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第4章

⑧ 探検! 竜の街

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 翌朝――。

 ドラゴンのメイドが起こしに来た時には、もう日はずいぶん高くなっていた。

 ベッドにみーはんはいなかった。

 身体が動く。

 股間のものは使いすぎてひりひりするので患部に治癒魔法をかけた。

 なんだかものすごく虚しい。

 だけど、心のどこかでまたみーはんとエッチしたいなーって思っているところがある。

 私は最低だ。

 しかし、自らを蔑んだところで何もなかったことになるわけでもない。

 今一番大事なことは、いづなを傷つけないことだ。

 きちんと謝るのが正しいのか、何事もなかったようにするのが正しいのか、私にはわからなかった。



 朝食を摂りに食堂へ行くと、仲間たち全員が眠たそうな顔をしていた。

 まだ睡眠薬の影響があるらしい。

 京香ちゃんだけが、むしろ寝不足で眠そうな顔をしていた。

 なぜだろう。

 みーはんはすでに公務に入っているとのことで同席はしなかった。

 ああ、確かに歌と声援が聞こえてくる。

 コンサートが公務とは、相変わらずアイドルの仕事も忙しいようだ。



「アスランも今朝はぼーっとしてるのね。お布団が良すぎると寝覚めが悪いのかしら」

「いいえ、いいお布団でしたら朝はすっきりと目覚めることでしょう。おそらく急激な生活の変化によって体調を崩してしまっているのでは」

「あ……俺、そうかもしれないっす」

 京香ちゃんは何も言わなかった。

「悠希様も京香様も初めての魔界ですから」

 誰も昨夜のことに気づいている様子もない。



 食事の前に打ち明けるべきではなかろうか……

「さあ、お食事を済ませて、またレベルアップに励みましょう」

 結局……昨夜のことは誰にも話せなかった。

 話す勇気がなかった。

 勇者なのに……なんと情けないことか。



「冒険者ギルドに登録しましょうよ。魔物やっつけるとお金もらえるし、どんなランク付けされるか楽しみです」

 素直でさわやかな若き勇者、悠希くんは異世界もののラノベとかが好きらしく考え方が近いのだろうか、現代社会と異世界が入り混じったような竜の国の生活にあっという間に適応していった。

 彼に促されるままに冒険者ギルドに登録した。

 とてもかわいい受付の女の子がもってきた水晶玉に触れると、なぜか冒険者としてのランクがわかった。

 悠希くんと京香ちゃんはいずれもDランク冒険者に序された。

 最低ランクがFランクなので魔界にやってきて二日目なのにこれはすごいことらしい。

 私はレベル98なのでAランク、いづなはBランク、ファラナークはレベル300超えなのでSSランクだった。



 竜の国付近はかなり強力な魔物もおり、賞金稼ぎにも経験値稼ぎにもうってつけだった。

「ぐわ!」

「悠希くん! あの手の魔物はまず魔法で威嚇して適当な距離をとらないと危ないぞ!」

「わかりました!」

「治癒魔法を!」

「ありがとう」

 才能はあるが未熟な部分もある。

 だがすごい勢いで成長している。

 彼らを見ていると、昨夜の過ちを忘れることができて気が楽になる。



 その日は宿屋に泊まることにした。

「うわー、ここが安い宿屋か。雰囲気あるなぁ」

 賞金が入って必ずしも安い宿にしないといけなかったわけじゃないが、せっかく魔界にきたのでこういうところに泊まってみたかったらしい。

 我々は別の宿をとってもよかったのだが、宿に泊まることそのものは彼らは初めてだ。心配だったので一緒の宿にすることにした。いや、私たちも魔界で宿をとるのは初めてなんだけどね。ちょっと過保護かな。



 五人は全員個室に分かれた。

 いづなと私は夫婦なのだから、エッチはしないにしても一緒の部屋を取るべきだったかもしれない。だけど、若い二人を前に浮ついた空気感をつくりたくなかった。おちゃらけた雰囲気で戦って命に関わるような大怪我しようものなら目も当てられない。



 夕食を終え、各自の部屋に戻る。

 独りになると、不意にみーはんとのことを思い出す。

 だが、ここは竜王城じゃない。

 みーはんは来ない。

 今日は何事もなく眠れる。

 何も言えなかったんだから、もうあのことは皆には黙ったままにしておこう。

 そのほうが波風が起こらなくていい。

 一夜だけの過ち。

 みーはんだって、満足できたんだからそれでいいじゃないか。

 そう思って眠った。



 そして、深夜になると一度目が覚める。

 これはいつものことだ。

 年をとったせいで眠りが浅いのだ。

 しかし私は驚いた。

 左手薬指の結婚指輪が光り輝いているのだ。

「な、なんだ?」

 その瞬間、ふっと視界が消え、別の空間に転送された。

「ここは?」

 お姫様でも現れそうな壮麗で絢爛な部屋。

「いらっしゃい、シャルロット」

 その声は……

 窓際に、月明かりに照らされる美しきみーはんがいた。



 その後は予想通りのことが起こった。

 またしても身体の自由が利かなくなり、肉体をシャルロットに支配され、愛を紡ぎ始めた。

 昨日は、たまりにたまったものがあったからだろう、余裕のない交尾ばかりが延々と繰り返されていたが、今日は余裕があるのか、くわえてみたり、挟んでみたり、舐めてみたり、お遊びのようなエッチが続いた。

 そして、いよいよ互いに高まったころに二人は結合した。

 私はそれを、自分のことなのに他人事のようにただただ受け入れるしかなかった。

 どうしようもない悲しみの中、不思議な怒りだけがふつふつと湧いてくるのがわかった。



 数時間に及んで交わった後、二人はピロートークを交わしていた。

「みーはん。俺をこの部屋に連れ込んだのはどういった魔法だい?」

「うふふふ……昨日、あなたの指輪に仕込んでおいたの」

 そう言ってみーはんは左手薬指を見せた。

 私の指にはめられているものと同じものだった。

「これは?」

「要するに三つめってことよ。おねえちゃんと全く同じもの。だけど、魔法で呼び出せるのはシャルロットと私の指輪だけよ」

「じゃあ、これからはその気になればいつでも会えるってことだな」

「そうよ。だけど、おねえちゃんが……いづなちゃんが可哀想だから、ちゃんとタイミングを見計らってからじゃないとね」

「なんだ、俺の本体はずいぶんとこのことで悩んじまってるのに、みーはんはきちんと思いやりがあるんだな」

「あの子はいい子よ」

「こんなことを続けていれば、いずれはあの子を傷つけることになっちまうぜ」

「だけど、私だって幸せになりたい」

「まあ、人間生きてて二十四時間びっしり幸せな時間を過ごすなんてできない。こうやって、わずかな時間だが濃厚な時間を過ごすことができたほうが幸せを感じられるかもしれないな」

「シャルロット、愛しているわ……」

「わずかな時間かもしれないが、その間は俺がたっぷり幸せにしてやるぜ」

 ぶっちゅー。



 その後、みーはんは魔法で元の宿屋の部屋に戻してくれた。

 夜はまだ明けていない。

 みんなまだ眠っている。

 こんなことが毎日続くのだろうか?

 だとすれば、いずれは誰かが気づいてしまうだろう。

 どうすればいいんだ。

 あんな美しい女性を抱けることは正直嬉しい。

 だけど、やっぱりいづなを裏切るのは嫌だ。

 このもやもやとした腹立たしい気持ちのぶつけどころがなく、私は忸怩たる思いに沈むことになった。



 翌日。

「悠希くん、突っ込みすぎだ!」

「大丈夫っすよ!!」

「京香さん、場合によっては大ダメージを食うかもしれない。防御魔法をかけてあげてくれ!」

「…………」

 無視された。

 どうも京香ちゃんには嫌われてるような気がするなぁ。嫌われることには慣れているけど、結果として連携が乱れるのは敵の思わぬ反撃を受けるきっかけとなる。

 若い二人は成長が速いのはいいが、自分勝手になっていっているのではないだろうか?



「ぐわ!」

 悠希くんが魔物から大きなダメージを受けてしまった。

「いづな、悠希くんの手当てを!」

「は!」

 京香ちゃんは言うことを聞いてくれそうもないので、いづなに任せてしまった。

「きゃあああ!」

 その瞬間に京香ちゃんがやられてしまった。

 連携どころか、集中を欠いてるじゃないか。

 私たちは命を懸けた戦いをしてるんだぞ。

 大事なことを忘れてしまっているんじゃないのか?



