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第2章
⑭ アジ・ダハーカ急襲!!
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私たちは魔界から戻り、その入り口となっているS県の洞窟にいた。
「そういえばさ、この洞窟のここ。何かあったのかな」
私は素朴な疑問を口にした。
何だかここはずっと昔に神様でも祀られていたような雰囲気がある。
そして、壁のところにはちょうど何かを祀るようにえぐられており、しめ縄までかけてある。
「どうなんですかね、よくわかりません」
「神を祀るには悪い場所ではありませんが、この周辺はただの藪になっていて信仰の形跡がありません。神を祀ったとしても、個人で行われていたのではないでしょうか」
「へー、そんなことする人がいるんですね」
「だけど、ずいぶんと時間も立って古くなっているし、洞窟を見つけた人がただの面白半分でしめ縄を飾ってみたのかもしれないね」
「変わった面白半分ですね」
結論など出ようはずもなかった。
しかし、そのときだった。
バキバキバキバキ…………!!!!!
何かが裂けるような音。
それも木が落雷で割れるとか、そんなものじゃない。もっと大きなものが引き裂かれている。
それも、ずっと遠くで。
それが聞こえてくるのだ。
「なんだ?」
私たちは急いで洞窟を出た。
周りは木々や藪に覆われているので何が起こっているかなんて見えやしない。
だが、空気の振動が尋常ではない何かを告げている。
「上から見よう」
私は飛翔魔法を使い、二人を抱えて森の上に出た。
そこには通常の理解を越えた現象が存在していた。
「何、あれ……?」
割れていたのは空だった。
対象物がないのでどのくらいの大きさで割れているのかもわからないが、とにかく大きい。おそらくかなり離れた距離にいると思うのだが、はっきりとわかる大きさ。空の半分ほどに亀裂が走っていた。そして、その奥には謎の空間が広がっているのが見て取れた。
そして、そこからゆっくりと、それはイライラするほどゆっくりと黒い何かが姿を現そうとしていた。
すでに私はなぜゆっくりなのか理解できるほどには冷静さを取り戻していた。
それはあまりにも遠くで起こっていることだからそうにしか見えないのだ。
「あれは、竜……?」
「遠いからわからないけど……あれは……とんでもなく大きくないですか?」
「なぜ、あのようなことが……?」
「多分、魔王の配下はこちらの世界と魔界をつなげる方法を見つけたんだと思います。そしてそれは、おそらくですけど、こちらに魔界と同じ空間をつくり出すアプリを開発した人だと思います」
「確かに、秋穂さんが言う通りだと思う」
その意見には逆らう必要もないほどに納得できるものがあった。
「≪大鑑定≫であの竜を見てみます。魔界じゃなくても相手のステータスを見るなんて簡単です」
これは先ほど秋穂が身につけたスキルだ。早速役立つことになろうとは。
「えっと、名前はアジ・ダハーカ。三頭の竜で、邪竜とも呼ばれるそうです。頭から尻尾までの長さが、およそ千メートル……」
「千メートル? 一キロ? スカイツリーよりもでかいじゃないか」
「翼を広げたときの長さは十キロにもなるようです」
「そんな竜がなんでこっちの世界にやってきたんだ!?」
「邪竜ですから、目的は言うまでもなく人類の殲滅……」
「そんな、馬鹿な……!」
本当に人類を殲滅するつもりなら、私は逃げるわけにはいかない。
でも、この竜を倒さないといけないのか?
魔界にはこんな敵までいたなんて。
さっきスキルの整理をしていたとき、私たちは数多くの有用なスキルを手にし、意気揚々としていた。
だがその楽観論は、敵の姿を見ただけで打ち砕かれた。
『どうやって戦えばいいというんだ?』
「HPが……えっと……とにかく11桁です。MPも10桁。攻撃力は12桁です。もう、数字が大きすぎて、わけわかんないです」
なんだって? 私の守備力はようやく10万に達したばかりで、桁数で言えば6桁だ。
つまり、私の守備力の10万倍の攻撃力をもっている。そんなの防げるはずもない。
「それから、魔法が千種類以上使えて、灼熱の炎と毒の霧を吐くことができます」
むちゃくちゃ過ぎる!!
こんなモンスター倒せるはずがない!
