言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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調査

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今日も天気は生憎の曇り空で、今朝から厳しい風が吹き抜けていた。

再び陽太くんの地元に降り立った私たち。相変わらず街の景色はどこかグレーがかって陰鬱としていて街ゆく人は少ない。

駅前の屋根が着いたバス停のベンチに並んで座って次のバスを待つ。

校章が入った紺色のブレザーに学校指定の長袖ポロシャツ、滅多に履かないスラックスを身に付けた皆はここなしか浮かれた顔だ。

同じく私と亀世さんもブレザーと同じ色のスカートを履いて、首元には赤い紐のリボンを結んでいる。これから伺う中学校の制服だ。

前にもこんなことがあったな、と一年前を思い出す。去年の神社実習でも、ある高校の内部調査をする際に高校指定の制服を来て来校するように指示があった。


「でも俺が中学生の制服ってちょっとキツくないかな? 三歳も歳偽ってるんだけど」


上まできっちりボタンをとめた襟元を苦しそうに引っ張った聖仁さん。


「去年まで狩衣こどもふく着てたやつが何言ってんだよ」

「子供服……確かにそうだけどさ」


亀世さんの鋭いツッコミに苦笑いを浮べる。

聖仁さんは初等部の頃から「神話舞しんわまい」と呼ばれる開門祭かいもんさいで催される神楽の舞台に、学生代表として参加している。

去年もまねきの社の御祭神に使える神、萬知鳴徳尊ばんちめいとくのみこと役を務めた。容姿端麗で優しい風貌の聖仁さんにはピッタリの役どころなのだけれど、萬知鳴徳尊は少年神で五歳児のお姿をされているだけあって衣装も子供服の作りになっている。

もちろん去年の神話舞も萬知鳴徳尊役に選ばれた聖仁さんは、しっかりと子供服の衣装を着せられていた。

とても似合っているので私は素敵だと思ったのだけれど、聖仁さんからしたら18歳にもなってアンパンキャラクターのプリントTシャツを着せられているような感覚らしい。


「まぁ神修の制服よりかは格好いいじゃん! 股んとこスースーしねぇし」


足をパカパカと開いた泰紀くんに聖仁さんは顔をしかめる。


「泰紀……女の子がいる前でそういうこと言わないの。足も閉じる」

「え? でも亀世さんだってスースーするよな?」

「ああ。するな」


頭を抱える聖仁さんに小さく合掌する。

ロータリーに入ってきたバスに気付いて、みんなに声を掛け立ち上がった。

バスで20分ほど揺られたところに、陽太くんが通っていた中学校があった。陽太くんは毎日歩いて通学していたようなので、帰りはその通学路を歩いてみる予定だ。

数年前に耐震工事と合わせて四階建ての校舎の壁は塗り直されたらしく、街の廃れた雰囲気とはちがってどことなく明るい雰囲気があった。

今日は創立記念日と聞いているので重そうな深緑色の校門はきっちりと閉まっている。門の奥には両側が花壇になった十段の階段があり、その奥には屋根に「元気な挨拶を心がけよう」と書かれたスローガンが掲げられた学生玄関にがある。

校門脇には小さな扉があって、インターフォンが設置されていた。迷うことなくそれを押した聖仁さん。「はい、伺います」とすぐに返事があって、数分もしないうちに学生玄関から二人の男性が小走りで出てきた。

一人は老年の男性だった。紺色のスーツを身に付けており、ムッと唇を結んだ表情からどことなく厳しそうな性格が伺える。

もう一人は三十代くらいの男性だ。こちらはスポーツブランドのジャージにスニーカーという服装で、私が通っていた中学の先生たちの服装によく似ている。


「初めまして。お休みの日にすみません。先日お電話差し上げました榊と申します」


代表して聖仁さんが頭を下げ、私たちもそれに続いてお辞儀をする。

私たちを見て怪訝な顔をした男性たち。すぐに老年の男性が「ご案内して差し上げなさい」ともう一人に向かって声をかける。

来客用の玄関に案内された私たちは校舎の中に足を踏み入れた。


ガラス製のテーブルに黒い革張りの重厚なソファーがある応接室へ案内された私たち。人数が多いので、私たち1年生はソファーの後ろに用意してもらったパイプ椅子に腰を下ろした。

不躾にならない程度に部屋を見渡す。

壁掛け時計に、恐らく学生が描いた絵画。少し枯れかけの花が活けられた花瓶があるくらいで、すっきりした質素な部屋だった。


「私が校長の岩間いわまで、彼は田口たぐち先生だ」

「初めまして、田口です。三年生の古典を教えてます。陽太くんとは当時同級生で、校長先生から君たちの話を聞いて同席させてもらいました」


なるほど。聖仁さんからは当時の担任から話を聞けると聞いていたので、どうして若い先生がいるのか不思議に思っていたところだった。田口先生は陽太くんの同級生なのか。

メガネの奥のタレ目が、彼の穏やかな性格を物語っている。口調も校長先生に比べれば丁寧で高圧的じゃない。


「それにしても……本当に君たちのような学生が来るとは思っていなかった。そもそも神隠し事件として捜査するとは一体なんなんだ? 霊感のある子供を育てる学校? 馬鹿らしい。十分な後援を受け取ったしそれ以上踏み込むつもりはないが、用が済んだらすぐに帰ってくれ。我が校の学生に悪影響があっては困るんだよ」


