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第3章

㉘ みんな大きくなぁれ

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 だけど、三将軍は思いのほかすぐに冷静になった。

「ふん、やはり出し惜しみはすべきでなかったということだったのだ」

「勇者をなめてかかっちゃ、いけねぇよな」

「だが、よいのか? これ以上の力出せば失うものも大きいぞ」

「ふ、それをせぬのであれば、余はなぜわざわざこの地まで来たというのだ」

 あれ? 私が強くなって困ったりしないの?



「≪ンゲルム・ガドゥガン≫!」

 何やら呪文みたいなのを唱えたかと思うと、虎王の身体がみるみる大きくなって、その大きさは巨大な竜王城をしのぐほどになった。

 あの大きさは……以前戦った、アジ・ダハーカと同じか、それよりも大きいかもしれない。

「破壊王、マガン・ガドゥガン!」

 その巨体から発せられる声だけで、空気が激しく震える。



「ひょう! 十分以上その姿でいると、お前の命はないぜ! 覚悟を決めやがった! いいぜ、今が勝負だ!」

 今度は鳳王が地面に手を当て、念を込め始めた。

 すると、ボコボコボコと地面がせり上がり周囲の岩石を取り込みながら、虎王と同じほどの大きさの腕の生えた鳥型を形成した。

「ひゅー! ガーゴイル・ゴーレムだ、ぜぇ!」

 ゴーレムが一歩歩けば、地震が起こり、先ほどの隕石のかけらがその揺れで倒れてゆく。

 ゴーレムの肩に乗った鳳王は、隣に巨大な瓶のようなものを置いて、チューブで中に入った液体を吸っているようだった。

 おそらく、MP回復薬だ。

 これだけでかいゴーレムを動かすとなると、そのMP消費量は尋常ではないはずだ。

「うひょひょ、うひょ。ぶっこ……ぶっころりにょ、ぬんならねー」

 あれ? なんだかラリってないだろうか?



「くくくく……我々将軍はいざという時の最終形態として、何らかの形で巨大化する方法を身につけているのだ。大きくなったところで、素早さがダウンするわけでもなく、攻撃力は千倍から一万倍になるのだ」

 説明したのはファリドゥーンだった。

「≪封印の儀≫は破られてしまったが、貴様を封印する方法がなくなったわけじゃない。八つ裂きにして、地中深くに肉体を別々に埋めてやるぜ。それならば、復活までに何千、何万年とかかってしまうだろう。勇者の寿命は人間と同じ。復活より先に寿命が着ておしまいだ!」

 まさか、ファリドゥーンも巨大化するつもりか?

 そうだ、竜王となった者はアジ・ダハーカになることができるのだ。

 だが、あれになれば、魔王によって解除されない限り元に戻ることはできない。

「早く逃げたほうがよいのではないか? しかし、逃げ場なんてもうないがな……」

 そこまでして私を封印しようというのか。

 勇者とはそんなにも不都合な存在なのか?

 そして、魔王とは彼らにとってそれほどまでに重要な存在だというのか?