 私は若い二人を守るためにも自ら手を下して魔物たちを倒した。

 その後、怪我を負った京香ちゃんに治癒魔法をかけてやった。

「きみたちの成長に心のほうが追い付いていないのは理解しているつもりだ。だが、それでも言わなければならない。きみたちは戦いをなめている!」

 私はつい説教をしてしまった。



 死んでしまったら元も子もない。私は分裂してしまったから、かけらがひとつでも生きていれば死なないけど、彼らは何かあれば死んでしまうんだ。

 魔界というこれまでとは違う環境で、しかもどんどん成長しているとなると、現実感を失ってしまうのはわからないでもない。

だけど、わからなければ死ぬ。



「すみませんでした。自分の力を過信していました」

 悠希くんは謝った。

 口だけでないなら少しは変わるはずだ。

 京香ちゃんは何も言わなかった。

 まあ、どこかのおっさんがいきなり戦い方を教えてあげるよ、なんて図々しいことを言ってきて、挙句うまくいかなかったら説教ときたもんだ。気に入らないのだろう。

 勇者を育てるというのが限界突破の手段として最も現実的だと思ったのだが、私には不向きだったのかもしれない。

 若い彼らに余計なストレスを与えるばかりで、実際のところ有益な指導をできていないのではないだろうか。

 それならば、私は彼らについて回るのを早いうちにやめなければならない。



 その次の日。

 夜が明ける直前まで、またみーはんに呼び出されてずっこんばっこんやっていて、私はかなりの寝不足だった。

 いろいろな意味でうまくいっていない。

 この怒りの正体はいったい何なのだろうか。

 そんなときだった。



「じゃーん!!」

 悠希くんは少々叱ったところで、きちんと受け止めつつも落ち込むことなく前向きに進むことのできる本当に素晴らしい青年だ。

 そんな彼が私たちににこにこと見せてくれたのは、一本の剣だった。

「見てくださいよ。銀河の剣ですよ。めっちゃかっこいいでしょう?」

 すごくかっこいい剣だった。

 そして、これは確か竜の国で売っている最強の剣で、とんでもなく高かったはずだ。

「もらった賞金全部突っ込んじゃいましたよ」

 冒険者ギルドに登録すると、倒した魔物に応じた賞金がもらえる。

 悠希くんは無理して高レベルの魔物を倒したがっていたけど、目的はこれだったのか。



「道具で使うと、爆裂魔法と同じ効果があるし、この剣があれば少々の強敵がきても絶対やっつけられます」

「あ……」

「あ、大丈夫ですよ。なめたような戦い方はもうしません」

 いや、そうじゃなくって……

 私は京香ちゃんのほうを見た。

 やはり、悲しそうな顔をしていた。



 冒険者と違って、私たち勇者は最初に「勇者の剣」を従者から受け取る。

 つまり、別の武器を使うということは、従者から受け取った武器が使いものにならないと言っているに等しい。

 悠希くんはそう思ったわけじゃなく、単に強くてかっこいい剣が欲しかっただけだろう。

 さすがに売ったり捨てたりすることもないはずだ。



 だけど、京香ちゃんはそうは受け取らないだろう。

 若い頃は自分の行動が何を意味しているか気づいてないまま行動しがちだ。いや、年をとっても気づけない人もかなりいるけど。そしてそういう人は職場を混乱させがちだけど。

 悠希くんは素直でいい子だが、そういった配慮に欠けるところがある。

 とはいえ、せっかくお金を貯めて買った剣を売れとか捨てろとか言うのはあまりに酷だ。

 今後のコンビに支障をきたすことがないよう、後でこっそり教えておいてあげよう。



「そうだな。今日は、午前中はレベルアップに励んで、午後からは街の様子でも見て回るか」

 せっかく電車とか走ってるんだし、こんなに栄えているんだ。

 戦ってばかりじゃ、心のほうが痩せてしまいそうだ。

 午前中、悠希くんは新調した銀河の剣で魔物を倒して楽しそうだった。その後、京香ちゃんの気持ちも考えるようにこっそり教えたところ、彼は謝ったらしく、彼女の気持ちも落ち着いたように見えた。



