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小さい頃
伍
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────今の俺からすれば想像もつかないだろうけど、俺の幼少期を知っている人たちに俺の事を聞けば、みんな口を揃えて「泣き虫」だったと言うはずだ。
叔父の鬼三郎が宮司に選ばれて199年、次の宮司となる妖が神託によって選ばれることはなく、神職たちに焦りが出始めた頃、叔父は丁度就任200年目となるその年に0歳から10歳の子供の中からとりわけ妖力の強い子を二人選んで宮司候補として育てることに決めた。
それが俺と鬼子だ。
それがどういう事なのか当時はよく分かっておらず、両親がたいそう喜んだことといつもは少し怖い叔父が「頑張ろうな」と頭を撫でてくれたこと、里中の人達が俺に声をかけてくれることが純粋に嬉しかった。
当時自分は三歳で朝から晩まで里の子供らと遊び回っていた時期だった。それが急に友達や親から引き離されて修行が始まり、初めの頃はそれはそれは毎日泣き叫んでは大騒ぎだったらしい。
お頭には朝昼晩と「八瀬童子の頭になるやつが泣くんじゃねぇ!」と殴られた。半年も経てば殴れるのが痛くて怖くて我慢することを覚えた。辛いだとか嫌だとか寂しいだとか遊びたいだとか、頭領になること以外の事を考えないようにした。
元から感情の起伏が大きい性格ではなかったけれど、その頃から両親は「鬼市が何を考えているのか分からない」と俺を酷く心配するようになった。お頭は泣かなくなった俺に「それでこそ鬼の子だ!」と喜んだ。
前よりかは稽古が辛くなくなった。
そんなある日。ある夏の日の夕暮れ時だった。突然、稽古中に涙が止まらなくなった。お頭はいつもの事かという顔で、「メソメソ泣くんじゃねぇ!」と拳骨を落とした。
気が付けば逃げるように稽古場を飛び出していた。
たどり着いたのは稽古が始まる前によく里の友人たちと登って遊んでいた古い物見櫓だ。よじ登って展望台に立つと隠れるように身を潜める。
ぎゅっと膝を抱きしめると、思い出したかのようにこれまでの稽古でできた傷がずきずきと痛いみだした。
八瀬童子の頭領なんてどうでもいい。別になりたいだなんて思っていない。稽古がつらい。友達と遊びたい。両親と過ごしたい。
ずっと頭領にそう言いたかったのだと気付いた。
誰かの前に立つのは好きじゃない。先陣をきるのも苦手だし、頭領みたいに誰からも好かれるような性格じゃないのは自分がいちばん分かっている。
今年産まれたばかりの鬼子は生まれながらにしてかなり強い妖力を持ち合わせているらしい。おそらく修行を続ければいずれは俺と並ぶか、それ以上の力を身につけるだろうと皆が囁いた。
だったら鬼子が頭領になればいい。
そう思った。
早く戻らないともっと痛い拳骨をくらうことになる。遅くなればなるほど怒られる。分かっているはずなのに立ち上がれなくていっそう縮こまる。
ぎゅっと唇を結んで顔を上げたその時、じっとこちらを見つめる丸い目と目が合った。
驚いて涙は引っ込んだ。梯子から半分だけ頭を出したその子は、ぱちぱちと何度か目を瞬かせる。そして。
「だいじょうぶ?」
里の鶏舎で生まれたばかりのひよこみたいな声でそう問いかけた。
自分が答えるよりも先に、その子は小さな体を目一杯に使って展望台によじ登ってきた。小花柄の桃色の甚平を着ていたので女の子なのだとわかった。飴玉の包み紙みたいな二つ結びの髪がひょこひょこと跳ねている。
うんしょ、とハシゴを登りきった女の子は這うように自分の前に進んでくるとちょこんと座り込んで首をひねる。
「どうして泣いてるの? かなしいの?」
匂いで人の子なのだと分かった。歳の近い人の子は初めてで戸惑いで言葉が出てこない。
反応のない自分に、女の子は困った顔をして俯いた。そして自分の膝にある擦り傷に気付いたらしい。あ、と声を上げてそこを指さした。
「これいたいから、なみだ出るの?」