「おやめなさい、ファリドゥーン!」

 そこへ現れたのはファラナークだった。

 隕石の落下に巻き込まれたせいで、腕を抑え、足を引きずりながら歩み寄ってきた。

 タイミングを見計らっては、魂を通じてエネルギーを送っていたのだが、完全回復させることは私には難しかった。

「母上! 気がつかれたのですね!」

 自分が傷つけたくせに、母の回復を心から喜んでいた。



「それをすれば、もう元に戻ることはできなくなるわ!」

「母上、何をおっしゃる! 他の将軍が命をかけて戦おうとしているのです。身共に愚かな臆病者になれと申されますか!」

「違うわ! だけど、竜王はあなたしかいないのよ! 竜の民をどうするの?」

「それは虎王も鳳王も同じこと。彼らも獣の民、鳥の民を残して、勇者を討たんとしているのです」



「彼らは、勇者をすぐに倒せば元に戻れるわ。だけど、あなたはそうじゃない! あなたが元に戻れるのは、勇者に倒されたときだけなのよ!」

「民など……導く者がおらず野たれ死ぬなら、それでよいでがありませぬか」

「あなたをここまで支えてくれたのは竜の民よ! 王は民を思いやり、民は王を思いやる。そういう王になりなさいと言ったではありませんか」

ファラナークは何より息子に王として自覚と責任を持ってほしいと願っていた。

「王の道とは、愛に生きることです!」



 その言葉をファリドゥーンは一笑に付した。

「すでにご存じでしょう。身共は母上のおっしゃるような王になどなれませぬ」

「王の道は民があってこそです。民を顧みぬ王はいずれ滅びます」

「そんな馬鹿げたこと……やっておられませぬ」

「だったら、竜王をやめるつもりなの?」

「身共がおらずして、誰がこの竜の民をまとめるというのですか?」

 あれ? 何だか言ってることがおかしいぞ。

 おそらく、ファリドゥーンは王としての務めには興味ないけど、王としての地位は手放したくないのではないだろうか。

 随分とわがままというか、歴史でもよく出てくるダメな王の典型じゃない?



 息子の言い分におかしなところが散見されるのに、ファラナークは言葉尻を捕らえて論破するようなことはしなかった。

 なぜならば、彼女の立場は言い勝つことではなく、息子を導くことにあるからだ。

 私も娘が難しい年頃の時、言葉選びには随分と悩んだものだった。

「妾は、アジ・ダハーカになって、後悔しかなかった……知性は奪われ、身体の自由は奪われ、大切な臣下たちを奪われ……なにより、あなたとの時間を奪われた」

「それはすべて、勇者を倒すためではございませぬか! 母上がそうされたように、身共も勇者を倒すために戦うのです」

 多分彼は、ちょうどいい理由ができたからやってみたくて仕方ない、その衝動を抑えきれないのだろう。いい大人がただのわがままを言っているようにしか見えない。

 ドラゴンの人間の姿は、人間と比べると大人びてみるだけで、精神的にはまだ幼いのかもしれない。

「だけど、アジ・ダハーカになってしまえば……!」



 ファリドゥーンはそこで、さっきまでの駄々をこねる子供の態度から急に落ち着きを取り戻し、フッと笑った。

「母上。身共はアジ・ダハーカなどにはなりませぬ……」

「え?」

「竜の試練のダンジョン、第十四階層……そこをクリアした者には、アジ・ダハーカを越える巨竜に変身できる能力を与えられるのです!」

 十四階層?

 ダンジョンに新たにできた十四階層、十五階層。

 ファラナークは十五階層で勇者を封印する技を会得したことは聞いたが、第十四階層で何が得られるかなど聞いていなかった。興味関心を持って聞ける状況でもなかったからだ。



 ファリドゥーンが輝きを発したかと思うと、どこからやってきたのか無数のドラゴンが次々に現れ、空を真っ黒に埋め尽くした。

「母上、ご覧ください! これこそが、新たなる支配の力なのです」

 ドラゴンたちは渦を巻くようにファリドゥーンを取り囲むと、黒い竜巻のようにぐわっとせり上がり、それがそのまま実体となってドラゴンの姿を現した。



「兆竜合体! リヴァイアサン!!」



 黒く強大な蛇のような姿のドラゴン。

 その体長は、数キロメートルはあるのではないだろうか。尾部が地面にありながらずぅんと天まで胴部を持ち上げ、そこからとぐろを巻くように身体をうねらせて覗き込むように頭部が地面近くにある。最高部は竜王城よりずっと高い、虎王や鳳王のゴーレムなんかよりも圧倒的に高い位置にある。

 頭の後ろにはまがまがしい角と無数の棘があって、威圧感がすごい。

 凶悪さはアジ・ダハーカと変わらないが、ずんぐりとしたそれに対し、このリヴァイアサンは細く長くて対照的なイメージだ。

「ふはははは! これなら勇者などひとひねりだ!」

 なんとしゃべった。

 アジ・ダハーカはしゃべらなかった。ただ、大きくて攻撃力の強いドラコンだった。

 ファラナークはその有様を見て驚いていた。



「ファリドゥーン……」

 その表情は何ともいえず複雑だった。

 勇み足の息子にもう会えなくなるのではないかという悲壮感、話を全く聞いてくれなかったことへの失望感、そして歯止めの利かなくなった狂気への恐怖感……それらが入り混じっているようだった。