 午後は街のほうを探検した。

 電車なんて毎日のように乗っていたのに、旅行先になるとなんかウキウキするよね。

 街はドラゴンと世界各国の人間の文化が様々に入り交ざり、魔法による細工がされるなど、異国情緒どころではないまさに新しい文化とのふれあいであり、まったく飽きることがなかった。

 こういうものをひとまとめにしてしまうのは、国民の性質もそうだけど、様々な文化を許容できる指導者の存在が欠かせないだろう。こうして考えると、百年でこんな街をつくってしまったみーはんはやっぱりすごいと思う。



 と、みーはんのことを思い出すと、夜のことが心配される。

 また今夜も呼び出されるのだろうか。

 指輪を外せば呼ばれなくなるかもしれない。

 いづなの見てない宿の部屋で外せばいいだろうか。

 だけど、みーはんの寂しい気持ちを考えると無視することも申し訳ないと思ってしまう。



「あれ、おいしそうね」

 マルシェではスイーツとかもたくさん売っていて、ファラナークが特に関心をもっていた。

「じゃあ、食べようか」

 私はみんなにおごってあげた。

「あれ、悠希くんは?」

「彼はあっちのお店のものを見ているようです」

 そのお店はおもちゃ屋だった。

 あの年頃はお菓子よりもかっこいいものとかの形のあるものに興味があるんだよな。

 仕方ないので、四人分だけ買うことにした。

「すごくおいしいわ」

「まったりとしていて、それでいてしつこくない。この食感はなかなか素晴らしいですね」

「はい、京香さん」

「あ……すみません」

 スイーツを受け取ってくれたものの、目をそらされてしまった。

 団体行動を乱さないように教育されているけど、本心は一緒にいたくないといったところかな?

 ずいぶんと嫌われてしまった。



 その後は武器屋とか防具屋とか装飾品屋を回ってみた。

 おや、これは巫女の防御力を格段に上げる首飾りだ。巫女の属性をもつ者にしか効果はないらしい。

 いつもの感謝を込めていづなに買ってあげよう。

「だ、ダーリン……♡ 一生の宝物にいたします」

 うわー、すごく喜んでくれたぞ。

 それだけにここ数日の毎夜のできごとが心を抉る。

 日頃の感謝を示したつもりなのに、なんだか贖罪のプレゼントのような気がしてきた。

「アスラン、私にも何か買ってよ」

 ファラナークもおねだりしてきた。

 なんだかんだとファラナークにもお世話になっている。

 でも、妻よりは絶対に安いものにしないと示しがつかない。

 というわけで魔法力が上がる腕輪を買ってあげた。

「うれしいわ。お返しは神素でもいいかしら」

 ファラナークはおっぱいから神素が出ている。

 つまり、おっぱいを吸わせてくれるということだ。

「いやいやいや、それは別の形でいいから」



 おや、京香ちゃんが何かに興味を示しているようだぞ。

 それはやはり巫女属性の者だけに効果があるお守りだった。

 なかなかの値段なのでおそらく手が出ないのだろう。

 今後のことを考えると、こういうときに悠希くんが買ってあげるのがいいんだろうけど、銀河の剣を買ったせいでそのお金はないだろうなぁ。

 今後の戦いの不安をなくしたいのだろう。

 私が買ってあげることにした。

「いえ、そんな申し訳ないです」

 思った以上に冷たく拒否されてしまった。

「そうか、だけどこれ巫女がもたないと意味ないんだよな」

 無理やりあげてもますます嫌われるだけだし、かといってもらってくれなかったからいづなにあげるというのも失礼だ。

「じゃあ、どうしようかな……」

「べ、別に……いらん言うとるわけじゃなかとです……」

 京香ちゃんが手を差し出してくれた。

「そうか、おじさんは余計なことを気にしすぎていけないね。これで安心して戦えるようになると思うよ」

 渡したのはいいが、あんまりうれしくはなさそうだった。



 その夜。

 私はまたみーはんに呼び出されていた。
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