呪が絡みついた攻撃的な言葉に、一瞬でこちら側の空気が凍りついたのを感じとった。

恐らく聖仁さんがアポイントを取る前に権禰宜に相談していたので、権禰宜から簡単な説明と協力の依頼を受けていたのだろう。


神修の制服ではなく、この中学の制服で来るように指定されたのも多方それが理由なんだろう。

神修の先生にも厳しい人はいるけれど、やはり神職なだけあってこんなふうに嫌悪を露骨に滲み出して攻撃的な態度で接してくる人はいない。

私としては「こういう先生、学年にひとりはいたよなぁ」という程度だけれど、皆はきっとびっくりしたはずだ。


「……そんなにお時間は取らせませんので、ご協力頂けますと幸いです」


チラッと見えた聖仁さんの横顔が引き攣っている。

さすがの聖仁さんも初対面で開口一番に自分たちを馬鹿にする言葉を浴びせられ、かなり頭に来ているようだ。

もちろん泰紀くんもブチ切れ寸前だけれど、隣の恵衣くんが影で手首に筋を浮かび上がらせながらがっちり押さえ込んでいる。

はぁ、と露骨に顔を顰めてソファーに深く腰かけた校長先生は「それで何が聞きたいんだね」と腕を組む。


「行方不明になった当日の陽太くんの様子を、覚えている限りで良いので教えてください」

「警察に散々話したがね。当時の書類やら記録やらがが残っているだろう」

「警察と僕たちは違う団体なので。それに山火事の影響で捜査が難航しており、あまり記録が残っていないんです」


敵意を孕んだ深いため息と、 ビジネススマイルがぶつかり合い、バチバチと青い火花をらしている。

めちゃくちゃ怖いんですが。


「当時の状況も何も……タツキは朝他の学生と一緒にバスに乗って校外学習のためあの山へ行き、帰宅したあと行方不明になった」

「校長、辰巳です。タツミ」


田口先生が静かに口を挟み、校長先生は悪びれた顔もせず「ああ、そうだったな」と少し不機嫌さを露わにして目を逸らす。

この人、本当に大丈夫なんだろうか。

時間が経っているとはいえ元教え子の、しかも行方不明になった教え子の名前を間違えるなんて。


「陽太くんが最後に確認されたのは校外学習の昼食休憩が最後です。校外学習中に行方不明になった可能性は考えられますか?」

「君は私の監督不行届が原因でタツキが行方不明になったのだと言いたいのか? 帰りのバスで点呼は取ったし、その時彼は乗っていたはずだ」

「はず? 陽太くんが帰りのバスに乗ったのを目視したわけではないんですね?」


口をへの字にした校長先生が顔を真っ赤にして勢いよくテーブルを叩き付ける。テーブルの上の花瓶が数ミリ浮いて音を立てた。


「あの日タツキが行方不明になったのは私の責任じゃない! ああそうだ、点呼は学級委員に任せて私は確認しなかった。でも他の教師だってそうしていたんだ。私だけじゃない!」


空気が震えてピリつく。校長先生の荒い息づかいだけが響く。


「陽太くんが思い詰めていたり、何か問題を抱えている様子はなかったのか」


目を細めた亀世さんが口を開く。


「なんなんだねその態度は。大人には敬語を使いなさい」

「自分のこと棚に上げて何言ってんだよ。あんたに言われたかないね」


亀世さんもなかなか攻撃的な姿勢で、侮辱されたことを怒っているのがヒシヒシと伝わってくる。

はん、と鼻で笑って「それでどうなんだ」と続けた。


「……タツキはもともと問題児だった。成績も悪く協調性もない。"親が親なら"とはよく言ったもんだよ」


陽太くんのお母さんのことを言っているのだろう。確かに陽太くんのお母さんは落ち着いた感じの人ではなかったし、引っかかる部分はあるけれど、そんな言い方はあまりにも酷い。

手のひらを強く握る。


「先生自身が感じたり気づいたことは? 当日は様子がおかしかったとか、数日前からどこか人が変わったような行動をとるようになったとか」

「だからそんな何十年も前のことを事細かに覚えてるわけがないだろ!」

「それでも何か心当たりはありませんか? 引っかかった事や、些細なことでいいんです」


食い下がる聖仁さんに、校長先生は勢いよく立ち上がった。


「いい加減にしてくれ! 私は関係ないんだよ!」


敵意をむき出しにした目で私たちを睨みつけると、振り返ることもなく大股で応接室を出ていった。


部屋に気まずい空気が流れる。


「あのおっちゃん、最後まで"タツキ"だったな」


泰紀くんのつぶやきが一層沈黙を気まずくさせた。


「……あの」


ずっと黙って隣に座っていた田口先生がおもむろに頭を上げて口を開いた。


「君たち、18時まで外で待ってられるかな」


声を潜めて、校長先生が出ていった扉を気にする素振りでそういう。

私たちはお互いに顔を見合わせる。


「ここでは話せない話があるんだ」




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