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第3章
#4.雨模様
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朝食中も相変わらず彼は難しい顔をしている。
窓の外は昨日の風が引き連れてきた雨雲で、どんよりと陰っていた。そのせいもあってか、わたしたちの纏う空気がより一層重く感じる。
詰まる言葉が、息苦しささえ感じさせた。
いつものようにわたしの登校時間に合わせて準備を進める彼。家を出る直前、昨日よりも強く感じる彼の警戒心の強さに、とてつもない緊張感を覚えた。
そしてお互いが一言も言葉を交わさぬまま、学校の前に着いてしまった。
「行ってきます」
「ああ、気を付けて……」
彼はそう言うと軽く右手を挙げ踵を返した。その背中を見送ったのち、他の生徒の中に紛れ門をくぐる。
空は相変わらず、日の光を遮ったままだった。
授業中も遠くの空に稲光が見えた。時折雷鳴も聞こえてくる。午後になり、遠くに聞こえていたはずの音が少しずつ近づいてきているのが分かった。
帰りまでには止んでいて欲しい。その思いもむなしく、放課後になった。
教室の窓を叩く大粒の雨、明るく光っては辺り一面に鳴り響く雷に足止めを食らう生徒たち。溜め息をひとつ吐いて、スマートフォンの液晶を見つめた。
彼からの着信はまだない。
「雨、止まなかったね」
いつの間にか昨日ぶりに聞いた声が真横にあった。
「電車止まってないといいね、笹原さん」
降り続く雨を窓越しに眺めて、わたしは彼女にそう言う。
「今のところ大丈夫みたいだけど……。弥代のお兄さん、今日も来てくれるの?」
彼女はにっこりと微笑んだ。
こんな日くらいバスでも使って帰ればいいものを、また今日も駅まで寄り道かと、考えるだけで足が重くなるようだった。
「うーん、多分」
曖昧な返事をした。
というより、そう伝えるしかなかったのだ。いつもなら昼休みに一通届くはずのメッセージが、今日は届いていなかった。
もしかすると今日は彼の都合がつかず帰りは一人になるかもしれない。
考えてまた溜め息が漏れた。その時、隣の彼女が唐突に、いいなあと呟いた。
「なにが?」
「お兄さん。うちのと交換して欲しいよ」
その言葉に、忘れかけていた記憶がよみがえる。
昨日の帰り、彼女の兄の存在について尋ねられた。何の意図があるのかわたしには分からなかったが、ここに来て思いもよらぬタイミングでピースがひとつ揃いかけたのだ。
「笹原さん、お兄さん居るの?」
「いるよ。そういえば、志乃さんと同じ年なんじゃないかな? 五つ上なの」
心臓が一度大きく、ドクリと跳ねた。
「もしかしたら同級生かもしれないね」
わたしの言葉に彼女はまさかと笑った。しかしわたしは冗談だと笑い飛ばす気にはなれなかった。
その時わたしの手元から聞きなれたメロディが流れた。慌てて液晶画面を覗くと、彼からの着信。
高鳴る胸を抑えながら受話器を取る。少しくぐもった声が、耳を通り抜けてわたしの脳を揺らした。
「もしもし、弥代? 僕だけど……」
彼の声は少し焦りが混じっているように聞こえた。
「うん、どうしたの?」
「ごめん。今日、間に合いそうにない。誰かと一緒に帰って。もしくは学校出てすぐ南の交差点からバスに乗って……ごめんな」
先程から窓を叩く雨は更に勢いを増していた。
わたしは短く返事をすると寂しさを悟られぬよう、すぐに通話を切った。隣に立つ彼女は眉尻を下げてこちらを見つめていた。
「電話、どうしたの?」
「迎えに行けないから友達と帰れって」
「じゃあ一緒に帰ろう」
彼女はそう言うと微笑んだ。少しの迷いもあったが、折角の誘いを無下にするわけにもいかず、少しの間を持って了承した。
彼の電話から数十分が経った頃、降り続いていた雨がようやく落ち着きを見せた。わたしたちは、このチャンスを逃すまいと、すぐに下校準備をし外へと飛び出した。
先程の雨が、グラウンド中に大きな水たまりを成していた。それらを避けながら門を目指す。
浮足立った彼女は、軽い足取りで水たまりを避けながら、鮮やかなデザインの傘をくるくると回した。
傘に着いた雨粒がぱたぱたと弾かれ、弧を描いて宙を舞う。ただそれだけのことが、何だかとても幻想的に見えた。
不意に彼女が口を開いた。
「どうする? バス乗る?」
「次の便まで時間があるから、歩こう?」
「そうだね!」
輝かしい程の笑顔を見せる彼女に、不思議と心が掴まれた。友達と歩いて登下校なんていつぶりだっただろうか。懐かしいという言葉がぴったりと当てはまる。次第に心が温かくなっていくのを感じた。
しとしとと降り続く雨の中しばらく歩いていると、突如晴れ間が見え始めた。
傘の隙間からわずかに手を出してみても、わたしの掌に触れるものは冷たいそよ風だけだった。
「雨、上がったね」
彼女は不思議そうな面持ちで空を仰いだ。つられるようにわたしも顔を上げた。西の空には茜色に煌々と燃える太陽と、すぐ傍に大きく空を渡る虹が見える。
