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第2章

⑤ ドワーフの族長

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「貴様! 族長の奥様に対してなんと不謹慎な!」

 側近たちは私を取り囲んで槍を突きつけた。

「あははは、いいではありませんか。私は気にしておりません」

 言われた女性は快活に笑いながら側近を諫めた。

「しかし、これは族長への侮辱でもあります」

「この場で成敗してくれる!」

 側近たちが私に斬りかかろうとした。



「お待ちなさい! この方は魔王を討伐する勇者様ですよ!」

 なんと、盾になって私をかばってくれたのはいづなだった。

 勢いで喉元に剣先を突きつけられたのに、眉ひとつ動かさなかった。

「どきな、女。こいつを庇っても損しかないぜ」

「いや、待て。勇者だと? 女、お前は何者だ?」

 側近たちの剣を納めさせたのは族長だった。

「私は勇者様の従者です」

「従者とはよくわからんな。妻のようなものか?」

「そのように思っていただいて結構」

 いや、いろいろまずいと思うけど。



「勇者とは、まさかあの伝説の勇者様か?」

「この若さの片鱗すらない男が?」

「へー、勇者? 何万年も前の伝説の?」

 何万年も前? 勇者が封印されたのは三十年前じゃないのか?

 いや、それは少し考えればわかることだった。

 この魔界は我々の世界と時間の進み具合が違う。先日、この魔界で秋穂と四日間の冒険をしたが、元の世界でそれは五分ほどに過ぎなかった。

 およそ千倍の速さで時間が進んでいる。

 つまり、私たちの三十年はこの世界での三万年ということになる。

 それは聖書とか日本神話とか比にならないほど昔の話ではないか。

 もはやそれは歴史云々さえ語れないほどの時間ではないだろうか。



「なるほど、お前が勇者か。しかし、伝説の勇者は聖なる剣と鎧と兜を身につけていると聞いたが、そのみすぼらしい姿はどういうことだ?」

 族長は嘲笑うように問いかけてきた。

「それは……魔王により封印されてしまったため、それらも失い……」

「剣ならばあるぞ!」

 答えに窮するいづなを見て私も黙っているわけにはいかない。

 柄だけの剣を取り出し、敢えてドワーフたちに見えるように剣を実体化させる。

「こ、これは!」

「伝説の勇者の剣?」

「あはははは、これは面白いわ」



 ドワーフたちはざわめきだし、こちらに言葉をかけなくなったので、いづなが私に問いかけた。

「仙崎様、なぜあのようなことを!?」

「あのようなって?」

 いくつか話の流れが変わってしまって、「あのような」が何を指すのかわからなくなってしまった。

「いえ、ですから……『一発やりてー』などと……」

 しまった。いづなに恥ずかしい言葉を発させてしまった。

「ご、ごめん」

「私に言ってくだされば、百発でも千発でもやらせてさ……!」

 いづなは頬を染め、自ら口を噤んで目を背けた。



「す、すまない。おそらくこれは、この前取り込んだ勇者のかけらの影響だ」

「暴力団のビルにいた……?」

「ああ、私は彼の記憶を垣間見ることができた。

 彼はあの天井裏で見つからないようにこっそりと生活していた。

 そして、暴力団たちがしていたことをありありと見ていたんだ。

 その中でも特に気になっていたのは、裏ビデオのダビングだった。

 その画面で行われていることを時間とともに理解していき、自分もそれをしたいと思うようになっていったようだ……」

「そうですか……しかし、なぜ私には『一発やりてー』とおっしゃって……!」

 言いかけていづなは目をそらせた。

「そのビデオはすべて、『熟女モノ』だったんだ……!!」

「熟女モノ……!」

「おそらくそのせいで、あのかけらは熟女にしか反応しない、かなり偏った嗜好を植え付けられてしまったようなんだ……」



 いづなは若くて魅力的な女性だ。

 ぶっちゃけ私がEDでなかったなら、一緒に布団に入ってくれたりすれば当然なるようになっているだろう。

 しかし、あの勇者のかけらは違う。

 筋金入りの熟女マニアだった。

 いづなのような若い女性には目もくれず、熟女にばかり反応し、一瞬私を支配してあんな言葉を発せさせてしまうのである。

 私は様々な思いを込めて、いづなに土下座をしていた。



『どうせ、この姿じゃかないっこないんだ』

 勇者のかけらは私に吸収される前にそう言った。

 小さな体では「一発」ができない。

 だから、私の大きな身体と融合すれば熟女と思いっきりやりたいことができるはずだったのだ。

