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3章 逃げる悪役令嬢はやらかし王子に捕まるか
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王妃様のお茶会はナンシーが不在の間も問題なく続いていたようだ。何故か王太子に用意された席に彼はいなくなっている。そのせいか憮然とした顔でブルゼル侯爵令嬢が一人で座っている以外はあまり変わらなかった。
王妃様はその華奢で儚げな外見から出せないような美しく通る声で「皆様、今日は私のお茶会に来てくださいまして、有難うございました。お時間になりましたので、今日はこれでお開きになりますわ。お土産を用意しておりますので、受け取ってくださいませ」と閉会を宣言した。
ナンシーはこの後、王妃様と二人で今日のご令嬢の採点作業があるので、まだ城に残る予定だ。席を外していた時間が長いのであまり戦力にはなりそうにないが。
帰りがけにエヴァがナンシーと王妃様にそれぞれ挨拶をして帰った。
彼女も王妃様に詩集を紹介してもらって、きっと嬉しかっただろう。
「お手紙書くわね」ナンシーはそう声を掛けて、彼女を見送った。エヴァもニコリと笑い「喜んでお待ちしております」と言ってくれた。
エスコートする騎士はやっぱり壊れ物を扱うようにエヴァに優しくて、彼女が気付いていないだけで、絶対に慕われていると思う。
「ナンシー。じゃあ、そろそろ私の部屋まで移動しましょうか?」
「ええ、王妃様」
今から王妃と今日参加した令嬢達の採点が始まるのだ。残念ながら、最も点数が悪い令嬢は自分だと思うけれど…
「母上!!!」
会場に背を向けて歩き出したあたりで、雷のような怒声がして、ナンシーは身を竦めた。
この声は良く知っている。
「私を騙しましたね!」
肩を怒らせて、今まで見たことのない顔をしたこの国の王太子であるジョージが母親の王妃に詰め寄って行く。
「なんの事?」
王妃様は冷ややかにツンと取り澄ました顔をする。
その様子にさらにジョージ王太子はナンシーの前では見た事ないほど地団駄を踏んで激昂した姿を見せていた。
「ナンシーは庭園の西側に歩いて行ったと侍従に言うように指示したでしょう?!」
「あら?私ったら間違えたかしら?」
王妃はとぼけた顔をしている。
ナンシーは二人の様子をハラハラと見守っていた。一体なんのことでこんなにジョージが立腹しているのか、分からなかったからだ。
「さらに、侍従を送りましたね。今度は庭園迷路に入って行ったなどと!」
「あら?貴方、そんなところまでナンシーを探しに行っていたの?」
「そうですよ!」
あのいつも薄ら笑いを浮かべながら、王太子然とした顔が、今は髪が乱れ、ズボンには生垣の葉がついて、足元は土埃で汚れている。目は剥きだして顔は怒りのせいか赤い。顔が整っているので、こんな風に怒るととても迫力があって恐ろしい。
「あらー悪い事をしたわねぇ。その時は私もそちらに行ったという報告を受けていたのかしら?…で、貴方はどうしてそんなにナンシーを探しに行きたかったのかしら?」
母である王妃様はあの顔を見せられてもなにも動揺しないのか、微笑を浮かべ、どうやら息子である王太子を揶揄っているようだ。
「そ!そっ…それは…」
殿下は先程までの勢いはどうしたのか、ナンシーにチラリと目をやると急にモゴモゴと口ごもった。
ナンシーは何を言いかけたのか本当に分からなくて、キョトンとした顔で王太子を見ていた。
そして、エヴァが言った「殿下は構って欲しくて意地悪しているのではないか?もっと話し合いをした方がいい」という言葉を思い出していた。
「私を心配して探しに来てくださいましたの?」
まるで、後ろでエヴァが応援してくれているような気分で、思わず口から言葉が出る。
王妃様は満足気にニヤリと笑ったのをサッと扇で隠した。
ナンシーから顔を隠すように、明後日を向いた殿下は小さく「そうだ」と言った。
「まぁ………嬉しいわ」
ナンシーはポロリと正直な気持ちを零す。
その言葉に殿下は驚いた顔でこちらを見た。その目は見開いていたが、少し口角が上がって嬉しそうな表情をしていた。
「二人とも、この後きちんと話し合いなさいな」
優しい声音の王妃様の言葉に、ナンシーはエヴァに優しく抱かれた時の様に心を後押しされた。
-----
この国の第一王子ジョージ・イルドーは、両親の良いところを全て受け継いだ完璧な王子だった。幼少時から利発で、勉学も剣術、体術、馬術においても直ぐに習得し、教師、講師も驚くほどの神童だ。そして、容姿も美しかった。
だが、彼は恋愛面において全てが空回りする星の元に生まれていたのだ。
