言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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調査

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駅前にあったファストフード店でポテトをつまみながら待っていると、18時半頃になって田口先生が小走りで店内に入ってきた。


「あれ! たぐっちゃん!?」

「ほんとじゃん! センセーもポテト食べに来たとか?」


自分たちよりも入口側に近い席に座っていた学生らしき男の子たちの団体が、田口先生の姿を見つけて嬉しそうに声を上げる。


「たぐっちゃんポテト奢って! 一緒に食べよーぜ!」

「先生待ち合わせだから。暗くなる前に帰りなさいよ」

「ちぇー。わかってるよぉ」


男子高校生たちは先生に手を振りすぐに雑談を再開する。やれやれと首を振った田口先生は小走りで私たちに駆け寄ってきた。


「ごめん、ちょっと残業で長引いちゃって」

「いえ。僕らもお腹すいてたんでちょうど良かったです」


聖仁さんの言葉にほっと息を吐き頬を緩ませた田口先生。


「場所移動していいかな? ここから車で15分くらいのところに僕が住んでるアパートがあるんだ。タクシー代は出すから。ここじゃちょっと」


田口先生は先程話しかけてきた男子学生たちの座るテーブル席にチラリと視線を送った。

他の学生には聞かせられない話、ということか。

もちろん捜査に協力して貰えるなら、断る理由もない。


「わかりました。よろしくお願いします」


田口先生に教えてもらった住所をタクシーの運転手にそのまま伝え十数分、少し古びたアパートの前に着く。運転席の窓をコンコンと叩き素早く会計した田口先生。

外に出るともう辺は真っ暗で街頭の頼りない光が錆び付いた外階段を照らしている。

田口先生に案内され、アパート2階の角部屋に入った。


「狭くてごめんね」


申し訳なさそうな顔でいそいそと散らばった靴を足で隅に寄せた。

無駄なものは置かないタイプなのか、生活する上での必要最低限の物しか置かれていない質素な部屋で、唯一そこそこ大きめの本棚には学術書やらビジネス本やらが並んでいる。


「緑茶、コーヒー、サイダーどれがいい?」


キッチンに立ち冷蔵庫の中をのぞきこみながらそう尋ねる。


「あ、どうぞお構いな────」

「俺サイダー!」

「私はホットのブラック」

「お前らねぇ……」


私たちのやり取りに田口先生は楽しそうにくふくふ笑って「好きなの選んでいいよ」と目を細める。慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。


「あ、タグチセンセー。話始める前にさ、一個聞いていい?」

「ん? 何かな」


先にサイダー組のコップを持ってきた田口先生が泰紀くんを見て首を傾げる。


「センセーの下の名前なんて言うんだ? 苗字で呼ぶの気持ち悪くてさ」

「へ?」


予想外の質問だったのか泰紀くんの前にコップを置いた手のまま固まる。

ちゃんと説明しなきゃ分かんないだろ、と聖仁さんが苦笑いを浮かべて口を挟んだ。


「僕たちの界隈では、年齢や立場は関係なくお互いのことを名前で呼ぶんです。それがしきたりみたいな感じで」


へぇ、と少し興味深げに身を乗り出した田口先生。


「校長からそれとなく君たちの話を聞いていたんだけど、本当に不思議な世界にいるんだね」


名前は祥吾しょうごだよ、そうつけ加えた祥吾先生はどこかワクワクした顔でキッチンに戻っていく。

祥は吉兆を意味し、吾は自分自身のことを意味する。沢山の吉兆がありますように、という意味だろうか。

人の名前の意味を推測する癖は、この世界に来てから自然と身に付いた。


「言祝ぎに満ちたいい名前ですね」


私が言うよりも先に聖仁さんが答える。名前を聞いたあとはそう返すのがお決まりだ。

これまた興味深げな顔をした祥吾先生。


「コトホギ……この場合はことぐと書く方の"言祝ぎ"かな? 喜びを言う、祝福する、なんかの意味がある言葉だね。現代語の"祝う"とほぼ同義だけど、君らの場合は神事的意味があるのかな。へぇ、名前を聞いたあとはそう答えるのがしきたりなのか。興味深いな」


