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#08.禁忌を犯す
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浴室を後にした私は、信じられない光景を目の当たりにした。
伊咲が私のベッドで眠っている。ドキドキと跳ねる心臓を抑え、平静を装って彼女の隣にそっと腰かけた。
彼女は気持ちがよさそうに規則正しいリズムで呼吸を繰り返したまま、一向に起きる気配がない。余程疲れていたのだろう。そう思い声を掛けるのをやめた。
隣のベッドは彼女の荷物と丁寧に畳まれた制服が置かれている。
しばし悩んだ後、そのまま彼女の隣に寝転んだ。手を伸ばせば届く距離、すぐそこに彼女の体温を感じる。より一層早まる鼓動を感じながら、そっと彼女の髪に触れた。
「うわあ、さらさら……」
やはり起きる気配はない。神に触れていた手をするりと彼女の背中へ回した。
軽く抱き寄せてみれば、想像よりも遥かに華奢な彼女の肩に、ドクリと心臓が揺れた。少しでも力を込めたら壊してしまいそうなその身体を、出来る限り優しく包み込むように抱き締めた。
私の腕の中で彼女は相変わらず規則正しい呼吸を繰り返し、眠っている。
薄く開いた唇から漏れ出す吐息に、痛いほどに高まる鼓動を感じる。
気が付けば、唇を重ねてしまっていた。
僅かに動く彼女の身体に慌てて距離を取るが、彼女は目を覚ます様子もなくすー、すーと寝息を立てていた。
罪悪感に苛まれる。彼女の姿をまっすぐに見ていられなくなり、背を向け眠りについた。
明け方目を覚ますと、彼女は隣のベッドで頭まで布団を被り眠っている。
すぐ傍に彼女の体温を感じられなくなってしまったことを寂しくも思ったが、昨夜の過ちを思い安堵した。
深い溜め息をひとつ吐いて再び眠りについた。
朝になり、私たちは身支度を整え食堂へ向かった。道中彼女は眠そうにあくびをしながら私に言った。
「愛羅ちゃんに抱き締められる夢を見たよ」
背筋が凍った。あの時彼女の意識があったとしたら、どう弁解すれば良いのだろう。緊張感に襲われ指先が僅かに震え始める。
「僕は、抱き枕にされてるなぁと思いながら眠ってた」
「……そうなんだ」
「うん、それで起きてみたら愛羅ちゃんが隣で寝てたから、自分のベッドに戻ったの」
びっくりしたよ、と冗談交じりに話す彼女の声が頭の中でこだました。いっそ夢ならよかった、本当のことが知れたら間違いなく軽蔑されるだろう。すべてを隠すように、彼女から距離を取った。
食堂についてすぐに春樹に声を掛けられた。軽い挨拶を交え、しばらくの間それとない会話をしていた。
彼の話がどうにも頭に入って来ない。上の空のまま彼の声に反射的に返事をしていた。
「何かあった?」
彼のその声には、不安の色が見え隠れしていた。
「昨日、伊咲にキスした……」
彼は一度瞼をピクリと痙攣させ、悲し気な瞳で笑い言葉を紡いだ。
「そっか……。じゃあ、気持ち伝えられたんだな」
「そうじゃないんだ。伊咲は寝てたから、そのことは知らない……。でも何となく罪悪感っていうか、バレたらどうしようとか不安になっちゃって……」
彼には以前から私が伊咲に抱いている感情を打ち明けていた。彼はその事実を聞いた時も、今のような寂しい笑顔で、知っていたよ、と答えただけだった。
彼の私に対する想いを利用しながら関係を持ち、私の心は彼女の中にある。
最低な行為だと自覚しながら、それを受け止めてくれる彼に縋っていた。
このまま彼を好きになれたら、どれだけ幸せなのだろう。最低だと自虐しながらも彼女を忘れる努力をしようとしない自分自身に憤りを覚えた。
浴室を後にした私は、信じられない光景を目の当たりにした。
伊咲が私のベッドで眠っている。ドキドキと跳ねる心臓を抑え、平静を装って彼女の隣にそっと腰かけた。
彼女は気持ちがよさそうに規則正しいリズムで呼吸を繰り返したまま、一向に起きる気配がない。余程疲れていたのだろう。そう思い声を掛けるのをやめた。
隣のベッドは彼女の荷物と丁寧に畳まれた制服が置かれている。
しばし悩んだ後、そのまま彼女の隣に寝転んだ。手を伸ばせば届く距離、すぐそこに彼女の体温を感じる。より一層早まる鼓動を感じながら、そっと彼女の髪に触れた。
「うわあ、さらさら……」
やはり起きる気配はない。神に触れていた手をするりと彼女の背中へ回した。
軽く抱き寄せてみれば、想像よりも遥かに華奢な彼女の肩に、ドクリと心臓が揺れた。少しでも力を込めたら壊してしまいそうなその身体を、出来る限り優しく包み込むように抱き締めた。
私の腕の中で彼女は相変わらず規則正しい呼吸を繰り返し、眠っている。
薄く開いた唇から漏れ出す吐息に、痛いほどに高まる鼓動を感じる。
気が付けば、唇を重ねてしまっていた。
僅かに動く彼女の身体に慌てて距離を取るが、彼女は目を覚ます様子もなくすー、すーと寝息を立てていた。
罪悪感に苛まれる。彼女の姿をまっすぐに見ていられなくなり、背を向け眠りについた。
明け方目を覚ますと、彼女は隣のベッドで頭まで布団を被り眠っている。
すぐ傍に彼女の体温を感じられなくなってしまったことを寂しくも思ったが、昨夜の過ちを思い安堵した。
深い溜め息をひとつ吐いて再び眠りについた。
朝になり、私たちは身支度を整え食堂へ向かった。道中彼女は眠そうにあくびをしながら私に言った。
「愛羅ちゃんに抱き締められる夢を見たよ」
背筋が凍った。あの時彼女の意識があったとしたら、どう弁解すれば良いのだろう。緊張感に襲われ指先が僅かに震え始める。
「僕は、抱き枕にされてるなぁと思いながら眠ってた」
「……そうなんだ」
「うん、それで起きてみたら愛羅ちゃんが隣で寝てたから、自分のベッドに戻ったの」
びっくりしたよ、と冗談交じりに話す彼女の声が頭の中でこだました。いっそ夢ならよかった、本当のことが知れたら間違いなく軽蔑されるだろう。すべてを隠すように、彼女から距離を取った。
食堂についてすぐに春樹に声を掛けられた。軽い挨拶を交え、しばらくの間それとない会話をしていた。
彼の話がどうにも頭に入って来ない。上の空のまま彼の声に反射的に返事をしていた。
「何かあった?」
彼のその声には、不安の色が見え隠れしていた。
「昨日、伊咲にキスした……」
彼は一度瞼をピクリと痙攣させ、悲し気な瞳で笑い言葉を紡いだ。
「そっか……。じゃあ、気持ち伝えられたんだな」
「そうじゃないんだ。伊咲は寝てたから、そのことは知らない……。でも何となく罪悪感っていうか、バレたらどうしようとか不安になっちゃって……」
彼には以前から私が伊咲に抱いている感情を打ち明けていた。彼はその事実を聞いた時も、今のような寂しい笑顔で、知っていたよ、と答えただけだった。
彼の私に対する想いを利用しながら関係を持ち、私の心は彼女の中にある。
最低な行為だと自覚しながら、それを受け止めてくれる彼に縋っていた。
このまま彼を好きになれたら、どれだけ幸せなのだろう。最低だと自虐しながらも彼女を忘れる努力をしようとしない自分自身に憤りを覚えた。
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