主な理由はそうでは無いのだけれど、言われたことで急にまた痛み出した。
「……いたい」
そう答えると女の子は、にっこり笑って自分の胸をトンと叩く。
「みことにまかせて! みこと、おまじないしってるの」
「おまじないって、なに」
「いたいのとんでくおまじない」
女の子はミコトというらしい。
ミコトは俺の膝を両手でそっと包み込んだ。小さなその手のひらは暖かくて少しくすぐったい。
ミコトは少し微笑んで目を瞑るとすっと息を吸い込んだ。
「────いたいの いたいの とんでいけ」
ミコトの手のひらから柔らかい卵色の光が漏れた。それは春の日に浴びるお天道様の光のようにまろやかで心地よい。
同じ言葉を三度繰り返したミコトがそっと手を離す。擦り傷は綺麗に治っていた。
「ミコトは……言霊の力をもってるのか」
「ことだまのちから?」
少女はどれほど自分が凄いことをしたのか分かっていないらしい。自分が操れるようになろうと必死に稽古している力だった。
「もういたくない?」
俯くように頷けばミコトは嬉しそうに「ほんとに?」とミコトがまた困った顔をした。まだ自分は曇った顔をしているらしかった。
「ほんとは、ここいたい?」
小さな指が己の胸を指した。
尋ねられた瞬間、思い出したように目尻がぶわりと熱くなった。
鬼の子のくせに泣くんじゃねぇッ!
頭領の怒鳴り声が頭の奥で響いて、慌てて袖で強く擦った。ぎゅっと唇を噛み締めてこらえる。
その時、小さくて柔らかい何かが自分の頭をぽふぽふと叩いた。驚いて顔を上げるとミコトが手を伸ばしていた。
「なに、してるの」
「みことがないてるとき、ママがいつもこうしてくれるの」
「……おれ、もう泣かない」
「どうして? かなしいときは ないていいんだよ?」
ミコトの大きな瞳が自分を覗き込む。
「でもけいこのとき、おかしらが泣くんじゃねぇって」
「ケイコってなに?」
「けいこは……れんしゅうのこと」
ふむ、と少し大人ぶった顔をしたミコトはもう一度俺の頭をぽふぽふと撫でた。
「みこともなわとびのれんしゅうで、できなくて泣いちゃうの。でもママがね、いつもはおこるのに、いっぱい泣いていいよっていうの」
「いつもはおこるのに……?」
へんだよねぇ、と肩を竦めで笑ったミコトは続けた。
「れんしゅうのときになみだが出るのは、がんばりたいからなんだって。がんばりたいなみだは、かっこういいなみだなんだよ」
かっこういいなみだ?
泣くやつなんてヘタレの甘えただっておかしらはいってたのに。泣くのは良くないって。男なら鬼の子なら次期頭領なら、ぐっと堪えて我慢しろって。
「それでね、ミコトね、わかったの」
ミコトはきょろきょろと当たりを見回して誰もいないことを確認すると口元にその小さな手を当てて顔を寄せた。
「なきむしが、いちばんつよいんだよ」
サァッと通り抜けたつむじ風が、身体にまとわりつく蒸し暑さと心を重くする何かを一気に吹き飛ばされた気がした。
この日もらったこの言葉を一生忘れないような気がした。
「でもねママがね、そのあとに言うの。"ないてもいいけど、ぬぐいなさい。なみだでまえをくもらせちゃだめよ"って」
おそらく母親の真似をしているのだろう。人差し指をピンと立てて腰に手を当てたミコトは小さな鼻をツンと高くする。
それがおかしくてぷっと吹き出した。
涙はもう止まっている。目尻に残った雫を袖でごしごしと擦ればもう前は曇っていない。
「もう、へーき?」
頬を赤くしたミコトが笑って首を傾げる。俺がひとつ頷くと眩しそうに目を細めた。
「そういえば、ミコトはここでなにしてたの」
「あ、そうだ! おにいちゃん! みことおにいちゃんさがしてるの」
「どこからきたの。ひとりでここまできたの?」
ほえ、と気の抜けた声を出したミコトは不思議そうに当たりを見回した。そして俺の顔を見つめながら何度か瞬きをする。するとどんどん顔を歪めていき大きな涙がポロポロと頬を流れた。
ここどこだかわかんない、と嗚咽まじりに訴えるミコトはどうやら迷子になったらしい。
