言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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恋する乙女

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夕飯を食べている途中で禄輪さんから着信があった。

いつもなら食後は消灯時間近くまで広間でお喋りする所を一足先に抜け、電話をかけ直しながら社頭へ繋がる階段を降りる。

数コール目で出た禄輪さんは少し笑いながら『急にどうしたんだ?』と尋ねる。


「こんばんは、禄輪さん。急に変なこと聞いてすみません。でも気になっちゃって、両親の馴れ初めについて」


そう言いながらキョロキョロと辺りを見回し、階段の途中に腰を下ろした。

夕飯を食べる前に禄輪さんには「お父さんとお母さんって、いつから付き合ってたんですか?」とメッセージを送っておいたのだ。


祝寿いことからはどう聞いてるんだ?』

「お兄ちゃんですか? 特に……あ、お父さんが椎名家に婿入りしたって言うのは聞きました」


なるほど、と頷いた禄輪さん。電話の向こうでガラガラと戸を開く音が聞こえたと同時に風の音が聞こえる。禄輪さんも外に出てきたんだろう。


『正確に言えば、奴らは交際期間ゼロ日だ』

「え!?」


衝撃的事実に目を向いた。

交際期間ゼロ日……!?

ということはお父さんとお母さんは有名なアニメ映画のプリンセスたちのように直ぐに結婚まで発展したということ?


『交際期間はゼロ日だが、中等部の頃からお互いのことは意識し始めていたようだな。とりわけ泉寿は誰が見ても一恍に気があるんだってバレるくらいには分かりやすい態度だった』


思わず吹き出す。

お母さんって若い頃はそんな人だったんだ。


『反対に一恍は分かりにくかったな。あいつは昔から泉寿にとことん甘かったから、可愛いだの綺麗だの直ぐに口にするんだ。それがどこまで本音なのか分からないと、よく泉寿に愚痴を聞かされたもんだ』


目を瞑ると容易に想像ができた。

禄輪さんのアルバムで見た若かりし頃の三人が、今の私たちみたいに反り橋の下で談笑している姿だ。ころころと表情の変わるお母さんを優しく見守るお父さん。そして呆れたように笑う禄輪さん。お母さんが中心にいて二人が見守っている。


『一恍と泉寿は少し複雑な関係でな』

「複雑な関係?」


思わず聞き返す。

幼馴染で友達という関係だけではないということだろうか。

禄輪さんが「それはまた折を見て話そう」とひとつ咳払いをしたので、深追いするのは止めた。


『まあそういう訳で、二人の交際は間違いなく親戚皆から反対されるものだったんだ。だから専科を卒業した日に、駆け落ちした』

「か、駆け落ち……? ってあの駆け落ちですか?」

『その駆け落ちだ。愛の逃避行ってやつだな』


愛の逃避行……。禄輪さんって意外とロマンチックな発言するんだな、というのはさておき。

まさか両親が交際期間ゼロ日で駆け落ちして結婚していたなんて、驚き以外の言葉が出てこない。


『逃げたところで奴らは本庁勤めだから、仕事中に泉寿の親が本庁の庁舎へ乗り込んできて結構な騒動になったらしいぞ』


そう言えばそうだった。お父さんとお母さんは本庁の役員、どれだけ住む家をあちこち移そうとも職場は固定されているので、捕まえて話をしたければ本庁に突撃すればいい。

それにしても親が職場まで乗り込んでくるなんて、"複雑な関係"が一体どういう関係なのか非常に気になる。

駆け落ちだとか親の反対だとかドラマの中だけのものかと思っていたけれど、まさかこんなにも身近にいたなんて。それも自分の両親。色々と衝撃的すぎる。


『まぁ、あのお転婆娘がそう簡単に親の言いなりになる訳がない。こっそりまねきの社の結界に、自分たちの結婚を反対する奴らは中に通さないように書き加えたらしい』


もう開いた口が塞がらない。

禄輪さんから度々「お転婆、じゃじゃ馬」と聞かされてはいたけれど、その言い方だと優しすぎる。


「結局、二人の結婚は許して貰えたんですか? ────あ、許して貰えなかったから私とお兄ちゃんには親戚がいないのか」


なるほど、と顎に手を当ててひとつ頷く。

物心ついた頃から周りに親戚と呼べる人はおらず、血の繋がりを感じられるのはお兄ちゃんだけだった。

祖父母や従兄弟がいるにはいるらしいけれど親戚に関しては何も聞いてはいけない雰囲気だったので、幼いながらに「両親は実家と仲が悪い」のだと思っていた。

そうか。私たちが親戚と縁遠いのは両親の駆け落ちが原因だったのか。

興味本位で聞いた両親の馴れ初めだったけれど、私の想像を遥かに超える大恋愛だった。これまで恋愛をしたことはないけれどそれなりに興味はあるので、そんな両親がちょっと羨ましい。

いいなぁと零しそうになったその時、階段の下から誰かが登ってくるのがぼんやりと見えた。暗いので顔まではよく見えない。

そろそろ私も部屋に戻らないと。


「ありがとうございます、禄輪さん。聞けてよかったです」

『なんの。巫寿には両親の話をしてやるくらいしか、してやれることがないからな。それで、学校の方はどうだ?』

「あ、それが今年の月兎の舞の控えに選ばれて────」


階段を登ってくる足音が近付いてくる。登る、というより駆け上がってくる足音だった。

邪魔にならないように端に寄っておこう、そう思って腰を浮かせたその時。暗闇になれた目が駆け上がってくる人の顔を捉える。

捉える頃にはその人はもう目の前にいて、スマホを握る私の手首を勢いよく掴んだ。僅かに見開いた目で私を見下ろす。


「え────恵衣くん?」


目を瞬かせながらその顔を見上げた。『巫寿? 聞こえてるか?』耳から離したスマホの向こうで禄輪さんが不思議そうに私を呼んでいる。


「どうした」


予想外の第一声に「へ?」と緊張感のない声が漏れる。


「何があった」


驚きの後ろに心配と動揺の色が見えた。そのせいで余計に困惑する。


「あ、え……? 親戚のおじさんと、電話してたの」

「は?」

「だから親戚のおじさんと……」


もう一度言い直すと暫くの沈黙の後、暗闇の中でも分かるほど恵衣くんの頬が色づいた。勢いよく私の手を離したあと「紛らわしいんだよッ!」と不機嫌な声で私を睨む。


「もっと人間が電話してそうな場所でしろ! こんな暗闇の中じゃなくて!」


ええー……そんなこと言われても。なんだか理不尽な理由で怒られている気がする。


「俺はてっきりお前が────」


不自然なタイミングで言葉を止めた恵衣くんに首を傾げ、そして「あ」と漏らす。前にも似たようなことがあった。

あれは1学期、開門祭の少し前くらいだったか。その頃、私に関する根も葉もない噂が出回っていたせいで私はひどく落ち込んでいた。とうとう耐えきれなくなったある日、雨が降る中庭園の隅で蹲っていると、傘をさした恵衣くんが迎えに来てくれたのだ。

あの時、かけられた言葉はぶっきらぼうだったけれど、すごく心配してくれていたのは伝わった。

もしかしたら階段に座り込んでいる私を見つけて、あの時みたいに何かあったのだと思ったのかもしれない。となるとそれで、階段を駆け上がってきてくれたのだろうか。


「……何ともないならさっさと立て。戻るぞ」

「あ、うん」


慌てて立ち上がってスカートの土を払いながら恵衣くんの隣に並んだ。

右手に握りしめていたスマホの存在を思い出して慌てて画面を叩く。通話は切れていた。おそらく友達と話し込み始めた私に気を遣って切ってくれたんだろう。

お礼を送っておこうと思ってトークアプリを立ち上げると禄輪さんからメッセージが二件届いていた。

一件は【また何かあったら電話してくれ】そしてもう一件は。


「お兄ちゃんにはバレないようにな……?」

「は? 何言ってんだお前」

「あ……いや、そうメッセージが来てて」

「何だよそれ」


怪訝な顔をした恵衣くんに「さあ……」と肩を竦める。とりあえずお礼の返事だけ送っておくことにした。




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