私たちが解説せずとも手持ちの知識でスラスラと回答にたどり着いた。さすが、古典の先生なだけある。


「あんたは私たちのこと、胡散臭いとは思わないのか。あんな校長の元で働いてんだろ」


出されたコーヒーをずずっと啜った亀世さん。祥吾先生は苦笑いをうかべて肩を竦めた。


「胡散臭いだなんて思わないよ。僕は元々大学で民俗学を専攻してたんだ。ある程度は理解があるつもりだよ」


お盆をテーブルの上に置いた祥吾先生は本棚から図鑑のように厚みのある大きな本を一冊引き出した。

ほら、と私たちにそれを掲げる。表紙には「百鬼夜行絵巻」と書かれている。私たちが教科書として使っている絵巻物の現代語訳版だ。


「校長のことは僕から謝らせて欲しい。この後説明するけど、訳あってそういう目に見えないものや超常現象の類を毛嫌いしてるんだよ」

「だからあの場では話せないと?」


恵衣くんの問いかけに曖昧な表情を浮かべた祥吾先生は、本をパタンと閉じて棚に戻すと、今度は別の本を引っ張り出した。

丁寧に厚紙のケースに入ったそれを引き出す。紺色の重厚な装丁に箔押しで「××中学校 第〇期生」とある。

私たちが囲うテーブルの真ん中にそれを置いた先生。

ページを開くと制服姿の子供たちの写真がずらりと並んでいる。卒業アルバムだ。


「これは……証明写真ですか?」

「あんた変なコレクションしてるんだな」


私以外のみんなはそれがなんなのかピンときていないしい。

それもそうか。神修は一度入学すれば専科を卒業する14年後まで卒業という概念がない。

在籍していた学生の思い出とかをまとめた写真アルバムです、と解説を添える。

パラパラとめくっていくとみんなが青い背景で個人写真を撮る中、一人だけ別の写真から切り抜かれたような不自然な写真が一枚あった。

名前を確認せずとも、ここ最近書類で何度も確認した笑顔だ。


「失踪したのは中学二年の時でしたよね。陽太くんも卒業生に含まれてたんですね」

「当時の校長の計らいでね」


ひとつ頷いた祥吾先生は自分の元にアルバムを引き寄せて、とあるページを開く。校長先生が校長になる前の今よりも少し若い写真が右上にあり、その下に学生たちの写真が並ぶ。

祥吾先生は校長を指さした後、続けざまに三人男子学生を指さす。


「その四人は?」


恵衣くんの問いかけに、バツが悪そうに顔を顰め俯く。


「当時、中心になって辰巳をいじめていた奴らだよ」


なんとなく訳ありなのは感じていた。何かがあるのだとは思っていたけれど、いざ悪意を目の当たりにすると、どうしようもない怒りが込み上げてくる。

それがいじめというのならなおさらだ。

私たちの仲間は、それで傷付き長い間苦しんでいた。


「念の為聞きますが、祥吾先生は加担していましたか」


聖仁さんの静かな問いかけに、祥吾先生は表情を曇らせる。


「……見て見ぬふりが同罪って言うなら、僕も加担していたと言えるね」


祥吾先生はいじめの存在を知っていて、黙って見ていた一人なんだ。

部屋の中に重苦しい空気が流れる。

こういう時、どんな状況にもかかわらず口火を切ってくれる恵衣くんの存在はありがたい。


「校長がいじめに加担していた、というのはどういうことですか? 当時の担任だったんですよね」


ああ、と祥吾先生は自嘲気味に笑う。

────指導の仕方に昭和っぽいところはあったけれど、当時の先生はみんなが慕う理想の教師って感じで、生徒からも親からもかなり人気があったんだ。

今度は【みんなの思い出】というページ開いた。恐らく学校行事や日常の写真が掲載されているのだろう。

満面の笑みで生徒たちと肩を組む校長先生の姿があった。

一瞬軽蔑の表情を浮かべた祥吾先生は、見たくないものを遠ざけるようにアルバムを閉じて本棚の奥にぎゅっと押し込む。

私たちに背を向けたまま続けた。


僕の親も「あの人は教育熱心だ」なんて言っていたけど、教師になった今なら言える。僕はそうは思わはない。あの人は、自分を慕う生徒だけを可愛がるんだ。だから辰巳みたいに、ちょっと人とは違う生徒は徹底的に排除しようとした。


人とは違う?と聞き返した。

祥吾先生はひとつ頷き「知的な遅れはないけれど、学習のスピードがゆっくりで得意不得意にばらつきがある生徒のことだよ」と教えてくれた。


勉強が苦手なだけで、悪いやつじゃなかったんだ。性格も穏やかで優しいし、みんな嫌がる飼育小屋掃除の週替わり当番も辰巳は進んでやっていた。ただ、他の生徒と少し違ってただけなんだよ。

