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旅立ち
壱
しおりを挟む木漏れ日が揺れる濡れ縁に腰掛けて、胸に娘を抱きながら神楽歌を口ずさんだ。よく眠る瞼にそっとキスを落として愛おしさが詰まった頬をつつく。
「よく寝てるね、巫寿」
「そうね。祝寿は眠りの浅い子だったから、すごく助かるわ」
代わろうか?と両手を差し出した夫に甘えて、眠る赤子を差し出す。慣れた手つきで胸に抱えた一恍は軽く上下に揺らしてあやした。
その時、玄関のほうが一気に騒がしくなったかと思えば、廊下の奥から複数の足音がドタドタと聞こえてきた。
きたきた、とどこか可笑しそうに零した泉寿は振り返って来訪者を待つ。曲がり角からいくつかの顔が見えて、唇に人差し指をあてシィと目を細める。
慌てて急ブレーキを踏んだ友人たちは、ハッと口を抑えると忍び足で歩み寄る。一恍の背中から毛布に包まる小さな命を覗き込む。
まだ指先も、まぶたも薄く透き通るようで、友人らにはまるでどこか遠いところから授かった宝物のように思えた。
「こんなに小さいんだねぇ」
「うわぁ、ふにゃふにゃじゃん。ね、俺にも抱かせてよ」
「ずるい、私が先。十か月前から予約してたんだから」
顔を綻ばせて互いの肩を押し合う友人らの目元にはうっすらと影があり、疲れや不安の色が濃く滲んでいた。
よく眠る赤ん坊を代わる代わる胸に抱く。小さな体は、掌の底でとくん、とくんと脈打っていた。その鼓動はまだ何も知らないこの世界で、一番確かな力で息づいていた。
「不思議だねぇ」
友人のひとりがそう呟く。
「不安なこと全部、この寝顔を見てたら頭の隅っこに追いやられちゃう」
皆の顔が温かく解けた。
「ほんとだよ。こんな荒れた時代に、よく来てくれたもんだ」
「戦の前触れはあっても、赤ちゃんは平和の前触れだね」
友人らがうんうんと頷く。静かに、力強く。
「この子は、巫寿は────俺たちの希望だな」
願いというより、それは小さな祈りだった。
祈りというより、それは確かな予感だった。
陽だまりは少しずつ傾きはじめて、縁側の影が長く伸びる。
笑い声はしばらくのあいだ、やわらかく、やさしく、午後を照らし続けていた。
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