しかし、それでも私はどうやら勇者らしい。この状況を何とかするために頭脳が回転している。
以前の私なら、こんな風に思えていただろうか?
「秋穂さん、≪大賢者≫のスキルで魔界とこっちをつなげるあの裂け目を閉じる方法を見つけることはできないのか?」
「はい、すでにやっているんですが、すぐには難しそうです」
「いづな、あの竜を止めたい。時間を操るスキルでなんとかならないか?」
「あれだけ巨大な対象となると不可能です」
「あの竜を倒す方法はあるのだろうか?」
「おそらくあの竜にとって我々は、人間から見た蚊と同じ。素早く動くことで攻撃を避けることは可能でしょう」
「だけど、避けるだけじゃ……」
「蚊には、蚊の戦い方があります」
「蚊の……」
「蚊は恐ろしい昆虫です。血を吸うときに、人を死に追いやる病原虫やウィルスを残していくのです。あの巨体にどこまで通じるかわかりませんが、≪アイテム合成≫でそのような毒素をつくってみせましょう」
「どのくらいの時間が必要だろうか」
「試行錯誤をしますので、やはりすぐには難しいでしょう。早くて五分……」
「わかった。ひとまず、あの竜が何の関係もない一般市民に攻撃を加えないよう、時間稼ぎをする。いづなも秋穂さんも、できれば私が倒されてしまう前に何とかしてくれると助かる」
「はい」
「わかりました!」
私はいづなと秋穂を地面に下ろした。
二人は即座に自らの任務に取り掛かった。
本当は――とくに、ただの主婦に過ぎない秋穂は――こんな命を懸けるような戦いになんて巻き込みたくないのだが。
できるなら、私の力だけで倒したい!
数字の上では不可能でも、なんとかしてみせるのが人間ではないだろうか。
それは昔から少年漫画のセオリーじゃないか!
アジ・ダハーカの前に亜光速でたどりつく。
飛翔魔法で浮遊する私の足元には、マンションなどの立ち並ぶ都心に比較的近いS県のベッドタウンの光景が広がる。
空飛ぶ竜というのもそうだろうが、あまりの巨大さにすでに街はパニックになっていた。
何があってもこの街を傷つけさせるわけにはいかない。
「≪エナジードレイン≫!!」
敵は巨体のせいもあって、亜光速で動く私に気づかず、簡単に竜の三つの首の一つに取りつくことができた。
これで、活動不能なレベルまでエネルギーを吸い取ってやる!!
ズギュン! ズギュン! ズギュン!
思わず「URRRRYYYYYY!」と叫んでみたくなるが、一応自分は正義の味方のつもりなのでやめておく。
しかし!
すぐにエネルギーが吸収できなくなってしまった。
私の肉体が吸収できるキャパシティに達してしまったのだ。
かなりの強敵でも≪エナジードレイン≫が成功すれは無力化と言えるほどに弱らせることが可能だったのに、この竜には全くといっていいほど効果がない。
いづなはこの巨大なアジ・ダハーカに対して私たちを蚊に例えたが、蚊にも血を吸える限界がある。これまでに戦ったモンスターなどとは、強さの桁が違いすぎるということだ。
「だが、これを魔力に変換して!」
≪エナジードレイン≫は吸収したエネルギーを様々な形で放出する能力を伴っている。
私は勇者の剣を握り締め、魔力にして送り込む。
「うおおおおおおおお!」
新しく魔力を注ぎ込むと剣の力を高めることのできるスキルを手に入れていた。吸収したエネルギーすべてを注ぎ込んで剣を実体化させる。
すると、刃渡り三メートルはあろうかという巨大な剣となり、あふれ出るエネルギーが雷光となって弾ける。
「これならば!」
私はいったん敵から距離をとり、三本ある首の一つに亜光速で突っ込んだ。
ずばばばばばばばっ!!
鱗を穿ち、皮膚組織、筋組織を切り裂いて突き進む。そして、太さ二〇メートルほどのアジ・ダハーカの首を貫いた。
「ギエエエエエエエ!!!」
巨体が叫び声を上げる。
蚊が人間を貫くことはない。
だが、武器と知恵をもつ人間は、巨大な竜を貫くことだってきるのだ。
首は可動域であるため、鱗が薄かったというのも幸いした。
喉を弾丸が打ち抜いたようなものだ。
大ダメージを与えたはずだ。
しかし!
