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旅立ち
参
しおりを挟む「またカレーかよ! お前らが当番の日、ほぼカレーじゃん!」
「今日はハヤシライスだよ! カレーとハヤシライスの違いを勉強してから文句言え!」
ハヤシライスのお鍋を運んできた来光くんに睨まれて、慶賀くんは唇をとがらせた。続々と食器や炊飯器が運び込まれてきて、食卓が整えられる。私たち5人は円卓を囲んだ。
「はい巫寿」
盛り付けられたお皿を礼を言いながら受け取る。
「こっちは慶賀、これは来光。恵衣のぶんね」
全員に皿が行き渡ると静かに手を合わせた。いただきます、の声が揃う。
大口で頬張った慶賀くんが「ハヤシはハヤシで悪くねぇな」と零す。来光くんは得意気に鼻を鳴らした。
「にしても17にもなってハヤシとカレーの違いが分からない人がいるとは」
嘉正くんがくくくと喉の奥で笑う。
「そ、そのくらいの違い分かるし!」
「慶賀ってキャベツとレタスも見分けられなさそうだよね」
「はぁ!? そんなん常識だろ! キャベツはシャキシャキしてる方だ!」
「どっちもシャキシャキだけどね」
冷静な突っ込みにぷッと吹き出す。
この家へ移ってからは、もっぱら誰かが慶賀くんをからかうことで笑いが生まれていた。
「うるせぇー! 絶対俺以外にも分かんねぇやついるだろ!」
顔を赤くした慶賀くんがスプーンを突き出してみんなの顔を見回す。
「あはは、たしかに泰紀も違いを分かってなさそうだね」
「確かに。泰紀のことだから食えりゃどっちも一緒だろとかいいそう」
笑い合う嘉正くんたち。笑い声は円卓を強く叩きつける音でぴたりと止んだ。ハッと皆が視線を向ける。
テーブルの上に叩きつけられた慶賀くんの握りこぶしが震えていた。
「────あいつの話は、すんな」
俯いていて表情は分からない。けれどその声は確実に怒りで染まっていて、それなのにどこか迷うように揺れていた。
私たちは顔を見合わせる。
来光くんは眉を下げて表情を曇らせる。私たちの中で来光くんが、一番二人と仲が良かった。
今の状況に人一倍悩んでいるのは、来光くんだろう。
しーんと静まり返った居間に、スプーンと食器が擦れる音が響く。
怖い顔をしてハヤシライスを頬張る慶賀くんの横顔を見つめながら、この場にいない泰紀くんのことを思い、喉につっかえた米を水で流し込んだ。
夕食を終えて食器を片付けた私たちは、今度は円卓に書き込まれた地図や書類を広げる。再び円卓を囲って身を乗り出すと、各々に書類やタブレットを覗き込んだ。
「そっちどうだ」
「てんでダメ。やっぱりロープかなんかを腰に巻いて誰かが入ってみるしかないんじゃない?」
「やっぱり結局そうなるのかなぁ」
対面に座る3人の重いため息が重なる。
この調査を始めてひと月近く経ったけれど、芳しい成果は挙げられていない。
やはり私たち学生だけでは何をするにしても限界があるのだろうか。
「巫寿ちゃんこれ前に読んでたよね。どうだった?」
先日私が目を通した書物を指さした来光くん。力なく首を振れば、来光くんは少し疲れたような顔をして「了解」とひとつ頷き積まれた本のタワーの一番上に重ねた。
私たちは今、二つのグループに別れて動いている。私と来光くんのペアで空亡を倒すための方法を、残りの恵衣くんたち三人は三種の神器の行方について調べている。
聖仁さんの神葬祭があった日、私は過去を見ることが出来る授力をもつ巫女さまに、私が忘れてしまっている過去について見てもらった。
そこには本庁や仲間の神職を裏切る前の神々廻芽の姿があり、私と芽さんはそこである重大な事実を聞いていた。
『大妖怪・空亡を滅ぼすには、前・審神者か私が相打ちとなってとどめを刺すしか方法はない』
前審神者である志ようさんが、未来を見る授力・先見の明を使って見た未来だ。
志ようさんがいない今、空亡に手が届くのは私だけ。だから仲間や家族を守るべく、学び舎を飛び出して空亡を滅ぼすための方法を模索している。
問題はもうひとつ残っている。芽さんのことだ。
