言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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二学期

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「ほんとにいいって! まだ進路も決まってないし……」

「でも二学期の授業で使うんだろ? なら自分のは持ってた方がいいから」

「でも、安いものじゃないし」


いいからいいから、と私の肩を押し店の中へ入るお兄ちゃんはどこか楽しそうだった。


夏休み最後の日の日曜日。

地獄のような補習は昨日で終わり、薫先生のありがたい采配で私たちは夏休み最後の一日を自由に過ごせることになった。

と言っても明日は朝から始業祭があるし、家に帰ってものんびり出来ないということで私たちは学校に残っていた。

いつも通り朝起きて布団の中でごろごろしているとメッセージアプリに通知が届き、「チーム出仕かな?」と思って確認するとお兄ちゃんからだった。

ぼーっとしながらメッセージを確認して、その内容を理解した瞬間布団から飛び起きた。

服を着替えて慌てて寮を飛び出し、社頭へ続く階段を駆け降りる。そして拝殿の前で手を合わせているその背中を見つけて慌てて声をかけた。


「お兄ちゃん!?」

「巫寿~、おはよ~」

「おはよ、じゃないよ! 急にどうしたの?」


いつもと変わらない服装、いつもと変わらない笑顔で私を出迎えたお兄ちゃんは詰め寄る私を気にすることなく力いっぱい抱きしめる。

私の頭に顔を埋めた。


「あ~~俺の可愛い巫寿の匂い……」

「ちょっ……やめてよお兄ちゃんっ!」


顔をひきつらせながらその背中をバシバシと叩き腕から逃れる。巫寿が冷たい、と泣き真似を始めたお兄ちゃんに溜息をついた。


「本当にどうしたの? 何かあったの?」

「違う違う。冬の昇階位試験に申し込むために本庁に顔出してたんだ。あと仕事の斡旋も」


そう言ったお兄ちゃんに目を見開く。


「とりあえず、車出ちゃうから中で話そうか」

「分かった……」


少し懐かしそうに社頭を見回したお兄ちゃんはゆっくり歩き出した。


「────それで、仕事の斡旋とか……昇階位試験って?」

「そのまんまだよ。俺、今まで本庁からの仕事は一切引き受けないで自分で仕事取って来て細々とフリーランスでやってたんだけど、昇階位試験で級を取るには本庁からの仕事で実績残さないといけないから」

「でもお兄ちゃん、正階持ってるよね?」

「あれ、知ってたの? 確かに正階は持ってるけど、実績を積まないまま初等部で辞めちゃったからさ。これまでずっと実技を受験出来なくて級は持ってないんだよね。今の俺は正階無級ってこと」