悶える一つの首に、他の首が治癒魔法をかける。
あっという間に穴がふさがってゆく。
「くそう!」
思わず毒づいたが、そもそも私一人で何とかなると思ってここにいるわけではないのだ。いづながこの敵を倒せる毒を完成させるか、あるいは秋穂が魔界へつながるゲートを開くプログラムを完成させて、もう一度魔界へ送り返すか。
それまで、竜を引きつけて市民に犠牲者が出ないように時間を稼ぐことが目的だ。
アジ・ダハーカは私を見つけた。
どうやら怒っているようだ。
人間だって、血を吸った蚊を見ると「この野郎」と思って叩こうとする。
しかし、私には亜光速の動きがある。
アジ・ダハーカは私を叩き落そうとしたが、私は瞬時に躱し難を逃れる。
それを数回繰り返したのち、私は自らの過ちを認めざるを得なくなる。
人間は蚊を見つけて殺そうとしても、一度見失ったらそこまで執拗に追いかけたりはしないのだ。
傷つけた私の居所がわからないとなるとさっさと探すのを諦め、標的を眼下の街に移してしまったのである。
「なんだと? おい、こっちだ。私と戦え!」
しかし、すでにアジ・ダハーカは逃げまどう人々に対する虐殺を心に決めてしまっていたかのようであった。
三つの頭が同時に息を吸い込むと、閉じた口の脇から炎がこぼれるのが目に見えた。
――灼熱の炎!!
それはドラゴンの放つ炎の中でも最も強力な炎だ。
岩さえも熔けてしまうほどの灼熱である。
今からこいつの首を刎ねれば攻撃は止まるだろうか?
いや、攻撃は通るとはいってもこれだけ巨大だと刎ねるなんて不可能だ。それができるならすでに私は勝っている。
ならばこれしかない!
――凍獄魔法!!
冷却系の最上位の魔法らしい。
これを炎に対する盾にするしか街を守る方法はない。
アジ・ダハーカは逃げ惑う人々に向けて容赦なく炎を放った。
私は亜光速で街と炎の間に割って入り凍獄魔法を放つ。
炎は冷却されて威力を弱めるが、その量たるや尋常ではない。
怒涛の灼熱が襲い掛かってくる。
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
………………………………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
炎を吐くのが終わるまで、魔法を連発してなんとか防ぐことができた。
と思ったのは、自己満足にすぎない。
かなりの炎は抑えることができたものの、防ぎきれなかった炎が街を焼いていた。
私を中心として半径三〇〇メートルほどの円形になって炎の輪ができていた。
人々の悲鳴が聞こえる。
――な、なんということだ。
私は大きな失望感に支配された。
傷を負った人がいても治癒魔法で治せば何とかなるかもしれない。
だけど、どうやって? 負傷者が何人いるのだろうか?
一人ひとり治癒していく暇などあるのだろうか?
そもそも、今の凍獄魔法の連発でMPはすでに飛翔魔法を何とか続けられる程度にしか残っていない。
「≪エナジードレイン≫!!」
私は亜光速の動きで巨大な敵に取りつき、エネルギーを吸い取ってMPを回復させ、なおかつ余剰のエネルギーを体内にため込むことに成功した。
これで、負傷者を助けるんだ!
だけど、いくら亜光速で動けたといっても、ちまちまと一人ずつ治癒していたのではすべての人を助けられるのかもわからない。
そして、何よりその間にアジ・ダハーカは次の攻撃をしてくるのは明白だった。
焼け落ちた家屋に閉じ込められた人を救い出し、治癒魔法で回復させる。
「あ、ありがとうございます……」
助けた人はお礼を言ってくれた。
だが、私の内心に希望などなかった。
治癒魔法は治癒ができるだけであって、もし死んでしまった人がいれば助けることなんてできない。蘇生魔法なんてこのレベルになっても私はおろかいづなも秋穂も覚えていない。
ゲームじゃないからそんな魔法はないのかもしれない。
見上げると、アジ・ダハーカはすでに息を吸い込んで、次の攻撃を仕掛けようとしていた。
――圧倒的な攻撃力!
その前に私はすでに戦う術を見いだせなくなってしまっていた。
「ふん、勇者とはずいぶんと無様なものだな」
誰だ?
