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裏切り者
弐
しおりを挟む日本には「三種の神器」と呼ばれる宝物が存在する。小学校の社会の授業で習う電化製品の方ではなく、日本神話の中で語られる天孫降臨の際に授けられた三つの宝物だ。
八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉の三つがそれにあたり、神話上では天照大御神か瓊瓊杵尊に授けとされている。
今は代々天皇家がそれを受け継ぎ、日本を導き統べる者の象徴となっている。
────というのが、授業で習った知識であり私の知る三種の神器だ。
手に持つのが怖いけれど地面に置くのも怖いということで、私が袖に入れていた白い手ぬぐいの上に置かれた國舘剣を皆で囲う。
「現世の三種の神器と対になるように、幽世にも三種の神器が存在するって昔母さんから聞いたことがある。ただ、それこそ神話上の宝物で誰もこれまで目にしたことはないって」
腕を組んだ嘉正くんが未だに信じられないと言った顔で國舘剣を見下ろした。
「俺もばーちゃんに聞いた事あるぞ。現世の三種の神器が導くための宝物なのに対して、幽世のは滅ぼすためのものだって。國舘剣も本来は"國を絶つ剣"って書くけど、縁起が悪いから別の漢字が当てはめられたんだってさ」
國を絶つ剣で國絶剣。確かに縁起が悪すぎる。
改めて剣をよく見てみた。黒光りする鞘には恐らく十二神使の妖としての姿が彫られていて、柄には霞雲に隠れた満月の彫刻が細かく施されている。
「神話上では、確かに國舘剣はかむくらの御祭神が持ってる事になってたはずや。そのネーチャンがほんまに十二神使の騰蛇なら、これは間違いなくホンモノやろな」
眞奉が十二神使の騰蛇であることは私が一番よくわかっている。つまりこの剣は、幽世に伝わる三種の神器のひとつ國舘剣で間違いないということだ。
眞奉、あなたなんてものをついでに拝借してきちゃったの。御祭神さま、怒ってないといいんだけど。
私の心を読んだのか、眞奉は相変わらずの憮然とした態度で「それくらいで腹を立てていては神など務まりません」と言ってのける。
怖いもの知らずすぎて怖い。
「幽世の三種の神器、あと二つはなに」
「鈴と筆らしいで。名前が確か────御覇李鈴と払日揮毫筆」
「終わりの鈴に日を払う筆って。物騒すぎんだろ、こっちの三種の神器」
泰紀くんの言う通りだ。
まぁでも幽世の三種の神器は、現世の導く神器に対して「滅ぼす」神器だから仕方ないのだろう。
みんなで脅えながら剣を鞘にしまう。
眞奉が私に持っていろと言ったので、國舘剣は私が預かることになった。寮のどこに保存しようかと頭を悩ませる。かむくらの御祭神さまの宝剣を引き出しの奥に転がすわけにはいかない。
そもそも剣の保管なんてしたことがないのだけれど、ネットで調べれば出てくるんだろうか。というかこれ、銃刀法違反とかになったりしないんだろうか。
眞奉が思いのほか大胆な性格なのだと今になって思い知る。深く息を吐きながら眞奉を見上げると、彼女は私の顔をじっと見つめ返した。
ふと、ひとつの疑問を思い出して口を開く。
「そういえば眞奉、あの時はどうして目を逸らしたの」
「あの時とは」
「ほら、眞奉が妖の姿になって私のところに駆けつけてくれた時」
普段は髪と瞳が赤いこと以外は人間と何ら変わりない"人型"の姿で私の前に現れる眞奉。その本来の姿は、炎を宿した翼を持つ蛇の妖だ。
伊也に鉢合わせて攻撃を受けた時、眞奉はかなり本来の姿に近い容姿で私の前に現れた。
「巫寿さまは私のあの姿がお嫌いかと思いましたので」
「え? そんな事ないけど」
そもそも眞奉の本来の姿を見たことがないので嫌いも何も無い。それに初めてあの姿を見た時、緊迫した状況だったことも忘れて息を飲むほど美しいと思った。
僅かに目を見開いた眞奉は表情こそ変えないものの、疑うように私の瞳をじっとのぞき込む。
「あ。僕わかったかも」
来光くんが胸の前でポンと手を打った。
「さっき聞いた話から察するに、巫寿ちゃんのこと怖がらせたくなくてわざと見せないようにしてたんじゃない? だってほら、巫寿ちゃんが騰蛇と離れ離れになったのって、一学期が終わる頃なんでしょ。その頃ってまだ、妖のこと怖いって思って頃じゃなかった?」
心当たりがありすぎる推察に恐る恐る眞奉を見上げる。肯定こそ無いものの割と物はハッキリ言うタイプなので、否定しないということはつまりそういうことなのだろう。
そういえばかむくらの社で眞奉と初めて会った時も、盛大に怯えてしまった記憶がある。
「ご、ごめん! 怖くない、もう怖くないよ! 確かにあの頃は魑魅に襲われたばかりで、妖そのものが怖かったけど、今はあやかしの友達もできてすっかり平気だから!」
眞奉の視線がなんとも気まずい。
「それに眞奉の妖の姿、凄く綺麗だなって思ったよ! 毎日見せて欲しいくらい」
そら言い過ぎやろ、と信乃くんの呆れ気味のツッコミが入る。
だってこれくらい言わないと信じて貰えなさそうなんだもの。
「いつも助けてもらって凄く感謝してる。どの姿の眞奉も、大好きだよ」
心の底から出た本音だと伝わるようにしっかり目を合わせてそう伝える。眞奉の瞳が僅かにきらりと光った次の瞬間、ポンッと軽やかな音を立てて薄い煙が登ると大型犬くらいの翼を生やした妖が目の前に現れた。
眞奉の完全な妖の姿がこれなのだろう。
「ヒッ……め、めちゃくちゃ綺麗! 素敵! 可愛い!」
両手を叩いて容姿を褒める。
「今巫寿、"ヒッ"って言わなかった?」
「言った言った。聞こえた」
「可愛いは無理あんだろ」
「俺は、可愛いと思う」
「必死だな……」
眞奉は好きだし妖ももう怖くはないけれど、蛇はちょっと苦手なんだもん!
ひたすら褒め続けると満足したのか、眞奉は目を細めて少し嬉しそうな顔をしたあとに姿を消した。「御用がありましたお呼びください」と頭の中に彼女の声が響く。
誤解が解けたようで何よりだけれど、妖の姿になる時は事前申告制にしてもらおうと心に決める。
「さーて、話すこと話したし俺はちょっと里の方手伝ってくるわ」
「俺も、行く」
「お、なら俺らも」
信乃くんに続いてみんなもゾロゾロ立ち上がる。
私も、と足に力を入れたところで背中に激痛が走って呻き声をあげる。この短時間に何度目だろうか。
「無理しちゃだめだよ、巫寿ちゃん。背中の傷、塞がってはあるけど妖刀で切られたみたいだから残穢が残ってるんだ」
「二三日朝晩ちゃんと清めれば問題ないって言ってたし、治るまではゆっくり休んで」
「そうだぞ。里のことは俺らに任せとけ!」
とんと胸を叩いた皆。頼もしい笑顔に私も頬が緩む。
今はみんなの言う通り、大人しく治療に専念しよう。
神楽殿に白い朝日が差し込む。外はようやく日が昇ったらしい。清々しい陽の光に、皆はどこか嬉しそうに目を細めた。
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