言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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小さい頃

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雑談しながら緩やかな坂道を20分くらい登ると、視界の開けた広場のようなところに出た。道と広場の境界には色褪せ古びた鳥居が立っている。

恐らくここが麓に移る前の社が建っていた場所なんだろう。

鬼市くんは私をここに連れてきたかったんだろうか?


「こっち」


鬼市くんは広場を逸れて森の中へ入っていく。

また迷うことない足取りで進んで言った先に、木材を簡易的に組み重ねた小さな塔のような建物が現れる。

茅葺き屋根でその下は展望台のように開けた空間があり、地面からハシゴがかけられていた。


「これ……やぐらだよね?」

「ああ。昔見張りように使われてた物見櫓。本殿と一緒に下に建て直して、こっちは火事の影響がなかったからそのままなんだ」


そう答えると鬼市くんは櫓を指さした。


「高いとこ平気か」

「え……まさか登るの?」

「登る」


ごくりと唾を飲み込み櫓を見上げる。ひゅうと風がふきぬけて柱の至る所が悲鳴のような軋む音を立てた。


「大丈夫、ハシゴの足場が抜けたの一回だけだから」

「一回抜けてるって聞いて安心はできないかな……」


むしろその情報を聞かなかった方が不安は少なかったかもしれない。

思わずそう突っ込むと鬼市くんは「あ」と小さく声を上げる。失言だったと気付いたらしい。

視線を彷徨わせたあと、私の顔色を伺う。


「……嫌か? 上からの景色が綺麗だから、巫寿に見せたかったんだ」


少し眉根を寄せた鬼市くん。捨てられた子犬みたいだ。心の底から私に綺麗な景色を見せたいと思ってくれている顔。その顔は反則だ。

よし、と胸の前で拳を作って気合を入れる。


「登ろう! 上からの景色、私も見てみたい」


目を弓なりにした鬼市くんは嬉しそうにひとつ頷いた。

綺麗な景色にため息をこぼすよりも先に、胸の中を占めた「懐かしい」という感情に首を捻る。

麓に広がる八瀬童子の里を見下ろす。途中でも感じた一度訪れたことがあるような親しみを強く覚える。

前に来た時はたしか、もっと緑の匂いが濃くて葉の青い時期だった。


「ねぇ鬼市くん……やっぱり私一度ここへ来たことがある気がする」

「ああ。ある」


そんな返事に目を丸くして振り返ると、鬼市くんはおもむろにポッケに手を入れて手のひらサイズの1枚の紙を私に差し出した。

色あせた写真だった。満面の笑みで二本指を立てる小さな女の子と無表情の小さな男の子。どこかの社の前で取られたのだろうか、写真のすみに狛犬が写っている。

小さな女の子は間違いなく幼い頃の私だ。そして隣の男の子はおそらく────。


「私と鬼市くんって……小さい頃に会ったことがあるの?」


鬼市くんはその問いかけに嬉しそうに目を細めた。


「俺は鮮明に覚えてるのに、巫寿が全然覚えてないからちょっとショックだった」


やっぱりそうなんだ。景色に見覚えがあったのは、昔一度ここへ来たことがあるから。そしてその時に私は鬼市くんと出会っていた。

思い返せば一年の三学期に神社実習で会った時、私は鬼市くんに「初めまして」と挨拶した記憶がある。私のことを覚えている鬼市くんからしたらかなり切ない気持ちになったかもしれない。


「ご、ごめん。全然覚えてなくて」

「いや。俺も小さい時の思い出は、巫寿と遊んだ時のことくらいしか覚えてないし仕方ない」


そう言って貰えると非常にありがたい。

ホッと息を吐く。

それにしても一度八瀬童子の里に来たことがあるなんて。一体いつ?

鬼市くんにもう一度写真を見せて貰った。おそらく写真に移る私は二、三歳歳くらいだろう。つまりまだ両親が生きていた頃だ。

必死に記憶を辿り行き着いたのは、行ったという事実だけお兄ちゃんから聞いて知っている京都への家族旅行だ。

お母さんたちが急遽京都へ出張に行くことが決まって、幼い私たちを置いて行くこともできず「旅行がてら皆で行くか」というお父さんの提案で決まったんだとか。

ああそうだ、なんだか思い出してきた気がする。両親が仕事でいない夕方から夜中の間、私とお兄ちゃんはよそのお家に預けられていた。

お兄ちゃんは仲良くなったその家の子と遊びに出かけて、私はまだ小さかったから家で遊ぶように言われたんだ。


そう、そうだ。初めのうちは大人しく遊んでいたけれどすぐに退屈になって、お家の人の目を盗んで家を飛び出したんだ。

初めて野生のリスを見つけて、嬉しくなって追いかけているうちに山の上の方まで登ってしまって、それで────。


「あの日巫寿と出会ってなかったら、今の俺はいなかったと思う」


鬼市くんは優しい目をして里を見下ろした。



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