幼少の頃に何人かの婚約者候補の令嬢の中にいたナンシー・コーエン公爵令嬢に一目惚れしたまでは良かった。
ところがその顔合わせの数日前に、プレイボーイという異名を持つ叔父侯爵(父の弟で侯爵家に婿入りしている)の屋敷に遊びに行っていたせいで、ジョージはやらかしてしまうのだ。
久しぶりに遊びに訪れた叔父の執務室に通され、近くにあった見たことのない本になんとなく手を伸ばした。
パラっと捲った本の中では半裸の男女が絵に描かれており、対面のページには細かい文章が書かれていた。描かれていたのは四つん這いになって足をむき出しにしている女性に、男が膝立ちでくっ付き、女の尻を持っている絵だった。
8歳の男児ではこの絵の意味は分からないので、文章を読もうと思ったところで、叔父が焦りながら本を取り上げてきた。
「叔父上。まだ読んでいませんので、もう少しいいですか?」
一体どうしてあのポーズをとっているのか分からなかったので、本文を読んで理解したかった賢いジョージは本に手を伸ばす。
「ダメだ!ダメ!これはジョージには早いんだ」
「早い?」
「もう少し大人になったらな!」
叔父はなんだかバツが悪そうに自分の執務机の奥の引き出しにその本を仕舞いだす。
「ええー?大人?」
「そうだ」
「とりあえず、さっきの男女は何をしていたか、だけでも教えてもらえないでしょうか?」
知的好奇心旺盛の若い王子のキラキラした目に、叔父は少し赤くなりながら困っていた。
「うう…大人の…お馬さんごっこだ!」
苦し紛れに叔父がしょうもない事を言ってしまったのだ。
「大人もお馬さんごっこをするのですか?私は小さい頃に護衛の騎士に馬の代わりになって貰って遊んでもらった事が有りますが…それを、女性に?」
「そう!大人だから、大丈夫なの!仲良くすることなの!楽しいの!もうこの話は終わり!」
「そうなのですか」
賢い王子は叔父の言う事は本当だと思い込み、それを記憶の『仲の良い男女のする遊び』のカテゴリに入れてしまったのだ。
その数日後、初めて顔合わせをした中にいたナンシー・コーエン公爵令嬢に一目惚れしたジョージは『仲の良い男女のする遊び』をすぐにしたくなった。きっとそれをすれば、楽しく仲良くなれるのだ。反対に俺が馬になってもいい。とりあえず、あの本通りに女性側に下になってもらおう。
「おい!君!俺の馬になれ!」と半ば力ずくでナンシーを四つん這いにさせて上に乗った。
令嬢はこんな格好で人に乗られたことも無ければ、まさか全体重をかけて乗られるとも思っていなかったのだろう、ベタっと体重が支えられずに崩れて、彼女はひぃぃぃんと泣きだした。
この泣き声を聞いてやっと令嬢が嫌がっている。と言うことに気付いた時には、時既に遅し。
上に乗っている状態で乳母に発見され、王子である自分を殺さんばかりに怒鳴りつけてきた。
少し離れていたところにいた王妃もやってきて、ガミガミと怒られた。
ナンシーの手の平と膝には擦り傷が出来ていて、崩れた髪の毛に泣きじゃくる彼女。
その頃第三王子妊娠中の王妃に首根っこを掴まれてズルズル引きずられながらも、なんて綺麗で可愛い子なんだろうと、泣いているナンシーを見ていた。
乱暴な遊びを令嬢相手にしてはいけないと、両親(国王夫妻)から叱られた。
叔父の屋敷の本の事をいうと、二人は頭を抱えていた。とにかくそれはもっと大人になればしてもいいと言われた。その時はどうしても意味が分からなくて腑に落ちなかった。(数年後に意味が分かって、自分も頭を抱えることになるが)
その後はなるべく気を付ける様にしていたが、どうしても叔父に教えて貰った大人のキスがしたくなって、ナンシーの舌を引っ張って泣かれたり、交流のために一緒に登城してきたナンシーの弟に嫉妬してしまって二人とも泣かせたりと子供時代には散々な事をしてしまった。
そして、どうやらナンシーに嫌われる決定打になったのが、ドレスビリビリ事件だった。
第一王子10歳の誕生日のパーティが開かれて、またナンシーや他の婚約者候補の令嬢達がやって来た時、ナンシーが私のダークブロンドの髪の色をドレスに縫い込んだりと、装いに取り入れていなかったのだ。
この時ジョージはマナー講師に教わっていた。『意中の相手の髪や瞳の色をドレスや装いに取り入れる』というのを『絶対』だと思いこんでいたのだ。
他の婚約者候補の令嬢はドレスに私の色を入れてくれていて、これは私に気があるなと思い込んだが、ナンシーだけは金色の一つも入っていない。
後から説明されたが、婚約者でもない者はその限りではない事。婚約者同士であってもそうではない事を説明されたが、この時はそれが分かっていなくて、どうしても腹が立った。
お前は私の婚約者候補ではないのか?
私の事が好きではないのか?
いつも穏やかな笑顔でこちらに向けてくる表情は所詮『王子へのゴマすり』の一種だったのか?
と、心の中で暴れ出す自分を止められず、こちらも穏やかな王族スマイルを浮かべたままで、ナンシーに少し話があると誕生日パーティーが始まる前に控室へ呼び出した。
二人きりになり怯えているナンシーを気にせず、今日のドレスを褒めた。
ああ、もう完全に笑顔を無くして泣きそうになっている。そんな君さえ可愛いのに。
どうして金色が入っていない?
耳障りなビリビリという音に、ナンシーは最初何をされたのか理解していなかった。
ジョージは破れやすいふわふわしたドレスのドレープ部分から、付けられていたフリル、リボン、レース飾り、全て自分の心が落ち着くまで素手で破った。
目を見開いて、現実を受け入れ始めると小さく悲鳴をあげ始めた9歳のナンシーには、相当辛かった出来事だろう。
お茶を淹れに来た侍女が小さく悲鳴をあげて、他に人を呼ぶまでに、ナンシーのドレスはドレスだったか怪しいくらいボロボロになっていた。
剥き出しになったナンシーの綺麗な肩や鎖骨が綺麗だなと思った。
また乳母と、その後母上がやってきた。
母上は泣きながら初めて私を平手打ちした。
何度叩かれても、自分の怒りは正当であると思っていたので、その場ではナンシーにも母上にも謝らなかった。
ナンシーは公爵家の侍女達に替えのドレスに着替えさせられて、パーティーを棄権した。
そのドレスには金糸が使われていて、貴族のドレスには金糸が使われる事が多い事を知り、他の令嬢達も私の為に金色を取り入れている訳ではない事にやっと思い至った。
そして、その後6年半の間、ナンシーと直接顔を合わすことができなくなったのである。
王妃様はその華奢で儚げな外見から出せないような美しく通る声で「皆様、今日は私のお茶会に来てくださいまして、有難うございました。お時間になりましたので、今日はこれでお開きになりますわ。お土産を用意しておりますので、受け取ってくださいませ」と閉会を宣言した。
ナンシーはこの後、王妃様と二人で今日のご令嬢の採点作業があるので、まだ城に残る予定だ。席を外していた時間が長いのであまり戦力にはなりそうにないが。
帰りがけにエヴァがナンシーと王妃様にそれぞれ挨拶をして帰った。
彼女も王妃様に詩集を紹介してもらって、きっと嬉しかっただろう。
「お手紙書くわね」ナンシーはそう声を掛けて、彼女を見送った。エヴァもニコリと笑い「喜んでお待ちしております」と言ってくれた。
エスコートする騎士はやっぱり壊れ物を扱うようにエヴァに優しくて、彼女が気付いていないだけで、絶対に慕われていると思う。
「ナンシー。じゃあ、そろそろ私の部屋まで移動しましょうか?」
「ええ、王妃様」
今から王妃と今日参加した令嬢達の採点が始まるのだ。残念ながら、最も点数が悪い令嬢は自分だと思うけれど…
「母上!!!」
会場に背を向けて歩き出したあたりで、雷のような怒声がして、ナンシーは身を竦めた。
この声は良く知っている。
「私を騙しましたね!」
肩を怒らせて、今まで見たことのない顔をしたこの国の王太子であるジョージが母親の王妃に詰め寄って行く。
「なんの事?」
王妃様は冷ややかにツンと取り澄ました顔をする。
その様子にさらにジョージ王太子はナンシーの前では見た事ないほど地団駄を踏んで激昂した姿を見せていた。
「ナンシーは庭園の西側に歩いて行ったと侍従に言うように指示したでしょう?!」
「あら?私ったら間違えたかしら?」
王妃はとぼけた顔をしている。
ナンシーは二人の様子をハラハラと見守っていた。一体なんのことでこんなにジョージが立腹しているのか、分からなかったからだ。
「さらに、侍従を送りましたね。今度は庭園迷路に入って行ったなどと!」
「あら?貴方、そんなところまでナンシーを探しに行っていたの?」
「そうですよ!」
あのいつも薄ら笑いを浮かべながら、王太子然とした顔が、今は髪が乱れ、ズボンには生垣の葉がついて、足元は土埃で汚れている。目は剥きだして顔は怒りのせいか赤い。顔が整っているので、こんな風に怒るととても迫力があって恐ろしい。
「あらー悪い事をしたわねぇ。その時は私もそちらに行ったという報告を受けていたのかしら?…で、貴方はどうしてそんなにナンシーを探しに行きたかったのかしら?」
母である王妃様はあの顔を見せられてもなにも動揺しないのか、微笑を浮かべ、どうやら息子である王太子を揶揄っているようだ。
「そ!そっ…それは…」
殿下は先程までの勢いはどうしたのか、ナンシーにチラリと目をやると急にモゴモゴと口ごもった。
ナンシーは何を言いかけたのか本当に分からなくて、キョトンとした顔で王太子を見ていた。
そして、エヴァが言った「殿下は構って欲しくて意地悪しているのではないか?もっと話し合いをした方がいい」という言葉を思い出していた。
「私を心配して探しに来てくださいましたの?」
まるで、後ろでエヴァが応援してくれているような気分で、思わず口から言葉が出る。
王妃様は満足気にニヤリと笑ったのをサッと扇で隠した。
ナンシーから顔を隠すように、明後日を向いた殿下は小さく「そうだ」と言った。
「まぁ………嬉しいわ」
ナンシーはポロリと正直な気持ちを零す。
その言葉に殿下は驚いた顔でこちらを見た。その目は見開いていたが、少し口角が上がって嬉しそうな表情をしていた。
「二人とも、この後きちんと話し合いなさいな」
優しい声音の王妃様の言葉に、ナンシーはエヴァに優しく抱かれた時の様に心を後押しされた。
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この国の第一王子ジョージ・イルドーは、両親の良いところを全て受け継いだ完璧な王子だった。幼少時から利発で、勉学も剣術、体術、馬術においても直ぐに習得し、教師、講師も驚くほどの神童だ。そして、容姿も美しかった。
だが、彼は恋愛面において全てが空回りする星の元に生まれていたのだ。
幼少の頃に何人かの婚約者候補の令嬢の中にいたナンシー・コーエン公爵令嬢に一目惚れしたまでは良かった。
ところがその顔合わせの数日前に、プレイボーイという異名を持つ叔父侯爵(父の弟で侯爵家に婿入りしている)の屋敷に遊びに行っていたせいで、ジョージはやらかしてしまうのだ。
久しぶりに遊びに訪れた叔父の執務室に通され、近くにあった見たことのない本になんとなく手を伸ばした。
パラっと捲った本の中では半裸の男女が絵に描かれており、対面のページには細かい文章が書かれていた。描かれていたのは四つん這いになって足をむき出しにしている女性に、男が膝立ちでくっ付き、女の尻を持っている絵だった。
8歳の男児ではこの絵の意味は分からないので、文章を読もうと思ったところで、叔父が焦りながら本を取り上げてきた。
「叔父上。まだ読んでいませんので、もう少しいいですか?」
一体どうしてあのポーズをとっているのか分からなかったので、本文を読んで理解したかった賢いジョージは本に手を伸ばす。
「ダメだ!ダメ!これはジョージには早いんだ」
「早い?」
「もう少し大人になったらな!」
叔父はなんだかバツが悪そうに自分の執務机の奥の引き出しにその本を仕舞いだす。
「ええー?大人?」
「そうだ」
「とりあえず、さっきの男女は何をしていたか、だけでも教えてもらえないでしょうか?」
知的好奇心旺盛の若い王子のキラキラした目に、叔父は少し赤くなりながら困っていた。
「うう…大人の…お馬さんごっこだ!」
苦し紛れに叔父がしょうもない事を言ってしまったのだ。
「大人もお馬さんごっこをするのですか?私は小さい頃に護衛の騎士に馬の代わりになって貰って遊んでもらった事が有りますが…それを、女性に?」
「そう!大人だから、大丈夫なの!仲良くすることなの!楽しいの!もうこの話は終わり!」
「そうなのですか」
賢い王子は叔父の言う事は本当だと思い込み、それを記憶の『仲の良い男女のする遊び』のカテゴリに入れてしまったのだ。
その数日後、初めて顔合わせをした中にいたナンシー・コーエン公爵令嬢に一目惚れしたジョージは『仲の良い男女のする遊び』をすぐにしたくなった。きっとそれをすれば、楽しく仲良くなれるのだ。反対に俺が馬になってもいい。とりあえず、あの本通りに女性側に下になってもらおう。
「おい!君!俺の馬になれ!」と半ば力ずくでナンシーを四つん這いにさせて上に乗った。
令嬢はこんな格好で人に乗られたことも無ければ、まさか全体重をかけて乗られるとも思っていなかったのだろう、ベタっと体重が支えられずに崩れて、彼女はひぃぃぃんと泣きだした。
この泣き声を聞いてやっと令嬢が嫌がっている。と言うことに気付いた時には、時既に遅し。
上に乗っている状態で乳母に発見され、王子である自分を殺さんばかりに怒鳴りつけてきた。
少し離れていたところにいた王妃もやってきて、ガミガミと怒られた。
ナンシーの手の平と膝には擦り傷が出来ていて、崩れた髪の毛に泣きじゃくる彼女。
その頃第三王子妊娠中の王妃に首根っこを掴まれてズルズル引きずられながらも、なんて綺麗で可愛い子なんだろうと、泣いているナンシーを見ていた。
乱暴な遊びを令嬢相手にしてはいけないと、両親(国王夫妻)から叱られた。
叔父の屋敷の本の事をいうと、二人は頭を抱えていた。とにかくそれはもっと大人になればしてもいいと言われた。その時はどうしても意味が分からなくて腑に落ちなかった。(数年後に意味が分かって、自分も頭を抱えることになるが)
その後はなるべく気を付ける様にしていたが、どうしても叔父に教えて貰った大人のキスがしたくなって、ナンシーの舌を引っ張って泣かれたり、交流のために一緒に登城してきたナンシーの弟に嫉妬してしまって二人とも泣かせたりと子供時代には散々な事をしてしまった。
そして、どうやらナンシーに嫌われる決定打になったのが、ドレスビリビリ事件だった。
第一王子10歳の誕生日のパーティが開かれて、またナンシーや他の婚約者候補の令嬢達がやって来た時、ナンシーが私のダークブロンドの髪の色をドレスに縫い込んだりと、装いに取り入れていなかったのだ。
この時ジョージはマナー講師に教わっていた。『意中の相手の髪や瞳の色をドレスや装いに取り入れる』というのを『絶対』だと思いこんでいたのだ。
他の婚約者候補の令嬢はドレスに私の色を入れてくれていて、これは私に気があるなと思い込んだが、ナンシーだけは金色の一つも入っていない。
後から説明されたが、婚約者でもない者はその限りではない事。婚約者同士であってもそうではない事を説明されたが、この時はそれが分かっていなくて、どうしても腹が立った。
お前は私の婚約者候補ではないのか?
私の事が好きではないのか?
いつも穏やかな笑顔でこちらに向けてくる表情は所詮『王子へのゴマすり』の一種だったのか?
と、心の中で暴れ出す自分を止められず、こちらも穏やかな王族スマイルを浮かべたままで、ナンシーに少し話があると誕生日パーティーが始まる前に控室へ呼び出した。
二人きりになり怯えているナンシーを気にせず、今日のドレスを褒めた。
ああ、もう完全に笑顔を無くして泣きそうになっている。そんな君さえ可愛いのに。
どうして金色が入っていない?
耳障りなビリビリという音に、ナンシーは最初何をされたのか理解していなかった。
ジョージは破れやすいふわふわしたドレスのドレープ部分から、付けられていたフリル、リボン、レース飾り、全て自分の心が落ち着くまで素手で破った。
目を見開いて、現実を受け入れ始めると小さく悲鳴をあげ始めた9歳のナンシーには、相当辛かった出来事だろう。
お茶を淹れに来た侍女が小さく悲鳴をあげて、他に人を呼ぶまでに、ナンシーのドレスはドレスだったか怪しいくらいボロボロになっていた。
剥き出しになったナンシーの綺麗な肩や鎖骨が綺麗だなと思った。
また乳母と、その後母上がやってきた。
母上は泣きながら初めて私を平手打ちした。
何度叩かれても、自分の怒りは正当であると思っていたので、その場ではナンシーにも母上にも謝らなかった。
ナンシーは公爵家の侍女達に替えのドレスに着替えさせられて、パーティーを棄権した。
そのドレスには金糸が使われていて、貴族のドレスには金糸が使われる事が多い事を知り、他の令嬢達も私の為に金色を取り入れている訳ではない事にやっと思い至った。
そして、その後6年半の間、ナンシーと直接顔を合わすことができなくなったのである。
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