その声には聞き覚えがあった。
そのとき、私の前に立つ人影があった。
「そういえばさ、この洞窟のここ。何かあったのかな」
私は素朴な疑問を口にした。
何だかここはずっと昔に神様でも祀られていたような雰囲気がある。
そして、壁のところにはちょうど何かを祀るようにえぐられており、しめ縄までかけてある。
「どうなんですかね、よくわかりません」
「神を祀るには悪い場所ではありませんが、この周辺はただの藪になっていて信仰の形跡がありません。神を祀ったとしても、個人で行われていたのではないでしょうか」
「へー、そんなことする人がいるんですね」
「だけど、ずいぶんと時間も立って古くなっているし、洞窟を見つけた人がただの面白半分でしめ縄を飾ってみたのかもしれないね」
「変わった面白半分ですね」
結論など出ようはずもなかった。
しかし、そのときだった。
バキバキバキバキ…………!!!!!
何かが裂けるような音。
それも木が落雷で割れるとか、そんなものじゃない。もっと大きなものが引き裂かれている。
それも、ずっと遠くで。
それが聞こえてくるのだ。
「なんだ?」
私たちは急いで洞窟を出た。
周りは木々や藪に覆われているので何が起こっているかなんて見えやしない。
だが、空気の振動が尋常ではない何かを告げている。
「上から見よう」
私は飛翔魔法を使い、二人を抱えて森の上に出た。
そこには通常の理解を越えた現象が存在していた。
「何、あれ……?」
割れていたのは空だった。
対象物がないのでどのくらいの大きさで割れているのかもわからないが、とにかく大きい。おそらくかなり離れた距離にいると思うのだが、はっきりとわかる大きさ。空の半分ほどに亀裂が走っていた。そして、その奥には謎の空間が広がっているのが見て取れた。
そして、そこからゆっくりと、それはイライラするほどゆっくりと黒い何かが姿を現そうとしていた。
すでに私はなぜゆっくりなのか理解できるほどには冷静さを取り戻していた。
それはあまりにも遠くで起こっていることだからそうにしか見えないのだ。
「あれは、竜……?」
「遠いからわからないけど……あれは……とんでもなく大きくないですか?」
「なぜ、あのようなことが……?」
「多分、魔王の配下はこちらの世界と魔界をつなげる方法を見つけたんだと思います。そしてそれは、おそらくですけど、こちらに魔界と同じ空間をつくり出すアプリを開発した人だと思います」
「確かに、秋穂さんが言う通りだと思う」
その意見には逆らう必要もないほどに納得できるものがあった。
「≪大鑑定≫であの竜を見てみます。魔界じゃなくても相手のステータスを見るなんて簡単です」
これは先ほど秋穂が身につけたスキルだ。早速役立つことになろうとは。
「えっと、名前はアジ・ダハーカ。三頭の竜で、邪竜とも呼ばれるそうです。頭から尻尾までの長さが、およそ千メートル……」
「千メートル? 一キロ? スカイツリーよりもでかいじゃないか」
「翼を広げたときの長さは十キロにもなるようです」
「そんな竜がなんでこっちの世界にやってきたんだ!?」
「邪竜ですから、目的は言うまでもなく人類の殲滅……」
「そんな、馬鹿な……!」
本当に人類を殲滅するつもりなら、私は逃げるわけにはいかない。
でも、この竜を倒さないといけないのか?
魔界にはこんな敵までいたなんて。
さっきスキルの整理をしていたとき、私たちは数多くの有用なスキルを手にし、意気揚々としていた。
だがその楽観論は、敵の姿を見ただけで打ち砕かれた。
『どうやって戦えばいいというんだ?』
「HPが……えっと……とにかく11桁です。MPも10桁。攻撃力は12桁です。もう、数字が大きすぎて、わけわかんないです」
なんだって? 私の守備力はようやく10万に達したばかりで、桁数で言えば6桁だ。
つまり、私の守備力の10万倍の攻撃力をもっている。そんなの防げるはずもない。
「それから、魔法が千種類以上使えて、灼熱の炎と毒の霧を吐くことができます」
むちゃくちゃ過ぎる!!
こんなモンスター倒せるはずがない!
しかし、それでも私はどうやら勇者らしい。この状況を何とかするために頭脳が回転している。
以前の私なら、こんな風に思えていただろうか?
