325 / 357
すれ違い
壱
しおりを挟む
*
20年前、夏。
その日自分は夜番で、社務所内で数人の神職たちとともに書類仕事を片付けていた。夜空には欠けたところがひとつも無い見事な満月が出ていた。
若い巫女助勤たちが代わる代わる月を見上げに外に出ている姿が微笑ましく、珍しく揉め事で駆り出されることも祓除の依頼もなかったのでほかの神職たちと雑談しながら静かな夜を過ごしていた。
あれは23時を少し過ぎた頃だったか。
ドォンッ────と、腹の底に響くような爆発音とともに、足裏全体をしびれさせるほどの衝撃を感じた。机の上に置いてあった湯呑みが跳ねて物が倒れる。巫女たちの悲鳴が響き、私自身も驚きでその場に固まった。
すぐさま社務所を飛び出すと、社頭は混乱する妖たちで溢れていた。ふと、やけに外が薄暗いことに気がつき空を見上げる。
「なんだ、これ……」
まるで龍が空を旋回するように夜空には分厚い雲が広がり渦を巻いている。
「禰宜頭!」
母屋から飛び出してきた巫女頭が、血相を変えて自分の元へと走ってくる。
「禰宜頭ッ、大変です! お部屋に芽さまがいらっしゃいません!」
「なんだって!? 9時頃にはお休みになっていたはずだろう!」
「それが、音がした時ちょうどお部屋の前を通ったのでお声掛けしたのですが見当たらず……」
白い顔をもっと白くした巫女頭と母屋に飛び込む。全ての部屋を引っくり返すように探したが、芽さまの姿はどこにもない。
とりあえず外の状況の把握と隆永さまへ報告を、そう思って外に飛び出すと、ちょうど離れへ休みに行っていた隆永さまが騒ぎを聞きつけ戻ってきていた。
「全ての建物を調べるんだ! 一人で動かず、巫女は禰宜以上の神職と行動!」
隆永さまの声を聞いた神職達が一斉に方々へ走り出す。ご自身も本殿へ向かおうされたのか、踵を返したその背中を慌てて呼び止める。
「隆永宮司! お待ちください!」
「この緊急事態に何、端的に話して」
凄まれて息を飲むも、すぐさま芽さまが見当たらないことを伝える。いっそう険しい顔をした隆永さまは私と神職数名に離れへ向かうように指示を出す。
すぐさま離れへと駆け出した。
不躾とは承知しつつ、濡れ縁から幸さまのいるお部屋へ飛び込む。顔を青くした幸さまが部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
「ま、真言さん……どうしよう!」
「落ち着いてください、お身体に触ります。隆永さまが今現状を確認しているので、幸さまは薫さまとこちらで待機していてください」
「違うの、薫がいないの! あの子九時頃に一人で寝るって部屋に戻って行って、でもさっき音がしたあと慌てて見に行ったら部屋にもトイレにもいなくて……ッ!」
必死に自分の着物を掴む幸さまに目を見開く。まさか薫さまも、思わずそう漏らしてしまいハッと口を塞ぐ。幸さまの目が見開かれる。
「真言さん、今のどういうこと? 薫もって、もしかして芽も母屋にいないの!?」
「あの、それは……ッ」
「答えてッ! 真言さん!」
芯の通った声に名前を呼ばれ反射的に頷いた。
次の瞬間、幸さまは私を押しのけて濡れ縁から飛び降りて走り出す。産後の回復が芳しくなく毎日ほぼ寝たきりな状態だったとは思えないほどの勢いでどんどん離れから遠ざかっていく。
「幸さま! お待ちください幸さまッ!」
私が幸さまに追いついた頃には、もう全てが手遅れだった。
暴走した祝詞、崩壊しかけた道場、中で渦巻く圧倒的な力に、宮司以外誰も傍へ近付くことが出来ない。誰もがただただ呆然と立ちすくみ、激しく軋む道場を呆然と見上げた。
やがて、吹き荒れる嵐の轟音がピタリとやんだ瞬間、そのあまりの静寂さに体の芯が震えた。誰もがその場に杭を打たれたように棒立ちになる中、身を切り裂くような慟哭が静寂を貫いた。
頬を叩かれたように我に返った。歪んだ扉をこじ開けて中へ飛び込む。
中心に踞る人影がある。まるで獣が吠えるような嗚咽と叫び。その傍には双子たちが青い顔をして立ち尽くしていた。
その隙間から青白い細腕が見えた。生気を感じさせない人形のような腕だ。だらりと垂れ下がり少しも動かない。
その日、幸さまがお亡くなりになって、わくたかむの社は────この家族は、何もかも変わってしまった。
20年前、夏。
その日自分は夜番で、社務所内で数人の神職たちとともに書類仕事を片付けていた。夜空には欠けたところがひとつも無い見事な満月が出ていた。
若い巫女助勤たちが代わる代わる月を見上げに外に出ている姿が微笑ましく、珍しく揉め事で駆り出されることも祓除の依頼もなかったのでほかの神職たちと雑談しながら静かな夜を過ごしていた。
あれは23時を少し過ぎた頃だったか。
ドォンッ────と、腹の底に響くような爆発音とともに、足裏全体をしびれさせるほどの衝撃を感じた。机の上に置いてあった湯呑みが跳ねて物が倒れる。巫女たちの悲鳴が響き、私自身も驚きでその場に固まった。
すぐさま社務所を飛び出すと、社頭は混乱する妖たちで溢れていた。ふと、やけに外が薄暗いことに気がつき空を見上げる。
「なんだ、これ……」
まるで龍が空を旋回するように夜空には分厚い雲が広がり渦を巻いている。
「禰宜頭!」
母屋から飛び出してきた巫女頭が、血相を変えて自分の元へと走ってくる。
「禰宜頭ッ、大変です! お部屋に芽さまがいらっしゃいません!」
「なんだって!? 9時頃にはお休みになっていたはずだろう!」
「それが、音がした時ちょうどお部屋の前を通ったのでお声掛けしたのですが見当たらず……」
白い顔をもっと白くした巫女頭と母屋に飛び込む。全ての部屋を引っくり返すように探したが、芽さまの姿はどこにもない。
とりあえず外の状況の把握と隆永さまへ報告を、そう思って外に飛び出すと、ちょうど離れへ休みに行っていた隆永さまが騒ぎを聞きつけ戻ってきていた。
「全ての建物を調べるんだ! 一人で動かず、巫女は禰宜以上の神職と行動!」
隆永さまの声を聞いた神職達が一斉に方々へ走り出す。ご自身も本殿へ向かおうされたのか、踵を返したその背中を慌てて呼び止める。
「隆永宮司! お待ちください!」
「この緊急事態に何、端的に話して」
凄まれて息を飲むも、すぐさま芽さまが見当たらないことを伝える。いっそう険しい顔をした隆永さまは私と神職数名に離れへ向かうように指示を出す。
