メカラス連邦諸国記

広之新

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第7章 父は巡検剣士 ーガオヤ村ー

7-3

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 体の具合がよくなったジャードは村の見回りを再開した。村の様子に変わりはなかったが、何か見られている気配を感じていた。ジャードは辺りに目を配ると、剣士らしい男が一人、村の方をうかがっているのに気付いた。
(なに奴!)とジャードはその男に気付かれないように後ろに回り込んだ。
「村に何か、御用ですかな?」ジャードが尋ねた。その男は驚いて急に振り向いて剣を抜いた。だがそれがジャードと気付いて、剣を下ろした。
「俺だ。ヒビルだ。」と言った。
「ヒビルか?」ジャードは相手の顔を見た。確かに下役人のヒビルのようだった。
「そうだ。ヒビルだ。お前に話があってここに来た。」ヒビルは剣をしまった。
「どうして隠れてこそこそしていたのだ?」
「内密に動いているからだ。」ヒビルは辺りを見渡した。彼らを見ている者がいないのを確認すると、
「ザハラが来ただろう。トータ様を迎えるために。」ヒビルは言った。
「ああ、来られた。2日後にまた来られてトータ様とともに王宮に出立される。」ジャードは言った。
「それは避けねばならぬ。」
「なぜだ?王様の弟君が王宮に戻られるのだぞ。何の問題があろう。」ジャードはヒビルの目を見た。一体何をたくらんでいるのかを探ろうとして。
「お前もわかっているはずだ。王家はまた後継問題で揺れているのだぞ。ハイネ王が王位に就かれるときも大いにもめて、多くの犠牲が出た。ようやくハークレイ法師様のおかげで落ち着いたのだぞ。今度も同じようなことになる。王家にはハイネ様の従弟のジャン様を推す者が多い。だがトータ様が帰られたら、血で血を洗う争いが勃発する。」ヒビルは言った。
「だがトータ様が後を継ぐのが本筋だ。」ジャードは言った。
「それはザハラの企みだ。トータ様を擁立して、ジャン様を推す一派をしりぞけて権力を握ろうというのだろう。」ヒビルは言った。
「だがトータ様はハイネ王の弟君なのだぞ。このままここに埋もれさそうというのか!」ジャードの言葉が強くなっていた。
「それも王家のためだ。さあ、どうだ。トータ様をザハラに渡すのを止めるか!」ヒビルの声も大きくなっていた。
「それはできぬ。もし力づくというのなら・・・」ジャードは少し離れて剣の柄に手をかけた。
「お前らしい。だが私も王家のためには何でもしよう。あえて悪名をかぶるのをいとわぬ。」ヒビルはきっぱりと言った。そこには並々ならぬ決意が込められていた。
「お前!まさか!」ジャードはあわてて家の方に向かった。

 トータは庭の石に座って山を見ていた。ここにいるのがあと少しと思うと何もかもが名残惜しかった。特に父と別れねばならぬと思うと・・・。
「少しお邪魔いたしますよ。」老人が声をかけた。
「これは気づかず失礼しました。」トータが立ち上がった。
「いや、あまりにもお悩みの様子。お困りのことがあるかと思いましてな。」老人な優しく言った。
「いえ、そんなことは・・・」トータは否定しようとしたが、
「話すだけでも気が晴れることがあると思います。このことは誰にも申しません。この年寄りだけには話してはくださらんか?」老人は笑顔で言った。それに引き込まれるかのようにトータは昨日のことを少しずつ話し始めた。
「私は父上の子ではないのだ。さる高貴な方の子なのだ。その迎えが2日後に来る。私はここから出て行かねがならない。父上と別れて・・・」
「ふむ。そうですか。」老人は相槌を打って聞いていた。
「私は一体どうすればいいのだろう・・・」トータは頭を抱えた。
「あなたはどうされたいのですか?」老人は尋ねた。
「私はここにいたい。血がつながっていまいと父上は父上だ。」トータは言った。
「ではそうされればよい。」老人は言った。
「だが父上は有無を言わせず、私をここから出そうというのだ。」トータは苦しげに言った。その時だった。ガサガサと音がして数人の剣士が庭に入り込んできた。
「誰ですか?」トータが言った。
「トータ様。我らは王宮の者です。申し訳なく思いますが、すぐに我らとともに来ていただきます。」剣士の一人が言った。
「迎えは2日後のはずです。一体どうしてですか?」トータは訊いた。
「急なことになりました。さあ!」剣士はトータのそばに寄ろうとした。
「父上にご挨拶しておりません。少しお待ちを・・・」トータは言いかけたが、剣士はトータの腕を乱暴につかんだ。
「何をなさいます!」トータが声を上げた。
「手荒なことはしたくない。さあ、一緒に来るのだ!」剣士は無理にでもトータを連れて行くとした。老人は剣士の手を振り払った。
「何をする!このじじい!邪魔するな!」剣士は怒鳴った。老人は前に出てトータを後ろにすると、
「トータさんは渡さぬ。自分たちのやっていることが分かっておるのか!」その顔と声は威厳に満ちており。剣士たちは一瞬、ひるんだ。だが
「我らは命を懸けておる。邪魔する者は死んでもらう!トータ様も抵抗されれば死にまするぞ!」と剣を抜いた。
「血迷うでない!」老人はいきなり一喝した。剣士たちは威圧されたが、それでも向かって来た。老人はなにやら呪文を唱えると、赤い服の男が飛び出してきた。
「頼むぞ!キリン!」老人が言うとキリンはうなずいて剣士たちに向かって行った。剣士たちは剣を振るったが、キリンはそれを悠々とかわして剣士たちを蹴り上げていった。敵わないと見た剣士たちは、
「退け!」と逃げて行った。老人がキリンに目で合図すると、
「わかりました。見張ってきます。」とその後をつけていった。
「トータ!」そこに血相を変えてジャードが走って来た。トータの無事な姿を見て、
「よかった。ケガはないか。」と声をかけた。
「はい。大丈夫です。見知らぬ方に助けていただきました。」トータが言った。
「いや、儂の連れでキリンという者じゃ。神出鬼没での。幸いここにいて助かったわい。ところでジャード殿。よくトータさんが連れ去られそうになっているのが分かりましたな。」老人が言った。
「いえ、それは・・・」ジャードは言葉を濁した。
「父上。このご老人に話を聞いていただきました。それで私の心は決まりました。ここにいさせてください。お願いします。」トータは頭を深く下げた。
「いや、それはできぬ・・・。お前のことは自分自身のことだけではないのだ。多くの者が関わっているのだ。それに私は私で自分の務めを果たさねばならぬ。それはお前を王宮に戻すことだ。」ジャードはそれだけ言うと家に戻っていった。トータは顔をうつむけてため息をついた。それを見て老人は
「私情に捕らわれず筋を通す男じゃ。だが頑固では困るが・・・」とつぶやいた。

