言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

文字の大きさ
345 / 357
幽るもの

しおりを挟む



「巫寿。今日ちょっとお出かけしようか」


朝起きて直ぐによそ行きの着物を着せられた。洋服ではなく着物を着せられる時はお母さんたちのお友達に会うときか、オヤシロへ行く時だ。

どこいくの?とまだ開ききらない目を擦りながら尋ねる。


ようちゃんのところだよ」

「しようちゃん!? やったー!」


ぴょーんと飛び跳ねて喜ぶ私にお母さんは「帯結べないよ」と苦笑いを浮べる。

志ようちゃんはお母さんとお父さんの親友で、すごく面白くて優しいお姉さんだ。すごくたまに、そしてこっそりとしか会えない人で、お母さんは「志ようにはとても大切なお勤めがあるからよ」と言っていた。

志ようちゃんのお家はとても広くてお庭はいい匂いがして、遊びに行くといつも美味しいお菓子を出してくれる。白いお兄さんは少し怖いけど、お母さんがいつもよりも楽しそうな顔をするから、私も志ようちゃんのおうちが好きだった。

志ようちゃんのおうちは凄く遠い。たくさんあるかなければいけない。車で行けばいいのにと文句を言うと、お母さんは「一度やったら凄く怒られたのよねぇ」とほっぺたを抑えていた。

いつも途中でくたびれて、お母さんにおんぶしてもらう。

本当はもうちょっと歩けるけれど、今日も半分くらい歩いたところでお母さんにおんぶをおねだりした。

お母さんのおんぶは温かくていい匂いがする。

そしていつの間にか眠ってしまって、気が付けば志ようちゃんのおうちに着いているのだ。

鳥居のところで白いお兄さんに「また来たのかガキンチョ」と睨まれる。ベェッと舌を出してお母さんとお家に入った。志ようちゃんのお家にはピンポンがないのに、志ようちゃんは私たちが遊びに来るとエスパーみたいに気付く。

今日も後ろから驚かそうとして飛び付いたけれど、少しもびっくりする素振りを見せずに「いらっしゃい巫寿」と志ようちゃんは笑った。

あれ?と首を傾げる。

いつもならぎゅうっと抱きしめてくれる志ようちゃんが、今日はしてくれなかった。

遅れてやってきたお母さんを見ると一瞬泣きそうな顔をして、パッと笑う。


「巫寿、お母さんと少しお話することがあるからお庭で遊んでて。台所の戸棚にクッキーが置いてあるから、それを持って行っていいよ」


私は志ようちゃんが作ってくれるお菓子が大好きで、特にチョコチップがザクザク入った手作りクッキーが大好物だった。まんまと食べ物に釣られてスキップで台所へ向かい、戸棚から袋詰めされたクッキーを見つけ出すと、これまたスキップで庭に出た。

志ようちゃんのおうちの庭には背の低い梅の木が沢山植えてある。けれど梅の木の高さじゃ木登りをしても楽しくなくて、いつもいちばん大きな楠に登った。赤く色付いた葉っぱがとても綺麗だった。

幹に近い太い枝に腰を下ろすと、袖に入れていたクッキーを取り出しいただきますと手を合わせる。

志ようちゃんのクッキーはいつも変な形だ。この前はアリクイの形でその前はバクの形だと言っていた。今日のクッキーもよく分からない形をしているけれど四本足なので多分動物だ。変な形でも味はピカイチ。