心当たりがあった。小学生の頃だ。同じクラスに勉強と運動が特に苦手で、週に何度か特別教室に通っていた男の子がいた。

彼自身はひょうきんな性格で、先生のサポートもあり毎日楽しそうに学校に通っていたのを覚えている。


授業中に辰巳が答えられないような質問をしたり、テストの点数を晒したり、全校集会があるのを辰巳にだけ伝えなかったり。

そんな風に扱われているうちに、クラスの中でも自然と「辰巳には何をしてもいい」って雰囲気になって。

それからは、さっき上げた三人が主だって辰巳をいじめていた。物を隠したり壊したり悪口を言ったり。見たことはないけれど暴力も────あったと思う。


ふっと瞳に影がさす。

祥吾先生の顔と、最後に会った時の慶賀くんの顔が重なる。これは過去を悔いている人の目だ。


「馬鹿みたいな話だよね。いじめを見過ごしてた僕が、今じゃ子供たちにいじめはダメだなんて説教しているんだから」


はは、と力なく笑った祥吾先生が振り返った。

おかわり入れてくるね、と私たちのコップをお盆に乗せてキッチンへ歩いていく。

一瞬見えた目元が赤くなっていた。


「それだけじゃなくて、辰巳の家は家庭環境も酷かったみたいなんだ。片親でずっと母親と二人暮しだったんだけど、母親が男を取っかえ引っ変えするタイプで、しょっちゅう違う男があのアパートに出入りしてたんだって。選ぶ男もろくな奴じゃないから、よく真夜中に喧嘩の騒音で通報されてたらしい」


ケトルからボコボコと湯が沸騰する音と、掛け時計の進む音がやけにうるさい。みんなが言葉を失い、口を閉ざしているからだ。

節々に妙な違和感はあった。あの重苦しい雰囲気のアパートを見た時、表に陽太くんの傘がなかった時、お母さんが「仏壇はない」と冷たい顔で告げた時。

そうだ、あの時と似ているんだ。私が昇階位試験で飛び級合格をした時だ。

当たり前のように受け入れていた人の温かさ、誰かからの親切、それらを感じない冷たく孤独な日々。

陽太くんはきっと、私なんかとは比べ物にもならないほど長い時間をその中で過ごしていた。


「陽太くんの家庭環境や周辺環境はよく分かりました。それで、彼が行方不明になった日のことは覚えていますか」


聖仁さんの静かな問いかけに答えるよりも先に、かしゃんとコップ同士がぶつかる硬質な音がした。驚いて振り返ると流し台に手を着いて項垂れる後ろ姿があった。


重苦しい沈黙、そして祥吾先生は震える喉で息を吐いた。


「……校長が、言ってたよね。あの日、バスに乗る前、学級委員長が点呼をとって教師に報告したって。中学二年、辰巳と僕は同じクラスだった」


血の気が引いた顔で振り返る。怯えた目で私たちを見下ろした。


「当時の学級委員長は、僕だ」


短く息を飲んだ。

怯えと動揺と後悔に染った瞳は、激しく左右に揺れながら許しを乞うように私たちを必死に捉える。

誰かが生唾を飲み込む音がした。恐ろしい核心に触れる直前のような張り詰めた緊張が身体にまとわりつく。

最後に陽太くんの姿が確認されたのは例の山の中腹付近、時間は帰りのバスが山を発つ直前頃だ。そして当時の担任は点呼をとっておらず、当時の学級委員長が代わりに学生たちの点呼をとった。

手に汗が滲む。怯えるその目をじっと見つめ返し静かに口を開いた。


「帰りのバスに────陽太くんは乗っていましたか」


答えを聞くよりも先にその表情でわかった。


「辰巳は……乗っていなかった」


どうして、と責める言葉が喉まででかかったけれど言えなかった。祥吾先生の顔を見れば、自分の意思でそうした訳ではないということが分かったからだ。


その日、祥吾先生は先程挙がった三人組に命じられ、陽太くんが乗っていないことを知っていながら先生には全員乗車したと報告したらしい。

つまり陽太くんは校外学習中に行方不明になった可能性が高いということだ。


「僕が点呼で嘘をついたことと、先生がちゃんと点呼を取らなかったこと。いじめがあったこと、いじめを黙認していたこと助長していたこと。みんながお互いに秘密を握りあってるから、これまでずっと黙ってたんだ」


