211 / 357
恋する乙女
肆
しおりを挟む「────マッジで何なんだよあのクソハゲ親父ぃッ!」
「瑞祥、落ち着いて。ここ文殿だから」
ガルルと興奮する瑞祥さんの肩を押さえて椅子に座らせた聖仁さん。口は閉じたものの今一つ納得が出来ていない表情で、鼻息荒く聖仁さんを見上げる。
「お前は腹立たないのかよ!?」
小声でそう尋ねた瑞祥さんに、読んでいた本をパタンと閉じた聖仁さんはにっこり笑って答えた。
「馬鹿言わないでよ。心の中で三回呪った」
落ち着きなよ二人とも、とズレた眼鏡を押し上げながら二人を宥める天叡さん。フンッとそっぽを向く瑞祥さんと目の笑っていない笑みを浮かべる聖仁さんに苦笑いを浮かべた。
数日前から始まった月兎の舞の稽古。基本は神楽部顧問でもある富宇先生が稽古を見てくれているのだけれど、今日は本庁側の月兎の舞担当者が見学に来ていた。
去年の観月祭でも月兎の舞を担当していた役員で、後頭部が少し禿げている怖い顔をしたおじさんだ。リハーサルの時に聖仁さん達をものすごい勢いで叱っていた覚えがある。
その人が突然やって来て、今回もまた聖仁さん達に「それでも生徒代表か?」「あれだけ舞ってきて、また振り出しに戻っている」と散々な評価を投げつけた。
しまいには「これ以上稽古しても意味がないから、月兎の舞について調べてから練習しろ」と言い残して帰っていった。
私と天叡さんのペアはまだ練習を始めたばかりということもあって「見るに値しない」と判断され何も言われていない。それはそれで少し腹立たしいけれど、来年は私があんなふうにコテンパに言われるのだと思うどそっちの方が気が重かった。
そういう訳で月兎の舞とは何たるかを調べるべく、文殿にやってきた。
調べたことを原稿用紙五枚分に纏めて提出するようにも言われており、似たり寄ったりな事しか書いていない文献に頭を悩ませるいるところだ。
「月兎の舞は未成年者に深夜労働を強いてまで強行される悪しき風習である、と」
「瑞祥、流石にそれやばい」
「我々学生に出演を頼みたいならそれ相応の態度やを見せるべきである、と」
「聖仁、それは本当にやばいって」
いつもなら制止役の聖仁さんが瑞祥さんと同じテンションでご立腹なのが少し珍しい。制止役の天叡さんがちょっと大変そう。
にしても原稿用紙5枚分だなんて、何を書けば……。
「あ、はい! 提案です」
小さく手を上げるとみんなが振り向いた。
「過去の月兎の舞の記録を見て、各年代で比較して分析するのはどうでしょうか?」
おそらく過去に月兎の舞を舞った学生たちも、自分たちなりにこの舞の意味を調べてその解釈を反映していたはずだ。
それを比較すれば何か分かるんじゃないのかと思ったのだけれど……。
「……自分が恥ずかしくなってきた」
「俺も同じ事言おうとしてた」
額に手を当てて息を吐いた二人に、変なことを言っただろうかと不安になる。
手を伸ばした瑞祥さんは私の頭をぐりぐりと撫でた。
「後輩に任せてばっかじゃいらんねぇぞ、天叡!」
「そうだよ天叡、俺らも頑張らなきゃ」
「僕を一緒にしないでくれる?」
なんだか既視感のあるやり取りにくすくす笑いながら、瑞祥さんの「やるか!」の一言でみんな動きだした。
文殿最奥の一角にはまねきの社の過去の神事や神修の学校行事がビデオに残されている。月兎の舞のビデオテープも約30年分ほど記録として残っていたので、私と瑞祥さんでいくつか選別することにした。
「お二人みたいに何年も舞手に選ばれてる人の分はどうしますか?」
「んー、だったら1番最近の年のだけにしようか。そう変わらんだろ」
はい、と返事をしていくつかのテープは棚に戻した。
「思ったより多いんですね、何年も舞に選ばれてる人」
「だな。にしてもこれ今日中に全部見れんのかぁ?」
深いため息をついた瑞祥さんはガシガシと頭を書いてテープのラベルを見比べる。
その時、棚の影から聖仁さんたちが顔を出した。「お待たせ」と手のひらの中の鍵をカチャカチャ揺らす。
「借りれたよ、視聴覚室」
「ちゃんと片付けるなら使っていいって」
よっしゃ、と瑞祥さんが指を鳴らす。
「そっちはどう?」
「半分くらいは仕分けたぞ。ラベルに生徒の名前が書いてねぇし名簿もないから、過去のパンフレットと見比べながらやってんだよ」
「ここ十年分とかでいいんじゃない?」
「そのうちの半分は俺と瑞祥だけどいいの?」
なーるほど、と苦笑いを浮かべた天叡さんはビデオテープに手を伸ばした。
綺麗にファイリングされた過去のパンフレットを指でなぞりながら、ふとあることに気付く。
月兎の舞はその年で一番舞が上手い男女一人ずつ選ばれる。だとすると、お母さんも月兎の舞に選ばれていたんじゃないだろうか。
えっと……お母さんが生きていたら今は47歳で、高等部3年に選ばれていたとすれば約29年前に選ばれている。となるとビデオテープにもまだ残っているはずだ。
急いで29年前のパンフレットを広げて、月兎の舞の舞手の名前を確認する。
うんと昔にお兄ちゃんから、お父さんは椎名家に婿入りしたと聞いているので、椎名はお母さんの姓。だからお母さんの名前は椎名泉寿で記されているはずだ。
「あれ……?」
パンフレットはちゃんとあったけれど、いくら探してもお母さんの名前は見当たらない。
もしかしたらこの年は選ばれなかったのかも、そう思ってお母さんが神修に在学している期間を全て遡ってみるけれど椎名泉寿の名前を見つけることはできなかった。
「選ばれてると思ったんだけどな……」
「何がだー?」
私の手元を覗き込んだ瑞祥さんにパンフレットを見せる。
「私のお母さんも神修を卒業してるんですけど、高等部1年の時には奉納祭の学年代表に選ばれてるんです。だから月兎にも選ばれてると思ったんですけど、名前がなくて」
「そうなのか? そりゃ変だな。基本的には学年代表に選ばれたら月兎の舞にも選ばれる仕組みになってるらしいぞ」
だったら余計におかしい。富宇先生も絶賛するほどの実力を持っていたのにお母さんが選ばれていないなんて。
「それ、多分アレじゃない?」
そう声を上げた天叡さんに私たちは振り向いた。ちょっと楽しそうに笑って続ける。
「選ばれてはいるけど断ったんだよ、巫寿ちゃんのお母さん」
「え……? どうして断るんですか?」
月兎の舞に選ばれることは神楽を専攻する学生たちにとっては名誉であり憧れだ。それをわざわざ断るだなんて。
「巫寿ちゃんも知ってるでしょ、観月祭の伝説。あの伝説が月兎の舞に由来してるってのは知ってる?」
「あ、はい」
「だから断ったんだよ」
観月祭の伝説のせいで断った?
