言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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すれ違い

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「────おい巫寿、予定変更だ。わくたかむの社に帰るぞ」


外出から帰ってきた清志さんも交えて雑談していると、電話するために外へ出ていた恵衣くんがそう言いながら居間へ戻ってきた。


「かむくらの屯所へは寄らないの?」


こくりと頷いた恵衣くんがひとつ息を吐く。


「禄輪禰宜に連絡をとったが屯所は今主要メンバーが誰もいないらしい。ざっと概要は電話で伝えたが、直接話を聞きたいから次の土曜日に屯所へ来てくれだと」

「誰もいないんだ。了解。禄輪さんたちに直接伝えるほうがいいもんね」


時計を見上げる。お昼時を少し過ぎた頃だった。

清志さんから"昼飯食ってくか?"と提案されたけれど丁寧にお断りをした。一応今日は奉仕がある日なので早く社に帰らなければならない。

隆永宮司と清志さんが店前まで見送ってくれた。

今回もたんまりとお土産をもたしてくれた清志さんに深々と頭を下げてお礼を伝える。


「二人とも気を付けて帰りなよ。ああ、それと俺がここに居候してることは社の面々には秘密にしてくれると助かる」


申し訳なさそうに肩を竦めた隆永宮司に眉を下げる。


「真言権宮司はすごく心配されてますよ」

「分かってるよ。でもさっき言った通り、社の神職たちをこれ以上巻き込む訳にはいかないから。それに和菓子屋の倅として生きるのも、なかなか楽しいし」


清志さんにチラリと視線を向けた隆永宮司がいたずらに笑う。何言ってやがんだ、と背中を叩かれて楽しそうに肩を揺らした。

ありがとうございました、と二人にもう一度頭を下げる。私たちは二人に背を向けて歩き出した。



色んなことがあったせいかその日の夜は中々寝付けず、同室の亀世さんを起こさないようにそっと部屋を抜け出した。

ホットココアでも作ろうと台所へ顔を出すと、ダイニングテーブルで参考書を広げる聖仁さんがいた。


「あれ、巫寿ちゃん? どうしたの? 眠れない?」

「あれこれ考えてたら眠れなくなっちゃって、ホットココアでも作ろうかなって」

「お、いいね」

「聖仁さんも飲みますか?」


ご相伴にあずかります、と丁寧に頭を下げる聖仁さんに小さく笑って頷く。手伝うよと席を立った聖仁さんにマグカップをお願いした。


「どうして台所で勉強してたんですか?」

「節電だって居間のコタツと暖房の電源を落とされちゃって。台所は交代で夕飯を食べに来る神職さまたちがいるから、灯油ストーブつけてても怒られないから」


なるほど、と苦笑いを浮べる。

それにしても聖仁さん、こんな時間まで勉強してるんだな。

恵衣くんといい聖仁さんといい、優秀な人ほど私たちの見えないところで沢山努力をしている。私も少しは見習わないといけないなぁ、と肩をすくめる。

鍋の牛乳がボコボコと音を立て始めた。ヘラでゆっくりとかき混ぜる。


「そういえば巫寿ちゃん、今日の午前中は恵衣と二人でおつかい頼まれてたんでしょ? どうだった?」


真言権宮司は私たちが不在の理由をおつかいということにしていてくれたらしい。

隆永宮司のことは秘密にする約束なので「特に何もなかったですよ」とマグカップにココアの粉を入れながら答えると「ふーん?」と何やら納得がいかなさそうな声で相槌を打つ。

どこか私を疑うような目でニヤリと笑った聖仁さん。

一体それはどういう顔なんだろう?


「恵衣と巫寿ちゃん、最近仲良いよね。この前は休みの日に二人で出かけたんでしょ?」


神修へ向かう前の買い物に付き合ってもらった日のことを言っているんだろう。あれは二人で出かけたというよりも、恵衣くんが渋々引率してくれたという表現の方が正しいかと思うけど。


「そう……ですね。一年の頃に比べたら、かなり話しやすくなったなぁとは思います。最初の頃なんて"やる気がないなら出ていけ"って言われてましたからね」


懐かしいな、と二年前のことを思い出す。あれは神修に来て、まだ数週間しかたっていなかった頃だ。夜の社頭で偶然会って、「迷惑だ、神修から出ていけ」と睨まれたんだっけ。

あの頃は目が合えば悪態を吐かれるし、厳しいし怖いし、恵衣くんのことがすごく苦手だった。


「あはは。確かに二年前の恵衣はそんな感じだったよね。じゃあ、今は恵衣のことどう思ってるの?」


そう尋ねられ目を瞬かせた。もう一度恵衣くんのことを心に思い浮かべる。

関係が少しずつ変わり始めたのは、二学期の応声虫おうせいちゅうの事件がきっかけだった。

皆で必死に事件解決に向けて奔走するうちに自然と会話が増えるようになって、授業や実習を通じて恵衣くんがどういう人なのかを知っていった。

「ごめんね」と「ありがとう」を言うのが極端に下手くそで、借りたハンカチをクリーニングに出して返すような友達付き合い初心者で、人に優しくする時はなぜか怒りっぽくなる。

けれど困った時には必ず手をさし伸ばしてくれて、苦しい時に寄り添ってくれる。

この二年で恵衣くんはそういう人なのだと分かった。頼もしくて、背中を預けられる大切な仲間だ。

迷わずそう答えれば、聖仁さんはまるで菩薩のように微笑んだ後「なーーるほど」と天を仰ぐ。

え? 私おかしなこと言っただろうか?