「見て、虹が出てるよ」
そう声を掛けると彼女はキラキラとした眼差しで西それを見つめ、より一層輝く笑顔を見せた。
朝食中も相変わらず彼は難しい顔をしている。
窓の外は昨日の風が引き連れてきた雨雲で、どんよりと陰っていた。そのせいもあってか、わたしたちの纏う空気がより一層重く感じる。
詰まる言葉が、息苦しささえ感じさせた。
いつものようにわたしの登校時間に合わせて準備を進める彼。家を出る直前、昨日よりも強く感じる彼の警戒心の強さに、とてつもない緊張感を覚えた。
そしてお互いが一言も言葉を交わさぬまま、学校の前に着いてしまった。
「行ってきます」
「ああ、気を付けて……」
彼はそう言うと軽く右手を挙げ踵を返した。その背中を見送ったのち、他の生徒の中に紛れ門をくぐる。
空は相変わらず、日の光を遮ったままだった。
授業中も遠くの空に稲光が見えた。時折雷鳴も聞こえてくる。午後になり、遠くに聞こえていたはずの音が少しずつ近づいてきているのが分かった。
帰りまでには止んでいて欲しい。その思いもむなしく、放課後になった。
教室の窓を叩く大粒の雨、明るく光っては辺り一面に鳴り響く雷に足止めを食らう生徒たち。溜め息をひとつ吐いて、スマートフォンの液晶を見つめた。
彼からの着信はまだない。
「雨、止まなかったね」
いつの間にか昨日ぶりに聞いた声が真横にあった。
「電車止まってないといいね、笹原さん」
降り続く雨を窓越しに眺めて、わたしは彼女にそう言う。
「今のところ大丈夫みたいだけど……。弥代のお兄さん、今日も来てくれるの?」
彼女はにっこりと微笑んだ。
こんな日くらいバスでも使って帰ればいいものを、また今日も駅まで寄り道かと、考えるだけで足が重くなるようだった。
「うーん、多分」
曖昧な返事をした。
というより、そう伝えるしかなかったのだ。いつもなら昼休みに一通届くはずのメッセージが、今日は届いていなかった。
もしかすると今日は彼の都合がつかず帰りは一人になるかもしれない。
考えてまた溜め息が漏れた。その時、隣の彼女が唐突に、いいなあと呟いた。
「なにが?」
「お兄さん。うちのと交換して欲しいよ」
その言葉に、忘れかけていた記憶がよみがえる。
昨日の帰り、彼女の兄の存在について尋ねられた。何の意図があるのかわたしには分からなかったが、ここに来て思いもよらぬタイミングでピースがひとつ揃いかけたのだ。
「笹原さん、お兄さん居るの?」
「いるよ。そういえば、志乃さんと同じ年なんじゃないかな? 五つ上なの」
心臓が一度大きく、ドクリと跳ねた。
「もしかしたら同級生かもしれないね」
わたしの言葉に彼女はまさかと笑った。しかしわたしは冗談だと笑い飛ばす気にはなれなかった。
その時わたしの手元から聞きなれたメロディが流れた。慌てて液晶画面を覗くと、彼からの着信。
高鳴る胸を抑えながら受話器を取る。少しくぐもった声が、耳を通り抜けてわたしの脳を揺らした。
「もしもし、弥代? 僕だけど……」
彼の声は少し焦りが混じっているように聞こえた。
「うん、どうしたの?」
「ごめん。今日、間に合いそうにない。誰かと一緒に帰って。もしくは学校出てすぐ南の交差点からバスに乗って……ごめんな」
先程から窓を叩く雨は更に勢いを増していた。
わたしは短く返事をすると寂しさを悟られぬよう、すぐに通話を切った。隣に立つ彼女は眉尻を下げてこちらを見つめていた。
「電話、どうしたの?」
「迎えに行けないから友達と帰れって」
「じゃあ一緒に帰ろう」
彼女はそう言うと微笑んだ。少しの迷いもあったが、折角の誘いを無下にするわけにもいかず、少しの間を持って了承した。
彼の電話から数十分が経った頃、降り続いていた雨がようやく落ち着きを見せた。わたしたちは、このチャンスを逃すまいと、すぐに下校準備をし外へと飛び出した。
先程の雨が、グラウンド中に大きな水たまりを成していた。それらを避けながら門を目指す。
浮足立った彼女は、軽い足取りで水たまりを避けながら、鮮やかなデザインの傘をくるくると回した。
傘に着いた雨粒がぱたぱたと弾かれ、弧を描いて宙を舞う。ただそれだけのことが、何だかとても幻想的に見えた。
不意に彼女が口を開いた。
「どうする? バス乗る?」
「次の便まで時間があるから、歩こう?」
「そうだね!」
輝かしい程の笑顔を見せる彼女に、不思議と心が掴まれた。友達と歩いて登下校なんていつぶりだっただろうか。懐かしいという言葉がぴったりと当てはまる。次第に心が温かくなっていくのを感じた。
しとしとと降り続く雨の中しばらく歩いていると、突如晴れ間が見え始めた。
傘の隙間からわずかに手を出してみても、わたしの掌に触れるものは冷たいそよ風だけだった。
「雨、上がったね」
彼女は不思議そうな面持ちで空を仰いだ。つられるようにわたしも顔を上げた。西の空には茜色に煌々と燃える太陽と、すぐ傍に大きく空を渡る虹が見える。
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