 村はずれで多くの剣士が集まっていた。その中にはヒビルがいた。
「今日はしくじった。だがやり遂げねばならぬ。」
「そうだ。このままトータ様が戻ればまた王家を2分した争いが起こる。ザハラの専横を許してはおけない。」
「これだけの人数がいれば大丈夫だ。」
「いくらジャードでもこれだけを相手にできまい。」
「とにかくトータ様をさらってくるのだ。そうすれば何もかもうまく収まる。」
「ザハラは2日後に迎えに来るというぞ。そこを襲えばよい。それなら逃げられまい。しかもザハラどもを一網打尽にできる。」
剣士たちは話していた。それを陰から聞いている男がいた。後をつけてきたキリンだった。
「こりゃ、いけねえ。」キリンはそう言ってその場を離れていった。

ジャードは廊下から庭を見ながら思いを巡らせていた。幼いころから今までのトータの姿がその脳裏によみがえっていた。
「少しよろしいかな。」老人が声をかけた。
「ええ、どうぞ。先ほどは失礼した。トータを助けていただいたお礼も言わずに。」ジャードは振り返って言った。
「なんの。なんの。連れの者がただ追っ払っただけですのでな。お礼には及びません。だがトータさんから話を聞きましたが、それよりもっと複雑な話が絡んでいるようですな。よかったら仔細を話して下さらんか。何かお力になれるかもしれませんぞ。」老人が言った。
「はい。ご迷惑をかけて手前、何もかもお話いたしましょう。」ジャードは話し始めた。
「10年前、王家の後継問題で王宮の中には争いがあった。そんな時、先王ドーネ様の妃のアリス様が身ごもられた。その争いから避けるために、ドーネ様はアリス様を私に託され、トータが生まれた。だがアリス様は間もなく亡くなってしまった。その死に間際、アリス様は私にトータを頼むと必死に訴えられました。私はトータを自分の子供として育て、時期が来れば王宮にお戻しせねばと考えておりました。」
「それが王宮から迎えが来ることになったのじゃな。」老人が言った。
「はい。しかし今の王家も後継問題を抱えている。現王のハイネ様の従弟のジャン様を推す者が多いと聞きます。そんな中、トータが戻れば、必ず争いが起こるでしょう。中にはトータを亡き者にしようとする者もいる・・・。トータの身が危ないことはわかっております。だがトータは王弟です。次の王になるかもしれないのです。このままここに置いておくことはできないのです。」ジャードは言った。
「それでよいのかな?トータさんはそうは思っておられない。」老人は言った。
「いえ、それがトータにとって良いのです。アリス様から託された私はいつまでもトータを引き留めてはいけないはずです。」ジャードはきっぱりと言った。

 しばらくして老人は夜の庭先に出てみた。外に気配を感じたからだった。
「キリンか?」
「はい。」暗闇からキリンが出て来た。
「どうであった?」
「あいつら、また襲うようですぜ。それも大勢で。迎えの者とともにばっさりと。」キリンが言った
「そうか・・・それなら。」老人は呪文を唱えた。すると空中に紙とペンが浮かび、手紙を書き始めた。老人は出来上がった手紙を手に取ると、
「キリン、届けてくれ。」と手渡した。
「はい。では行ってきます。」キリンは闇に消えていった。
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