人の子は自分たちと違って夜と朝が反対なのだと聞いたことがある。きっともう家に帰らないといけない時間なのだろう。
近くに他の里はないし、八瀬童子の里に遊びに来ている子なんだろう。
一緒に行こ、と手を差し出すと必死に涙を拭って濡れた手でそっと握り返してきた。
里では案の定ミコトを探して大騒ぎになっていたらしい。お兄ちゃんらしき人に何度も例を言われた。
社の前の鳥居には落ち着かない様子で行ったり来たりするお頭が立っていた。怒鳴られるかな、と少しドキドキしながら足を進める。
俺の姿を見つけたお頭がハッした顔をして駆け寄ってきた。そのまま殴られるかと思って身を縮めると、俺の前に立ったお頭は何も言わずに俺の頭をぽんと叩くと社の中へ戻っていく。
怒られると思っていたので拍子抜けだった。
次の日、稽古をしていると道場にミコトとその家族が尋ねてきた。ミコトのお父さんとお母さんには沢山お礼を言われて少しくすぐったかった。
ミコト達は旅行に来ていて、今日里を経つらしい。なぜだか凄く寂しかった。
お頭と一緒にミコトたちを見送ることになった。
ミコトのお父さんは大きなカメラを構えて「君も入ってよ」と俺に行った。ミコトの隣に並んで、写真を撮った。
最後の最後に「またあそぼうね」と手を振って、次の旅先が気になるのかすぐにお母さんに話しかけていた。
「あの子と仲良くなったのか?」
遠くなる背中に手を振り続けていると、お頭がそう尋ねた。
「うん」
ミコト、小さな女の子。俺に泣き虫でもいいと言ってくれた女の子。俺に大切な言葉をくれた女の子。
かならずまた会いたいと思った。でもせめて今度は泣いていない時に会いたい。
一瞬間後、俺宛に小さな封筒が届いた。ミコトのお母さんからお礼の手紙とともに、最後に撮った写真も入っていた。ミコトは巫寿という字を書くらしい。
満面の笑みを浮かべる巫寿に思わず頬が緩む。
貰った写真は引き出しの奥に大切にしまった。
────今の俺からすれば想像もつかないだろうけど、俺の幼少期を知っている人たちに俺の事を聞けば、みんな口を揃えて「泣き虫」だったと言うはずだ。
叔父の鬼三郎が宮司に選ばれて199年、次の宮司となる妖が神託によって選ばれることはなく、神職たちに焦りが出始めた頃、叔父は丁度就任200年目となるその年に0歳から10歳の子供の中からとりわけ妖力の強い子を二人選んで宮司候補として育てることに決めた。
それが俺と鬼子だ。
それがどういう事なのか当時はよく分かっておらず、両親がたいそう喜んだことといつもは少し怖い叔父が「頑張ろうな」と頭を撫でてくれたこと、里中の人達が俺に声をかけてくれることが純粋に嬉しかった。
当時自分は三歳で朝から晩まで里の子供らと遊び回っていた時期だった。それが急に友達や親から引き離されて修行が始まり、初めの頃はそれはそれは毎日泣き叫んでは大騒ぎだったらしい。
お頭には朝昼晩と「八瀬童子の頭になるやつが泣くんじゃねぇ!」と殴られた。半年も経てば殴れるのが痛くて怖くて我慢することを覚えた。辛いだとか嫌だとか寂しいだとか遊びたいだとか、頭領になること以外の事を考えないようにした。
元から感情の起伏が大きい性格ではなかったけれど、その頃から両親は「鬼市が何を考えているのか分からない」と俺を酷く心配するようになった。お頭は泣かなくなった俺に「それでこそ鬼の子だ!」と喜んだ。
前よりかは稽古が辛くなくなった。
そんなある日。ある夏の日の夕暮れ時だった。突然、稽古中に涙が止まらなくなった。お頭はいつもの事かという顔で、「メソメソ泣くんじゃねぇ!」と拳骨を落とした。
気が付けば逃げるように稽古場を飛び出していた。
たどり着いたのは稽古が始まる前によく里の友人たちと登って遊んでいた古い物見櫓だ。よじ登って展望台に立つと隠れるように身を潜める。
ぎゅっと膝を抱きしめると、思い出したかのようにこれまでの稽古でできた傷がずきずきと痛いみだした。
八瀬童子の頭領なんてどうでもいい。別になりたいだなんて思っていない。稽古がつらい。友達と遊びたい。両親と過ごしたい。
ずっと頭領にそう言いたかったのだと気付いた。
誰かの前に立つのは好きじゃない。先陣をきるのも苦手だし、頭領みたいに誰からも好かれるような性格じゃないのは自分がいちばん分かっている。
今年産まれたばかりの鬼子は生まれながらにしてかなり強い妖力を持ち合わせているらしい。おそらく修行を続ければいずれは俺と並ぶか、それ以上の力を身につけるだろうと皆が囁いた。
だったら鬼子が頭領になればいい。
そう思った。
早く戻らないともっと痛い拳骨をくらうことになる。遅くなればなるほど怒られる。分かっているはずなのに立ち上がれなくていっそう縮こまる。
ぎゅっと唇を結んで顔を上げたその時、じっとこちらを見つめる丸い目と目が合った。
驚いて涙は引っ込んだ。梯子から半分だけ頭を出したその子は、ぱちぱちと何度か目を瞬かせる。そして。
「だいじょうぶ?」
里の鶏舎で生まれたばかりのひよこみたいな声でそう問いかけた。
自分が答えるよりも先に、その子は小さな体を目一杯に使って展望台によじ登ってきた。小花柄の桃色の甚平を着ていたので女の子なのだとわかった。飴玉の包み紙みたいな二つ結びの髪がひょこひょこと跳ねている。
うんしょ、とハシゴを登りきった女の子は這うように自分の前に進んでくるとちょこんと座り込んで首をひねる。
「どうして泣いてるの? かなしいの?」
匂いで人の子なのだと分かった。歳の近い人の子は初めてで戸惑いで言葉が出てこない。
反応のない自分に、女の子は困った顔をして俯いた。そして自分の膝にある擦り傷に気付いたらしい。あ、と声を上げてそこを指さした。
「これいたいから、なみだ出るの?」
主な理由はそうでは無いのだけれど、言われたことで急にまた痛み出した。
「……いたい」
そう答えると女の子は、にっこり笑って自分の胸をトンと叩く。
「みことにまかせて! みこと、おまじないしってるの」
「おまじないって、なに」
「いたいのとんでくおまじない」
女の子はミコトというらしい。
ミコトは俺の膝を両手でそっと包み込んだ。小さなその手のひらは暖かくて少しくすぐったい。
ミコトは少し微笑んで目を瞑るとすっと息を吸い込んだ。
「────いたいの いたいの とんでいけ」
ミコトの手のひらから柔らかい卵色の光が漏れた。それは春の日に浴びるお天道様の光のようにまろやかで心地よい。
同じ言葉を三度繰り返したミコトがそっと手を離す。擦り傷は綺麗に治っていた。
「ミコトは……言霊の力をもってるのか」
「ことだまのちから?」
少女はどれほど自分が凄いことをしたのか分かっていないらしい。自分が操れるようになろうと必死に稽古している力だった。
「もういたくない?」
俯くように頷けばミコトは嬉しそうに「ほんとに?」とミコトがまた困った顔をした。まだ自分は曇った顔をしているらしかった。
「ほんとは、ここいたい?」
小さな指が己の胸を指した。
尋ねられた瞬間、思い出したように目尻がぶわりと熱くなった。
鬼の子のくせに泣くんじゃねぇッ!
頭領の怒鳴り声が頭の奥で響いて、慌てて袖で強く擦った。ぎゅっと唇を噛み締めてこらえる。
その時、小さくて柔らかい何かが自分の頭をぽふぽふと叩いた。驚いて顔を上げるとミコトが手を伸ばしていた。
「なに、してるの」
「みことがないてるとき、ママがいつもこうしてくれるの」
「……おれ、もう泣かない」
「どうして? かなしいときは ないていいんだよ?」
ミコトの大きな瞳が自分を覗き込む。
「でもけいこのとき、おかしらが泣くんじゃねぇって」
「ケイコってなに?」
「けいこは……れんしゅうのこと」
ふむ、と少し大人ぶった顔をしたミコトはもう一度俺の頭をぽふぽふと撫でた。
「みこともなわとびのれんしゅうで、できなくて泣いちゃうの。でもママがね、いつもはおこるのに、いっぱい泣いていいよっていうの」
「いつもはおこるのに……?」
へんだよねぇ、と肩を竦めで笑ったミコトは続けた。
「れんしゅうのときになみだが出るのは、がんばりたいからなんだって。がんばりたいなみだは、かっこういいなみだなんだよ」
かっこういいなみだ?