 何より恐ろしいのは、彼は盲目的に突き進んでしまう傾向があることだ。

 ついさっきでさえ、敬愛する母親がいるというのに私を倒すために巨大な隕石を落として巻き込んでしまった。

 これだけの力を得てしまったことで、どれだけの破壊を尽くすのか予想すらできない。



「ううぅ……」

 まだ傷の癒えないファラナークは力なく泣き崩れていた。

「ファラナークさん!」

 思わず私は駆け寄っていた。

 そして治癒魔法とエナジードレインで完全回復させる。

 魂を通じての回復は難しかったが、こうやって直接であれば容易なことだった。

「ファラナーク様……」

 いづなも彼女を気遣っていた。

「心配しないでくれ。彼だってただのバカじゃない。何の算段もなくリヴァイアサンになったわけじゃないだろう。あの竜ならば自分の意志で戻れるのかもしれないし」

 もちろん根拠などない。



 その時だった!

「おのれ、勇者アスラン! 母上に近寄るな!」

 リヴァイアサンの口が開かれたかと思うと、カッと光った。

 とっさに私はいづなとファラナークを抱えて、亜光速の動きで躱す。

 避けた後に自分がさっきまでいたところを見ると、放たれた光か何かで地面がごっそりと抉られ、それが見える限りまっすぐ続いているというとんでもない光景が広がっていた。

 今回もそうだが、私がファラナークを連れて逃げなかったら、おそらく彼は母親を殺してしまっている。

 幼い子供にとって親とは無敵の超人にさえ見えてしまう。それゆえに幼いながらに暴力の限りを尽くしてしまう子もいるというが、まさにそれではなかろうか。

 自分が何をしても、母親だけは必ず無事なのだと思っているからこんなことができてしまうのかもしれない。

 だけど、それは間違っている。



 そしてそれと同時に、私はあることに気づいていた。



「ひょう、炸裂弾だぜろれろれろ~?」

 鳳王が右腕を突き出すと同時に腕が爆発した。

 こいつ、さっきまでフェミニストだから女は攻撃できないとか言ってたくせに!

 本当にラリってしまっているらしい。

 しかし私はすべての散弾を躱すことに成功した。

 だけどその一部は竜王城を直撃し、天守閣かどうかわからないが、重要そうな城の一部が被弾して崩れていった。

 うわぁ、中にいる人たちは大丈夫だろうか?

「むう、逃がさんぞ。勇者アスラン!」

 逃げた先に虎王が亜光速で無数の拳を放ってくる。



 今までの私であれば、この時慌てていたに違いない。



 だが、第六の勇者のかけらの能力は、まさに私に欠けていて困っていた、≪認識≫の力であった。



 これまで私自身は亜光速の動きができるようになったというのに、敵がちょっと速いスピードやタイミングで動けば対応ができず、その素早さを生かすことができないでいた。

 だけど、今はどうか。

 敵の攻撃が見える。

 見えるから躱すことができる。

 意識を集中することでそれが亜光速であってもせいぜい蚊が飛ぶ程度の速さで見ることができる。もちろん、一瞬でも気を抜けば見失ってしまうのであろうが、いづなとファラナークを守るために最大集中している私に、彼らのいかなる攻撃もスローモーションでしかなかった。



