーはつい頬擦りしていた。
抱き締めるこの令嬢も、泣きじゃくるナンシーも、とてもじゃないけど『貴族』とは言えなかった。だけど、ナンシーの心はじわじわとこの女性の優しさで癒されていた。
「落ち着いてきましたか?」
腕の力を抜いたトーン子爵令嬢はナンシーにハンカチを渡してくれた。
「ええ。ごめんなさい。えと、トーン子爵令嬢…」
「大丈夫ですわ。少しの間私も気分転換に王妃様自慢の庭園の散歩をさせてもらっている予定ですから。あと、先ほどの王族への不敬な発言なんて聞こえませんでしてよ」
「ふふふ」
面白い言い方についナンシーは笑った。
ふと、急に真顔になったトーン子爵令嬢がポツリと切り出した。
「私。この間、婚約破棄されたんです」
「え!?」
いきなりの話題転換にも驚いたけど、その内容にも驚いた。
ナンシーはずっと留学をしていて、帰国してここ1年程で貴族名鑑を覚えていたが、昨今の貴族の動向まではしっかりと把握していなかった。子爵家以下は重要視していなかったこともある。
「ご存知ありませんでしたか。貴族主催のパーティの最中、大広間で、いきなり婚約破棄を言い渡されまして」
「何ですって…」
衆人環視の中での婚約破棄なんて、とんでもないことだ。
「とてもショックでしたわ。でも、その時言われました、『君は僕を見てくれない』って言葉で、私も彼の事好きでは無かった事に気付きました…それで、私がずっと彼のことを傷つけていた事も知りませんでした。…どちらが悪いのでしょう?ずっと彼を傷つけていた私と、みんなの前で嫌になって婚約破棄を口にした彼とでは…」
「…」
ナンシーは何も言えなかった。
「どちらともが悪いと言える点は、『相手を思いやることができなかった』と言うことでしょうか。婚約して、結婚に向かっていたのに、私は彼を好きになれなくて、彼もそれを我慢して、爆発してしまった…」
「…どちらとも…悪い…」
「ええ。私も今となってはもっと相手の事を知ろうと努力すべきだったと思うのです。私は一部の人から見たら『婚約破棄された可哀そうな女』かも知れませんが、冷静になったら、私は『婚約者の事を好きになろうとしなかった女』なのです。まぁ、結果的に婚約が破談になって良かったと思います。きっと冷め切った婚姻になっていたでしょうから。
だから…」
トーン子爵令嬢はジッとナンシーを見た。彼女はニコニコ笑っている時はとても優しい雰囲気なのに、真顔になるとふっくらした頬には似つかわしくないシャープで切れ長の瞳をしていた。
「もっと、殿下と正直に話し合うのが良いと思いますよ。我慢だけではダメなのです。でもこれは、コーエン公爵令嬢が『殿下とちゃんとした絆を築きたい』と思っていれば、の話ですが」
トーン子爵令嬢は最後に「私も、もっと会話をしていれば…」と小さく溜息交じりの言葉を漏らした。
彼女の婚約破棄の話はきっとまだ傷が癒えていないはず。なのに、自分の事を持ち出して、アドバイスをくれた。何ていい人なんだろう。
ナンシーはまた少し涙ぐんで、一つ勇気を出して彼女に聞いた。
「ねぇ、トーン子爵令嬢。私あなたと仲良くなりたいわ。お友達になってくれないかしら?」
そう言われたトーン子爵令嬢は身分が高すぎるナンシーに遠慮がちに問うてくる。
「ま、まぁ!よろしいのでしょうか…?」
「お願い。私の事はナンシーと呼んで頂戴」
「は…はい…では、ナンシー様。私の事はエヴァと…」
「エヴァ様。では、お手紙を書いてよろしいでしょうか?」
「ええ。勿論。お待ちしておりますわ」
「ふふふ。私。留学しておりましたでしょう?ですから年の近い令嬢の友達が少なくて…嬉しいわ」
殿下に今日も嫌な気分にさせられたけど、新しいお友達が出来たことで、ナンシーは少し心が浮き立った。
「留学…どちらのお国に?」
「えーっと6か国あって、サファル、ニートベナ、クウェーサ、ドイン、エメラル、トッドイですわ」
「まぁ!そんなに!素晴らしいですわ!私、特にドイン国に興味がありまして、もしよければお話を聞きたいわ!」
「ええ。もちろん。色々学ばせてもらいましたので…、あ…そろそろ、戻った方がいいかしら。貴女のお相手がこちらを見ているわ」
少し離れたところで待機していた彼女のエスコート相手の騎士がこちらを見ていた事に気付く。もう30分は席を離れているわ…もしかしたら、王妃様が心配して捜索してしまうかもしれない。
