あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ

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雪童子と友人

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「おう、おかえり麻ちゃん」

「おかえり」


帰宅すると、縁側に腰を下ろしてくつろいでいた健一さんと三門さんが声をかけてくれた。小さく頭を下げて傍によると、三門さんが真ん中を開けてくれたので遠慮気味にそこに腰を下ろす。


「今日は遅かったね」

「あ、そうなんです。部活動が始まって」


健一さんが珍しいものでも見たような顔をして、「部活!」と繰り返す。


「いやあ、そうか、麻ちゃん高校生だしな。部活って響きが懐かしくて」

「言い方がオジサンですよ」


三門さんがからかうように口を挟めば、「オジサン言うな!」と噛みつく。

そう言えば、健一さんは三門さんにとって“叔父さん”に当てはまるわけだが、三門さんが健一さんを“叔父さん”と呼んでいるのを見たことがなかった。


「三門さんって、どうして健一さんのこと“叔父さん”って呼ばないんですか?」

「はは、気になるよね。どうしてかって言うと、健一さんの見栄を守ってあげるためだよ」


横から「おい三門!」と声が上がる。


「冗談ですよ。────僕らは一回りしか離れていなくてね、僕が物心ついた時にはまだ健一さんも十代だったから、“叔父さん”って呼ばれるのが嫌だったみたい。健一さんに『俺はまだ若いんだ』って怒られてからは名前で呼んでるよ」

「麻ちゃんも、俺のこと叔父さんって呼ぶなよ」


すかさずそう言った健一さんに、小さく笑いながら頷いた。


「そう言えば、部活は何に決めたの?」

「あ、郷土史研究部って言う詩子がつくった部なんですけど、メンバーが────」


部の発端や部員のことを話すと、三門さんたちは楽しそうに笑っていた。笑い事ではないのだと訴えたけれど、「何とかなるもんだよ」と流される。


話題が三門さんの学生時代の話にうつったころに、家の固定電話がじりじりと鳴り響いた。

ちょっとごめんね、と立ち上がった三門さんが電話を取る。

気にせず談笑を続けていると、しばらくして勢いよく受話器を置く音がした。驚いて振り返ると、三門さんがひどく慌てた様子で風呂敷に荷物を詰めている。


「どうかしたか」

「ちょっと出かけてきます。もうすぐ裏の社を開ける時刻だから、それだけお願いします」


一息でそう言った三門さんが飛び出すように家を出る。私と健一さんは顔を見合わせる。


「大丈夫、なんでしょうか……」

「大丈夫だろう、三門なら。俺たちもそろそろ準備始めるか」


ひとつ頷いて、私も立ち上がった。


本殿の中、三方に置いた供え物を定められた場所に置く。できました、と振り向きざまに声をかけると、蝋燭に火を灯していた健一さんが「おー、サンキュ」と手を振った。

そう言えば、と口を開くと健一さんは「ん?」と首を傾げて私を見る。


「健一さんも三門さんも、大輔おじさんも。みなさん違う袴ですよね」


んあ? とおかしな声を出した健一さんが自分の袴を見下ろす。三門さんは水色に近い色の袴で大輔おじさんは紫色の袴、健一さんは紫の紋が入った袴を身に着けている。


「ああ、級のことは知らないか。神職にも階位とか級があって、それに応じて袴が違うんだよ。上から浄階、明階、正階、権正階、直階、出仕。もっと細かく特級、一級、二級上、二級、三級、四級ってのがある。浅黄色の三門は明階三級、紫の兄貴は正階二級、紫に紫紋の俺は明階二級上ってところだな」

「……えっと、つまり」

「この神社の中じゃ一番俺がえらいってこと。三門は俺の子分」


ふふん、と鼻を鳴らした健一さんに小さく吹き出す。


「んじゃ、そろそろいっちょやりますか」


姿勢を正した健一さんに、ひとつ頷き傍に腰を下ろした。

健一さんの声は、低く朗々としていた。柔らかさを感じる三門さんの声とは違った、芯の通った力強い声だ。全然違うんだなあ、なんて思いながら聞いていると、短い祝詞奏上は直ぐに終わった。

蝋燭を扇ぎ消した健一さんが、一礼して振り返る。


「ごめん麻ちゃん」


唐突に謝罪の言葉をかけられて目を瞬かせる。


「三門から、勝手にいろいろと事情を聞いた。なんでこっちに来たのかとか」


確かに今まで何の音沙汰もなかった親戚が突然居候していたら、気になって事情を聞いてしまうのも仕方がない。気にしてません、と首を振ると健一さんは安心したように笑う。


「力のコントロール、上手くいってる?」

「練習はしているんですけど」


そう言葉を濁す。意識して成功したのは、人形の付喪神に祝詞をあげたときだけだ。あれから三門さんに教わった方法で力の使い方を練習しているけれど、上手くいったことは一度もない。

