私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

127. 要らない期待

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「出来ましたよ、ヴィオラ様。本当にとってもお綺麗です!」


 カリナが鏡越しに嬉しそうにヴィオラに声をかける。


「わあ……すごい。お化粧してこんなに着飾ったの初めてだから、なんか別人みたい……。皆、私だってちゃんと気づいてくれるかな?」


 鏡の中の自分に感動しながらも、未だ弱気なヴィオラの後ろに、腰に手を当てたジャンヌが立ちはだかる。


「何言ってるんですか! ヴィオラ様は普段のナチュラルメイクでも、すっぴんでもまごうことなき美少女ですよ! そして今日のヴィオラ様は天使か妖精のように可憐で可愛らしいです!」

「ええ、そうですよ! ヴィオラ様は自己肯定感が低すぎます! うちのお嬢様はとっても可愛いんですよ!」

「え、えっと……あ、ありがとう?」


 見慣れない自分の姿と、カリナとジャンヌの絶賛の声に照れてしまい、ヴィオラは頬を染めてモジモジしている。

 そのぎこちない仕草がまた相手を悶えさせていることにヴィオラは気づいていない。


「今日のエスコートはクリスフォード様なんですよね?」

「ええ。お揃いの衣装だから並んで歩くのが楽しみだわ」



 三人で雑談していると、扉を叩く音が聞こえた。入室許可と同時に現れたのは兄のクリスフォード。


「ヴィオラ、準備はできた?」

「はい、お兄様」


 先日と同じように前髪を横に流し、美麗な顔があらわになった兄はいつもより大人っぽく、中性的な印象が薄れて男らしさが垣間見える。

 男女問わず魅了する容姿と謳われたエイダンの血をしっかり引き継いでいて、今夜のデビュタントで令嬢たちの胸を射抜いてしまう様子が簡単に想像できた。

 (お兄様、王子様みたい)


「ヴィオ可愛い。ドレスと同じ刺繍のリボンをつけたんだね」

「ええ。カリナが三つ編みに編み込んでくれたの」
 

 今日のヴィオラの髪型は、両サイドの髪をリボンと共に編み込んで後頭部にシニヨンを作り、ハーフアップスタイルにまとめた。

 プラチナブロンドの髪が動くたびに波打つウェーブがキラキラと煌めき、可憐さを引き立てている。

 そして仕上げにシニヨン部分にクリスフォードのネクタイブローチと合わせたアメジストの髪飾りをつけ、双子コーデの完成である。


「さすがカリナ。君は本当に優秀だね。ヴィオラの良さをちゃんとわかってる」

「も、もったいないお言葉です!」


 笑顔でクリスフォードに褒められたカリナは、顔を真っ赤に染めて恐縮する。

 そんな二人の様子を眺めていると、ジャンヌと目が合った。そして自然にお互いニンマリと笑ってしまう。


 ルカディオだけでなく、幼い頃からヴィオラの侍女見習いとして仕えてくれていたカリナもまた、共に育ってきた幼馴染といえる。

 継母の虐待から、時には身を挺してヴィオラとクリスフォードを守ってくれた心強い味方。


 だから、ずっと一緒にいたヴィオラにはわかってしまう。


 誰にも悟らせないように抑えようとして、それでも追ってしまう視線の先にいる人物。その人に向ける瞳の奥に秘められた焦がれる熱。

 カリナが密かに兄を慕っていることに、いつからかヴィオラは気づいていた。


 その恋慕う兄が、王子様のような格好をして笑顔を向け、カリナの仕事を褒めてくれたのだ。

 動揺して顔を真っ赤にしても仕方ない。

 慌てて何とか表情を作り、平静を保とうとしているカリナがとても可愛い。


 (もしも叶うなら、カリナの恋が実るといいな)


 次期伯爵家当主と侍女という身分差があるとはいえ、カリナは子爵令嬢だ。家格として釣り合いが取れないわけでもない。

 自分は失恋してしまったけれど、兄とカリナが幸せになってくれたら、それはヴィオラにとっても幸せなことだ。


 そんな二人の未来を想像して笑みが溢れると、クリスフォードがヴィオラに手を差し出す。


「ご機嫌だね、ヴィオラ。デビュタント楽しみ? じゃあそろそろ行こうか。ノアと父上も下で待ってるよ」

「はい」


 兄のエスコートで部屋を出る双子の後ろから、帝国魔法士の正装である白のローブと制服を身に纏ったジャンヌが付き従う。

 玄関のエントランスへ続く階段を降りると、笑顔でヴィオラたちを見つめるノアとエイダンの姿があった。

 エイダンは落ち着いたダークバイオレットのフロックコートに黒のベスト、白のシャツに黒のネクタイを締め、アメジストのネクタイピンをつけている。

 フロックコートの襟は黒の刺繍で縁取られており、シックで豪華な雰囲気が大人の男の色気を演出している。


 そしてノアは、ジャンヌと同じく帝国魔法士の正装である制服と、ロイヤルブルーのローブを羽織っている。

 スラリとした長身に着込んだローブの紋様が美しく映えていて、佇まいが高貴なオーラを放っていた。


 (男性陣が眩しい……なんか隣に並ぶと落ち込みそう……)


 長年虐げられてきて自己肯定感の低いヴィオラは、自分も負けず劣らずの美少女である自覚がない。


「ヴィオラ、本当に綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」


 ノアの言葉を聞いて、先日指に口付けを落とされたことを思いだして顔が熱を持つ。

 あの後、男性が跪いて女性に何かを乞うのは、女性を敬う紳士としての対応であり、主にダンスを申し込んだり、忠誠や敬意、求婚の時によく見られるものだとジャンヌたちに教えられた。

 手の甲や指は敬意を表し、手のひらは親密になりたい想いを表し、ドレスの裾に口付けるのは忠誠の証だと教えられた。


 この間の、ノアの敬意だとわかっていても、ルカディオ以外に口付けを落とされたのは初めてだったのでヴィオラは動揺してしまう。


「今夜はヴィオラに変な虫がつかないようにしっかり守るから安心してくれ」

「変な虫……?」

「今日のヴィオラは可愛いから、いろんな男が狙ってくるって意味だよ。そんな男共からヴィオラを守るのが今日の俺の仕事だ」

「!?」


 またサラッと可愛いと言われてヴィオラの頬が染まる。そして胸の中に小さな期待が生まれてしまった。

 もし皆が褒めてくれるのがお世辞じゃないなら、ルカディオも今日のヴィオラを見て同じように思ってくれるだろうか。

 そうしたら、自分のところに戻ってきてくれるだろうか。


 この期に及んでそんなことがあるわけないと違う自分が否定しても、湧いてしまった期待はそのまま消えてはくれなかった。

 ルカディオとの接触を絶ってから、本当はずっと、ヴィオラはルカディオのことを待っていた。


 関わることをやめたヴィオラに気づいて、彼が自分を気にかけてくれるのではないかと──

 初めてのデビュタント。本来ならルカディオのエスコートで会場入りするのが普通だ。

 もしヴィオラを気にかけてくれたら、舞踏会のことで何かしら接触があるかもしれないと、密かに期待をしてしまった。


 結果、そんな期待は見事に砕け散った──


 結局ルカディオからドレスも舞踏会についての手紙すら贈られることはなかった。

 そしてトドメに、父からルカディオのエスコートはないと言われた。第二王子たちと一緒にリリティアの護衛として六人で入場するらしい。


 それを聞いて、ヴィオラはただ頷いた。


 あの時にもう希望は捨てようと思ったのに。
 もう諦めると決めているのに。

 心はまだしつこく、彼を求めている。
 一縷の望みにかけてしまう。



 (解放されたいのは、私も同じかもしれない──)


 王宮に向かう馬車の中で、窓ガラスに映る着飾った自分の姿を見つめながら、要らぬ期待をする心を必死に抑えつけた。 
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