きつくかみ締めた奥歯がギリっと音を立てた。

あまりにも浅ましく、愚かで、人間の醜さを凝縮したような部分を目の当たりにして目眩すら感じる。

学校だけじゃない。友達も、先生も、家族でさえも。

陽太くんの味方はこの街にはいなかったんだ。どれだけ孤独でどれだけ身が裂かれるような思いを抱きながら毎日を送っていたのだろうか。


「話を戻すと、つまり辰巳陽太は家に帰る途中で道に迷い、その後行方不明になった可能性が高いということですね」


恵衣くんの淡々とした物言いに、少しだけ冷静さを取り戻す。小さく息を吐き出し、握りしめていた手の力を抜いた。

今熱くなっちゃ駄目だ。

どんな酷いことをしたとはいえ、これまでずっと隠していたことを私たちに打ち明けてくれた。

この機を逃せば事件はもうきっと解決できない。有力な情報は全て聞き出さなければ。


「どうして今になって、その話をしようと思ったんですか?」


私の質問に、みんながちらりとこちらに視線を向けたあと祥吾先生を見上げた。祥吾先生は震える唇をゆっくりと開く。


「僕が民俗学に興味を持ち始めたのは、その……幼い頃から"見えた"からなんだ。と言っても、紫色の靄のようなものがうっすら、見える程度なんだけど」


紫色の靄────残穢ざんえ

祥吾先生が見ているのは妖たちが残す残穢だ。慶賀くんの妹賀子かこちゃんと同じ、ほんの少しだけ見える人間なのだろう。


「それで最近……すごく嫌な感じがする場所の前を通った時に、見えたんだ」

「見えた? 何がだ?」


亀世さんの問いかけに、ぎゅっと唇を結んだ後、激しく目を泳がせた。


「辰巳を、見たんだ」


自分でも信じられない、という顔をした祥吾先生は両腕を抱えて項垂れる。

辰巳を見たって、陽太くんを見かけたということ?


「辰巳は昔と変わらない姿だった。最後に見た中学二年の校外学習の日と、何一つ変わっていない。思わず声をかけたんだ、でも辰巳は答えなかった。何かを探すように当たりを見回したあと、空気に溶けるみたいに、すっと、消えて」


中学二年のときから何も変わらない姿で、少しした後すっと消えた。

間違いなく祥吾先生が見たのは、本物の陽太くんではない。正確に言えば、生きた陽太くんではない。

もし陽太くんが生きているなら、あれから十何年も経っているのに当時と変わらない姿だと言うのが先ず変だ。

それにすっと消えた、という表現も人ならざるものであることが分かる。つまり祥吾先生が見たのはこの土地に残る陽太くんの想念が見せた生霊、もしくは彼の幽体になる。


「辰巳が行方不明になった当時、メディアが神隠しだ呪いだって騒いだせいでこの街にマスコミが押しかけたんだ。校長はそれ以降、目に見えないものを毛嫌いするようになって。校長はこの街の自治会会長でもあるから、今回のことを誰かに相談すればすぐにその話は校長の耳にも届く。そうしたら僕は」


その先の言葉はなんとなく想像がついた。結局最後は保身なのか。

込み上げてくる呆れと嫌悪に顔を顰めた。

やっと当時の状況が鮮明に見えてきた。それで「ここでは言えない話」と言って私たちをこの家に招き入れたわけだ。


「僕、思うんだ。辰巳は行方不明になったんじゃなくて、自分の意思でここから消えたんじゃないかって。それぐらいあの時の辰巳には居場所がなかったと思うから」


同情の色が乗った声色に眉を顰める。

そうなるようにしたのはあなたたちなのに。


「僕が見た辰巳は、僕らを恨んで化けて出たのかな……? 僕を呪うために? だとしたら僕はどうしたらいい!?」


ため息をついた聖仁さんが口を開く。


「突き放すような言い方で申し訳ありませんが、それは僕たちにも分かりませんよ。一応その線でも捜査はしてみますが、答えを知っているのは陽太くんだけなので。もしご自身に呪いの被害が出た場合は近隣の社に相談してください」


聖仁さんの言葉は冷たいように聞こえるけれど、実際に私たちができることといえばその程度だ。

陽太くんが現れたと言っても祥吾先生の幻覚かもしれないし、なぜ今になってその姿で現れたのかなんて分からない。


呪いの被害も呪者の所在がわかっていれば防ぎようがあるけれど、そもそも陽太くんは行方不明で、祥吾先生を呪おうとしているのかも定かではない。

いまの私たちにできることは、聞いた情報をもとに陽太くんの捜索を続けるこくらいだ。


「……もう遅いしお暇しようか」


項垂れる祥吾先生を一瞥し、聖仁さんは私たちを見回した。私たちは戸惑い気味にひとつ頷き立ち上がる。


「最後にひとつ教えてください。さっき言ってた、"嫌な感じがする場所"ってどこだか覚えてますか」


恵衣くんの問いかけにピクリと指先が震えて、祥吾先生はいっそう首を深く折った。


「河川敷の、高架下……。あの三人が、辰巳をよく呼び出していた場所だ」


私達も祥吾先生も、それ以上は何も話さなかった。

お邪魔しました、とだけ声をかけて祥吾先生の部屋を後にする。先生は最後まで顔をあげず、力なく項垂れるだけだった。


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