 そして驚いたことはもうひとつあった。

「仙崎様! 右から来ます!」

「アスラン、下からの攻撃にを気をつけて」

 抱えて逃げている女性二人――見方によってはお荷物かもしれないというのに――彼女らも同じように光速の≪認識≫ができるようになっていた。

 接触している仲間の認識力も上げてしまっているのかもしれない。

 おかげでほぼ全方位の視界を獲得できたようなもので、私はあらゆる攻撃をすべて確実に躱すことができたのだった。



「なんだと!?」

「落ちつけ! 勇者のかけらを取り戻したのだ。おそらく敵からの攻撃を躱すための何らかのスキルを手に入れたのだ」

 慌てる仲間を諫めたのは、リヴァイアサンになったファリドゥーンだった。

 彼らが混乱している間に遠くへと逃げることができればと思っていたのだが。

 やはり、落ち着いているときの分析力は目を見張るものがある。

 それだけに頭にきたときの短慮ぶりは目も当てられないものがある。

「奴はすでにここでの目的を果たしているといっていい。そして、母上をさらった上で人質とし、さらには魔王様が眠る城へと案内させるつもりだ」

「おのれ、卑怯なり。勇者アスラン!」

「ラリホー!」

 なるほど、それは手段としてはありかもね。

 私だってさっさと魔王とやらを倒して、普通の生活がに戻りたいのだから。



「余と鳳王にはもはや時間がないのだ。ここは一気にかたをつけさせてもらう!」

 虎王はずしんと踏ん張ると、何やら力をため込むような姿勢を取った。

 その巨体が一歩踏み出すだけの振動で竜王城が激しく揺れ、脆くなった部分が崩れてゆく。

 取り残されているみーはんは無事だろうか?

 そして、なんとなく予想がつく。

 虎王は気をためてこの辺一帯を吹き飛ばそうとしているのだ。

 私が仮に亜光速で逃げたとしても逃げきれない速度とエネルギーで消滅させるつもりだ。



「ファラナークさん、私が今から空間を斬って竜王城内につなげる。そこでみーはんを見つけて、なおかつ竜王城内のドラゴンたちを全員避難させてくれ」

「……いいえ、お願いアスラン。もう一度だけファリドゥーンを説得させて!」

 ファラナークならばドラゴンたちも言うことをすぐに聞くだろうからと思ったのだが、彼女の言うことにも一理ある。

「……だけど、もう時間が……わかった。いづな、今言ったことを君にお願いしたい!」

「は!」

 いづなは即座に承諾してくれた。

 私は≪次元斬≫によって空間を斬り開く。

 本当はみーはんのすぐそばまで行けるように斬りたかったのだが、急いでいたせいか、みーはんとはそれほど心が通じてないからなのか、その先にみーはんの姿を確認することはできなかった。

 だけど、ファラナークが補足してくれた。

「おデブちゃんは、あの扉の向こうにいるはずよ!」

「わかりました!」

 いづなは躊躇することなく空間の切れ目に飛び込んだ。



 片腕が空いたことで私は、即座に巨大な虎王の背中に取りついた。

「うおおおおお! ≪エナジードレイン≫!!」

 虎王がため込んだエネルギーをそのまま吸い取ってやる!

 勇者の鎧があればもっとよかったのだが、レベルも上がり、勇者のかけらのほとんどを取り戻した私なら、少なくとも竜王城が消滅しないで済むくらいまで吸い取ることができるはずだ。

「かかったな」

 虎王がぼそっと何か言葉を発した。

「ひょっほっほー! ≪エナジードレイン≫を使えば、お前の動きは止まっちまうろれろれろれ~!」

 しまった!

 意識が向いていないと、敵の通常の動きでさえ≪認識≫できない。

 鳳王のゴーレムが私たちをつかみにかかってきていた。

 私はとっさに、抱えていたファラナークを突き放した。

 そのおかげで完全に逃げることは不可能になった。

 ゴーレムの巨大な手に握りつぶされる。

 だけど、ファラナークは巻き込まないですんだ。

 そして、今の私にこんな岩石でできたゴーレムの腕などどうということもないのだ。

「でやぁ!」

 私を握ったゴーレムの腕を内側から破壊してやった。

 どうだ!



 そう思った次の瞬間!

 私の目の前には、リヴァイアサンの開かれた口があり、今まさに強烈な光が放たれんとしていた。

 これを喰らってしまえば…………やばい!

 やはり、強力な力をもつ三人を同時に相手にするのは困難が大きい。

 躱せるか?



「ファリドゥーン! 話を聞きなさい!」

 その時、ファラナークの悲痛な叫びがこだました。
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