魔道の剣  ー王宮の鉱にまつわる悲話ー

広之新

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第6章 山の中の孤児院

病に倒れたエミリー

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 リーカーとエミリーはニールの港から無事に脱出した。しかしマークスや魔騎士たちは2人を追ってきている。とにかく急いで姿をくらます必要があった。だが山道を歩き続けるエミリーには疲労の色が強くなっていた。幼い身で魔法の力を使って歩き続けているが、それは彼女の体に大きな負担となっていた。

(このままではエミリーの体がもたないだろう。どこかしばらく休息できるところを・・・)

 リーカーが思い当たるのはこの先のベーク村だった。そこなら2人を泊めてくれる家もあろう。だがそこにたどり着く前に、リーカーはエミリーの様子がおかしくなっているのに気付いた。肩で息をして、「はあ、はあ」と荒い息をしていた。

「エミリー。少し休むか?」

 心配になったリーカーが声をかけた。

「大丈夫。まだ歩ける・・・」

 エミリーはそう言って先に進もうとした。しかしもう限界を過ぎていた。エミリーの体はふらふらと地面に倒れ込もうとした。

「エミリー!」

 リーカーはあわててエミリーを抱きとめた。エミリーは額に汗を滴らせて、真っ赤な顔をしていた。「ふう、ふう」と息をして意識がなくなっていた。リーカーが額に手をやるとかなり熱い。

「ひどい高熱だ。あまりの疲労に病気になってしまったか・・・」

 何とかしてやりたいが、この山に中ではどうすることもできない。ベークの村まで行けば医師を呼びに行けるかもしれないが、そこまでまだ遠い。
 リーカーがどうしようかと考えていると、近くに人の気配を感じた。

(こんな時に・・・)

 もし追っ手の魔騎士だったら厄介なことになると思って、剣を手に取った。草むらがガサガサと揺れ、何者かが出てこようとしていた。

「何者だ!」

 リーカーが声を上げた。するとその草むらから一人の男が出て来た。壮年のたくましい体をして弓矢を背負い、手に獲物の鳥を持っていた。

「どうしたのかね?」

 その男は優しく尋ねた。彼はこの山の狩人のようであった。

「娘が熱を・・・」

 リーカーが答えた。男はそばに寄ってエミリーの様子を見た。

「こりゃ、いかん。すぐに何とかしないと」
「しかし、この山の中、医師を呼びに行くわけにもいかず、どうしたものかと」
「それなら私の家に来るがいい。そこなら休めるし、薬草もある。この近くだ」
「それはすまぬ。」

 リーカーはエミリーを抱き上げると、その男の後について行った。

 ◇◇◇◇

 ミラウスは魔兵を使って方々を探らせたが、抜け穴の出口を見つけることができなかった。これではリーカーがどこに行ったのかは皆目、見当がつかなかった。ミラウスは魔兵を集めてマークスの元に戻った。

「申し訳ありません。取り逃がしました」

 そのミラウスの言葉にマークスはうなずいた。マークスはリーカーのことをずっと考えていた。リーカーはワーロン将軍にはめられて追われる身になってしまったのではないかと・・・。しかしそれを証明する術はなかった。マークスにとって重要なのは、ただエミリー様を無事に王宮に送り届けることだった。もし邪魔立てするなら、たとえリーカーが無実であっても容赦しない・・・そう考えていた。

「魔法の黒カラスを方々に放て。リーカーは我らから逃げようと焦っているはず。必ず居場所をつきとめられよう」

 マークスはそう指示した。

「はっ!」

 ミラウスはすぐに魔兵に命じて魔法の黒カラスを放った。

 ◇◇◇◇

 森の中の開けた場所に丸太小屋がいくつも建っていた。

「さあ、ここが私の家です」

 男が言った。するとその丸太小屋が開いて多くの子供たちが飛び出してきた。

「お帰りなさい。」
「どうだった?」

 子供たちは目を輝かして男にしがみついていた。男は獲物の鳥を掲げた。

「この通りだ!」
「うわあ。すごい。今日はご馳走だね」
「ああ。マリーに料理してもらうんだ」

 男がそう言って鳥を子供たちに渡した。子供たちはその重さに驚きながらも運んでいった。その先には一人の少女がいた。

「お帰りなさい」
「マリー。お客さんだ。子供が高熱を出している。暖炉のそばに寝かせて薬草を差し上げてくれ」
「はい。わかりました。さあ、どうぞ。こちらへ」

 マリーはリーカーたちを小屋の一つに案内した。

 ◇◇◇◇

 暖炉の横で泣かされたエミリーはすやすやと寝ていた。まだ熱が高く、額には水でぬらされた布が当てられていた。マリーがエミリーの世話をいろいろとしてくれていた。

「まことにすまぬ。礼を言う」
「気になさらないで。慣れていますから」

 マリーは微笑んでそう言うと、手桶の水を替えに行った。

「まあ、よかった。薬草が効いているようだ」
「おかげで助かった」

 リーカーは男に頭を下げた。

「いや、困ったときはお互い様。そう言えば名前を言っていなかった。私はカリタス。この山で狩人をしている。あなたは?」
「私は・・・」

 リーカーは名を言うのをためらった。もし魔騎士の息のかかった者であったなら・・・その心配をしていた。カリタスはリーカーをじっと見て言った。

「名乗れぬ理由があるなら無理に名乗ることはない。人には秘しておきたいこともある」
「すまぬ。だが私はやましいことをしているわけではない。我らには・・・」

 リーカーがそう言いかけたが、それをカリタスは右手を挙げて制した。

「もうよい。それは人を見ればわかる。それよりこれからどうする気なのだ?」
「娘の熱が下がったらここから出て行く」

 リーカーはそう言ったが、カリタスは首を横に振った。

「急ぐことはない。あなたの娘は心身ともにかなり弱っている。元気になられるまでここでゆっくりされたらよかろう。こちらは迷惑ではない。子供は多い方がよい。その方があなたにも都合がよかろう。ここなら見つかることもなかろう」

 カリタスはそう言って長く逗留することを勧めた。それはまるでリーカーの境遇を見通しているかのようだった。
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