美味しい~と頬に手を当てて、最近お母さんに教えてもらった歌を歌う。


「お星さん昇った 遊びましょ 妖狐コンコン こんばんは」


志ようちゃんとお母さんはなんのお話をしているんだろう。


「お月さん沈んだ また明晩 提灯小僧と はよ帰ろ」


志ようちゃん、ちょっと元気がないように見えたな。


「お日さん照った ねんねこりん 目目連の こもりうた────つまんなーい」


歌い終わると同時に唇を尖らせ伸びをする。足をバタバタと振って履いていた草履を地面に落としたその瞬間。


「わ、ビックリした。どこの子? どうやって入ってきたの? 駄目だよ、御神木さまに登っちゃ。ほら降りておいで」


足元からそんな声がして見下ろす。緑色の袴を履いたお兄さんが、目を丸くしてこちらを見上げていた。

ほら、と脇に手を差し込まれ抱き上げられた。落とした草履を拾ったお兄さんは私にそれを履かせて土の上に下ろした。


「君お名前は? いくつ? お父さんかお母さんは近くにいる?」


お母さんや志ようちゃんからも、この木には登ってはいけないと前々から言われていた。登っているのが見つかって怒られると思った私は、きゅっと身を縮めて答える。


「しいなみこと、みっつ……おかあさんときたの」


お名前ちゃんと言えて偉いね、お兄さんはそう笑ってぐりぐりと私の頭を撫でた。怒られなかったことにほっと息を吐く。

私の手を握って歩き出したお兄さんを見上げた。志ようちゃんのお家で白いお兄さん以外に男の人と会うのは初めてだった。


「どうして緑色なの?」


お兄さんの袴を指さして首を傾げる。


「神修の学生だからだよ。これは制服」

「セイフク?」

「そ。制服」


それが何を意味するのは分からなかったけれど、わかった振りをして「ふーん」と答える。お兄さんに手を引かれてキシキシ音を立てる廊下を歩いた。


「お兄さんだれ?」

「俺は神々廻ししべめぐむだよ。宮さまのところでお勉強してるんだ。ミコトちゃんのお母さんも宮さまに会いに来たの?」


みやさま?と首を傾げる。

ここは志ようちゃんのお家だ。志ようちゃんのお家には志ようちゃんと白いお兄さんしかいない。


「お母さんは、しようちゃんに会いに来たんだよ」

「なるほど。君のお母さんが、審神者さまがよくお話されていたせんちゃんか」


お兄さんは納得したようにひとつ頷いた。志ようちゃんの部屋が見えた。障子はすこしだけ開きっぱなしになっていた。声をかける前にそっと覗き込む。

私がお母さんにひざ枕してもらっている時みたいに、志ようちゃんがお母さんさんのひざに顔を伏せていた。志ようちゃんの肩が震えている。

志ようちゃん、泣いてるの……?


「泉ちゃん。ごめんなさい。ごめんなさい、私はどうしたら」


大人の人が泣いているのは初めて見た。驚きと困惑でお兄さんを見上げる。お兄さんは真剣な顔で部屋の中を覗き込んでいた。


「志よう、私を見て。大丈夫だから私に話して」

「私を嫌いにならないで。どうか私を許して」


お母さんは困ったように志ようちゃんの背中を撫でた。


「私が名前を付けたから。私があの子に名前なんて付けたから、あの子を縛ってしまったッ……」

「どういうこと? もしかして先見の明で何か見たの?」

「こんなことになるなんて微塵も思ってなかったの……! ああ、どうしたらいい? 私は何てことを。泉ちゃんたちの大切な、私たちの大切な希望を」


巫寿、志ようちゃんが私の名前をつぶやく。泣き腫らした顔でゆっくりとお母さんを見た。

巫寿、わたしの名前。

お母さんとお揃いで、お兄ちゃんとお揃いで、お父さんたちの大切な人がつけてくれた名前。


「私はこの子に、神々に愛され、永遠の祝福がありますように。そういう意味を込めて巫寿と名付けた」

「ええ。知っているわ。貴方がそう教えてくれたもの」


それがいけなかったの。

志ようちゃんは震える声で続けた。


「審神者である私が、かむくらの巫女である私が、巫寿に名前を与えたことがいけなかったの。名前を授けるというのは命を与えること、人生を縛ること。私は巫寿に"巫寿"という呪いをかけたのよ」


お母さんの瞳が揺れる。志ようちゃんはお母さんと繋いだ手をぎゅっと握りしめた。


「巫寿の巫は、かむくらの巫女の巫。巫寿はかむくらの巫女である私の宿命の半分を背負っているわ」


は、とお母さんが息を飲む音がした。


「ここ半年、先見の明で同じ未来をほぼ毎日見ていたの。審神者の装束を着た私が、空亡と相打ちになって死ぬ夢よ」

「うそ……そんな」


お母さんがこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。瞳が激しく揺らいでいる。


「でも少し前からね、別の未来も交互に見るよになったの。内容は同じだけれど、そこで死ぬのは私じゃなくて、神修の制服を着た16歳くらいの女の子────大きくなった巫寿だった」


お母さんが手のひらで口を抑えた。

お母さんと志ようちゃんの話は難しい。なんの話をしているのか分からない。けれど私の名前が沢山呼ばれているから、きっと私の話なんだ。


「何百回と同じ未来を見た。きっとこの未来は変えられないんだと思う。神職たちは疲れきっているわ。彼らだけじゃ絶対に空亡を討伐することはできない。トドメを刺すのは間違いなく私か、大きくなった巫寿。そして、トドメを刺した者は相打ちになる。つまり────」


お母さんの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。いやよ、喉の奥から絞り出た言葉に志ようちゃんは小さく首を振った。


「空亡を倒すには、私か巫寿のどちらかが死ななければならない」


お兄さんが握っていた私の手をするりと解いた。顔を上げるともう既にお兄さんは背を向けて歩き出していた。

廊下が軋んで、部屋の中にいた二人がハッと振り返った。志ようちゃんがくしゃりと顔を歪めて私に手を差し出す。戸惑いながらもその腕に抱かれた。


「巫寿。可愛い巫寿。どうか私を許して。巫寿、大切な子。私たちの希望」


ほっぺたに志ようちゃんの涙が落ちて冷たかった。後ろからお母さんに抱きしめられて苦しかった。ふたりが泣いているのが悲しくて、私も涙がこぼれた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

神戸・栄町 困り顔店主の謎解き紅茶専門店

hana*
キャラ文芸
レトロな建物が立ち並ぶ、神戸・栄町。 カフェ激戦区とも呼ばれるこの町の、とあるビルの2階でひっそりと営業している紅茶専門店には、長身でイケメンでいつもにこやかで誰にでも親切、なのになぜかいつもトラブルを招き寄せるという困った体質の店主がいる。 店に訪れるのは、婚約破棄された会社員、紅茶嫌いのカップル、不穏な女子大生のグループ……。 困り顔店主が、お客さんのお悩みを紅茶の香りとともにほわっと解決!?

郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」 「​はい。───はい?」 東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。 「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」 「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」 近年、暁の里の結界が弱まっている。 結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。 郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。 暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。 あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。 里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。 「さあ、足を踏み入れたが始まり!」 「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」 「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」 「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」 「​──ようこそ、暁の里へ!」

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。 旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~ 陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。 ※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...