泣くやつなんてヘタレの甘えただっておかしらはいってたのに。泣くのは良くないって。男なら鬼の子なら次期頭領なら、ぐっと堪えて我慢しろって。
「それでね、ミコトね、わかったの」
ミコトはきょろきょろと当たりを見回して誰もいないことを確認すると口元にその小さな手を当てて顔を寄せた。
「なきむしが、いちばんつよいんだよ」
サァッと通り抜けたつむじ風が、身体にまとわりつく蒸し暑さと心を重くする何かを一気に吹き飛ばされた気がした。
この日もらったこの言葉を一生忘れないような気がした。
「でもねママがね、そのあとに言うの。"ないてもいいけど、ぬぐいなさい。なみだでまえをくもらせちゃだめよ"って」
おそらく母親の真似をしているのだろう。人差し指をピンと立てて腰に手を当てたミコトは小さな鼻をツンと高くする。
それがおかしくてぷっと吹き出した。
涙はもう止まっている。目尻に残った雫を袖でごしごしと擦ればもう前は曇っていない。
「もう、へーき?」
頬を赤くしたミコトが笑って首を傾げる。俺がひとつ頷くと眩しそうに目を細めた。
「そういえば、ミコトはここでなにしてたの」
「あ、そうだ! おにいちゃん! みことおにいちゃんさがしてるの」
「どこからきたの。ひとりでここまできたの?」
ほえ、と気の抜けた声を出したミコトは不思議そうに当たりを見回した。そして俺の顔を見つめながら何度か瞬きをする。するとどんどん顔を歪めていき大きな涙がポロポロと頬を流れた。
ここどこだかわかんない、と嗚咽まじりに訴えるミコトはどうやら迷子になったらしい。
人の子は自分たちと違って夜と朝が反対なのだと聞いたことがある。きっともう家に帰らないといけない時間なのだろう。
近くに他の里はないし、八瀬童子の里に遊びに来ている子なんだろう。
一緒に行こ、と手を差し出すと必死に涙を拭って濡れた手でそっと握り返してきた。
里では案の定ミコトを探して大騒ぎになっていたらしい。お兄ちゃんらしき人に何度も例を言われた。
社の前の鳥居には落ち着かない様子で行ったり来たりするお頭が立っていた。怒鳴られるかな、と少しドキドキしながら足を進める。
俺の姿を見つけたお頭がハッした顔をして駆け寄ってきた。そのまま殴られるかと思って身を縮めると、俺の前に立ったお頭は何も言わずに俺の頭をぽんと叩くと社の中へ戻っていく。
怒られると思っていたので拍子抜けだった。
次の日、稽古をしていると道場にミコトとその家族が尋ねてきた。ミコトのお父さんとお母さんには沢山お礼を言われて少しくすぐったかった。
ミコト達は旅行に来ていて、今日里を経つらしい。なぜだか凄く寂しかった。
お頭と一緒にミコトたちを見送ることになった。
ミコトのお父さんは大きなカメラを構えて「君も入ってよ」と俺に行った。ミコトの隣に並んで、写真を撮った。
最後の最後に「またあそぼうね」と手を振って、次の旅先が気になるのかすぐにお母さんに話しかけていた。
「あの子と仲良くなったのか?」
遠くなる背中に手を振り続けていると、お頭がそう尋ねた。
「うん」
ミコト、小さな女の子。俺に泣き虫でもいいと言ってくれた女の子。俺に大切な言葉をくれた女の子。
かならずまた会いたいと思った。でもせめて今度は泣いていない時に会いたい。
一瞬間後、俺宛に小さな封筒が届いた。ミコトのお母さんからお礼の手紙とともに、最後に撮った写真も入っていた。ミコトは巫寿という字を書くらしい。
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