エヴァは彼をチラリと見た後、ブンブンと手を振って、焦った口調で否定してきた。
「え?相手なんて、違います。彼は今屋敷に滞在している騎士様で、私とは何の関係も…今日たまたま暇だからエスコートするっていきなり付いてきたんですよ」
「嘘!?貴女達…?だって…彼は新しい婚約相手じゃなくって?」
「ええ!?そんな事ありませんわ」
「まぁ!…彼、凄くあなたの事好きではないですの?気付いてないの?私、羨ましくって…」
思わず出た言葉にナンシーは自分の口を塞いだ。
「あの人は女の人にすごく距離が近いんだと思うんですよ。ああいうのよりは、私にはジョージ王太子様がさりげなく、かつ上品なエスコートをナンシー様にする方が素敵だと思っていましたよ!なにより、凄い美形ではないですか」
あっけらかんとズバり言うエヴァに、ナンシーの目が見開いた。
「美形って…美形でも、あんな意地悪するなら、絶対あの騎士様の方がいいわよ」
二人は少し言い合いになった。
「意地悪はしませんけど、彼、きっと私の事なんてなんとも思っていませんよ。きっと、近くに女がいるから、適当にちょっかい出してやるかってもんですよ。それに、ジョージ王太子の意地悪なんて、どうせナンシー様に構って欲しくてやってるんじゃないですか?」
「構って欲しい…?どういう意味?」
「ほら、小さい男の子が可愛い子を虐めるみたいな。嫌がったり、泣いたりする反応が返ってくるのが嬉しいんですよ。あと、女性相手に何を話したらいいかわかっていないコミュ…交流下手な方とか…だから、話し合いが大事なんです」
そう言われてナンシーは何か心にストンと納得するものが落ちた。
「え?殿下が…私に構って欲しいって思っているかもって…こと?」
少し顔が熱い。そんなはず、ない。と、思うけど…
「ええ。だって好きの反対は、無関心ですもの。本当に興味が無ければちょっかいはかけません。それに、今って少し閨の事に興味があるお年頃真っ最中っていうか、ふふ、その、お年頃ですからね。殿下は」
そう、エヴァが言い切った時、遠くから人の声が近づいてきた。
「ナンシー!どうしたの?大丈夫?」
王妃様が何名かの令嬢と、従者や侍女を引き連れてやってきた。
ナンシーは貴族の仮面をつけて、ニコリと上品な笑顔を作ると、「ああ、王妃様。わざわざ探して下さったのですか?ありがとうございます。少し気分転換に席を外したところで、貧血気味になって座り込んでいたところに丁度トーン子爵令嬢が来てくださって…付き添ってくださったの…」
口を扇で隠しながら、弱々しく微笑むと、その演技力に隣のエヴァはクスリと笑っていた。
「はい。ナンシー様の顔色が良くなってきましたので、そろそろ戻ろうと話していたのです」
「ありがとう、トーン子爵令嬢。良かったわ。医者は必要ない?」
王妃様はナンシーを自分の子供の様に大事にしてくれるので、額に手を当てたり、目を覗きこんだりと忙しなく心配している。そして、
「もう!あの子ったら、こういう時にいないなんてタイミングが悪いんだから」と一人でブツブツ憤っていた。
「さ、ではそろそろ茶会も御仕舞いですから、いらっしゃいナンシー。歩ける?」
「ええ。王妃様。行きましょう」
席を外していても特に叱られることもなくて、ナンシーは少しホッとした。
だけどまだ若輩なナンシーには、王妃様が泣いて充血した白目や、少しだけ落ちた目の周りのお化粧に気付いていて、ナンシーを心配していることは分かっていなかった。
11
あなたにおすすめの小説
虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる
無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士
和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。
ぱっつんぱつお
恋愛
辺境の漁師町で育った伯爵令嬢。
大海原と同じく性格荒めのエマは誰もが羨む(らしい)次期侯爵であるジョセフと結婚した。
だが彼には婚約する前から恋人が居て……?
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる