あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ

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家鳴のいたずら

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 ────な、な。な……な。


 暗闇の中で声が聞こえた。拙い言葉で、何かを必死に訴えようとしている。


 何を伝えたいの? 誰かを呼び止めているの?
 代わりに、私が伝えようか。


 そう言いたいのに、声の主が誰なのか、どこにいるのか分からない。ただ必死に、何かを伝えようとしているのだけが伝わってくる。

 どこか切なくて優しい声だった。


 やがて温かい何かに包み込まれるような感覚に、ゆっくりと身を委ねた。



 少女が一人、広い部屋のすみで膝に顔を埋めている。隣の部屋から賑やかな声が聞こえ、少女は一層身を固くした。

 廊下がバタバタと騒がしくなり、障子に少女と同じ年くらいの少年たちの影が三つ映った。


 「ねえー、大ちゃん。真由美姉ちゃんは?」

 「あれ、真由ちゃん、さっきまではいたんだけどね」

 「ちぇ、裏の社に行こうって誘おうとしたのに」

 「やめとけ、健一。真由美は妖が見えないんだぞ」


 少年たちの影は、またバタバタと走り去っていった。

 少女は耳を塞いで腕に強く顔を押し当てる。畳の上にぽたぽたと涙が落ちた。

 すると、少女のいる部屋の障子が静かに開いた。音に気が付いた少女がはっと顔をあげると、和服を着た白髪交じりの女性が少女に歩み寄る。彼女の祖母だった。


 「……おばあちゃん」

 「真由美ちゃん、こんな暗い所にいたの。一人ぼっちは寂しいでしょう、おばあちゃんとお話ししましょう」


 少女は差し出された手を握って一つ頷く。少し硬い手で頬を撫でられ、そのくすぐったさに肩を竦めて笑った。

 ふたりは月明りの眩しい縁側に腰を下ろした。

 既にそこに置いてあった裁縫箱を弄り始めた祖母の手元を、少女は興味深げに覗き込む。さらにその隣には、笊に入った大粒の小豆が置いてあった。


 「おばあちゃん、その小豆どうしたの?」

 「小豆洗いから買ったのよ」


 手を止めた祖母が人差し指で目を吊り上げて、前歯を出す。


 「こーんな顔」

 「変な顔!」


 少女は声をあげて笑った。

 そして甘えるように祖母にすり寄った少女は「もっとお話して」と瞳を輝かせる。そんな孫娘を愛おしそうに見つめた祖母は、「何を話しましょうかしらね」と、少女の赤い頬を擦った。

 ふたりはたくさんの話をした。彼女たちが住む町のこと、その町の昔話、そして妖のこと。


 「おばあちゃん、それは何を作っているの?」

 「真由美が妖を見ることができるおもちゃだよ」

 「私にも妖が見えるの!?」


 身を乗り出した少女は、興奮気味に声をあげる。祖母は穏やかに笑うと、縫っていた小さな袋に小豆をひとつかみ入れてその口を縫って閉じた。

 少女は両手を差し出す。その手の上に、ちょこんとそれが乗せられた。


 「すねこすり、という妖なのよ。可愛らしいでしょう」

 「可愛いーっ! すねこすりのお手玉だ!」


 少女はそれをかざして、頬擦りをして、胸に抱きしめて、祖母を驚かすくらいに喜んだ。


 「すねこすりって、こういう妖なんだね! 猫ちゃんみたい。本物もふわふわなの?」

 「ふわふわよ、でもちょっと厄介なのよ」


 そう言って、小豆の笊に手を伸ばした祖母は「あら?」と首を傾げる。山盛りにして置いてあったはずの小豆が、一粒残らずなくなっていたのだ。不思議そうに首を傾げて、きょろきょろと当たりを見回したその時、


 「あいたっ」


 少女が突然、声をあげた。目をぱちくりと瞬かせて脳天を押さえると、髪に大きな粒が混じっている。つまんで顔の前まで持ってくると、それは小豆だった。


 「みておばあちゃん! 小豆、小豆が振ってきた!」

 「まあ、さては家鳴の仕業ね」


 祖母はそう言ってふふ、と笑うと、裁縫箱を片付け始める。少女の見開いた目が徐々に輝きを増していく。


 「家鳴って、妖? 何の妖? 妖が私のそばまで来ていたのね!」


 少女は勢いよく立ち上がると、天井を見上げながらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。そんな少女を、祖母は優しいまなざしで見つめていた。


 「真由美ちゃんは妖が大好きなのね」

 「うん、大好き! でもおばあちゃんはもっと大好き!」


 妖と縁のある家系に生まれながらも、その存在を目にすることのできなかった少女は、だからこそ人一倍に妖に親しみを持っていた。その存在を愛し、家系が引き継いだ力を尊敬していた。

 そして、その力が授からなかった自分を恥じ、疎外感に苦しんでいたのだ。

 少女はいつも、貰ったすねこすりのお手玉を肌身離さず持っていた。食事も風呂も眠るときさえも、そばにに置いてともに過ごした。

 そして、いつものようにお気に入りの縁側に寝転がりながら、すねこすりのお手玉とままごとをしていた時だった。

 こん、と少女の背後に何か小さいものが落ちてくる音がした。振り返った少女は、腹ばいのまま廊下を進み、床をくまなく探す。

 すると少し離れた所に、日の光でつやつやと光る何かを見つける。少女はぱっと笑顔になって駆け出した。


 「小豆! 家鳴がいるんだ!」


 少女は弾けんばかりの笑顔でそう叫んだら、今度は目の前に小豆が三粒振ってきた。少女は興奮気味にその場で足踏みをしてそれを拾う。


 「返してくれてありがとーっ! また来てね、絶対会いに来てね!」


 天井がしばらくきしきしと軋み、やがて静かになった。


 「真由美ちゃん、嘘つきだよ!」

 「そうだよ、妖怪なんていないもん!」

 「いるもん、すねこすりに家鳴に、小豆洗いも、私の神社にいるもん!」


 やがて少女は大きくなり、


 「妖が見えないのは、私が悪いから?」

 「そんなことはないわ、ユマツヅミさまがお決めなさることなのよ」

 「私がダメな人間だから、何の力も授けなかったの? 私は松野の家系にはふさわしくないの!?」


 疎外感は、自己険悪に変わり、


 「真由美、今何時だと思っているんだ!? 逢魔が時までには帰って来いと言っているだろう! 夜は妖の時間なんだ、何かあったら」

 「煩い煩い煩い! 私には関係ないでしょ!? 見えないものの話なんて聞きたくない! 気持ち悪いのよ、この家もこの神社も、見えないものに仕えてるアンタたちもっ!」


 寂しさは、憎しみに変わった。

 少女から女性へと変わった真由美は、昔と変わらず部屋のすみで膝を抱えて小さくなった。涙が畳に染みを作る。どうしても止めることができなかった。

 その時、箪笥の陰から小さな影がいくつも動いた。おぼつかない足取りで、陰から顔を出す。ひとつかみの赤い髪に、大きな丸い目をしたそれは、少女がずっと会いたがっていた妖、家鳴だった。

 たくさんの家鳴が少女の足元に集まって、きゃいきゃいと鳴き声をあげる。少女はそれに気が付くことはなかった。


 『なー』

 『なっ、んなあ』

 『な、なあ……』


 家鳴たちは必死に手を伸ばした。


 『な、うー』

 『なうあっ』


 角が欠けた一匹の家鳴が、少女の体を上っていく。少女の肘の上に乗ると、両手を広げてその頭に抱きついた。


 『なくうー、なあ、な……なく、な。なくなっ』


 なくな、なくな。
家鳴たちがそう繰り返す。

 少女はやはり気が付かず、大粒の涙が雨のようになって家鳴たちの頭に落ちた。

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