 だけど、EDだったんだけどね。



「ぐはははは、勇者ときたかね。嘘をつくならもう少しましな嘘をつけばよいものを」

「嘘ではありません!」

 いづなはヒステリックに応えた。

「そこまで言うなら、その男が勇者であることを確かめさせてもらおう。族長であるわし自らが相手になってやる。剣を取るがいい。ただし、殺したとしても文句はあるまい」

 族長はニヤリと笑う。

「そして、私が勝ったなら、その女と一発……いや何発かやらせてもらうことにしよう」

「なんだと!」

「がははは、挑発したのはそっちであろう」

 許しがたいが、それは事実であった。



「あははは、あなたが本当の勇者だったなら、私も一発やらせてあげるわよ」

 族長の妻が嘲笑うように発破をかけてくる。

 この女性がそういう性格なのか、ドワーフ本来の気質なのかはわからないが、もはや断ってこの場を去るという選択肢はなかった。

「わかりました……」

 責任はすべて私にある。

 しかし、かかっているのはいづなの貞操だ。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 私は剣を構えた。



 族長も部下にもってこさせた槍を手にした。

「さあ、一対一だ。文句は言わせぬぞ。かかってくるがいい、勇者よ」



【名前】   アウストリ

【職業】    ドワーフ

【レベル】     94

【HP】   452567

【MP】   178894

【攻撃力】  93497

【守備力】  74208

【素早さ】   5678

【賢さ】   76893

【運の良さ】  3576



【名前】   仙崎 幸弘

【職業】      勇者

【レベル】     24**

【HP】   146673

【MP】    83755

【攻撃力】  76994

【守備力】  66356

【素早さ】 789432

【賢さ】   10143

【運の良さ】    62



 げげげ、かなりのモンスターを倒してレベルアップしたと思ったけど、素早さ以外全部負けてるじゃん! 楽勝というわけにはいかないようだ。

 だけど、この前のミノタウロスのように十倍近くの差があるわけでもない。

 とにかく負けられないんだ。



「どうした、こないのかね? わしに勝てば、妻と念願の一発ができるのだぞ」

「うふふふふふ」

 くそっ。

 戦記物を読んだときに、英雄が美しい王妃を奪い取るために戦ったとかちょっとかっこいいと思ったことはあるけど、実際には他人のものを欲しがる浅ましい人間性が浮き彫りになるばかりだ。

 なんだか、とても情けない気持ちになってくる。

「では、わしから行くぞ!」

 槍をもって突っ込んでくる。

 とにかく、素早さだけなら私のほうが勝っているのだ。



 騒ぎに気づいたドワーフたちが、何事かと族長の間に集まってきていた。

 ドワーフの女の子ってみんなおっぱいがでかくていいな。

 って、族長の攻撃は音速の動きをもってしても何とか躱すのが精いっぱいだ。

「うわ、族長の攻撃を躱してるぞ!」

「あの人間、ただものじゃないわ」

 族長の間はかなりの広さがあるため、音速で動いても壁にぶつかることはない。だが、人が集まってきたせいでだんだん逃げ場がなくなってきた。

 すでに千人くらいがこの周囲を取り囲んでいた。



「きゃあ!」

「申し訳ない」

 あまりの人の多さに、躱した瞬間に観客の妙齢の女性と接触してしまった。とっさに出した手がおっぱいをしっかり握っていた。

「がはははは。そっちも狙っておるのかね?」

 いや、そんなはずあるわけ……

「後で一発やらせてくれないか?」

 うっ? なぜこんな時にセクハラ発言を!?

 それは自分でもわからなかった。

 そして手がおっぱいを離そうとしない。だって、揉み心地がよすぎるんだもん。歳はとってもおっぱいの感触は好きに決まっている。

 動けなくなった私を、族長は容赦なく突き刺そうとする。

 理性よ、おっぱい好きの本能に勝つんだ!

 残念な気持ちを抑えつつ、おっぱいから手を離して槍を躱す。



「いやん」

「なにすんのよ!」

「あなた!」

 よけたところにはなぜか熟女がいて、危ないと思って手を出すとどうしてもおっぱいやお尻を触ってしまう。そしてろくでもない言葉を口にするのだ。

「今度、一発やらせてよ」

 私ってこんなにセクハラ下衆野郎だったのだろうか?

 そんなはずは……そんなはずは、ない!!



「せ、仙崎様……」

 あ、いづなが怒ってる。

 違うんだ、これはすべて勇者のかけらのせいなんだ!

「!?」

 勇者の剣がまたしてもまがまがしい形に変化した。これはどういうことだろう。(※筆者註:いづなが嫉妬すると、その影響で剣はまがまがしく強力になるのです)

 だが、これはチャンスかもしれない。

 音速で族長を薙ぐ。

「ぐおお!」

 族長の利き腕に深い傷を負わせることができた。

 これで、少なくともさっきのような矢継ぎ早の攻撃は難しくなるはずだ。



「やるではないか。だが、勇者と認めるにはまったく足りんな」

「そうですか」

「ぐふふふふ。この攻撃を躱したなら、貴様を勇者と認めてやろうではないか」

 え? 認められたら、あの色っぽい奥さんと♡

 いや、違う。いづなを守ることができるんだ!!



「くらうがいい!」

 族長は槍を投げてきた。

 ものすごいスピードだが私は何とか躱してみせた。

 いや、これは!

 よけた瞬間、槍が向きを変えて追撃してきたのである。

 観衆のそばで槍を躱せば、勢いで彼らを傷つけてしまうかもしれない。そうなると動ける範囲は狭くなり、徐々に槍を躱すことが難しくなってきた。

「ぐははは! 終わりだ!」

「なんの! 叩き落せば動きは止まるはずだ!」

 私は剣で、槍を払おうとした。



 その瞬間――!!



 槍はなんと、ぐにゃりと曲がりながら剣をよけて私に向かってきたのだ。

「聖槍、グングニル!」

 族長はニヤリと笑った。

 グングニル!

 聞いたことがある!

 どこまでも追いかけて必ず命中する、ドワーフがつくった魔法の槍!

 それを思い出したところで、どうとなるわけでもなかった。

 グングニルは私の心臓を貫いた。



「やった! 族長が人間をやっつけた!」

「さすが、族長だ!」

「ざまぁみろ、人間!!」

 仲間意識からくる歓声が私の耳を虚しく通り抜ける。

 大量の血液を詰め込んだ風船に穴をあけられて、真っ赤なしぶきが怒涛のごとく吹き上がる。

 こういうときほど、認識は細切れに詳細を捉える。

 異常な曲がり方で心臓に向かった槍の軌跡。

 その切っ先が皮膚や筋肉を切り裂いていく感覚。

 胸骨の間を槍がこじ開けようとうねる動き。

 正確に拍動していた鼓動が、侵入者によって脅かされようする悪魔の時間。

 旋回しながら心臓の筋組織を破壊してゆく衝撃。

 その後も直進をやめず、ぬるりぬるりと突き抜けていこうとする槍の蠕動。

 死ぬ!

 私が右腕に握っていた剣は実体を失い、その手は剣を離していた……



 だが、勇者は死なない!!



 勇者は死なないが、気絶はする。

 ここで気を失えば、私は負けたことになってしまうだろう。

 そうなると、何の落ち度もないいづなが悲しい思いをさせられてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 意識を途切れさせてはならない。

 もし、意識が途切れてしまったなら、いづなは…………!!!!



 私の右手は背中に回り、突き抜けようとする槍をつかんでいた。

 そして、そのまま自らの意思で槍を抜いた。

 そのせいで血はさらに激しく胸から噴き出した。

 死ぬ……いや、死なないけど。

 だが意識が遠のく。

 意識を途切れさせてはならない!

 意識を途切れさせてはならない!!

 意識を途切れさせてはならない!!!

 傷を……血液を……回復させるんだ!

 治癒魔法!

 治癒魔法! 治癒魔法!

 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法!

 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法!

 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法! 治癒魔法!

 最大まで回復できる治癒魔法でももっていればよかったが、生憎そうではない。私はもちうる治癒魔法をMPの続く限り連発して、筋組織と血液の再生を試みた。

 だが、傷がふさがるよりも先に、意識が遠のいてゆく。



 ――それでも、いづなは私が守らなければならない!!!



 そのときの私の意識がどうだったのか、よく覚えていない。

 だが、私は確かに敵の槍、グングニルを投げていた。

 次の瞬間、槍は族長の心臓を貫き、私の手元に返ってきた。

 族長は倒れた。

 私も槍を頼りに何とか崩れまいとしたが、もはや立つことはかなわなかった。

「仙崎様!」

 倒れかけた私を支えてくれたのは、いづなだった。

 私の心臓の穴はまだふさがってなくて血を噴き出しているにもかかわらず、いづなは私をしっかりと抱きしめた。

「……勇者様、お見事でございます」



「うわああああ! 族長が負けた!」

「人間が勝っちまったぞ!」

 ドワーフたちは動揺して、観衆は騒然となった。



 族長を殺してしまった。

 彼らが混乱するのは当然だった。

 それに私も別に族長を殺したかったわけじゃない。

 何ということをしてしまったのだろう。

 罪の意識が湧き上がってくる。

 だが今の私はいづなを守れたことに満足するばかりで、その先を考えることなどできようはずもなかった。
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