顎に手を当て首を傾げ、すぐに答えにたどり着き「あっ」と声を上げた。観月祭の伝説────好きな人と手を繋いで一緒に池に手を入れると永遠に結ばれる、といわれている。
もしそれを当時のお母さんも知っていたのだとして、観月祭に雌兎役として選ばれていたとして、その当時好きな人がいたのだとしたら。
なるほど、確かに乙女心としては本当に好きな人と手を繋ぎ池に手を入れたいと思うだろう。つまりお母さんは好きな人がいるから、観月祭の雌兎役を断っていたということだ。
以前ほだかの社で禄輪さんにアルバムを見せてもらった時、お父さんとお母さんは初等部の頃からよく一緒に写真に写っていた。つまりこの頃からお母さんはお父さんに片思いしていた可能性がある、ということでもある。
なんだか覗いてはいけない記憶の1ページを覗いてしまったような感覚になっていそいそとパンフレットをファイルに戻した。
「なー、どういう意味だよ! 解説しろよ天叡!」
「瑞祥ってほんとそういうのに鈍いよね。鈍感っていうか」
「はァ? じゃあ聖仁は分かったのかよ!」
教えろよー!と肩を揺する瑞祥さんに、少し意地悪な笑みを浮かべて黙る聖仁さん。もうイチャついているようにしか見えない。
とにかく今ある分は片付けるよ、といつの間にか仕切り役になった天叡さんの一声で私たちは視聴覚室へ向かった。
1
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
神戸・栄町 困り顔店主の謎解き紅茶専門店
hana*
キャラ文芸
レトロな建物が立ち並ぶ、神戸・栄町。
カフェ激戦区とも呼ばれるこの町の、とあるビルの2階でひっそりと営業している紅茶専門店には、長身でイケメンでいつもにこやかで誰にでも親切、なのになぜかいつもトラブルを招き寄せるという困った体質の店主がいる。
店に訪れるのは、婚約破棄された会社員、紅茶嫌いのカップル、不穏な女子大生のグループ……。
困り顔店主が、お客さんのお悩みを紅茶の香りとともにほわっと解決!?
郷守の巫女、夜明けの嫁入り
春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」
「はい。───はい?」
東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。
「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」
「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」
近年、暁の里の結界が弱まっている。
結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。
郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。
暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。
あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。
里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。
「さあ、足を踏み入れたが始まり!」
「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」
「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」
「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」
「──ようこそ、暁の里へ!」
私の守護霊さん『ラクロス編』
Masa&G
キャラ文芸
本作は、本編『私の守護霊さん』の番外編です。
本編では描ききれなかった「ラクロス編」を、単独でも読める形でお届けします。番外編だけでも内容はわかりますが、本編を先に読んでいただくと、より物語に入り込みやすくなると思います。
「絶対にレギュラーを取って、東京代表に行きたい――」
そんな想いを胸に、宮司彩音は日々ラクロスの練習に明け暮れている。
同じポジションには、絶対的エースアタッカー・梶原真夏。埋まらない実力差に折れそうになる彩音のそばには、今日も無言の相棒・守護霊さんがいた。
守護霊さんの全力バックアップのもと、彩音の“レギュラー奪取&東京代表への挑戦”が始まる──。
たぬきはもうお終いです ~ 祠を壊したら、あやかしたぬきの世話係に任命されてしまいました
天田れおぽん
キャラ文芸
芋山修司19歳は両親を事故で亡くし、母方の祖父母宅へ引き取られた。
引きこもっていた修司だったが、春風に誘われてうっかり外出し、うっかり坂を転げ落ち、うっかり祠を壊してしまう。
壊した祠はたぬきのあやかしのものだった。
神さまが現れ、住処を失った『たぬきのあやかし』の『たぬたぬ』を修司が引き取ることになってしまう――――
犬として芋山家に引き取られた『たぬたぬ』と修司の物語が始まる。
転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜
万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。
バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。
その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。
鬼が現れ戦う羽目に。
事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの?
この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。
鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます!
一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。
はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる