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第5章

⑦ 催眠下の秋穂

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「まさか……秋穂さんに何か変なことでも……!」

 私は秋穂の様子に動揺を隠せなかった。。

「さあ、秋穂くん。仙崎くんの頬をひっぱたいてやりたまえ」

「はい」

 秋穂はつかつかと歩み寄ると、何のためらいもなく私の頬をたたいた。

 その目は何かに操られているような……

「秋穂さん……」

「もう少しひっぱたいてやってもいいぞ」

「はい……」

 びし! ばし! べち!

 めっちゃビンタ喰らうんですけど。

 肉体的攻撃としては大したことはないが、精神的にはかなり堪えた。



「まさか、秋穂さんに催眠術でも施したんですか!?」

 もう少しだ!!

 北亀はそう直感した。

「さあ、秋穂くん。こちらに戻ってきたまえ」

 その指示通り、秋穂は北亀の横に戻った。

「ききききき」

 真純も仙崎の様子に勝利を確信していた。

「まさかも何も……彼女は私の催眠術中にある。そして、こういう関係でもある」

 北亀は秋穂の肩に手を回す。

 そして、そのまま胸をつかんだ。

 それだけでどういう関係かわかるだろう。

 さらに動揺したところで、精神波動で精神ダメージを与えてやる。

 糸口をつかめれば精神攻撃はいくらでも叩き込むことができるのだ!

 ここでぐわっと胸を揉み、唇を吸ってみせてやる!



 ばしっ!

 胸をつかんだと思った北亀の手は叩いてはねのけられた。

「あれ?」

「北亀部長、それはセクハラです」

 秋穂は敢然と言い放った。

「え?」

「だって、声をかけたら腕を組んでくれと言われたからそうしたのであって、それ以上のことを許可した覚えはありませんよ」



「あれ? だってきみは催眠にかかってるんじゃ?」

「部長は私に催眠術をかけたんですか? ひどいです」

「いや、違うよ! 部下にそんなことするわけないじゃないか!」

 北亀部長はあたふたし始めた。

「あの、部長。大変申し上げにくいのですが、私に催眠術は効きませんよ。催眠耐性強をもっているので、これまでかけてこられた弱いものではちっとも効かないんですよ」

 秋穂はにこにこと話した。

「じゃあ、今までのは?」

「かかったふりをしてただけです」

 ちょっと会話についていけない部分があるけど、どうやら北亀部長は催眠術が得意のようだが、秋穂にはかけられなかったらしい。



「ちなみに、北亀部長がえっと……ピアスどケロケロ? でしたっけ? とにかく魔王の配下だってことも知ってましたよ」

「アスピドケローネだ! だけどなんで?」

「私、≪大鑑定≫のスキルがあるんですよ。会社に行ってから久しぶりにお会いしたときに、なんとなく部長のステータス見てみようと思たので」

 ステータスを見るのは魔界でしかできないが、≪大鑑定≫のスキルであれば人間界でも、そしてどんな強いブロックがかかっていてもステータスを覗き見ることができる。

 このスキルによって、秋穂は自分の家にきた悪徳業者をすべて見抜いて追い払うことができた。

 家庭を守る主婦の鑑だった!



「個人情報だぞ!!」

「だって、部長だって仙崎さんのことずっとストーカーしてたじゃないですか」

「なんで知ってるんだ!?」

「アジ・ダハーカと戦った後に出会った謎の男に命令して、虫型の追跡マシンを仙崎さんにつけさせてたでしょ。で、そのマシンがずっと録画して部長に映像を送ってたんですよね」

「そんなことまで知ってるの?」

 え、そんなのがついてきてたの?

 私は周囲をきょろきょろしてしまっていた。

「そのマシンは仙崎さんが爆発したときに巻き込まれていなくなりましたよ」

「え、仙崎が爆発した?」

 どうやらアスピドケローネはそのことを知らなかったらしい。



「北亀部長はマシンから送られてくる映像をチェックしてたと思うんですけど、全部の行動までは見れないし、魔界とこっちじゃ時間の流れ方が違いますからね。千倍の情報なんて見ることができないからAIに編集を任せて、重要なところだけを見ていたんです」

「なんでそんなことまで知ってるんだ!?」

「ちなみに、そのAIのプログラムは私が書き換えたので、部長は仙崎さんに起こったことについて、ある時から部分的にしか情報が入らなくなったはずですよ」

「は! そういえばいつの間にかサキュバスが仲間になっていたし、元アイドルの女も無茶苦茶強くなっていた!! 私の知らない情報がいくつもあった!」

「多分この映像は今後仙崎さんと戦うことを想定して情報収集されてるんだろうなと思って、私がいたずらしちゃいました」

 秋穂はにっこりと決めの笑顔を見せた。

「その通りだよ! なんてことをしてくれたんだ!」



「えー、だって私、仙崎さんの味方なんですもの」



 そして、部長のもとを離れてぴたっと私の横に寄り添った。

 あ、なんだかうれしい。

「がーん!!」

 私とは反対に、北亀部長は秋穂の行動に相当なショックを受けたようだった。

 白髪交じりだった頭髪が、みるみる白くなり、膝をついてしまった。

「ちなみに、あの謎の男も部長がつくったAIなんですね。大気中を漂う魔素を使って実体化できるようにするなんてすごい技術ですよね」

「……慰めてるつもりかい?」

「そのAIもいじっておきましたから」

「あああ……なんてことを……」

「だって、パソコンでゲームしてる人をいきなり魔界へ転送するようなことしてたんでしょ。そんなこと許せませんよ」

「許せない……そうなのか……」

「あ、でも彼、今すごいんですよ。ネット上の悪意あるウィルスを探知して発信源を攻撃するようにしたら、いくつかの国際サイバーテロ組織を壊滅させたんです。これはあそこまで高性能なAIを組み上げた部長のおかげですよ」

「だったらなんで、きみはそれを組み替えるだけのプログラム技術をもち合わせてしまっているんだ……?」

 どうやらこのことも部長は知らなかったらしい。

 情報をすべて持っていると思っていてそうではない場合、とんでもないドツボにはまることがあるが、北亀部長はまさにその状態だ。



 詳しくわからない部分がいくつもあるが、とにかく北亀部長がいくつも張っていた罠を秋穂さんはすべて見抜いてぶち壊してくれていたらしい。

 なんて素晴らしい女性なんだ!

 だけど、罠を暴かれた側はそれでおとなしくはならないだろう。

 必ず反逆してくるはずだ。



「くくくくく……」

 やはり、まだ何かあるようだ。

 警戒しなければ。

「くくくく、秋穂くんのことは残念だが……私の目的はただ一つ。勇者アスラン……いや、仙崎くんを打ちのめすことだ!」

 生気を失った肉体だが、こっちに向ける目つきには凄まじいまでの殺気がこもっている。

「仙崎くん、きみは知るまい……」

 ゆらりと立ち上がる。

「きみの娘……明純はきみの実の娘ではない……」

 いや、それは知っているけど。



「その父親は私だ!! 明純は、真純と私の間に生まれた娘なのだ!!」



「何だって!?」

 仙崎はかなり動揺している。

 ここぞとばかりにアスピドケローネは真純を引き寄せると、力強く唇を重ねた。

 ぶっちゅー。

「あ、アスピドケローネ様♡」

 真純はいきなりのことに頬を染めた。

 今がチャンスだ!

 この瞬間に強烈な精神破壊攻撃を喰らわせてやる!!



 どさっ。



 少し離れたところで、何か荷物が落ちる音がした。

「玄武さん、今の話、本当なの!?」

 振り返ると、そこには一人の女性がいた。

 わなわなと震えながら青ざめていた。

 どうやら買い物帰りに偶然ここを通ったらしく、買い物袋が寂しげに転がっていた。

「裕美子!?」

 あの人、北亀部長の奥さんだ。何度か見たことがある。

「浮気してたのね! ひどいわ!」

 女性は何度か走り去っていった。

「あ……ま、待って、裕美子! 誤解だ、誤解なんだ!!」

 慌てて北亀部長は追いかけていった。

「き……きー!!」

 真純も部長を後から追った。

 買い物袋の中のステーキ用の牛肉が、妙に哀愁を誘った。
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