なるほど、そういうことだったんだ。

冬にある昇階位試験では座学と実技の二項目で審査される。

階位を決めるために座学試験が行われ、級を決めるために学生は実技試験、現役神職は実績評価が行われる。

座学試験の受験資格は13歳からだし、実技は16歳からだ。中等部に通わなかったお兄ちゃんは当時はまだ受験資格がなかったんだろう。


「でも急にどうして……?」


そう尋ねた私に、お兄ちゃんは目を細めて私のおでこを弾く。


「妹が俺よりも強くなろうとしてるんだ。うかうかしてられないだろ」


おでこを擦りながらお兄ちゃんを見上げる。


「俺も巫寿を守りたいから、強くなるよ」

「お兄ちゃん……でも無茶しないで。怪我もしないで。もう二度とあんな姿のお兄ちゃんは見たくない」

「ははっ……兄妹きょうだい揃って同じ事言ってるな」

「確かに」


顔を見合せてくすくすと笑う。何だかそうしたのが随分久しぶりな気がした。


「それはそうと、どこに向かってるの? 車にまで乗って……うちに帰るにしても明日が始業祭だから、直ぐに帰るよ?」

「分かってるよ。買い物に行くだけだから夕方には戻って来れると思うし────」



そして、私以上に嬉々として店内を物色するお兄ちゃんに一つ溜息を零す。

買い物というのは私が神修で使う学用品や神具のことだったらしい。必要なものは学校から与えられているし、卒業生が残してくれた神具もある。

別に困っていないと伝えたのだけれど「これは兄としての勤めだ」とか何とか。

何となく見た値札にぎょっとして必死に「いらない」としつこく伝えたが、しまいには怒られたのでもう何も言わないことにした。


私たちが訪ねたのは鬼脈にある神具を取り扱うお店だ。

祭壇用の神器や大麻おおぬさや巫女鈴、形代を作るための和紙など、神事や神職に関する沢山の道具が置いてあった。

一切値札を見ないでこれもあれもと定員さんに頼む姿に顔をひきつらせながら、巫女鈴の棚を見上げる。

五色のリボンがついていたり柄に縮緬の布が巻かれたり、様々な種類のものがある。

値札を見てまたギョッとして、間違っても床に落としたりしないように1歩距離を取った。


ゆっくり棚を見ているとひとつに目が止まる。

部分に梅の花の刺繍が施され、柄の下から几帳結びした朱色の紐が垂れている。

かむくらの社で見た梅の花によく似ていて、無意識にそれに手を伸ばした。小さな鈴の奥からシャランと雅な音色が聞こえる。

心做しか梅の花の香りがしたような気がして目を細めた。


「何か良いのあった?」


ひょこっと私の背後から手元をのぞきこんだお兄ちゃんにびっくりして、思わず巫女鈴を落としそうになる。すんでのところで悲鳴をあげながらキャッチした。


「び、びっくりした!」

「そんなに驚かなくても。お、いいじゃんその巫女鈴」


そう言ったお兄ちゃんに慌てて棚にそれを戻した。


「ち、違うよ。ただ見てただけ! 梅の刺繍が綺麗だなって」

「確かに綺麗だね。それも買う?」

「い、いらないってば! 学校で借りれるし、先生も買うのは2年生からでいいって言ってたから!」

「遠慮しなくても……あ、もしかして兄ちゃんのこと甲斐性なしだと思ってるのか!? 妹一人の学用品揃えるくらいは稼いでるぞ!?」

「違っ……そうじゃなくて、ていうか学用品の値段の範疇超えてるから!」


これ以上店の中のものを物色していたら、ちらりと見ただけで「買ってやろうか?」と言われそうなので「私外で待ってるから」とほとんど言い逃げするように外に出た。

表の通りに出ると、迎門の面を付け直す。


迷子になるのは怖いので、店の周りをうろうろする。

出店を覗いたり呼び止められた露天商と少し話をしたり、まだ変わった姿の妖には驚きはするものの初めてここに来た時よりかは気持ちに余裕がある。

金魚売りに呼び止められてふっくらした大きな金魚の泳ぐ桶を覗き込んでいると、とんとんと肩を叩かれた。

振り返って、私を見下ろすその人に「あっ」と声を上げる。


めぐむ……さん?」

「あれ、くゆるから名前聞いたの?」


黒い眼帯で片目を隠し、肩にかかるくらいの黒髪。薄い唇が意外そうにその名前を呼ぶと、長いまつ毛に縁取られた伏せ目がちな垂れ目が弧を描いた。

背の高いその男性は私を見下ろして笑った。


「久しぶり、元気してた?」


ゴールデンウィークの最終日に出会ったその人は初めは「自分も神職だ」としか名乗らずずっとなにか引っかかる気がしていたが、一学期最後の日にその人が薫先生の双子のお兄さんだと言うことが発覚したのだ。


「改めてまして、神々廻ししべめぐむです」


差し出された手を握ろうとしたが目の前を通行人が通って、「わっ」と身を引く。

こっち、と手招きされて大通りの脇の小道に逸れた。


「芽さん、お久しぶりです」

「今夏休み?」

「今日が最終日です」

「そっか。いいなぁ、夏休み。俺もひと月くらいゆっくりしたいよ」


そう言った芽さんにくすくすと笑う。

薫先生とは双子らしいけれど、性格は全然似てないんだな。顔はこんなにそっくりなのに。


「薫から俺のこと聞いたの?」

「はい。双子の兄だって」

「あれ、まだ兄貴だって思ってくれてるんだ」


そう言った芽さんに「うん?」と首を捻るも、直ぐに薫先生の言葉を思い出す。


「そういえば盛大な喧嘩中だって……」


私がそう言えば、芽さんは僅かに目を見開いたかと思うと「あははっ」と声を上げて笑い出す。


「盛大な喧嘩中ね……確かにその通りだよ。薫がずっと怒っててさ。兄弟の縁を切られるかと思ってたんだけど、一応まだ兄として認識されているようで良かったよ」


目尻の涙を拭いながら芽さんは息を吐いた。

笑い上戸な所はすごく似ているかもしれない。


「どんな喧嘩をしたんですか?」

「薫に聞いてごらんよ。きっと面白い話が聞けるから」


自分からは話すつもりは無いらしく、芽さんはそれ以上は何も言わなかった。沈黙が気まずくて「えっと……」と話題を探す。芽さんはニコニコしたまま私の言葉を待っている。

なんというかちょっとやりにくい人だな、と心の中でこっそり思う。


「芽さんは、お買い物ですか?」

「うん、そうだよ。ここは面白いものが色々飛び交ってるからね」

「面白いもの?」

「そう、面白いもの。珍しいもの高価なもの、何でも揃う場所だから」


確かに外では買えないような不思議なものが沢山ある。イモリの黒焼きが売られているのに絶句したのはついさっきの話だ。


「あれ、巫寿?」


突然声をかけられて振り向くと、表通りからこちらをのぞき込む嘉正くんがいた。


「嘉正くん! 来てたの?」

「うん。嘉明かめいの横笛が末の弟に壊されたらしくて、新しいのを買いに来たんだよ。ほら嘉明、巫寿お姉さんに挨拶……って、あれ?」


振り返った嘉正くんが、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回す。


「あれ、あいつどこ行ったんだ」

「私と会った時からいなかったよ?」

「またフラフラして……いつも迷子になって探し回る羽目になるんだよ」

「お兄ちゃんは大変だね」


ふふ、と小さく笑うと、嘉正くんは「本当だよ」とわざとらしく肩を竦めて笑った。



「それはそうと、巫寿はなんでこんな所に?」

「あっ」


そう言われて振り返ると、もうそこに芽さんの姿はなく今度は私がキョロキョロすることになる。


「今まで芽さ────知り合いと話してたんだけど、行っちゃったみたい」


ふと、薫先生から兄弟がいることは黙っていてと頼まれたことを思い出して「知り合い」と言い換える。

私が話し始めたから、きっと気を遣って黙って行ってしまったんだろう。


「そっか。それじゃあ、また後で学校でね。俺はそろそろ嘉明を探しに行くよ」

「うん、学校で」


走っていった嘉正くんに手を振る。

もう一度後ろを振り向いてから私も表通りに出ると、両手いっぱいに荷物を持ったお兄ちゃんがお店から出てくる。

私を見つけるなり満面の笑みでブンブンと手を振った。そんな姿に堪らず額を押えて息を吐いた。



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