「秋穂さん、≪大賢者≫のスキルで魔界とこっちをつなげるあの裂け目を閉じる方法を見つけることはできないのか?」
「はい、すでにやっているんですが、すぐには難しそうです」
「いづな、あの竜を止めたい。時間を操るスキルでなんとかならないか?」
「あれだけ巨大な対象となると不可能です」
「あの竜を倒す方法はあるのだろうか?」
「おそらくあの竜にとって我々は、人間から見た蚊と同じ。素早く動くことで攻撃を避けることは可能でしょう」
「だけど、避けるだけじゃ……」
「蚊には、蚊の戦い方があります」
「蚊の……」
「蚊は恐ろしい昆虫です。血を吸うときに、人を死に追いやる病原虫やウィルスを残していくのです。あの巨体にどこまで通じるかわかりませんが、≪アイテム合成≫でそのような毒素をつくってみせましょう」
「どのくらいの時間が必要だろうか」
「試行錯誤をしますので、やはりすぐには難しいでしょう。早くて五分……」
「わかった。ひとまず、あの竜が何の関係もない一般市民に攻撃を加えないよう、時間稼ぎをする。いづなも秋穂さんも、できれば私が倒されてしまう前に何とかしてくれると助かる」
「はい」
「わかりました!」
私はいづなと秋穂を地面に下ろした。
二人は即座に自らの任務に取り掛かった。
本当は――とくに、ただの主婦に過ぎない秋穂は――こんな命を懸けるような戦いになんて巻き込みたくないのだが。
できるなら、私の力だけで倒したい!
数字の上では不可能でも、なんとかしてみせるのが人間ではないだろうか。
それは昔から少年漫画のセオリーじゃないか!
アジ・ダハーカの前に亜光速でたどりつく。
飛翔魔法で浮遊する私の足元には、マンションなどの立ち並ぶ都心に比較的近いS県のベッドタウンの光景が広がる。
空飛ぶ竜というのもそうだろうが、あまりの巨大さにすでに街はパニックになっていた。
何があってもこの街を傷つけさせるわけにはいかない。
「≪エナジードレイン≫!!」
敵は巨体のせいもあって、亜光速で動く私に気づかず、簡単に竜の三つの首の一つに取りつくことができた。
これで、活動不能なレベルまでエネルギーを吸い取ってやる!!
ズギュン! ズギュン! ズギュン!
思わず「URRRRYYYYYY!」と叫んでみたくなるが、一応自分は正義の味方のつもりなのでやめておく。
しかし!
すぐにエネルギーが吸収できなくなってしまった。
私の肉体が吸収できるキャパシティに達してしまったのだ。
かなりの強敵でも≪エナジードレイン≫が成功すれは無力化と言えるほどに弱らせることが可能だったのに、この竜には全くといっていいほど効果がない。
いづなはこの巨大なアジ・ダハーカに対して私たちを蚊に例えたが、蚊にも血を吸える限界がある。これまでに戦ったモンスターなどとは、強さの桁が違いすぎるということだ。
「だが、これを魔力に変換して!」
≪エナジードレイン≫は吸収したエネルギーを様々な形で放出する能力を伴っている。
私は勇者の剣を握り締め、魔力にして送り込む。
「うおおおおおおおお!」
新しく魔力を注ぎ込むと剣の力を高めることのできるスキルを手に入れていた。吸収したエネルギーすべてを注ぎ込んで剣を実体化させる。
すると、刃渡り三メートルはあろうかという巨大な剣となり、あふれ出るエネルギーが雷光となって弾ける。
「これならば!」
私はいったん敵から距離をとり、三本ある首の一つに亜光速で突っ込んだ。
ずばばばばばばばっ!!
鱗を穿ち、皮膚組織、筋組織を切り裂いて突き進む。そして、太さ二〇メートルほどのアジ・ダハーカの首を貫いた。
「ギエエエエエエエ!!!」
巨体が叫び声を上げる。
蚊が人間を貫くことはない。
だが、武器と知恵をもつ人間は、巨大な竜を貫くことだってきるのだ。
首は可動域であるため、鱗が薄かったというのも幸いした。
喉を弾丸が打ち抜いたようなものだ。
大ダメージを与えたはずだ。
しかし!