正直にそう話すと、健一さんは難しい顔を浮かべる。


「麻ちゃんさ、ほんとに何も覚えてないのか? 最近になってふっと思い出したりさ、見覚えがあるような気がしたり」


健一さんは突然真剣な目になった。


「五歳までは年に数回社に遊びに来て、妖とも遊んでいたこと、本当に覚えてない?」


力なく首を振る。

小さい頃の記憶、とりわけこの結守神社で過ごしたという記憶は私の中にはこれっぽっちもない。三門さんに聞こうとしても、三門さんも小さい頃の記憶は曖昧で、覚えていてもそれを私に話したがらないのだ。

なんとなく、話したがらない理由と、私に妖たちへ深入りしてほしくない理由が同じところにあるのではないかと感じていた。


「────やっぱりあの時の」


ひとりごとのようにそう呟いた健一さんに、思わず身を乗り出した。


「健一さん、何か知っているんですか!?」

「……あー、いや。知ってるって言うか、勘っていうか」

「教えて下さいっ」

「いや、でも三門が話したがらないんだったら」


お願いします、と眉根を寄せて詰め寄る。弱ったな、と頭を掻いた健一さんは苦笑いを浮かべる。


「分かった。でもまた今度な。今日は三門から頼まれたことが多いから」

「……わかりました」


渋々頷けばぽんと頭に掌が乗せられた。

裏の社が開くと、健一さんの言葉を気にする余裕もないほど忙しくなった。健一さんは三門さんの代わりに御祈祷を行ったり御札を書いたりと忙しそうに動き回っている。私も自分にできることを探しつつ、妖たちの相手をしながら過ごしていた。


「ねえ巫女さまー、三門さまはー?」

「三門さま、今日僕たちと遊ぶ約束してたんだよ」


社務所で御守りの整理をしていると、妖の子どもたちがわらわらと集まってきた。唇を尖らせて不満を漏らす子供たちを宥める。


「三門は急用で出かけてるんだ、仕方ないだろ。ぶうぶう文句たれてる暇があんなら、子どもらしく外で遊んでこい」


一仕事終えて社務所でくつろいでいた健一さんが口を挟む。


「もう、健一さん、子供相手にそんな言い方はないですよ」


そう言いながら、やはり三門さんは凄い人だなと改めて実感する。

普段の神主としての仕事に加え、妖たちの相談に乗ったり子どもたちの遊び相手になったり、手が空いているときは私の力を操る練習にも付き合ってくれる。

私よりも夜遅くに、何なら明け方近くに眠りに就いているはずなのに、私が朝起きる頃にはすっかり着替えて朝ご飯の支度まで終わらせている。

三門さんは一体いつ眠っているのだろうか。


「しかたないから健一でガマンする」

「そうだね、仕方ないから健一と遊んであげる」


健一さんはげえっと目を剥いた。


「やだよ、俺は忙しいんだ!」

「寝転がってるじゃん! 暇なんじゃん!」

「うっせえ! しまいには目鼻抜くぞ餓鬼!」


がばっと両手を広げて立ち上がった健一さんに、子どもたちのテンションが一気に上がる。きゃーっ、と叫びながら社務所中を走り回り、しまいには小上がりで足を引っかけ、台をひっくり返し、大騒ぎになる。

収拾がつかなくなって、おろおろしながらその場を右往左往していると、勢いよく社務所の扉が開いた。


「────何やってんだいアンタたちッ」


大地をも震わせる大迫力の怒鳴り声に、社務所にいた全員が硬直した。まさしく鬼のような顔をしたババがずかずかと中に入ってくる。つい先日、ババにこってりと絞られた私も、条件反射のように棒立ちになった。


「麻以外全員正座!」


腰が抜けるようにすとんとその場に正座になった子どもたちと健一さん。

ババはまっすぐ私のところまで歩み寄ってきた。


「客間に布団を敷いておいてほしいって、三門からの伝言を預かったよ」

「客間に布団を……?」

「ああ、もうすぐ帰ってくるから、よろしく頼んだよ」


分かった、とひとつ頷いて社務所を飛び出す。数秒後、つい先日の自分を思い出すような悲鳴が背後で聞こえて、心の中で手を合わせた。

自宅に戻ってくるとそのまま客間に直行した。

客間のひとつは私が使っているため、誰も使っていないもうひとつの方の客間に頼まれた通り布団を用意する。

誰かが泊まりに来るんだろうか、と首を傾げていると、玄関の方がわずかに騒がしくなった。

三門さんが帰ってきたんだ。

迎えに行こうと腰を浮かせたが、廊下を踏む足音はもうすぐそこまで近付いていた。私が立ち上がったタイミングとほぼ同じくらいに襖がすっと開く。


「ああ、麻ちゃん、布団ありがとう」


疲れた顔で三門さんが微笑む。

少し前かがみの三門さんは、背に誰かをおぶっている。部屋に足を踏み入れた三門さん。私の前を横切るその瞬間、三門さんに背負われたその人のまるで雪でできたような見事な白髪がさらりと揺れる。ちらりと顔が見えて、目を見開いた。


「え……」


三門さんがゆっくりと布団の上に寝かせる様子を、ただ茫然と見守る。

雪のような白髪、陶器のような透き通る白い肌、額から頬にかけて樹枝状に伸びた六角形が浮かび上がっている。それはまるで雪の結晶のような。



「富岡、くん……?」



昼間までは校庭を駆け回って友人たちとサッカーに勤しんでいた彼だった。


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