「あの恵衣と、この巫寿ちゃんだもんな……」

「私がどうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ただ恵衣がもし自分の気持ちに気付いたとしても、先は長いだろうなって」


恵衣くんの気持ち? 先は長い? 聖仁さんは一体何の話をしているんだろう。

眉をひそめて首を捻っていると、「気にしないで」と聖仁さんは私にココアを進めた。

淹れたてのミルクココアが入ったマグカップを両手で包み込みながらダイニングテーブルを挟んで座る。甘い湯気に自然と肩の力が抜けていく。


「出かけた話で言えば、聖仁さんも瑞祥さんと順調みたいですね。この間のデートの報告、瑞祥さんから聞きました」


報告といえば聞こえがいいけれど、半分は所属する神楽部かぐらぶの後輩である盛福せいふくちゃんと玉珠ぎょくじゅちゃんが無理やり吐かせたようなものなのだけれど。

どこに行ったんですか何したんですかどうせ最後には吐かせるんですから早いうちにゲロっといた方が気が楽ですよ、なんて二人で捲し立てていて、瑞祥さんがちょっと可哀想だった。

ちなみに先日見せてもらった二人がホーム画面に設定しているバックハグの写真も晒されて、しっかりからかわれていた。

でもすごくいい写真だったよなぁ。

満面の笑みの瑞祥さんを後ろから抱きしめる聖仁さん、その眼差しは陽だまりのように優しくて、どこを切り取っても幸せいっぱいな写真だった。


「順調も何も、毎日幸せすぎておかしくなりそうだよ」


ふふふ、と笑った聖仁さんに「あ、やばい」と心の中で呟く。聖仁さんの中の惚気スイッチを押してしまったかもしれない。

そういえば明日の奉仕、と話題を逸らそうとしたけれど時すでに遅し。最近さぁ、と蕩け顔で話し始める。

ちらりと時計を見て長くなりそうだなぁと苦笑いしながらココアを一口。

まぁ大好きな先輩たちが幸せならそれでいいか、と小さく肩を竦めて耳を傾けた。


「なんていうか、さ」


怒涛の勢いで語り始めるかと思っていたけれど、言葉を選ぶようにそう呟いた聖仁さん。いつもと違う様子に首を傾げる。


「最近幸せって言葉じゃ足りないくらい満ち足りてるって言うか……足りてなかった部分がやっと埋まって自分が完成したような、そんな気がするんだよ」


なんだ結局惚気か、と肩をすくめる。


「瑞祥がいれば他は何もいらないってくらい大切で。瑞祥が幸せであればそれでいいって、心の底から思えるんだよね」


珍しく頬を赤らめて照れる聖仁さん。ごめん俺何言ってんだろ、と顔を隠すようにマグカップを煽る。


「瑞祥がいるから頑張れる。瑞祥の存在が俺を強くしてくれる気がするんだよね」


聖仁さん……それ以上強くなるなんて、どこを目指してるんですか。

なんてツッコミは飲み込んで、優しい目をしてマグカップのふちを見つめる聖仁さんに微笑む。

前にかむくらの神職さまたちが言っていた。激化する空亡戦で心も体も疲弊したとき、支えになったのが大切な人の存在だったと。その人たちの顔を思い浮かべれば、力がみなぎったのだと。

きっと聖仁さんの中で瑞祥さんも、ただの恋人という段階は通り超えて、そういう存在になったのだろう。


「羨ましいです」


ぽつりと呟いた声は聖仁さんに届いていたらしい。顔を上げて目を瞬かせたあと、聖仁さんが頬杖をついて目を細める。


「巫寿ちゃんにそのうちもできるよ、そういう人。たぶん割と近いうちに」


だといいんですけどねぇ、と息を吐いた。

現状好きな人もいなければいい感じな雰囲気の人もいないので、しばらく見込みはなさそうだけれど。


「さ、明日は陽太くん捜査もあるし、もう休みな」

「聖仁さんはまだ寝ないんですか?」

「俺はこの後ちょっとだけ電話する約束してるから」


誰とは言わなかったけれど、瑞祥さんとお揃いのホーム画面を私に見せてスマホを軽くゆらゆらさせる。

相変わらずラブラブだな、と笑って「おやすみなさい」と小さく頭を下げた。

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