彼は空亡戦で恩師と親友、そして母のように慕っていた志ようさんを亡くしている。大切な人を戦線に送り込み、志ようさん一人に重荷を背負わせた本庁や神修の関係者へ復讐し壊滅させるために「終わり」を司る三種の神器を探している。
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命の御神刀である國舘剣、斎常舞比売命の巫女鈴である御覇李鈴、そしてふくらの社が保管しているとされる御神筆・払日揮毫筆だ。
國舘剣は今私たちの手元にあり、残り二つは行方がわかっていない。
「絶対に、神々廻芽より先に三種の神器を見つけないと」
慶賀くんの小さな呟き、けれど力強く揺るがない声だ。恵衣くん以外のみんなは深く頷き力強い目で互いの顔を見る。
「当たり前だ馬鹿。何のためにこんなことしてると思ってんだよ」
お互いに決意を確かめ合う感動的な空気が流れる中、恵衣くんの冷めた声が水を差す。
おおい!と大袈裟にずっこけた素振りを見せた慶賀くんは、淡々とタブレットを操る恵衣くんの首に腕をかけて「そこはお前も乗っかれよ!」とヘッドロックを決める。
いつの間に稽古したのか見事な体捌きで慶賀くんを床に叩きつける恵衣くん。
異文化理解学習で鞍馬の神修へ行った時は、向こうの先生に簡単にねじ伏せられていたのに、いつ苦手を克服したんだろう。
重苦しい空気が流れていた居間に私たち笑い声が響いた。
夜更けまで作戦会議を続け、明日の行動を共有したところで解散となった。
洗面所で歯磨きをして部屋に戻るために濡れ縁を歩いていると、仰向けになって腕枕をして月を見上げている慶賀くんの姿があった。
「慶賀くん? そんなとこで寝たら風邪ひくよ」
春先とはいえまだ夜は冷え込む。声をかければ「ん?」と顔を上げた。
「巫寿か。ダイジョーブ、もう少ししたら部屋に戻るから」
ニッと笑ってブイサインを見せと、またゴロンと横になる。少し赤くなった目元と潤んだ瞳を無視することもできず、静かに隣に腰を下ろした。
ちらりとこちらに目を向けた慶賀くんは少し恥ずかしそうに鼻を啜って「あんがと」と笑った。
風が木々を柔らかく揺らす音だけが響く。月は低い位置で淡い光を滲ませながら夜空を照らしていた。
「静かな夜だな。月も綺麗で、穏やかな空気が流れてる。平和で、この世のどこにも悲しいことなんて起きてないみたいだ」
風に吹かれてゆっくりと月の前を通り過ぎていく雲を眺めながら「そうだね」と頷いた。
「ずっとこうだったらいいのに。皆とさ、馬鹿みたいに騒いで笑って飯食って寝て。明日も明後日も、五年後も十年後も、こんな毎日が続いたらいいのに」
穏やかでいて、揺らぎのない横顔。まるで自分のやるべきことが見つかったかのように揺るがない決意が垣間見える。
「そのためにも、俺らが皆を守らなきゃいけない。なのにあいつは────」
あいつ────それが誰を指すのかは尋ねずとも分かる。
ひと月前、私が神修を発つと決めた日の夜。私たちとは別の道を歩むことに決めた泰紀くんのことだ。
『俺は謝らねぇ。これが俺の信念で、俺が守りたいものだから』
今の慶賀くんと同じ、どこか迷いながらも自分の道を選びとった顔をしてそう言った。
誰が正しいとか誰が間違っているとか、そういうことではない。私はみんなを守りたくて、皆も守りたいものがあった。もちろん泰紀くんにも守りたいものがあって、ただそれを貫いただけだ。
慶賀くんは一度芽さんの下につき内通者になって、結果的に皆を裏切ることになった。けれど私も皆もそれを許し、彼の手を取って今こうして同じ道を歩んでいる。裏切ってしまったことにずっと後悔している慶賀くんにとっては、今回の戦いに加わることが贖罪であり、皆への恩返しだったのだろう。
だからこそ、袂を分かつことを選んだ泰紀くんが許せずにいるんだ。
「腰抜けのヘナチョコ野郎。泰紀なんて大っ嫌いだ」
それが本心じゃないことは、きっと本人が一番わかっている。
けれどそれだけ慶賀くんにとって、隣に泰紀くんがいるということは当たり前で、信頼できて安心できる存在だったのだろう。
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