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1.プロローグ
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「先輩、俺会社やめることになりました」
いつも通りの昼下がり、いつも通りの仕事をしていた平和な日。
突然後輩に呼び出され、人気のない会議室で突きつけられた言葉に、雨宮 叶斗(あめみや かなと)は一瞬視界が暗くなるのを感じていた。
後輩の村瀬は、入社3年目の優秀な人材だ。
入社当初に教育担当となった叶斗のことを尊敬していると公言し、3年目となった今でも誰よりも叶斗の近くで仕事をしてきた。
整った顔立ちの彼は社内でも大変モテているようだったが、叶斗が彼女を作らないのかと聞いてもあいまいにはぐらかすだけだった。
叶斗自身仕事の成績はかなり優秀なのだが、そんな叶斗と肩を並べても何の遜色もないほどに成長した彼のことを、最近は内心誇りに思ってもいたのに。
あれだけ近くにいた叶斗に何も相談がないのは違和感すら覚える。
もしかしたらまだ迷っているところなのかもしれない、と叶斗は納得しかけた。
だが。
「退社は2週間後です。次の会社も決まっています。」
そう突きつけられた事実に、叶斗の顔がこわばりそうになる。
叶斗は、一見冷たそうにも見えると言われる無自覚なその美貌に表情が出ないよう必死に保っていた。
なぜ、自分に何の相談もなかったのだろう。
自分の前ではやめたいというようなそぶりは全くなかったはずだ。
こんな、絶対に覆せない状況で決定事項のように言われていることがショックであり、その程度の存在だと言われているようで屈辱すら感じた。
「…………どこに」
「高菱商事です」
「……っ」
よりによってライバル社、それも若干とはいえ格上の会社へ転職するという村瀬に、叶斗はこれ以上なんと言って良いかわからなくなる。
「…………そうか」
プライドの高い叶斗は、なんの相談もしてくれなかった後輩にショックを受けていることを悟られたくなかった。
むしろ自分は捨てられたのかとそんな錯覚さえして、フツフツと怒りが湧いてくる。
「それだけですか?」
「…他に何と?」
「……いえ」
これ以上は2人きりの空間に耐えられない。
「じゃあな、次の会社でも頑張れ」
感情のこもらない声でそう伝え、叶斗はその場を後にしようとした。
そうできなかったのは、村瀬に腕を掴まれたからだ。
「俺が会社をやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね」
「…?」
低い声でつぶやいた言葉が聞き取れず、彼の不可解な言動に訝しむ。
すると突然、村瀬はもう片方の手で叶斗の後頭部を抑え、驚いて半開きになっている唇に自身の唇を重ねた。
「!?」
すぐさま村瀬の舌が口内に入り込み、我が物顔で叶斗の舌を翻弄する。
何が起こったのか理解してすぐに彼を引き剥がそうとするが、15cmは差がある身長に加え、ほっそりとした叶斗の腕ではしっかりした体躯の村瀬はびくともしない。
これまでなんでも叶斗の言うことを聞いてきた後輩が。
叶斗は初めて、目の前の男が怖いと感じた。
「…ん、…っ」
縦横無尽に貪ってくる舌をどうすればいいのか分からない。
自分の力ではどうすることもできない恐怖に、身を離そうと村瀬の腕を掴んでいた叶斗の指が震える。
「ごちそうさま」
しばらく堪能してやがて満足したのか、口を離した村瀬は挑発的な顔をしていた。
どうしようもなく蔑まれたように感じた叶斗は悔しさを抑えられなかった。
パシッ
掴まれていた手を手ひどく振り払い、
「お前の顔はもう2度と見たくない」
冷たい声で言い放つと、崩れそうになる膝に力を入れ、部屋を出て行った。
それから2週間、村瀬がやめるまで2人の間に会話らしい会話はなかった。
いつも通りの昼下がり、いつも通りの仕事をしていた平和な日。
突然後輩に呼び出され、人気のない会議室で突きつけられた言葉に、雨宮 叶斗(あめみや かなと)は一瞬視界が暗くなるのを感じていた。
後輩の村瀬は、入社3年目の優秀な人材だ。
入社当初に教育担当となった叶斗のことを尊敬していると公言し、3年目となった今でも誰よりも叶斗の近くで仕事をしてきた。
整った顔立ちの彼は社内でも大変モテているようだったが、叶斗が彼女を作らないのかと聞いてもあいまいにはぐらかすだけだった。
叶斗自身仕事の成績はかなり優秀なのだが、そんな叶斗と肩を並べても何の遜色もないほどに成長した彼のことを、最近は内心誇りに思ってもいたのに。
あれだけ近くにいた叶斗に何も相談がないのは違和感すら覚える。
もしかしたらまだ迷っているところなのかもしれない、と叶斗は納得しかけた。
だが。
「退社は2週間後です。次の会社も決まっています。」
そう突きつけられた事実に、叶斗の顔がこわばりそうになる。
叶斗は、一見冷たそうにも見えると言われる無自覚なその美貌に表情が出ないよう必死に保っていた。
なぜ、自分に何の相談もなかったのだろう。
自分の前ではやめたいというようなそぶりは全くなかったはずだ。
こんな、絶対に覆せない状況で決定事項のように言われていることがショックであり、その程度の存在だと言われているようで屈辱すら感じた。
「…………どこに」
「高菱商事です」
「……っ」
よりによってライバル社、それも若干とはいえ格上の会社へ転職するという村瀬に、叶斗はこれ以上なんと言って良いかわからなくなる。
「…………そうか」
プライドの高い叶斗は、なんの相談もしてくれなかった後輩にショックを受けていることを悟られたくなかった。
むしろ自分は捨てられたのかとそんな錯覚さえして、フツフツと怒りが湧いてくる。
「それだけですか?」
「…他に何と?」
「……いえ」
これ以上は2人きりの空間に耐えられない。
「じゃあな、次の会社でも頑張れ」
感情のこもらない声でそう伝え、叶斗はその場を後にしようとした。
そうできなかったのは、村瀬に腕を掴まれたからだ。
「俺が会社をやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね」
「…?」
低い声でつぶやいた言葉が聞き取れず、彼の不可解な言動に訝しむ。
すると突然、村瀬はもう片方の手で叶斗の後頭部を抑え、驚いて半開きになっている唇に自身の唇を重ねた。
「!?」
すぐさま村瀬の舌が口内に入り込み、我が物顔で叶斗の舌を翻弄する。
何が起こったのか理解してすぐに彼を引き剥がそうとするが、15cmは差がある身長に加え、ほっそりとした叶斗の腕ではしっかりした体躯の村瀬はびくともしない。
これまでなんでも叶斗の言うことを聞いてきた後輩が。
叶斗は初めて、目の前の男が怖いと感じた。
「…ん、…っ」
縦横無尽に貪ってくる舌をどうすればいいのか分からない。
自分の力ではどうすることもできない恐怖に、身を離そうと村瀬の腕を掴んでいた叶斗の指が震える。
「ごちそうさま」
しばらく堪能してやがて満足したのか、口を離した村瀬は挑発的な顔をしていた。
どうしようもなく蔑まれたように感じた叶斗は悔しさを抑えられなかった。
パシッ
掴まれていた手を手ひどく振り払い、
「お前の顔はもう2度と見たくない」
冷たい声で言い放つと、崩れそうになる膝に力を入れ、部屋を出て行った。
それから2週間、村瀬がやめるまで2人の間に会話らしい会話はなかった。
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