言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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裏切り者

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「巫寿のって、思えば当て字だよね」


うずめの社からの帰り道、まだ遅い時間でもなかったので途中で団子屋に立ち寄った。表の椅子に座ってみたらし団子を頬張りながら、スマートフォンで自分の名前の漢字の意味を調べてみる。

巫寿の巫は音読みでは「フ」訓読みでは「かんなぎ」と読み、「かんなぎ」は"神様のご意志を世俗の人々に伝える役割を持つ人"という意味があるらしい。そして寿ことぶきには「長寿」や「めでたいこと」などの意味がある。

これまで自分の名前の意味を調べる機会がなかったので、こうして改めて調べてみると正しく神職の家系に生まれた子供の名前なのだと実感する。

ただ使われている漢字が特殊なのもあって、この名前にどんな意味が込められているのかは分からなかった。


禄輪さんなら知っているだろうか。帰ったら電話してみようかな。

みたらし団子の最後の一個を頬張ったその時。


「あれ、巫寿?」


名前が呼ばれて振り返ると、私服姿の慶賀くんが立っていた。

そういえば朝広間で皆に会った時、慶賀くんの姿がなかった。私と同じで出かけていたようだ。


「慶賀くん。今帰り? どこか行ってたの?」

「うん、帰り。実家に顔出してたんだ。賀子かこの具合が良くないって連絡あってさ」


少し暗い表情の慶賀くんに唇を窄める。

私の表情の変化に気付いたのか、慶賀くんは困ったように笑って「そんな顔するなって、大丈夫だから」と肩をすくめる。

一番辛いのは慶賀くんなのに、私が励まされてどうする。


「あー、腹減った! いいな団子、俺も食いてぇけど晩飯もうすぐだし我慢するかぁ」


メニューを見上げてグゥとお腹を鳴らす慶賀くんにくすくすと笑う。残念ながら最後の一個も食べてしまったのでおすそ分けはできない。


「私も今から帰るから、一緒に戻ろう」

「おー。てか今日の晩飯何だろな。肉食いてぇ肉!」

「どうかなぁ、そろそろ鯖の味噌煮が来そうな気がするけど」

「また魚かよ~」


帰り道は食べたい洋食メニューでしりとりをしたけれど、ネタが尽きて途中から難しくなり高級レストランの「シェフの気まぐれサラダ 春風を添えて」みたいな料理名の大喜利大会になった。




「おかえり二人とも」


揃って寮の広間に顔を出すと、皆は人生ゲームで盛り上がっているところだった。

私たちに気付いた鬼市くんが軽く手を振る。これまで鬼市くんは学校には戻らずずっと里の復興を手伝っていなので約一週間ぶりの再会だ。


「鬼市くん! おかえり!」


自然と声が弾む。駆け寄るとみんなも私たちに気付き「おかえり」と声を掛けてくれた。


「里の方はどんな感じ?」

「だいぶ落ち着いた。頭領が"もうお前の手はいらん"って言うから戻ってきた」


お前の手はいらんって。確かに鬼三郎さんならそう言いそうだけど。

復興作業の進捗はトークアプリで聞いていたけれど、直接鬼市くんの口から進み具合を聞けて少し安心した。

元通りになる日は近いはずだ。


「お、いたいた問題児ども」


そんな声が聞こえてみんなして振り返ると、広間の入口からひょこっと顔を覗かせたくゆる先生と目が合う。隣には迷惑そうに顔を顰めた恵衣くんもいた。


「薫先生? どうしたんですか」

「君らに伝えたい事があって探してたんだよ。恵衣に居場所を聞いたら、全然見当違いな場所ばっかり言うもんだから時間かかちゃった。あはは」


恵衣くんが口をへの字にして顔を背ける。


「こいつらの居場所なんて分かるわけないだろ。馬鹿の思考回路なんて読めるかよ」

「はいカッチーン、喧嘩だこの野郎!」

「いちいち煩いんだよガリ勉眼鏡」



襟首に掴みかかった来光くんと、その顔面を鷲掴みにして抑えこむ恵衣くん。

周りのギャラリーたちは始まった喧嘩をはやし立てて、どっちが勝つか人生ゲームのお札で賭け始める。

やめなさい本当に。


「あはは、元気いいね。喧嘩しててもいいけど話だけちゃんと聞いて」


止めんのかい、と信乃くんのツッコミが入る。ツッコミ役がいてくれて良かった。


「鞍馬の神修の先生たちと話して、週明け月曜日の詞表現実習は稲荷山で3学年合同の実践実習をすることになったよ。外に出る準備だけして教室で待機しといてね」


実践と聞いてみんな、特にこっちの神修メンバーの顔が分かりやすく曇った。「薫先生」と「実践」を結びつけるとロクな事がないのを身をもって知っているからだ。


「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ。みんなの経験値を上げるためなんだから」

「薫先生の場合いきなりドラゴン当てて来るから嫌なんだよ!」

「そうですよ! "始まりの村"から始めたいの僕らは!」

「段階を踏ませてください。まずはスライムからがいいです」


みんなの必死の訴えを笑って聞き流す。

駄目だこの人、聞き入れる気がさらさらない。それはそうと。


「どうして薫先生がそれを伝えに来たんですか?」


授業のことはいつも河太郎先生が事前に伝えてくれるし、わざわざ薫先生が伝えに来る必要は無いはずなのに。

首を捻ってそう尋ねると、「良い質問」と指を鳴らした薫先生。当たりを見回したあと、ちょいちょいと人差し指手をを曲げて私たちを近くに集める。

みんな不思議そうに顔を寄せ合った。


「本庁の偉い人たちがお忍びで授業を視察するんだって。恵衣と来光は卒業後は本庁に就職希望でしょ。アピールするチャンスじゃない? それに実践実習の成績は実技の昇階位試験で加点要素になるから、今のうちにどんどん成果残しといた方がいいよ~」


取っ組み合いを止めて目の色を変えた本庁志望組の二人。

なるほど、この情報を伝えるために薫先生はわざわざ私たちの所へ来たのか。というか「お忍びの視察」なのに私たちに伝えてしまっていいんだろうか。


「薫先生、"お忍び"やのに言うてしもてええんか?」

「あはは、ダメに決まってんじゃん。可愛い教え子のために危険を冒してるんだから、ちゃんと成果出してよね」


相変わらず無茶苦茶だ。



私たちの真ん中にある人生ゲームを覗き込んだ薫先生は「お、懐かしい」と言いながら私たちの輪の中に混じる。


「今日のお仕事はもう終わったんですか?」


泰紀くんの借金の数を数えながら「うん」と頷く。


八瀬童子の里の一件で、禄輪さん達と共に里に駆けつけた薫先生。駆けつけたメンバーの中で一番若いから書類仕事も得意だろうという理由で本庁への報告やら報告書やらを全て任されてしまったらしい。

それに加え"また"私たちが関わっていたこともあり、担任の薫先生はまた偉い人達に怒られることになったのだとか。

『何かが起きる度に君らがいるのはなんで?って前に聞いたけど違ったね。君らがいる場所で必ず何かが起きるのはなんで?』

説教こそなかったものの、疲れ果てた様子でそう尋ねられ肩を竦めたのは記憶に新しい。一週間経ってようやく落ち着いたようで一安心だ。


「明日の実習もついてくから、今日は鞍馬の神修に泊まる予定だよ。折角だし恋バナでもする?」

「誰がセンセーと恋バナなんてすんだよ! てか俺の借金数えんな!」


泰紀くんは薫先生の手元から赤い紙幣をもぎ取った。


「ひどいなぁ。二学期は皆ずっとこっちにいたんだし、久しぶりに色々喋りたいんだよ。何かないの? 薫センセーに相談したいこととか、聞いて欲しいこととか。センセーらしいことしたいんだけど」

「"構ってちゃん"か」


来光くんのツッコミにみんながどっと笑う。久しぶりの和やかな雰囲気に皆の頬が緩んだ。





『────考える時間はたっぷり与えたね。それじゃあ答えを聞かせてもらおうか』


電話口から聞こえてくる男の優しげな声。その声の優しさとは裏腹に、突きつけられた選択肢はあまりにも残酷でその選択肢ですら選ぶ余地は無い。彼が求めている返事は一択だった。

夜空を見上げる。夏が過ぎ高くなった空に浮かぶ満月には霞雲がかかっていた。満月の輪郭が歪む。歪むのは、自分が泣いていたからだった。


『罪悪感を覚える必要はないよ、君だって守りたいものがあるのだからね。人は全てを選ぶことはできないんだ、何かを選ぶなら必ずもう一方を切り捨てなければならない』


男が穏やかな声で語りかける。男の言うことはいつも理にかなっていた。だからこそ、何が正しいのかが分からなくなる。


守りたいものがある。それを守れるのは自分だけで、自分が見放せばきっともう助からない。

これまで何度も裏切ってきた。そのせいで大事な仲間たちを危険に晒してきた。でも皆は力を合わせてそれを乗り越えた。だったら今回だってきっと大丈夫だ。

今回も上手く切り抜けてくれる。だから。



『さぁ教えて、君たちのことを』



目尻の涙を強く擦る。震える唇をゆっくりと開いた。



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