すぐさま離れへと駆け出した。
不躾とは承知しつつ、濡れ縁から幸さまのいるお部屋へ飛び込む。顔を青くした幸さまが部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
「ま、真言さん……どうしよう!」
「落ち着いてください、お身体に触ります。隆永さまが今現状を確認しているので、幸さまは薫さまとこちらで待機していてください」
「違うの、薫がいないの! あの子九時頃に一人で寝るって部屋に戻って行って、でもさっき音がしたあと慌てて見に行ったら部屋にもトイレにもいなくて……ッ!」
必死に自分の着物を掴む幸さまに目を見開く。まさか薫さまも、思わずそう漏らしてしまいハッと口を塞ぐ。幸さまの目が見開かれる。
「真言さん、今のどういうこと? 薫もって、もしかして芽も母屋にいないの!?」
「あの、それは……ッ」
「答えてッ! 真言さん!」
芯の通った声に名前を呼ばれ反射的に頷いた。
次の瞬間、幸さまは私を押しのけて濡れ縁から飛び降りて走り出す。産後の回復が芳しくなく毎日ほぼ寝たきりな状態だったとは思えないほどの勢いでどんどん離れから遠ざかっていく。
「幸さま! お待ちください幸さまッ!」
私が幸さまに追いついた頃には、もう全てが手遅れだった。
暴走した祝詞、崩壊しかけた道場、中で渦巻く圧倒的な力に、宮司以外誰も傍へ近付くことが出来ない。誰もがただただ呆然と立ちすくみ、激しく軋む道場を呆然と見上げた。
やがて、吹き荒れる嵐の轟音がピタリとやんだ瞬間、そのあまりの静寂さに体の芯が震えた。誰もがその場に杭を打たれたように棒立ちになる中、身を切り裂くような慟哭が静寂を貫いた。
頬を叩かれたように我に返った。歪んだ扉をこじ開けて中へ飛び込む。
中心に踞る人影がある。まるで獣が吠えるような嗚咽と叫び。その傍には双子たちが青い顔をして立ち尽くしていた。
その隙間から青白い細腕が見えた。生気を感じさせない人形のような腕だ。だらりと垂れ下がり少しも動かない。
その日、幸さまがお亡くなりになって、わくたかむの社は────この家族は、何もかも変わってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜
万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。
バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。
その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。
鬼が現れ戦う羽目に。
事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの?
この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。
鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます!
一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。
はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。
神戸・栄町 困り顔店主の謎解き紅茶専門店
hana*
キャラ文芸
レトロな建物が立ち並ぶ、神戸・栄町。
カフェ激戦区とも呼ばれるこの町の、とあるビルの2階でひっそりと営業している紅茶専門店には、長身でイケメンでいつもにこやかで誰にでも親切、なのになぜかいつもトラブルを招き寄せるという困った体質の店主がいる。
店に訪れるのは、婚約破棄された会社員、紅茶嫌いのカップル、不穏な女子大生のグループ……。
困り顔店主が、お客さんのお悩みを紅茶の香りとともにほわっと解決!?
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす
絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。
旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
郷守の巫女、夜明けの嫁入り
春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」
「はい。───はい?」
東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。
「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」
「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」
近年、暁の里の結界が弱まっている。
結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。
郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。
暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。
あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。
里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。
「さあ、足を踏み入れたが始まり!」
「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」
「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」
「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」
「──ようこそ、暁の里へ!」
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる