言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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幽るもの

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あの時志ようさんは言った。空亡を倒す時どちらかが死ぬ、と。この未来は変えられない未来なのだ、と。変えられないら未来のはずなのに、今志ようさんは死んだとされて、空亡は残穢となってあちこちに散っている。

つまり、もしかしたら。

志ようさんはまだどこかで生きているのかもしれない。

そして私と同じようにしてその話を聞いた芽さんは、母のように慕う志ようさんをどうしても救いたかった。そして今の私と同じように、志ようさんが生きている可能性に辿り着いた。


"芽さんがどうして私の命を狙うのか"。ずっとそれが分からなかった。けれど過去を見て、やっとその理由がわかった。

彼はおそらく、私を殺すことで志ようさんの命を救おうとしているんだ。


前にまなびの社で初めて伊也に会った時、彼女は私に対して"これから起きることぜーんぶ、あんたのせいやで?"と言った。

それはつまり、芽さんが私を狙うことにより周りの人達にも危害が及ぶ。周りの人達が傷付くのはすべて私のせいだったということだ。

方賢ほうけんさんが道を踏み外して二度と外を歩けなくなったのも、神修の学生たちが応声虫により命の危険にさらされたことも、八瀬童子の里が襲われたことも、聖仁さんが亡くなったことも。

芽さんが私を殺そうと仕組んだことで、皆はそれに巻き込まれた。

全部全部全部、私のせいだったんだ。



麻さんは「ひとりじゃ危ないから」と言って神修の前まで送り届けてくれた。酷く心配そうな顔をして「また遊びに行こうね。連絡してね」と言って手を振ってくれた。

ありがとうございます、そう小さく頭を下げてわかれる。きっともう麻さんと会うことはないんだろう。

鳥居をくぐって階段を上る。一番上まで登りきったところで「こら」と脳天に手刀が落ちてきた。ゆっくりと顔を上げる。ちょっと困ったように笑った薫先生が私を見下ろしていた。


「門限過ぎてるよ巫寿。どこ行ってたの。すごく心配したんだよ。あと5分遅ければみんなで捜索しに行くところだった」


真剣な声色。それほど私のことを心配してくれていたということだ。


「薫先生……」

「ん? どうした?」


泣きたくなるのを堪えて笑った。今少しでも感情を零せば、決心が揺らぎそうな気がしたからだ。


「ずっと出せてなかった宿題があるんです」

「え?」

「私が神修へきた初日、寮まで送ってくれた薫先生は私に"どうして皆がお互いを名前で呼ぶのか考えてくるように"って言いました」


自分で宿題を出したくせに、薫先生はすっかり忘れていたらしい。そういえばそんなこと言ったな、と少し驚いた顔をした。


「名前で呼ぶのは名前が短いまじないだからです。何度もその名前を呼ぶことで、その名前に込められた願い通りの人になれるように」


薫先生は目を細めて笑うとひとつ頷いた。正解、と手刀を落とした手で今度は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


皆が私を巫寿と呼ぶ。私には巫寿という呪いがかけられている。私が巫寿である以上、定められた運命からは逃げられない。

私が逃げればまた皆が傷付く。逃げなくても今のままじゃまた皆が傷付く。

私を守ってくれて、私を仲間だと認めてくれて、私を可愛がってくれて、私を育ててくれた人たちが。

そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

もうこれ以上大切な人たちを失うなんて、私には耐えられない。みんなを守りたい。みんなが大好きだから。


だから私はもう神修にはいられない。

今夜私は、ここを発つ。


先のことは何一つ分からない。でも、私がしなければならないことはただ一つ。

私が、空亡を討つ。


薫先生に頭を下げて寮を目指して歩き出す。ゆっくりと歩いた。

社頭、社、庭園に校舎。もうきっと二度と戻ってくることのない大好きな景色を一つ一つ記憶に刻んでいく。たった二年だった、けれどみんなと過した、何よりも大切で大好きな場所だ。

分厚い雲がゆっくりと風に流されて、満月が顔を出した。まるで、長いあいだ目を閉じていた世界がようやく息をするように。

深い闇を月明かりが照らす。これならきっと、暗闇の中でも歩き続けることが出来るはずだ。

ハラハラと白い雪が降り始めた。今年最後の雪だろうか。

月明かりに照らされて、まるで桜が舞い散っているようにとても美しい景色だった。





【第七部 終】
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