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調査
肆
しおりを挟む「────はい、はい。分かりました。では一旦社に戻ります」
電話相手が受話器を置いて、通話終了の電子音が耳元で鳴る。暗くなった画面を一瞥してから顔を上げる。「どうだった?」という問いかけに小さく首を振った。
「今、社に手隙の神職さまがいらっしゃらないみたいで。監督できないから戻ってきて欲しいとの事です」
了解、と答えた聖仁さんは、目を細めて暗闇を見下ろす。私たちは祥吾先生の家から少し歩いた場所にある河川敷へ来ていた。
目の前にはこの街へ来る時に電車で渡った大橋がある。
ちょうど電車が橋へ入ってきて、大きな音を立てて通り過ぎた。オレンジ色の光が川面に落ちてゆらゆらと揺れている。
小高い堤防から川を見下ろせば高架下の高水敷が深い影になっていて、暗闇の黒から滲み出るように別の黒がゆっくりと外へ流れ出ている。残穢だ。
「確認できるところだけ確認して、帰って報告書にまとめようか」
「くそ、この前の休みに魔除の香を調合したから、試したかったのに」
座り込んで高架下の様子を伺っていた亀世さんが小さく舌打ちして石ころを放り投げる。綺麗な放物線を描いて草の影に消えていった。
そばまで偵察しに行っていた泰紀くんが戻ってきた。
「聖仁さーん! 大した幽霊でもなさそうだし、俺らだけで祓っちゃわねぇ?」
「駄目だってば。俺らはまだ監督者がいないと神職活動が認められてないんだから」
「でも"殺してやるぅ!"って髪振り乱してたぞ? ほっといたらヤバくね?」
髪長いネーチャンの幽霊だった、と垂らした両手を胸の前に差し出した。
苦い顔をした聖仁さんがもう一度高架下を見下ろす。
目視できる残穢は、心做しか先程よりも濃くなっている気がした。確かに放っておくにはいささか不安要素が残る。
「……ったく、暇な監督者がいればいいんだな?」
ちょっと待ってろ、と亀世さんがポッケからスマホを取りだした。トントンと軽く画面を叩いたあと、暗くなった画面を耳に当てる。
しばらくの沈黙の後「もしもし」と誰かと通話を始めた。
「────ああ、じゃあ暇なんだな。今すぐ来てくれ。生徒のピンチだ、絶体絶命の状況だ。現在地はこの後送る」
間髪入れず、じゃ、と通話を切った。相手の承知を確認するよりも先に通話を終わらせていた気がするのは気のせいだろうか。
また軽くスマホを叩いて、用が済んだのかくるりと振り返る。
「すぐに来るってさ、監督役」
え!?と聖仁さんが目を剥いた。
「ちょっと待って、一体誰を呼んだの? ていうか、ピンチとか絶体絶命とかって言ってなかった? ちゃんと説明しなきゃ駄目だろ!」
「ピンチだろ。祓いたいのに祓えない状況なんだから」
しらばっくれた様子で草の上に座った亀世さんは、「お前らも座って待っとけば?」と笑う。額に手を当てた聖仁さんの深い溜息が、心做しか残穢を遠ざけた気がした。
そして三十分後、堤防の上に並んで座り雑談しながら"監督役"を待っていた私たちは、飛行機が空気抵抗を受けるような轟音が遠くから聞こえてくるのに気がついた。
空を見上げてきょろきょろしていると、東の空から猛スピードで近づいてくる白い点を見付ける。
白い点は徐々に大きくなっていく。点ではなくそれが四本足の何かだと判明した直後、体が吹き飛ばされそうなほどの暴風と共に白い何かが私たちの頭上で急ブレーキをかけた。
うわあ、とみんなの悲鳴が上がる。咄嗟に頭を守ってその場で小さくなった。
「あはは。おおよそこんな事だろうとは思ったけど、ホント勘弁してよ。俺、風呂入ってたのに」
着地音とともに聞こえたよく知った声に顔を上げる。
普段の神職姿とは違い、寝巻きのスウェットに慌ててダウンだけ羽織って飛び出してきたような姿で、髪型もいつもよりややラフな感じの薫先生が呆れた顔で立っていた。
よっ、と立ち上がった亀世さんがニヤリと笑う。
「その割には大急ぎで来たんだな、管狐まで使って。ご苦労さん」
「もー、ホントだよ。亀世が状況をちゃんと教えてくれないから、社の禰宜頭にまで電話しちゃったんだからね。後で謝罪の連絡いれなきゃじゃん」
どうやら亀世さんの情報不足すぎる連絡により大慌てで社へ確認を入れたらしい。
空を見上げる。上空には真っ白い毛並みを風に靡かせ、太い前足に顎を乗せてくつろぐ大きな妖狐がぷかぷかと浮かびながら私たちを見下ろしていた。
薫先生が使役する管狐のコンちゃんだ。
どうやら薫先生はコンちゃんの背に乗って夜空をかけてここまで来たらしい。どうりで到着がこんなにも早いわけだ。
「で何、本当にピンチってわけじゃないんでしょ? 本題は?」
「あそこにヤバめな幽霊がいる。間違いなく祓除対象だ。社の神職たちは忙しいようで、薫先生を呼び出した」
亀世さんが指さした高架下を目を細めてじっと見つめる。なるほどね、と呟いた薫先生は私たちに向き直った。
「監督者が欲しかったって訳か。オッケー、いいよ。俺が見てるから好きにやっちゃいな」
やりぃ、と指を鳴らす亀世さんの後頭部をガッと押さえ込み聖仁さんが頭を下げる。
「すみません、薫先生。急に呼び立てて」
「いいよ、今日はもう飯食って寝るだけだったし、こうしてみんなの元気そうな顔も見れたからね」
舌打ちしながら聖仁さんの手をすり抜けた亀世さんは「行くぞ泰紀!」と泰紀くんを連れ立って堤防の坂を転がるように降りていった。
こら待て!とその後を聖仁さんが追いかけていく。
元気だねぇ、とからから笑った薫先生は私たちに向き直った。
「や、巫寿。恵衣も久しぶり。元気にしてた? 変わったことはない?」
二人も行くよ、と手招きされ堤防の階段を降りて行く。
「元気です。社の皆さんも良くしてくださって────あ」
「あ?」
「あ、いえ。何も」
薫先生にとってわくたかむの社の話はあんまり聞いていて気分がいいものじゃないはずだ。
私が不自然に口を止めた理由に気付いたのか、恵衣くんは呆れたように小さく息を吐いた。
「恵衣はどう?」
「はい。特段何も起きてません。こいつの周りも静かですよ」
「良かった。百さんにもくれぐれもよろしくって伝えてあるんだけど、やっぱり学校外だとかむくらの神職の目が届かないからね」
元気にしてた?ってそういう事だったの?
何も考えずに答えてしまったことが少し恥ずかしくて俯く。
「引き続き巫寿のことをよろしく頼むね。でもかむくらの神職も定期的に社の周辺は見回っているし、しっかり実習に集中して研鑽に励むこと」
はい、とひとつ頷けば薫先生はケラケラ笑って「俺先生っぽいこと言ってる~」と肩を震わせる。
先生っぽいじゃなくて先生なんですけどね。
「わくたかむの社って都心にも割と近いし、遊びに行くにも便利でしょ? せっかく学校の外なんだし、恵衣も勉強ばっかしてないでいっぱい遊びなよ~」
薫先生ってあまり「勉強しろ」とは言わないけれど、「沢山遊べ」はよく言うんだよな。先生がそれでいいのかと若干思うところはあるけれど。
「あれ? 巫寿可愛いのつけてるね」
薫先生の視線が私の後ろでひとつに結い上げた髪に向いているのに気づいた。手を持っていくとガラス細工の髪飾りが手にあたる。
「あ、そうなんです。この間恵衣くんと出かけた時に買ってくれて」
「へぇ? 恵衣と? 出かけた時に? 買ってもらったんだ?」
満面の笑みをうかべてぐりんと首を回し反対側に立つ恵衣くんへ視線を向けた薫先生。
首がつってしまうんじゃないかと言うほど顔を背けた恵衣くんは、無言の圧力で薫先生の言葉をはねかえす。
「誰しも通る青春なんだから、そんなに照れなくても。にしてもよくデートに誘ったね」
「照れてない! デートじゃない! 俺は誘ってない!」
綺麗に三段返しした恵衣くんはぷりぷり怒りながら大股で歩いて行った。
あははっ、と声を上げて笑う薫先生。人が悪すぎる。
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