メカラス連邦諸国記

広之新

文字の大きさ
13 / 54
第4章 幸せを呼ぶ福踊り ーシオリ国ー

4-1

しおりを挟む
 そこはシオリ国ジェン町の活気のある市場に近い場所だった。町の人は元より、遠くから多くの人々が来ていた。やがてにぎやかな楽曲が流れて、男が手を叩いて人々を呼んでいた。
「さあ、さあ、遠い国から伝わった福踊り!幸せを呼ぶ福踊りだ。さあさあ!見なきゃ、損だよ。寄っといで!」」
 楽器を鳴らす音に続いて、笑顔の面にきらびやかな衣装を着た者が出て来た。彼は音楽に合わせて軽快に踊っていた。その周りには多くの見物客が集まり、笑いながら手拍子を送っていた。
 それは大道芸の一座だった。その中でも干支踊りは好評を博していた。大通りで観客に絡むように踊り、いつも大きな拍手と笑いを巻き起こしていた。
「これは楽しい踊りじゃ。」一人の老人が立ち止まった。その老人は手入れされていない白い髪と長いひげをしていた。軽やかな踊りを見てしばらく楽しんでいたが、その踊りのキレと足運びが気になっていた。
(この身のこなし、ただの町人の動きではない。一体、中に誰が?)

「さあ、お疲れでしょう。ここでお休みください。お茶が入っています。」その大道芸の一座の座長が盆を持って待っていた。そこは楽屋に使っている小屋だった。大通りで福踊りを踊っていた男が戻ってきていた。
「すまんな。」その男はかぶっていた面をはずした。その下にはきりっとした端正な若い男の顔があった。彼は椅子に座ると額の汗を拭きながらカップに手をのばした。
「若様。福踊りは皆さまに喜ばれております。遠くからもその踊りを目当てに来ておられる方もいらっしょいます。」座長が言った。
「そうか。それなら踊っている甲斐がある。」若様と呼ばれた男が言った。
「若様の踊りは他の者の踊りとは別物です。第一、踊りのキレが違いまする。」座長は言った。
「そんなに褒めても何も出ぬぞ。」若様は笑いながら言った。そのやり取りを見て他の座員も笑っていた。

ジェン町には2つの大きな道場があった。その一つのナーク道場には多数の門弟が集まり、活気に満ちていた。しかし一方のシカキ道場は寂れていた。以前は、シカキ道場はこの国で有数の道場であり、門弟を多く抱えていたのだが・・・
「先生、またやられました。ジャンが闇討ちに会いました!」門弟のゴンザがシカキ道場に飛び込んできた。
「何だって!ジャンが!」それを聞いて師範のシェイクが立ち上がった。他の門弟も立ち上がり騒ぎ始めた。
「静まれ!落ち着くのだ!」正面に座る道場主のトーザが声を上げた。それを聞いて門弟たちは騒ぎを止めてその場に座った。
「よいか!騒ぎを起こしてはならぬ。」トーザは言った。
「しかし先生、これはナーク道場の者の仕業でしょう。」シェイクが言った。
「いや、それはわからぬ。確たる証拠はあるまい。それなのにナーク道場に押し寄せたりすれば、こちらが罪に問われてしまうぞ。そうなれば御前試合にも出られなくなる。」トーザは静かに言った。
「確かに。奴らはそれが狙いなのかもしれませぬ。」シェイクは言った。
「皆に申し渡しておく。決して軽挙妄動に走るな。」トーザは門弟を見渡して言った。

一方、ナーク道場の奥の部屋では道場主のザイギが数人の門弟と話していた。
「首尾はどうだ?」ザイギが訊いた。
「はっ。上々でございます。向こうの門弟を襲撃してけがを負わせております。」門弟のタイグが言った。
「だが肝心な奴がやれておるぬな?」ザイギが言った。
「いえ、こうして一人ずつ襲っていけば奴が出てくるはず。そこを襲えば問題ありませぬ。」タイグが言った。
「大丈夫なのか?」ザイギはやや不安そうだった。
「ザイギ殿は心配性だな。」そこに大柄の男が入ってきた。顔に数か所の傷があり、いかにも歴戦の剣士という感じだった。しかしその雰囲気は不気味だった。
「儂の無残十字剣があれば何も問題がないというのに。」その男はどっかりと座った。
「バボス殿はそうおっしゃるが、念には念を。」ザイキは言った。
「ザイキ殿らしい。2年前の御前試合では相手道場の腕利きを圧倒したではないか・・・。まあ、よい。もし襲撃したときに強い奴が出てきたら儂が相手をして傷を負わそう。それでよいな?」バボスは言った。
「まあ、そうして頂けたらありがたい。皆の者。これは道場の未来がかかっておる。しっかりやるのだぞ!」ザイキは言った。
「はっ。」タイグをはじめとする門弟たちは立ち上がって部屋を出て行った。その様子にバボスは不気味な笑いを浮かべていた。

「ごめんください。私は旅の方術師ライリーと申す者です。」老人が大道芸一座の小屋を訪れた。
「はあ、一体どのような御用でございますか?」出て来た座長が尋ねた。
「いや、先程の干支踊り、あまりにもすばらしく見とれてしまいました。一体、どのような方が踊っておられたのかが気になりましたのでな。もしできましたらその方にお話をお聞きできないかと思いまして。」老人は丁重に頭を下げて言った。
「そうでございましたか?それなら中にどうぞ。」座長は老人を中に入れた。すると中には座員に交じって一人の若い男が座っていた。その男はその立ち居振る舞いから剣士のようであった。
「これはお疲れのところ失礼いたします。」老人は中に入った。
「こちらが干支踊りを踊っておられたマーク様です。若様、こちらは旅の方術師のライリーさんです。干支踊りに感心して、その踊り手とお話がしたいと来られたのですが。」座長が言った。
「そうですか。私はかまいませぬ。どうぞ何でもお聞きください。」マークは笑顔で言った。
「それはありがとうございます。あの踊りはどこで習われましたのかな?」老人は尋ねた。
「あの踊りは昔、稀代の方術師ハークレイ法師様が父に伝えたと聞いています。なんでもすべての人を幸せにするとか・・・私は父から見様見真似で覚えました。」マークは言った。その言葉に老人の目が少し光った。
「そうでしたか。それでお父様は?」老人が尋ねた。
「いや、それが・・・」マークは言葉を濁した。
「マーク様のお父様はかの有名なシカキ道場の道場主のトーザ様でございます。」座長が代わりに答えた。
「道場主の御子息がこの一座に。はて、何かわけがあるのですか?」老人は重ねて尋ねた。
「それは・・・」座長はマークの顔を見た。これ以上は答えにくいようだった。
「これはぶしつけで・・・ご無礼をお許しください。」老人は謝った。
「いや、構わぬ。私は腰抜けなのだ。」マークは言った。
「ほう。ご自分のことを腰抜けとは・・・」老人は言った。
「本当のことだ。剣を持つのが怖くなり、家を飛び出した。それだけだ。だから昔のよしみでここに厄介になっている。」マークは自嘲気味に言った。
「違う!若様は腰抜けなんかじゃない!」急に声がした。老人がその方向を見ると一座の者たちの中に少女が立っていた。
「おじいさん。若様は強いんだ。決して腰抜けなんかじゃないんだ!」その少女は老人に訴えかけた。
「ユーリ。お客様に失礼だ。あっちに行っているんだ。」座長がそう言うと少女はすごすごと奥に引っ込んでいった。
「申し訳ありません。お騒がせをして・・・」座長が言った。
「それよりあの子は一座の方なのですかな?」老人が尋ねた。
「あれは私の一人娘のユーリでございます。幼い頃、母を亡くしてこの座で育ったものですから気が強くて礼儀知らずで。」座長が答えた。
「いやいや、しっかりしたお子さんですな。若様のことを一番わかっておられるかもしれませんぞ。」老人はそう言ってマークをじっと見た。マークは老人に何もかも見透かされている気がしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...