悶える一つの首に、他の首が治癒魔法をかける。
あっという間に穴がふさがってゆく。
「くそう!」
思わず毒づいたが、そもそも私一人で何とかなると思ってここにいるわけではないのだ。いづながこの敵を倒せる毒を完成させるか、あるいは秋穂が魔界へつながるゲートを開くプログラムを完成させて、もう一度魔界へ送り返すか。
それまで、竜を引きつけて市民に犠牲者が出ないように時間を稼ぐことが目的だ。
アジ・ダハーカは私を見つけた。
どうやら怒っているようだ。
人間だって、血を吸った蚊を見ると「この野郎」と思って叩こうとする。
しかし、私には亜光速の動きがある。
アジ・ダハーカは私を叩き落そうとしたが、私は瞬時に躱し難を逃れる。
それを数回繰り返したのち、私は自らの過ちを認めざるを得なくなる。
人間は蚊を見つけて殺そうとしても、一度見失ったらそこまで執拗に追いかけたりはしないのだ。
傷つけた私の居所がわからないとなるとさっさと探すのを諦め、標的を眼下の街に移してしまったのである。
「なんだと? おい、こっちだ。私と戦え!」
しかし、すでにアジ・ダハーカは逃げまどう人々に対する虐殺を心に決めてしまっていたかのようであった。
三つの頭が同時に息を吸い込むと、閉じた口の脇から炎がこぼれるのが目に見えた。
――灼熱の炎!!
それはドラゴンの放つ炎の中でも最も強力な炎だ。
岩さえも熔けてしまうほどの灼熱である。
今からこいつの首を刎ねれば攻撃は止まるだろうか?
いや、攻撃は通るとはいってもこれだけ巨大だと刎ねるなんて不可能だ。それができるならすでに私は勝っている。
ならばこれしかない!
――凍獄魔法!!
冷却系の最上位の魔法らしい。
これを炎に対する盾にするしか街を守る方法はない。
アジ・ダハーカは逃げ惑う人々に向けて容赦なく炎を放った。
私は亜光速で街と炎の間に割って入り凍獄魔法を放つ。
炎は冷却されて威力を弱めるが、その量たるや尋常ではない。
怒涛の灼熱が襲い掛かってくる。
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!凍獄魔法! 凍獄魔法! 凍獄魔法!
………………………………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
炎を吐くのが終わるまで、魔法を連発してなんとか防ぐことができた。
と思ったのは、自己満足にすぎない。
かなりの炎は抑えることができたものの、防ぎきれなかった炎が街を焼いていた。
私を中心として半径三〇〇メートルほどの円形になって炎の輪ができていた。
人々の悲鳴が聞こえる。
――な、なんということだ。
私は大きな失望感に支配された。
傷を負った人がいても治癒魔法で治せば何とかなるかもしれない。
だけど、どうやって? 負傷者が何人いるのだろうか?
一人ひとり治癒していく暇などあるのだろうか?
そもそも、今の凍獄魔法の連発でMPはすでに飛翔魔法を何とか続けられる程度にしか残っていない。
「≪エナジードレイン≫!!」
私は亜光速の動きで巨大な敵に取りつき、エネルギーを吸い取ってMPを回復させ、なおかつ余剰のエネルギーを体内にため込むことに成功した。
これで、負傷者を助けるんだ!
だけど、いくら亜光速で動けたといっても、ちまちまと一人ずつ治癒していたのではすべての人を助けられるのかもわからない。
そして、何よりその間にアジ・ダハーカは次の攻撃をしてくるのは明白だった。
焼け落ちた家屋に閉じ込められた人を救い出し、治癒魔法で回復させる。
「あ、ありがとうございます……」
助けた人はお礼を言ってくれた。
だが、私の内心に希望などなかった。
治癒魔法は治癒ができるだけであって、もし死んでしまった人がいれば助けることなんてできない。蘇生魔法なんてこのレベルになっても私はおろかいづなも秋穂も覚えていない。
ゲームじゃないからそんな魔法はないのかもしれない。
見上げると、アジ・ダハーカはすでに息を吸い込んで、次の攻撃を仕掛けようとしていた。
――圧倒的な攻撃力!
その前に私はすでに戦う術を見いだせなくなってしまっていた。
「ふん、勇者とはずいぶんと無様なものだな」
誰だ?
その声には聞き覚えがあった。
そのとき、私の前に立つ人影があった。
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