言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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すれ違い

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後から聞いた話では、幸さまは呪が暴走した薫さまをお止めするために、私たちですら怯むようなあの中へ迷わず飛び込まれたらしい。

薫さまが唱えのは祈雨きう祝詞のりと。上手く奏上出来れば数時間小雨が降る程度の祝詞だ。薫さまの呪は私たちにはもう止めることが出来ないほどの大きな力になっていた。

だからこそ、禄輪ろくりんが薫さまを引き取りたいと申し出てた時は、どこか心の底でホッとしていた。

薫さまが社から去り、隆永さまはまるで魂が抜き取られたかのようにただ淡々と奉仕をこなす日々。まるで春を失ったかのように、社はどこかもの寂しく底冷えするような冷たい空気が漂っていた。

芽さまもかなり気落ちした様子を見せていたけれど、御学友に恵まれたらしい。冬休みで寮からお戻りになられた時には、ほんの少しだけ笑顔を見せるようになっていた。

けれども以前のような無邪気な笑顔はない。癒えない傷を抱えながら過ごす日々はそれから長らく続いた。


あれは芽さまが中学二年生になられた頃だったか。

すっかり大人びた顔をするようになり、昔のように天真爛漫な笑みを見せることもなくなったある日、ちょうど夏休みが始まり社へと帰ってきた芽さまは、珍しくドタバタと足音を立てて社務所へ飛び込んできた。

自分の姿を見つけると、小さかった頃に「稽古をつけてくれ」と私に飛び付いてきた時と同じ満面の笑みで駆け寄ってくる。


「真言! 真言聞いて! ビッグニュースだよ!」


靴を脱ぐのももどかしそうに小上がりに上がってきた芽さまは、その勢いのまま私の元へくる。


「お帰りなさいませ、芽さま。おじいさま方へのご挨拶はお済みですか?」

「そんなの後でいいよ! それよりもさ、聞いて! 二学期から神修にくゆ────」


そこまで言って不自然に言葉を止めた芽さま、社務所の中を目だけで見回し、もどかしそうに自分を見る。耳貸して、と袖を引っ張られ不思議に思いながらも体を傾けた。


「二学期から、くゆるが神修に通うんだって……!」


思わず目を見開いて芽さまの顔を見る。鼻を膨らませ、何度も嬉しそうに頷く芽さまの頬は興奮で真っ赤に染っている。

芽さまの口から、その名前を聞いたのはとても久しぶりだった。


「担任から聞いたんだ、二学期から来るから世話してやれって。とうとう神修に来るんだよ、すごいよね、きっと禄輪さんのとこで沢山特訓したんだろうな。部活とかどうするんだろ? きっと寮にも入るよね! クラスの奴らにも紹介しなきゃ」


歳を重ねて聞き分けが良くなって、自分の立場を理解するようになって、わがままも駄々をこねることもなくなった。自分の感情を素直に表に出す姿はここ数年見た事がない。

そんな芽さまがこんなにも満面の笑みを浮かべて話しかけてきたことが、私は純粋に嬉しかった。

それからというもの、芽さまの笑顔が格段に増えた。

帰省する度に私の後をついて回って、薫さまや御学友と神修でどんなふうに過ごしたのかを嬉々として語ってくださった。薫さまのこの社での立場をご存知だからこそ、私以外に気軽に話せる相手がいないらしい。

芽さまの話に出てくる薫さまは見違えるほどにご成長なさっていて、半ば見放すように禄輪の元へ預けてしまったことがずっと心に引っかかっていた私はそれに救われる思いだった。

薫がね、薫がさ。

何度も何度も楽しそうに己の片割れの名前を呼ぶ芽さま。まるで9歳の時に止まってしまった時間が再び動き始めたような、そんな気がした。


「薫がさ、一緒に帰省しようって行っても"絶対イヤ"って言うんだよね。禄輪さんとこで修行するのが忙しいんだって」


深夜、「お腹空いた」と社務所に現れた芽さまのために台所で握り飯をこしらえていると、芽さまはダイニングテーブルに突っ伏して気落ちした声でそう言った。

薫さまがご実家を嫌厭なさるお気持ちは察しがつく。幼かった彼にとって、この場所には辛い思い出の方が多いのだろう。


「でも真言も薫に会いたいよね?」

「そうですね。お元気な顔を一度でいいので拝見したいです」

「でしょ? 父さんだってきっと────」


そこまで言いかけて口を閉じた芽さまは、キュッと唇をすぼめるとまたテーブルに顔を伏せてしまわれた。

隆永さまは、あの日からずっと時が止まったかのように抜け殻の状態で過ごしている。日々の奉仕や祓除もお祓いもこれまで通り問題なくこなしているけれど、そこには"隆永さまの意思"がない。

決められたことを淡々とこなしていくだけで、隆永さまの感情は何一つ感じられない。

それほど失ったものが大きいのだ。それほど隆永さまにとって幸さまは、なくてはならない存在だったのだ。

そんな状態の父親に、芽さまもどう接したら良いのか戸惑っているらしい。

それに加え社内はふたつの派閥に分裂し、隆永さまの失墜を企み芽さまを宮司代理に押し上げようとしている者たちがいる。

心休まるはずのご実家で悪意と偽物の善意に当てられ続ける日々は、まだ未成年の彼にとって耐え難いものだろう。

人間って自分勝手な生き物だよね、以前苦しそうな横顔で芽さまはそう零した。それが彼の全てなのだろう。

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